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八章 エリザベートの学園入学
14.ハインリヒ殿下の俳句
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学園の寮に戻ると、汚れた服を決められた袋に入れてドアノブにかけておく。
ゲオルギーネ嬢も戻ってきたところで、荷物を片付けていた。
「エリザベート様、クリスタ様のことお聞きしましたよ。おめでとうございます」
「ありがとうございます。クリスタがハインリヒ殿下の婚約者になることが決定するなど、とても光栄なことです」
「クリスタ様とハインリヒ殿下は幼少期からずっと仲がよかったという話ですからね」
年齢的に昼食会も晩餐会も参加できるゲオルギーネ嬢はクリスタちゃんがハインリヒ殿下の婚約者となると宣言されたときにその場にいたのだろう。
立ち会えなかっただけにわたくしはゲオルギーネ嬢に聞いてしまう。
「クリスタの名が呼ばれたとき、会場の雰囲気はどうでしたか?」
「やはりそうか、という感じでしたよ。皆様、予測はしていたようです。噂にもなっていましたし」
「クリスタの出自を持ち出して貶めるようなことを言う方はいませんでしたか?」
「陰口や妬みは貴族社会では当然あるものです。それが耳に入っていたかもしれませんが、クリスタ様は堂々として立派でしたよ。クリスタ様の後ろにはご両親が立って、しっかりと支えていました」
元子爵家の娘だということで貶めるようなことを言うものもいなかったわけではないようだが、クリスタちゃんはしっかりと守られていた。それが分かるとわたくしも安心できる。
「エリザベート様は辺境伯家に嫁いで中央と辺境を繋ぐ幹となって、クリスタ様は王家に嫁いでディッペル家と王家を繋ぐ柱となる。どちらも名誉なことですね」
「ゲオルギーネ嬢は婚約をされているのですか?」
「わたくしは学園を卒業したら伯爵家から婿をもらって、ザックス家を継ぐことが決まっています」
この国は長子相続なのだ。
第一子が男性であろうと女性であろうと、長子が家を継ぐことが定められている。
ゲオルギーネ嬢はザックス侯爵家を継ぐ長子だった。
この国の公爵家は一つだけだが、その下に続く侯爵家はかなりの数がある。
ノルベルト殿下が長じれば大公家もできる。大公家の領地はかつて公爵家だったバーデン家が国に返却したものを与えられるのではないかという話を聞いている。
キルヒマン侯爵家、リリエンタール侯爵家、ザックス侯爵家、ルンゲ侯爵家、他にも侯爵家はあるのだが、やはりディッペル公爵家や辺境伯家に適う家はあるはずがなかった。
そのディッペル公爵家の長女は辺境伯家に嫁ぎ、次女は王家に嫁ぐのだ。ディッペル公爵家が今一番隆盛を誇っていると言っても過言ではなかった。
ゲオルギーネ嬢がわたくしに対してとても親切なのも、ディッペル家という公爵家の娘であるからに違いない。
学園では建前上は生徒は平等だと言われているが、当然のように身分で優遇されたり、冷遇されたりするものなのだ。
隣国の王女であるノエル殿下のお茶会に招かれていて、ノルベルト殿下ともハインリヒ殿下とも交友の深いわたくしは、この学園に置いては重要視される存在だった。
「ゲオルギーネ嬢、花瓶をどこかから借りて来ることはできませんか?」
「使用人に声をかければ持って来てくれると思いますよ」
デートのお誘いを受けたときにお返事を書いたら、エクムント様から贈られて来た一輪のダリア。それをわたくしは大事に部屋に持ち帰って来ていた。
ゲオルギーネ嬢が使用人に声をかけてくださって、花瓶を借りたわたくしは一輪だけのダリアの花を花瓶に挿して窓際に飾った。風が吹くたびにダリアの花びらが散りそうだったけれど、それでも日の当たる場所に置いておきたかったのだ。
「綺麗なダリアですね」
「エクムント様からいただいたのです」
エクムント様とのデートの話もしたかったけれど、わたくしの胸の中にだけ留めておきたいような気もしてわたくしはぐっと我慢する。
翌日からはまた学園での生活が始まった。
授業が終わるとお茶の時間があって、毎日サンルームにわたくしは呼ばれる。今日はハインリヒ殿下が詩を披露する日だった。
「白薔薇に、祝いを込めて、誕生日」
季語は白薔薇だろう。白薔薇はこの国では初夏に咲くのだ。
ノエル殿下がしみじみとハインリヒ殿下の俳句を繰り返す。
「『白薔薇に、祝いを込めて、誕生日』なるほど。誕生日にクリスタ嬢との婚約を発表されたことを暗に示しているわけですね。白薔薇に祝いを込めたのは、クリスタ嬢とのことが祝うべき素晴らしい出来事だということでしょうか。余韻のあるとてもいい詩だと思います」
「ノエル殿下にそう言っていただけて嬉しいです。婚約の喜びを込めてみました」
「ハインリヒ、素晴らしい詩が読めたじゃないか。僕も誇らしいよ」
ノルベルト殿下もノエル殿下もハインリヒ殿下の俳句を絶賛している。ハインリヒ殿下も詩が読めたので誇らしげな顔をしていた。
「このハイクというものはとても面白いですね。エリザベート嬢はどこでハイクのことを知ったのですか?」
いつかはこの問いかけが来るとは思っていた。
そのときのためにわたくしは答えを用意していたのだ。
「辺境伯領で色んな国に行った商人と話したときに小耳に挟みまして、それで調べてみたのですが、詳しいことは分からなかったのです。今回王立図書館で文献を探してみたら詳しいことが書いてありましたよ」
「王立図書館には文献があるのですね」
「はい。記述は少しでしたが、東方では誰でも読める気軽な詩だと書かれていました」
デートでエクムント様に王立図書館に連れて行ってもらっていてよかった。こうやってすらすらと答えられるのも王立図書館に行ったおかげだった。
「わたくしも次の休みには王立図書館に行きましょう。ノルベルト殿下、ご一緒しませんか?」
「喜んで参ります」
ノエル殿下は俳句に相当興味を持っているようで王立図書館に行くことを決めていた。
詩の発表も終わってお茶を飲んで、軽食を食べていると、ハインリヒ殿下がわたくしに小声でお礼を言ってきた。
「エリザベート嬢のおかげで詩が読めました。私に詩など無理だと思っていました」
「わたくしも詩は全然理解できなくて……。俳句ならばなんとかなると思ったのです」
「エリザベート嬢は私と同じですね」
「そのようですね」
小声で話しているとノエル殿下がわたくしとハインリヒ殿下の方に身を乗り出す。
「婚約者になられるクリスタ嬢の姉君と仲がいいようですね。やはり、『将を射んとする者はまず馬を射よ』ということなのでしょうか?」
「そういうつもりではありません。エリザベート嬢とも幼い頃から交友があったのですよ」
「エリザベート嬢はクリスタ嬢の姉君だし、辺境伯に嫁ぐことが決まっているので、話しやすい相手でもありますよね」
「それはそうですね。私もクリスタ嬢に誤解はされたくないですからね」
辺境伯であるエクムント様と婚約していて、クリスタちゃんの姉であるわたくしが、ハインリヒ殿下とどうにかなる可能性は全くない。わたくしは辺境伯領に嫁ぐということがどれだけ重要な政策の一部であるか知っているし、クリスタちゃんが王家に嫁ぐということも国の政策としてとても重要だと理解している。
甘い生半可な気持ちでエクムント様との婚約を受けたつもりはないし、クリスタちゃんもハインリヒ殿下の婚約者となるということがどういうことなのかはっきりと分かっているだろう。
クリスタちゃんは将来の国母となる人物なのだ。
婚約を破棄することなど許されるはずがないし、この婚約自体が国の一大事業となっていることを理解していないほどクリスタちゃんも甘くはない。
それだけの教育をわたくしもクリスタちゃんもきっちりと受けているのだ。
「エリザベート嬢、クリスタ嬢が将来王家に嫁ぐことが決まってわたくしはとても嬉しいのですよ」
「そう言っていただけるとクリスタも喜ぶと思います」
「エリザベート嬢ともクリスタ嬢とも、御縁が深く結びついているような気がするのです」
「もちろんです。ノエル殿下はハインリヒ殿下の兄君のノルベルト殿下の婚約者ですからね」
「共にこの国を支えていきましょう」
ノエル殿下に手を取られてわたくしは深く頭を下げる。
学園に入学してもわたくしがこれまで築き上げてきたものは何も変わっていない。
運命は完全に変わったのだと安心できる瞬間だった。
ゲオルギーネ嬢も戻ってきたところで、荷物を片付けていた。
「エリザベート様、クリスタ様のことお聞きしましたよ。おめでとうございます」
「ありがとうございます。クリスタがハインリヒ殿下の婚約者になることが決定するなど、とても光栄なことです」
「クリスタ様とハインリヒ殿下は幼少期からずっと仲がよかったという話ですからね」
年齢的に昼食会も晩餐会も参加できるゲオルギーネ嬢はクリスタちゃんがハインリヒ殿下の婚約者となると宣言されたときにその場にいたのだろう。
立ち会えなかっただけにわたくしはゲオルギーネ嬢に聞いてしまう。
「クリスタの名が呼ばれたとき、会場の雰囲気はどうでしたか?」
「やはりそうか、という感じでしたよ。皆様、予測はしていたようです。噂にもなっていましたし」
「クリスタの出自を持ち出して貶めるようなことを言う方はいませんでしたか?」
「陰口や妬みは貴族社会では当然あるものです。それが耳に入っていたかもしれませんが、クリスタ様は堂々として立派でしたよ。クリスタ様の後ろにはご両親が立って、しっかりと支えていました」
元子爵家の娘だということで貶めるようなことを言うものもいなかったわけではないようだが、クリスタちゃんはしっかりと守られていた。それが分かるとわたくしも安心できる。
「エリザベート様は辺境伯家に嫁いで中央と辺境を繋ぐ幹となって、クリスタ様は王家に嫁いでディッペル家と王家を繋ぐ柱となる。どちらも名誉なことですね」
「ゲオルギーネ嬢は婚約をされているのですか?」
「わたくしは学園を卒業したら伯爵家から婿をもらって、ザックス家を継ぐことが決まっています」
この国は長子相続なのだ。
第一子が男性であろうと女性であろうと、長子が家を継ぐことが定められている。
ゲオルギーネ嬢はザックス侯爵家を継ぐ長子だった。
この国の公爵家は一つだけだが、その下に続く侯爵家はかなりの数がある。
ノルベルト殿下が長じれば大公家もできる。大公家の領地はかつて公爵家だったバーデン家が国に返却したものを与えられるのではないかという話を聞いている。
キルヒマン侯爵家、リリエンタール侯爵家、ザックス侯爵家、ルンゲ侯爵家、他にも侯爵家はあるのだが、やはりディッペル公爵家や辺境伯家に適う家はあるはずがなかった。
そのディッペル公爵家の長女は辺境伯家に嫁ぎ、次女は王家に嫁ぐのだ。ディッペル公爵家が今一番隆盛を誇っていると言っても過言ではなかった。
ゲオルギーネ嬢がわたくしに対してとても親切なのも、ディッペル家という公爵家の娘であるからに違いない。
学園では建前上は生徒は平等だと言われているが、当然のように身分で優遇されたり、冷遇されたりするものなのだ。
隣国の王女であるノエル殿下のお茶会に招かれていて、ノルベルト殿下ともハインリヒ殿下とも交友の深いわたくしは、この学園に置いては重要視される存在だった。
「ゲオルギーネ嬢、花瓶をどこかから借りて来ることはできませんか?」
「使用人に声をかければ持って来てくれると思いますよ」
デートのお誘いを受けたときにお返事を書いたら、エクムント様から贈られて来た一輪のダリア。それをわたくしは大事に部屋に持ち帰って来ていた。
ゲオルギーネ嬢が使用人に声をかけてくださって、花瓶を借りたわたくしは一輪だけのダリアの花を花瓶に挿して窓際に飾った。風が吹くたびにダリアの花びらが散りそうだったけれど、それでも日の当たる場所に置いておきたかったのだ。
「綺麗なダリアですね」
「エクムント様からいただいたのです」
エクムント様とのデートの話もしたかったけれど、わたくしの胸の中にだけ留めておきたいような気もしてわたくしはぐっと我慢する。
翌日からはまた学園での生活が始まった。
授業が終わるとお茶の時間があって、毎日サンルームにわたくしは呼ばれる。今日はハインリヒ殿下が詩を披露する日だった。
「白薔薇に、祝いを込めて、誕生日」
季語は白薔薇だろう。白薔薇はこの国では初夏に咲くのだ。
ノエル殿下がしみじみとハインリヒ殿下の俳句を繰り返す。
「『白薔薇に、祝いを込めて、誕生日』なるほど。誕生日にクリスタ嬢との婚約を発表されたことを暗に示しているわけですね。白薔薇に祝いを込めたのは、クリスタ嬢とのことが祝うべき素晴らしい出来事だということでしょうか。余韻のあるとてもいい詩だと思います」
「ノエル殿下にそう言っていただけて嬉しいです。婚約の喜びを込めてみました」
「ハインリヒ、素晴らしい詩が読めたじゃないか。僕も誇らしいよ」
ノルベルト殿下もノエル殿下もハインリヒ殿下の俳句を絶賛している。ハインリヒ殿下も詩が読めたので誇らしげな顔をしていた。
「このハイクというものはとても面白いですね。エリザベート嬢はどこでハイクのことを知ったのですか?」
いつかはこの問いかけが来るとは思っていた。
そのときのためにわたくしは答えを用意していたのだ。
「辺境伯領で色んな国に行った商人と話したときに小耳に挟みまして、それで調べてみたのですが、詳しいことは分からなかったのです。今回王立図書館で文献を探してみたら詳しいことが書いてありましたよ」
「王立図書館には文献があるのですね」
「はい。記述は少しでしたが、東方では誰でも読める気軽な詩だと書かれていました」
デートでエクムント様に王立図書館に連れて行ってもらっていてよかった。こうやってすらすらと答えられるのも王立図書館に行ったおかげだった。
「わたくしも次の休みには王立図書館に行きましょう。ノルベルト殿下、ご一緒しませんか?」
「喜んで参ります」
ノエル殿下は俳句に相当興味を持っているようで王立図書館に行くことを決めていた。
詩の発表も終わってお茶を飲んで、軽食を食べていると、ハインリヒ殿下がわたくしに小声でお礼を言ってきた。
「エリザベート嬢のおかげで詩が読めました。私に詩など無理だと思っていました」
「わたくしも詩は全然理解できなくて……。俳句ならばなんとかなると思ったのです」
「エリザベート嬢は私と同じですね」
「そのようですね」
小声で話しているとノエル殿下がわたくしとハインリヒ殿下の方に身を乗り出す。
「婚約者になられるクリスタ嬢の姉君と仲がいいようですね。やはり、『将を射んとする者はまず馬を射よ』ということなのでしょうか?」
「そういうつもりではありません。エリザベート嬢とも幼い頃から交友があったのですよ」
「エリザベート嬢はクリスタ嬢の姉君だし、辺境伯に嫁ぐことが決まっているので、話しやすい相手でもありますよね」
「それはそうですね。私もクリスタ嬢に誤解はされたくないですからね」
辺境伯であるエクムント様と婚約していて、クリスタちゃんの姉であるわたくしが、ハインリヒ殿下とどうにかなる可能性は全くない。わたくしは辺境伯領に嫁ぐということがどれだけ重要な政策の一部であるか知っているし、クリスタちゃんが王家に嫁ぐということも国の政策としてとても重要だと理解している。
甘い生半可な気持ちでエクムント様との婚約を受けたつもりはないし、クリスタちゃんもハインリヒ殿下の婚約者となるということがどういうことなのかはっきりと分かっているだろう。
クリスタちゃんは将来の国母となる人物なのだ。
婚約を破棄することなど許されるはずがないし、この婚約自体が国の一大事業となっていることを理解していないほどクリスタちゃんも甘くはない。
それだけの教育をわたくしもクリスタちゃんもきっちりと受けているのだ。
「エリザベート嬢、クリスタ嬢が将来王家に嫁ぐことが決まってわたくしはとても嬉しいのですよ」
「そう言っていただけるとクリスタも喜ぶと思います」
「エリザベート嬢ともクリスタ嬢とも、御縁が深く結びついているような気がするのです」
「もちろんです。ノエル殿下はハインリヒ殿下の兄君のノルベルト殿下の婚約者ですからね」
「共にこの国を支えていきましょう」
ノエル殿下に手を取られてわたくしは深く頭を下げる。
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