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三章 バーデン家の企みを暴く
1.取っ手の紋章
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両親が不在の間に押しかけて来たブリギッテ様のことは、早馬で王都に知らせていた。
両親とはすれ違ったようなので、早馬は国王陛下にブリギッテ様の偽物が出て公爵家に押し入ろうとしたことを伝えたようなのだ。早馬というのは言葉上だけで実際には列車に乗って王都に行くのが一番早いので、列車と馬を組み合わせて行ってもらったのだが、その早馬にはエクムント様がもぎ取った馬車の入口の取っ手が渡されていた。
賊が来た証として持たせたのだ。
その件についてバーデン家のブリギッテ様とディッペル家のわたくしとエクムントが国王陛下の御前に呼ばれることになった。
もちろんどちらも子どもなので両親がついて行くことになっているが、わたくしはクリスタ嬢を説得しなければいけなかった。
「お姉様が行くなら、わたくしも行きます」
「クリスタ嬢、これは難しいお話し合いで、クリスタ嬢は呼ばれていないのですよ」
「ブリギッテ様が来られた時のことでしょう? わたくし、ちゃんとその場にいたし、覚えています!」
言い張られてしまった。
クリスタ嬢が我が儘を言うのも、両親とわたくしとエクムント様がいないお屋敷にクリスタ嬢一人で残るのがそれだけ心細いというのもあるのだろう。まだクリスタ嬢は六歳なのだ。デボラが一緒にいたとしても、わたくしと両親とエクムント様という支えになる人物がごっそりいなくなったお屋敷に一人きりというのは厳しいかもしれない。
「お母様、お父様、クリスタ嬢を王都までは一緒に連れていけないでしょうか?」
「エリザベート、わたくしたちが行くのは王都ではありませんよ」
「国王陛下の別荘だよ」
それならば泊ることはないが、それでもクリスタ嬢が不安に思っているのを晴らすことはできない。
「クリスタ嬢を一緒に連れていけませんか?」
「国王陛下の別荘にはハインリヒ殿下もおいでですね」
「話し合いの間、ハインリヒ殿下とお茶をしてもらっておくというのはどうでしょう」
クリスタ嬢はハインリヒ殿下と仲もよいし、二人きりのお茶会ならば形式ばることもないだろう。話し合いの間クリスタ嬢がハインリヒ殿下とお茶会をして待っておけるのならばそれに越したことはない。
「国王陛下から聞き取りをされる間、クリスタ嬢はハインリヒ殿下とお茶をしておくのです。それならばいいでしょう?」
「ハインリヒ殿下はわたくしとお茶をしてくださるかしら?」
「きっとしてくださいますよ」
クリスタ嬢を説得してわたくしは国王陛下の別荘に指定された日時に出かけることにした。
国王陛下の前に出るときには、派手ではないようにしながらも最高級の正装をしていかなければいけない。わたくしは持っている中で一番地味な色合いの紺に白い小花柄のドレスを着て、髪も暗い色合いのリボンでハーフアップに纏めた。
最近はわたくしも自分で髪を纏めることができるようになっているのだ。
クリスタ嬢はオールドローズなど渋めの色が好きなので、いつものオールドローズのドレスに同じ色のリボンを付けて三つ編みにして準備を整えた。
地味な色合いでもどれだけ仕立てがよくていいものを着ているかで公爵家の勝ちが決まると言っても過言ではない。母も深い緑色のドレスを纏っていた。父は黒いスーツを着ている。
国王陛下の別荘に着くとハインリヒ殿下がクリスタ嬢を迎えてくれた。
「実は、私もこの件について話を聞いておきたいので、クリスタ嬢と一緒に話し合いの場に出席しようかと思っているのです」
「わたくし、お話し合いの場にいていいのですか?」
「クリスタ嬢はブリギッテ嬢から嫌がらせを受けている当事者です。ブリギッテ嬢の話を聞きたいでしょう?」
「はい、聞きたいです」
平和にクリスタ嬢はお茶をさせておくつもりが、ハインリヒ殿下の考えで変わってしまった。それもまた仕方がないと思って国王陛下の御前に出る。
ブリギッテ様と両親も国王陛下の前に出ていた。
まず、国王陛下は今回の件に関して厳しい表情で言った。
「ディッペル家とバーデン家はこの国にとってはなくてはならない公爵家。二つの家の支えがあって我が王家が成り立っている。今回の件、バーデン家がディッペル家を攻撃しようとしたのならば、それは誰の考えでも許されることではない」
広間に凛と響き渡る国王陛下の声に、わたくしも両親も、バーデン家の両親もブリギッテ様も、ハインリヒ殿下もノルベルト殿下もクリスタ嬢も頭を下げる。
「このことは皆、頭に入れておいて欲しい。それでは、ディッペル家にどのようにしてバーデン家を名乗る賊が来たのか、詳しく述べよ」
国王陛下に促されてわたくしは両親の顔を見る。両親はわたくしの背を押して国王陛下の前に立たせる。
「国王陛下の生誕の式典で両親が不在の折でした。それ以前にブリギッテ様からバーデン家にお誘いをいただいていたのですが、両親が不在の時期ということもあってわたくしはお断りしておりました。それを知っていたのか、賊はブリギッテ様の名前を騙ってディッペル家に現れたのです」
「ぞ、賊ですって!?」
「ブリギッテ、静かにしなさい」
ギリッとブリギッテ様が奥歯を噛んだのが聞こえた気がした。わたくしは話しを続ける。
「これはブリギッテ様を貶める陰謀だと思うのです。まさか、わたくしよりも年上で淑女のブリギッテ様が、あのような不作法な真似はなさるはずがないので。本当にあんな無作法なさるなんて偽物にしても品が無さすぎる! 賊はブリギッテ様を山猿か何かのように思わせたいのかしら!」
大袈裟に嘆きながらわたくしが言えば、ブリギッテ様は顔を真っ赤にして震えている。自分の不作法をこれだけ言われているのだから仕方がない。
「賊はわたくしの家、ディッペル家に招き入れろと脅して来ました。わたくしでは話にならないから、執事を出せと言ったので、これは強盗に違いないと思い、エクムントに偽物のブリギッテ様を追い払ってもらったのです」
「そのときに偽物のブリギッテ様の馬車からもぎ取ったのが、その取っ手です」
エクムント様も前に出てわたくしと一緒に発言してくれる。
国王陛下の前に持って来られた馬車の入口の取っ手には、バーデン家の牡牛の紋章が描かれていた。
「これはバーデン家の紋章に見えるのだが、説明してくれるか?」
「そ、それは、賊がバーデン家の紋章を真似て馬車を作らせたのだと思います。バーデン家はそんなことに関わっておりません」
「お父様!」
「ブリギッテ、黙りなさい!」
偽物という話でバーデン家もこの件をおさめるつもりのようだ。
もう少しブリギッテ様を煽っておくことにしよう。
「それくらい酷い偽物だったのです! お可哀想なブリギッテ様! わたくしはブリギッテ様にお会いしてお顔も知っておりますが、似ていた気はしますが、あれがブリギッテ様とはとても思えない不作法でした!」
更に言葉を重ねると、ブリギッテ様が「うぎぎぎぎぎ」と妙な声を出しているのが分かる。悔しがっているのは分かるが、そんなに感情表現が漏れてしまっていると、国王陛下に妙に思われないはずがない。
「バーデン家のブリギッテ嬢は何か言いたいことがありそうだが? 述べてみよ」
「い、いいえ! ひっどい侮辱ですわ! わたくしが、賊だなんて!」
「その通りです。ブリギッテは賊などではありません。絶対に偽物です」
「エリザベート様はよく対処されました」
ぎりぎりと奥歯を噛んでいるブリギッテ様に、両親が一生懸命誤魔化している。国王陛下も両親の物言いを聞き入れたようだ。
それならばわたくしにも考えがある。
「我が家と仲良くしようとしていたブリギッテ嬢を貶めようとする勢力がいるようだから、襲われた我が家が責任もって汚名を晴らして差し上げます。お父様、お母様、バーデン家の汚名を晴らすために、バーデン家に使いをやってくださいませ」
「そうさせていただきましょう。そのそっくりの家紋を作り出せたということは、賊はバーデン家に深く入り込んでいるかもしれません」
「同じ公爵家としてバーデン家を助けるのは当然のこと」
これでディッペル家がバーデン家に介入できるようになった。
これはバーデン家の企みを暴く大きな一歩だった。
「この家紋の入った取っ手はディッペル家に預けよう。出所を調べるように」
「心得ました、国王陛下」
「二度と偽物が現れることのないように、バーデン家をお助けいたします」
頭を下げる両親に、ブリギッテ様が顔を青くしているのが見えた。
両親とはすれ違ったようなので、早馬は国王陛下にブリギッテ様の偽物が出て公爵家に押し入ろうとしたことを伝えたようなのだ。早馬というのは言葉上だけで実際には列車に乗って王都に行くのが一番早いので、列車と馬を組み合わせて行ってもらったのだが、その早馬にはエクムント様がもぎ取った馬車の入口の取っ手が渡されていた。
賊が来た証として持たせたのだ。
その件についてバーデン家のブリギッテ様とディッペル家のわたくしとエクムントが国王陛下の御前に呼ばれることになった。
もちろんどちらも子どもなので両親がついて行くことになっているが、わたくしはクリスタ嬢を説得しなければいけなかった。
「お姉様が行くなら、わたくしも行きます」
「クリスタ嬢、これは難しいお話し合いで、クリスタ嬢は呼ばれていないのですよ」
「ブリギッテ様が来られた時のことでしょう? わたくし、ちゃんとその場にいたし、覚えています!」
言い張られてしまった。
クリスタ嬢が我が儘を言うのも、両親とわたくしとエクムント様がいないお屋敷にクリスタ嬢一人で残るのがそれだけ心細いというのもあるのだろう。まだクリスタ嬢は六歳なのだ。デボラが一緒にいたとしても、わたくしと両親とエクムント様という支えになる人物がごっそりいなくなったお屋敷に一人きりというのは厳しいかもしれない。
「お母様、お父様、クリスタ嬢を王都までは一緒に連れていけないでしょうか?」
「エリザベート、わたくしたちが行くのは王都ではありませんよ」
「国王陛下の別荘だよ」
それならば泊ることはないが、それでもクリスタ嬢が不安に思っているのを晴らすことはできない。
「クリスタ嬢を一緒に連れていけませんか?」
「国王陛下の別荘にはハインリヒ殿下もおいでですね」
「話し合いの間、ハインリヒ殿下とお茶をしてもらっておくというのはどうでしょう」
クリスタ嬢はハインリヒ殿下と仲もよいし、二人きりのお茶会ならば形式ばることもないだろう。話し合いの間クリスタ嬢がハインリヒ殿下とお茶会をして待っておけるのならばそれに越したことはない。
「国王陛下から聞き取りをされる間、クリスタ嬢はハインリヒ殿下とお茶をしておくのです。それならばいいでしょう?」
「ハインリヒ殿下はわたくしとお茶をしてくださるかしら?」
「きっとしてくださいますよ」
クリスタ嬢を説得してわたくしは国王陛下の別荘に指定された日時に出かけることにした。
国王陛下の前に出るときには、派手ではないようにしながらも最高級の正装をしていかなければいけない。わたくしは持っている中で一番地味な色合いの紺に白い小花柄のドレスを着て、髪も暗い色合いのリボンでハーフアップに纏めた。
最近はわたくしも自分で髪を纏めることができるようになっているのだ。
クリスタ嬢はオールドローズなど渋めの色が好きなので、いつものオールドローズのドレスに同じ色のリボンを付けて三つ編みにして準備を整えた。
地味な色合いでもどれだけ仕立てがよくていいものを着ているかで公爵家の勝ちが決まると言っても過言ではない。母も深い緑色のドレスを纏っていた。父は黒いスーツを着ている。
国王陛下の別荘に着くとハインリヒ殿下がクリスタ嬢を迎えてくれた。
「実は、私もこの件について話を聞いておきたいので、クリスタ嬢と一緒に話し合いの場に出席しようかと思っているのです」
「わたくし、お話し合いの場にいていいのですか?」
「クリスタ嬢はブリギッテ嬢から嫌がらせを受けている当事者です。ブリギッテ嬢の話を聞きたいでしょう?」
「はい、聞きたいです」
平和にクリスタ嬢はお茶をさせておくつもりが、ハインリヒ殿下の考えで変わってしまった。それもまた仕方がないと思って国王陛下の御前に出る。
ブリギッテ様と両親も国王陛下の前に出ていた。
まず、国王陛下は今回の件に関して厳しい表情で言った。
「ディッペル家とバーデン家はこの国にとってはなくてはならない公爵家。二つの家の支えがあって我が王家が成り立っている。今回の件、バーデン家がディッペル家を攻撃しようとしたのならば、それは誰の考えでも許されることではない」
広間に凛と響き渡る国王陛下の声に、わたくしも両親も、バーデン家の両親もブリギッテ様も、ハインリヒ殿下もノルベルト殿下もクリスタ嬢も頭を下げる。
「このことは皆、頭に入れておいて欲しい。それでは、ディッペル家にどのようにしてバーデン家を名乗る賊が来たのか、詳しく述べよ」
国王陛下に促されてわたくしは両親の顔を見る。両親はわたくしの背を押して国王陛下の前に立たせる。
「国王陛下の生誕の式典で両親が不在の折でした。それ以前にブリギッテ様からバーデン家にお誘いをいただいていたのですが、両親が不在の時期ということもあってわたくしはお断りしておりました。それを知っていたのか、賊はブリギッテ様の名前を騙ってディッペル家に現れたのです」
「ぞ、賊ですって!?」
「ブリギッテ、静かにしなさい」
ギリッとブリギッテ様が奥歯を噛んだのが聞こえた気がした。わたくしは話しを続ける。
「これはブリギッテ様を貶める陰謀だと思うのです。まさか、わたくしよりも年上で淑女のブリギッテ様が、あのような不作法な真似はなさるはずがないので。本当にあんな無作法なさるなんて偽物にしても品が無さすぎる! 賊はブリギッテ様を山猿か何かのように思わせたいのかしら!」
大袈裟に嘆きながらわたくしが言えば、ブリギッテ様は顔を真っ赤にして震えている。自分の不作法をこれだけ言われているのだから仕方がない。
「賊はわたくしの家、ディッペル家に招き入れろと脅して来ました。わたくしでは話にならないから、執事を出せと言ったので、これは強盗に違いないと思い、エクムントに偽物のブリギッテ様を追い払ってもらったのです」
「そのときに偽物のブリギッテ様の馬車からもぎ取ったのが、その取っ手です」
エクムント様も前に出てわたくしと一緒に発言してくれる。
国王陛下の前に持って来られた馬車の入口の取っ手には、バーデン家の牡牛の紋章が描かれていた。
「これはバーデン家の紋章に見えるのだが、説明してくれるか?」
「そ、それは、賊がバーデン家の紋章を真似て馬車を作らせたのだと思います。バーデン家はそんなことに関わっておりません」
「お父様!」
「ブリギッテ、黙りなさい!」
偽物という話でバーデン家もこの件をおさめるつもりのようだ。
もう少しブリギッテ様を煽っておくことにしよう。
「それくらい酷い偽物だったのです! お可哀想なブリギッテ様! わたくしはブリギッテ様にお会いしてお顔も知っておりますが、似ていた気はしますが、あれがブリギッテ様とはとても思えない不作法でした!」
更に言葉を重ねると、ブリギッテ様が「うぎぎぎぎぎ」と妙な声を出しているのが分かる。悔しがっているのは分かるが、そんなに感情表現が漏れてしまっていると、国王陛下に妙に思われないはずがない。
「バーデン家のブリギッテ嬢は何か言いたいことがありそうだが? 述べてみよ」
「い、いいえ! ひっどい侮辱ですわ! わたくしが、賊だなんて!」
「その通りです。ブリギッテは賊などではありません。絶対に偽物です」
「エリザベート様はよく対処されました」
ぎりぎりと奥歯を噛んでいるブリギッテ様に、両親が一生懸命誤魔化している。国王陛下も両親の物言いを聞き入れたようだ。
それならばわたくしにも考えがある。
「我が家と仲良くしようとしていたブリギッテ嬢を貶めようとする勢力がいるようだから、襲われた我が家が責任もって汚名を晴らして差し上げます。お父様、お母様、バーデン家の汚名を晴らすために、バーデン家に使いをやってくださいませ」
「そうさせていただきましょう。そのそっくりの家紋を作り出せたということは、賊はバーデン家に深く入り込んでいるかもしれません」
「同じ公爵家としてバーデン家を助けるのは当然のこと」
これでディッペル家がバーデン家に介入できるようになった。
これはバーデン家の企みを暴く大きな一歩だった。
「この家紋の入った取っ手はディッペル家に預けよう。出所を調べるように」
「心得ました、国王陛下」
「二度と偽物が現れることのないように、バーデン家をお助けいたします」
頭を下げる両親に、ブリギッテ様が顔を青くしているのが見えた。
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