上 下
312 / 528
十章 ふーちゃんとまーちゃんの婚約

19.辺境伯家の夏休みの始まり

しおりを挟む
 お手紙の返事が来て、エクムント様はレーニちゃんが辺境伯家に泊まるのも、オリヴァー殿を辺境伯家に招待するのも快く了承してくださった。
 レーニちゃんはわたくしとクリスタちゃんの親友で、ふーちゃんの婚約者なので了承してくださるだろうとは思っていた。オリヴァー殿は辺境伯領の貴族なので招待することを否定はなさらないだろうと思っていた。
 願った通りになってわたくしは本当にエクムント様に感謝していた。

 わたくしたちディッペル家の一家は辺境伯家に一週間滞在するが、レーニちゃんは三日間、オリヴァー殿は一日訪問して来るだけの日程になっていた。

「辺境伯領で過ごした後は、国王陛下の別荘で過ごしませんかとハインリヒ殿下からお手紙が届きました」
「国王陛下も夏休みを取られるのだろうね。私もテレーゼも招かれている」
「お父様、お母様、お返事をしていいですか?」
「ハインリヒ殿下にぜひ行かせてもらいますと返事をしなさい。私たちは国王陛下と王妃殿下にお返事をするよ」
「よかったですね、クリスタ」

 父は国王陛下の学生時代の学友で、親友なので国王陛下に招かれたのは嬉しいのだろう。クリスタちゃんにも返事をするように促して、自分も国王陛下と王妃殿下に返事をすると言っていた。

 クリスタちゃんはハインリヒ殿下から頂いたお手紙を抱き締めて部屋に戻って行った。

「お父様、国王陛下の別荘に、レーニ嬢は来ますか?」
「それは国王陛下と王妃殿下とリリエンタール公爵に許可を取らなければいけないね」
「許可を取っていただけますか?」
「フランツがそこまで言うのならば、聞いてみることにしよう」

 ふーちゃんはどこまでもレーニちゃんと一緒に夏休みを過ごしたい様子である。父もそれを理解して国王陛下と王妃殿下、リリエンタール公爵に手紙を書くようだった。

「ノエル殿下もいらっしゃいますよね。オリヴァー殿が来られたら喜ぶのではないでしょうか」
「ノエル殿下はオリヴァー殿がお気に入りなのですか?」
「オリヴァー殿はノエル殿下の詩への理解が深いのです。わたくしもハインリヒ殿下も及ばないほどに、解釈が優れています」
「なるほど。オリヴァー殿にはまだ会ったことがないから、辺境伯家で会ってみて、国王陛下と王妃殿下も気に入りそうな青年ならば、誘ってみようか」
「ノエル殿下が喜ぶのでしたら、国王陛下の別荘で一緒に過ごすのも悪くないかもしれませんね」

 オリヴァー殿を中央の方々に売り込む作戦は上手くいきそうだった。

 馬車と列車を乗り継いで辺境伯家に着いたのは、昼過ぎだった。
 部屋に荷物を置いて、食堂でエクムント様とカサンドラ様と昼食をご一緒する。昼食の席にはレーニちゃんも来ていた。

「エクムント様からお誘いいただきました。エリザベート嬢、頼んでくださってありがとうございます」
「レーニ嬢はフランツの婚約者ですから。お誘いするのは当然です」
「わたくし、フランツ殿がまだお小さいので、婚約するのは躊躇っていましたが、思い切って婚約してよかったと思っておりますわ」
「レーニ嬢、お会いできて嬉しいです」

 頭を下げるレーニちゃんにふーちゃんが駆け寄っている。
 昼食は生のトマトがたっぷりと入った冷製パスタとボイルした海老の入ったサラダだった。
 どちらも冷たいので、辺境伯領の暑さがあっても美味しくいただける。
 フルーツティーを飲んで、口をさっぱりさせていると、食べ終わったふーちゃんがレーニちゃんを誘っていた。

「レーニ嬢、私のお部屋に遊びに来ませんか?」
「フランツ殿もわたくしのお部屋に遊びに来てください。わたくし、エクムント様にお願いしたのです。エリザベート嬢とクリスタ嬢と同室にして欲しいと」
「え! では、わたくしとレーニ嬢は同室なのですか?」
「レーニ嬢と同室だなんて嬉しいですわ」

 レーニちゃんから聞いて初めてわたくしもクリスタちゃんもレーニちゃんと同室だったことに気付く。部屋に荷物を置いたときには気付いていなかったが、レーニちゃんの荷物が運び込まれていたような気がしてきた。

「ベッドが三つあるお部屋にしていただいて、エリザベート嬢とクリスタ嬢と同じ部屋で寝泊まりするのです」
「お姉様たちと同じ部屋なのですね。私、ぜひ遊びに行きます」
「わたくしもいきます!」

 ふーちゃんもまーちゃんもわたくしたちの部屋に来ることに興味津々だった。
 ふーちゃんはまだ六歳なので女性だけの部屋に入っても構わない年齢なのだが、もう少し大きくなってくると、女性だけの部屋に入るのは躊躇われるようになる。
 紳士として教育していく上で、何歳ごろからわたくしたちの部屋に入ってはいけないようになるのかは母が伝えるのかもしれないが、わたくしとクリスタちゃんとまーちゃんだけは部屋に入れて、ふーちゃんだけが入れないというのも可哀想ではある。
 姉と妹に囲まれたたった一人の男子として、ふーちゃんは一生この悲しみを抱えていくのかもしれないと思うと、ふーちゃんに年齢の近い友人ができることをわたくしは望まずにはいられなかった。

 昼食の後で荷物を片付けていると部屋のドアがノックされた。
 ふーちゃんとまーちゃんだ。

「ふーちゃん、まーちゃん、もう少し待ってください。荷物が整理し終わっていないのです」
「もう少しなので待っていてくださいね」
「わたくしは終わりましたが、エリザベート嬢とクリスタ嬢が終わらないのです」

 レーニちゃんは三日分なのですぐに荷物を片付け終わったが、わたくしとクリスタちゃんは一週間分なのである。ドレスを皺のないように伸ばしてクローゼットにかけて、ワンピースもクローゼットにかけて、下着と靴下は箪笥に入れて、薄手の上着と帽子は入口の帽子掛けにかけて、靴とサンダルを片付けていると、結構時間がかかってしまった。

「お待たせしました、ふーちゃん、まーちゃん!」
「エリザベートお姉様、クリスタお姉様、レーニちゃん!」
「おねえさまたち、レーニじょう、おにいさまったら、しのほんをもってきたのですよ」
「読んでいて素晴らしかったから、エリザベートお姉様とクリスタお姉様とレーニちゃんにも聞いて欲しかったのです」

 ノエル殿下の詩集を持っているふーちゃんに、レーニちゃんが目を丸くする。

「それは、わたくしたちが使っている教科書と同じものではないですか。ノエル殿下の詩ですね」
「そうです。エクムント様が詩集を買われたけれど、よく分からなかったと言って私にくれました。私には大事な詩集です」
「わたくしもクリスタちゃんに聞いて詩の解釈はしていますが、とても難しいのです。ふーちゃんは詩が分かるのですね」
「私はノエル殿下の詩に感動しています。こんな素晴らしい詩を書けるようになりたいと思っています」
「その詩集にはふーちゃんの詩も載っていませんでしたか?」
「小さい頃の詩なので恥ずかしいですが、ノエル殿下が書き写してくださっていたものが載っています」

 なんと!
 わたくしとクリスタちゃんの詩だけではなく、ふーちゃんの詩までノエル殿下は書き写していて、教科書と全く同じ内容の詩集にも載せていた。
 将来ふーちゃんが大きくなって見直して恥ずかしいと思わないか心配になるわたくしだったが、ふーちゃんは胸を張っている。

「わたくし、しはよくわかりません。しのおはなしは、しょうじき、たのしくないのです」

 困ってしまっているまーちゃんにわたくしはオリヴァー殿のことを話すことにした。

「わたくしも詩は全く分からないと思っていたのですよ。それが、同級生のオリヴァー・シュタール殿にかかったら、詩というものは真面目に四角四面に考えずにもっと軽く明るく考えるべきだと分かったのです。まーちゃんもオリヴァー殿に会えば、詩について分かるかもしれません」
「オリヴァー・シュタールどの?」
「そうです。わたくしの同級生で、辺境伯領の出身です」

 距離の問題もあるのだが、辺境伯領と中央はやはり隔絶されているところがまだあって、辺境伯領から学園に通っている生徒はほとんどいない。ラウラ嬢の婚約者は学園に通っていると聞いているが、その方とオリヴァー殿くらいではないだろうか。
 辺境伯領の生徒は肌の色が違うのでそれだけではっきりと違いが分かった。

「へんきょうはくりょうのかたも、がくえんにかようのですね」
「辺境伯領の方が学園に通う人数が少ないのはなんででしょうね」

 真剣に考えてしまうわたくしに答えをくれるものはいない。
 わたくしはオリヴァー殿が来たら聞いてみようかと考えていた。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

婚約者の地位? 天才な妹に勝てない私は婚約破棄して自由に生きます

名無しの夜
恋愛
旧題:婚約者の地位? そんなものは天才な妹に譲りますので私は平民として自由に生きていきます 「私、王子との婚約はアリアに譲って平民として生きようと思うんです」 魔法貴族として名高いドロテア家に生まれたドロシーは事あるごとに千年に一度の天才と謳われる妹と比較され続けてきた。 「どうしてお前はこの程度のことも出来ないのだ? 妹を見習え。アリアならこの程度のこと簡単にこなすぞ」 「何故王子である俺の婚約者がお前のような二流の女なのだ? お前ではなく妹のアリアの方が俺の婚約者に相応しい」 権力欲しさに王子と結婚させようとする父や、妹と比較して事あるごとにドロシーを二流女と嘲笑う王子。 努力して、努力して、それでも認められないドロシーは決意する。貴族の地位を捨てて平民として自由に生きて行くことを。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

本当は違うはずなのに

山本みんみ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢、アリス・マクナリーに転生してしまった主人公が……本来なら嫌われるはずの王太子に、何故か愛を告げられ続ける。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

処理中です...