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一章 クリスタ嬢との出会い
16.パーティーまでに
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お茶会の終わりに母はわたくしとクリスタ嬢に言った。
「今日だけは特別に造花を髪につけましたが、これからは特別なパーティーやお茶会のある日に付けてくださいね」
「はこのなかにいれて、みるのはいい?」
「箱の中に入れて見るのは構いませんよ」
「わたくしのおたんじょうびおいわい。おねえさまとおそろい」
デボラが髪から外した造花を箱の中に入れてクリスタ嬢はうっとりと眺めている。造花は艶々とした布で作られていて、花弁はふんわりと幾重にも重なり、葉っぱは針金が入れてあってしっかりとした作りになっている。
造花の髪飾りをわたくしもマルレーンに髪から外してもらって箱の中に入れた。
「おねえさま、わたくし、もういつちゅ?」
「まだいつつではありませんよ」
「そうなの!?」
お誕生日お祝いをもらったのでクリスタ嬢はもうお誕生日が来た気分になってしまったようだ。わたくしはクリスタ嬢に教える。
「クリスタじょうのおたんじょうびはもうすこしあとです。しゅくはくしきのパーティーがおわったあとに、クリスタじょうのおたんじょうびがきますよ」
「それじゃ、まだわたくし、よっつ?」
「まだよんさいですね」
四歳なのだからお誕生日プレゼントをもらったら今日がお誕生日と勘違いしても仕方はない。クリスタ嬢は小さいのだ。
「クリスタ嬢のお誕生日にはケーキを焼いてもらって、紅茶と一緒に食べてお祝いしましょうね」
「けーち!」
「おいしいケーキだといいですね。クリスタじょうはどんなケーキがすきですか?」
「わたくし、あかくて、まるくて、さんかくのくだものがのったケーキがすき」
「それはイチゴですね」
「イチゴ! わたくし、イチゴがいいわ!」
お茶会で出て来るケーキを何度も食べていたけれど、クリスタ嬢は苺の名前を知らなかった。この辺はまだわたくしもクリスタ嬢にしっかりと伝えていなかったので反省した。
「クリスタ嬢は苺のケーキが好きですか。お誕生日には苺がたくさん乗ったタルトを焼いてもらいましょうか?」
「タルト、なぁに?」
「サクサクのタルト生地にクリームやカスタードを塗って、果物をたくさん乗せたケーキですよ」
「おいちとう!」
「おいしそうですよね」
「そう、おいしそう!」
わたくしが訂正するとクリスタ嬢はしっかりと言い直してくれる。母が提案する苺のタルトはわたくしもほとんど食べたことがなかったが、とても美味しそうな気配がする。
今からわたくしはクリスタ嬢のお誕生日が楽しみだった。
クリスタ嬢はディッペル公爵家主催の宿泊式のパーティーまでにほとんどの単語を正しく発音できるようになっていた。リップマン先生は次はクリスタ嬢に敬語を教えていた。
「エリザベート様や公爵夫人のような美しい話し方を身に着けましょうね」
「わたくし、おねえさまみたいにおしゃべりできる?」
「すぐにできるようになりますよ。クリスタ様はとても優秀ですからね」
リップマン先生はわたくしやクリスタ嬢のことを怒らない。勉強で間違えることがあっても、訂正してもう一度やり直しをさせるだけで、リップマン先生が感情的になったのをわたくしは見たことがなかった。
「エリザベート様は、パーティーでピアノを披露すると聞きました。ピアノの曲の由来について学んで、その曲を理解して弾けるようにしましょうね」
ただ勉強を進めるだけではなくて、リップマン先生は今のわたくしとクリスタ嬢に合った勉強を教えてくれている。それがわたくしとクリスタ嬢には興味を持たせて、努力しようという気持ちを持続させていた。
「わたくし、おねえさまみたいになりたいの」
「きっとなれますよ」
「わたくしは、クリスタじょうがずっとわたくしをめざしてくれるような、りっぱなしゅくじょになりたいのです」
「エリザベート様ならば大丈夫です」
宿泊式のパーティーまでわたくしはしっかりとリップマン先生と勉強をした。
宿泊式のパーティーでは母が歌を披露して、わたくしがピアノを披露する。
ピアノの先生は声楽の先生も兼ねているので、母はピアノの先生の伴奏に合わせて歌っていた。
母が歌っている間、わたくしとクリスタ嬢は椅子に座って聞いているのだが、クリスタ嬢がつまらなくなったのか椅子から飛び降りてしまった。
「おばうえ、わたくしもうたいたいです」
「クリスタ嬢も歌を披露しますか?」
「おねえさまのピアノでうたいたいです」
クリスタ嬢に手を差し出されて、わたくしはピアノのところまで引っ張っていかれる。わたくしが弾けるのは簡単な曲だけなので、歌曲はまだ弾けなかった。
「童謡ならばできるのではないですか? エリザベートの伴奏でクリスタ嬢が歌うだなんて、絶対に可愛いですわ」
「楽譜を探してみましょう。今からの変更だと時間があまりありませんが、エリザベート様、クリスタ様、猛特訓についてこられますか?」
「わたくし、がんばります」
「クリスタじょうがわたくしのばんそうでうたいたいのなら、わたくしもどりょくします」
新しく渡された楽譜はものすごく難しいわけではなかったけれど、初見で弾けるようなものではなかった。
何度か練習をして、ピアノの先生にも教えてもらって、両手で弾けるようになると、クリスタ嬢が母に教えてもらって歌詞を読んで歌を歌う。
クリスタ嬢もリップマン先生の勉強で簡単な単語は読めるようになっていたので、楽譜に書かれている文字を必死に読みながら歌っていた。
「パーティーまでは毎日練習をしましょうか。わたくし、毎日通って来ます」
「よろしくお願いします、先生。エリザベートとクリスタ嬢が上手に演奏できるようにしてやってください」
母に頼まれてピアノの先生はその日から毎日通ってきてくれていた。
リップマン先生の指導とピアノの先生の指導が毎日入って、わたくしとクリスタ嬢は慌ただしい日々を過ごしていた。
日課であるエクムント様の観察にも行けないが、もう少しだけなので今は自分がしなければいけないことを頑張ることにする。エクムント様もパーティーの当日には会場で護衛としてわたくしのピアノを聞いてくださるだろう。クリスタ嬢の歌とわたくしのピアノは少しずつ噛み合って、一つの曲を作り上げていた。
宿泊式のパーティーが近付くと、遠方にいる親戚も馬車で公爵家にやって来ていた。エクムント様の実家であるキルヒマン侯爵夫妻も馬車でやって来て、客間に泊まっていた。
エクムント様は公爵家に雇われた騎士であるので、キルヒマン侯爵夫妻と同じ扱いを受けることはできないが、休憩時間には両親であるキルヒマン侯爵夫妻に合えるようにわたくしの両親も取り計らってあげていた。
キルヒマン侯爵夫妻は、キルヒマン侯爵が白い肌に灰色の髪と金色の目だが、キルヒマン侯爵夫人は褐色の肌に黒髪に黒い目だ。辺境伯領の民はみんな褐色の肌に黒髪だと聞いているが、この国ではキルヒマン侯爵夫人の肌の色はとても目立った。
キルヒマン侯爵夫人の肌の色も、エクムント様の肌の色も、わたくしはエキゾチックで美しいと思うのだが、そうは思わないひともいるようだ。
辺境伯領は異国に接している領地なのだが、その異国の容貌だと蔑む輩もいる。キルヒマン侯爵はキルヒマン侯爵夫人の美しさに一目で心奪われて結婚を申し込んだのだが、その肌の色は三人の息子たちにしっかりと受け継がれた。
「ノメンゼン子爵ご一家の到着です」
庭に停まった馬車から降りて来る人影にクリスタ嬢がびくりと体を震わすのが分かった。豪奢なドレスを身に着けて、扇を手に持って、もう片方の手で娘のローザ嬢の手を引いているのはノメンゼン子爵夫人だ。その後ろからノメンゼン子爵が身を縮めるようにしてついて来ている。
「おねえさま……」
怯えてわたくしに縋り付くクリスタ嬢をわたくしはしっかりと抱き締めた。
「だいじょうぶです。ここにはおとうさまもおかあさまも、わたくしもいます。クリスタじょうにはてをださせません」
「おねえさま、そばにいて」
「クリスタじょうのそばをはなれません」
このお屋敷にはエクムント様もデボラもマルレーンもいる。ノメンゼン子爵夫人がクリスタ嬢に近付けば、誰かが気付いてくれるはずだ。
宿泊式のパーティーの始まりはクリスタ嬢の恐怖だったが、それが覆されるように、クリスタ嬢が楽しく過ごせるように、わたくしはしっかりとクリスタ嬢を守ろうと誓っていた。
「今日だけは特別に造花を髪につけましたが、これからは特別なパーティーやお茶会のある日に付けてくださいね」
「はこのなかにいれて、みるのはいい?」
「箱の中に入れて見るのは構いませんよ」
「わたくしのおたんじょうびおいわい。おねえさまとおそろい」
デボラが髪から外した造花を箱の中に入れてクリスタ嬢はうっとりと眺めている。造花は艶々とした布で作られていて、花弁はふんわりと幾重にも重なり、葉っぱは針金が入れてあってしっかりとした作りになっている。
造花の髪飾りをわたくしもマルレーンに髪から外してもらって箱の中に入れた。
「おねえさま、わたくし、もういつちゅ?」
「まだいつつではありませんよ」
「そうなの!?」
お誕生日お祝いをもらったのでクリスタ嬢はもうお誕生日が来た気分になってしまったようだ。わたくしはクリスタ嬢に教える。
「クリスタじょうのおたんじょうびはもうすこしあとです。しゅくはくしきのパーティーがおわったあとに、クリスタじょうのおたんじょうびがきますよ」
「それじゃ、まだわたくし、よっつ?」
「まだよんさいですね」
四歳なのだからお誕生日プレゼントをもらったら今日がお誕生日と勘違いしても仕方はない。クリスタ嬢は小さいのだ。
「クリスタ嬢のお誕生日にはケーキを焼いてもらって、紅茶と一緒に食べてお祝いしましょうね」
「けーち!」
「おいしいケーキだといいですね。クリスタじょうはどんなケーキがすきですか?」
「わたくし、あかくて、まるくて、さんかくのくだものがのったケーキがすき」
「それはイチゴですね」
「イチゴ! わたくし、イチゴがいいわ!」
お茶会で出て来るケーキを何度も食べていたけれど、クリスタ嬢は苺の名前を知らなかった。この辺はまだわたくしもクリスタ嬢にしっかりと伝えていなかったので反省した。
「クリスタ嬢は苺のケーキが好きですか。お誕生日には苺がたくさん乗ったタルトを焼いてもらいましょうか?」
「タルト、なぁに?」
「サクサクのタルト生地にクリームやカスタードを塗って、果物をたくさん乗せたケーキですよ」
「おいちとう!」
「おいしそうですよね」
「そう、おいしそう!」
わたくしが訂正するとクリスタ嬢はしっかりと言い直してくれる。母が提案する苺のタルトはわたくしもほとんど食べたことがなかったが、とても美味しそうな気配がする。
今からわたくしはクリスタ嬢のお誕生日が楽しみだった。
クリスタ嬢はディッペル公爵家主催の宿泊式のパーティーまでにほとんどの単語を正しく発音できるようになっていた。リップマン先生は次はクリスタ嬢に敬語を教えていた。
「エリザベート様や公爵夫人のような美しい話し方を身に着けましょうね」
「わたくし、おねえさまみたいにおしゃべりできる?」
「すぐにできるようになりますよ。クリスタ様はとても優秀ですからね」
リップマン先生はわたくしやクリスタ嬢のことを怒らない。勉強で間違えることがあっても、訂正してもう一度やり直しをさせるだけで、リップマン先生が感情的になったのをわたくしは見たことがなかった。
「エリザベート様は、パーティーでピアノを披露すると聞きました。ピアノの曲の由来について学んで、その曲を理解して弾けるようにしましょうね」
ただ勉強を進めるだけではなくて、リップマン先生は今のわたくしとクリスタ嬢に合った勉強を教えてくれている。それがわたくしとクリスタ嬢には興味を持たせて、努力しようという気持ちを持続させていた。
「わたくし、おねえさまみたいになりたいの」
「きっとなれますよ」
「わたくしは、クリスタじょうがずっとわたくしをめざしてくれるような、りっぱなしゅくじょになりたいのです」
「エリザベート様ならば大丈夫です」
宿泊式のパーティーまでわたくしはしっかりとリップマン先生と勉強をした。
宿泊式のパーティーでは母が歌を披露して、わたくしがピアノを披露する。
ピアノの先生は声楽の先生も兼ねているので、母はピアノの先生の伴奏に合わせて歌っていた。
母が歌っている間、わたくしとクリスタ嬢は椅子に座って聞いているのだが、クリスタ嬢がつまらなくなったのか椅子から飛び降りてしまった。
「おばうえ、わたくしもうたいたいです」
「クリスタ嬢も歌を披露しますか?」
「おねえさまのピアノでうたいたいです」
クリスタ嬢に手を差し出されて、わたくしはピアノのところまで引っ張っていかれる。わたくしが弾けるのは簡単な曲だけなので、歌曲はまだ弾けなかった。
「童謡ならばできるのではないですか? エリザベートの伴奏でクリスタ嬢が歌うだなんて、絶対に可愛いですわ」
「楽譜を探してみましょう。今からの変更だと時間があまりありませんが、エリザベート様、クリスタ様、猛特訓についてこられますか?」
「わたくし、がんばります」
「クリスタじょうがわたくしのばんそうでうたいたいのなら、わたくしもどりょくします」
新しく渡された楽譜はものすごく難しいわけではなかったけれど、初見で弾けるようなものではなかった。
何度か練習をして、ピアノの先生にも教えてもらって、両手で弾けるようになると、クリスタ嬢が母に教えてもらって歌詞を読んで歌を歌う。
クリスタ嬢もリップマン先生の勉強で簡単な単語は読めるようになっていたので、楽譜に書かれている文字を必死に読みながら歌っていた。
「パーティーまでは毎日練習をしましょうか。わたくし、毎日通って来ます」
「よろしくお願いします、先生。エリザベートとクリスタ嬢が上手に演奏できるようにしてやってください」
母に頼まれてピアノの先生はその日から毎日通ってきてくれていた。
リップマン先生の指導とピアノの先生の指導が毎日入って、わたくしとクリスタ嬢は慌ただしい日々を過ごしていた。
日課であるエクムント様の観察にも行けないが、もう少しだけなので今は自分がしなければいけないことを頑張ることにする。エクムント様もパーティーの当日には会場で護衛としてわたくしのピアノを聞いてくださるだろう。クリスタ嬢の歌とわたくしのピアノは少しずつ噛み合って、一つの曲を作り上げていた。
宿泊式のパーティーが近付くと、遠方にいる親戚も馬車で公爵家にやって来ていた。エクムント様の実家であるキルヒマン侯爵夫妻も馬車でやって来て、客間に泊まっていた。
エクムント様は公爵家に雇われた騎士であるので、キルヒマン侯爵夫妻と同じ扱いを受けることはできないが、休憩時間には両親であるキルヒマン侯爵夫妻に合えるようにわたくしの両親も取り計らってあげていた。
キルヒマン侯爵夫妻は、キルヒマン侯爵が白い肌に灰色の髪と金色の目だが、キルヒマン侯爵夫人は褐色の肌に黒髪に黒い目だ。辺境伯領の民はみんな褐色の肌に黒髪だと聞いているが、この国ではキルヒマン侯爵夫人の肌の色はとても目立った。
キルヒマン侯爵夫人の肌の色も、エクムント様の肌の色も、わたくしはエキゾチックで美しいと思うのだが、そうは思わないひともいるようだ。
辺境伯領は異国に接している領地なのだが、その異国の容貌だと蔑む輩もいる。キルヒマン侯爵はキルヒマン侯爵夫人の美しさに一目で心奪われて結婚を申し込んだのだが、その肌の色は三人の息子たちにしっかりと受け継がれた。
「ノメンゼン子爵ご一家の到着です」
庭に停まった馬車から降りて来る人影にクリスタ嬢がびくりと体を震わすのが分かった。豪奢なドレスを身に着けて、扇を手に持って、もう片方の手で娘のローザ嬢の手を引いているのはノメンゼン子爵夫人だ。その後ろからノメンゼン子爵が身を縮めるようにしてついて来ている。
「おねえさま……」
怯えてわたくしに縋り付くクリスタ嬢をわたくしはしっかりと抱き締めた。
「だいじょうぶです。ここにはおとうさまもおかあさまも、わたくしもいます。クリスタじょうにはてをださせません」
「おねえさま、そばにいて」
「クリスタじょうのそばをはなれません」
このお屋敷にはエクムント様もデボラもマルレーンもいる。ノメンゼン子爵夫人がクリスタ嬢に近付けば、誰かが気付いてくれるはずだ。
宿泊式のパーティーの始まりはクリスタ嬢の恐怖だったが、それが覆されるように、クリスタ嬢が楽しく過ごせるように、わたくしはしっかりとクリスタ嬢を守ろうと誓っていた。
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