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24.僕の決意
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偉いひとと会わなくてはいけなくなった。
僕の労いのためとか、今後のことを話し合いたいとか、ちょうど九州に出張があって来るとか、そういうのが重なって、僕は出版社の偉いひとと会わなければいけなくなった。
知らないひとと会うだけで緊張するのに、偉いひととなると胃がしくしくと痛み出す。
完璧に怖がっている僕に、寛が励ましてくれる。
「俺の店で話すんだろ。俺がいる。鈴木さんもいるんだろ?」
「う、うん」
寛のお店で話すことは決まっていたので、寛はいるのだが忙しくて出て来られないかもしれないし、鈴木さんも出版社の偉いひとと話すとなると、僕のことばかり構ってはいられないだろう。
怯えている僕は、その日までひたすら胃が痛かった。
打ち合わせの日に寛のお店に行くと、背の高い男性が立っていた。
その顔を見て僕は倒れそうになる。
普通の男性に見えるのだが、額にもう一つ目がある。
「ひぇ……」
「君は見えるひとみたいですね。我々妖も、人間社会に溶け込んで暮らしているんですよ」
この件は鈴木さんには内密に。
口止めをされてしまって、僕は三つ目の男性と一緒に店に入った。鈴木さんは既に来ていて、料理を頼んでいた。
コース料理で刺身の盛り合わせが運ばれて来るが、このご時世なので一人分ずつ分けられている。
どれくらいの量食べていいか考えなくていいのは助かる。
刺身を食べていると、三つ目の男性が話しかけて来た。
「今回の上下巻の企画も、メープル先生だから通したようなものだからね。メープル先生には固定のファンがついていますから」
「ありがとうございます」
「鈴木さんのお墨付きもあったし、絶対に売って見せると彼女はやる気でしたよ」
「鈴木さん、いつもありがとうございます」
編集の鈴木さんにも恵まれているし、お偉いさんの三つ目の男性も僕を買ってくれている。ありがたいとは思うのだが、いかんせん、三つ目の男性は怖い。
他のひとたちには三つ目の目は見えていないのだろうけれど、何か感じ取るものはないのだろうか。
「なめろう茶漬けです」
寛がお盆を持ってやってくると、不動明王に抱っこされてご満悦の顔だった猫又が、お偉いさんの姿に気付いて飛び降りてくんくんと匂いを嗅いでいる。
お偉いさんは猫又を自然に押しやりつつ、話を続ける。
「出版業界は今大不況だと言われてるけど、売れてるところは売れてるんですよ。メープル先生のようにはっきりとした読者層がいる作家は強い。メープル先生にはこれからも頑張ってもらわないといけませんね」
乾杯とグラスを持ち上げられても、僕はお酒が飲めないので、お茶の湯飲みを持ち上げる。鈴木さんはビールでほろ酔いになっていた。
「メープル先生は本当に人気があるんですよ。自覚してくださいね」
「は、はい」
「サイン会も、ファンの集いもできないのが残念ですけど」
僕は女性の作家として読者に認識されているので、サイン会もファンの集いもできない。
サイン会やファンの集いができないことに関しては、ずっと続いているパンデミックのせいにしているのだが、僕の正体がバレてしまうのはそんなによくないのだろうか。
「僕がメープルシュガーだとバレるのはよくないですか?」
僕の問いかけに鈴木さんとお偉いさんが顔を見合わせる。
「私は悪くないと思っています」
「一定のファンは離れるかもしれないけれど、それで離れるファンというのは、そこまでだったということで。ほとんどのファンは離れないと思いますよ」
これまで僕は自分を偽って来たのかといえば、そうでもない。
可愛いキャラクターが好きなのも、甘いお菓子が好きなのも、僕には変わりなく、僕が素でやっていることで僕は女性と勘違いされていた。
その勘違いをいつか正さねばならない日が来るのではないだろうか。
「僕、サイン会、やってみてもいいです」
以前の僕ならば絶対に挑戦したくなかったことだが、今の僕ならばできるような気がする。
たくさんのひとではないものに出会って、僕は成長できたような気がするのだ。
「ずっと謎だったメープルシュガー先生のサイン会。これは盛り上がりそうですね」
「申込者が大量に来そうですよ」
お偉いさんも鈴木さんも、僕のサイン会に賛成のようだった。
お偉いさんと鈴木さんが帰ってから、僕は店の中に入って座敷に座り込む。
座り込んだ僕に、寛が忙しい中でも抜けてきてお茶を持ってきてくれた。
「ものすごく大胆なことを言っちゃったかもしれない」
「お偉いさんと揉めたのか?」
「ううん……僕、顔出しをして、サイン会をしようって決めたんだ」
ずっと読者さんを騙していることに僕は罪悪感があった。
いつかはバレてしまうことだし、隠せば隠すほど、バレたときの衝撃は大きいものだろう。
大学時代にデビューしてからもう七年。
ずっと僕は読者さんに僕のことを女性作家だと錯覚させていた。
その錯覚を取り払うときが来たのだ。
「一度、性別を明かしてしまえば、SNSで声で読者さんと交流することもできるし、ずっと前から考えてはいたんだ」
僕が言えば、寛はゆっくりと頷く。
「性別くらいでファンを止めるなら、その程度だったってことだよ」
「それ、お偉いさんにも言われたよ」
「そうか」
僕の言葉に寛は黙ってしまったが、店が終わるまで僕を座敷に置いてくれて、店の片付けまで終わってから僕と寛は一緒に帰った。
アルバイト体験があったので、僕は店の片付けを手伝うことができた。
部屋に戻ると寛が珍しく冷凍チャーハンを炒めていた。チャーハンはパラパラになるように自分で作るのが寛の拘りなのに珍しい。
「冷凍チャーハンとか食べるんだ」
「冷凍チャーハンは馬鹿にならないんだ。大量に作るからコストパフォーマンスもいいし、味も安定している。たまには食べて、研究したいんだよ」
「チャーハン定食も作るつもり?」
「想像してくれ。チャーハンを海苔で巻く」
「それ、絶対に美味しい奴!」
寛のチャーハンが海苔で巻かれているところを想像するだけで、僕はたくさん食べたのに涎が出てきそうになる。
それだけ寛のチャーハンは美味しいのだ。
「チャーハン海苔巻き。革命が起きるかもしれないね」
「俺の店に革命を起こしてみせる」
そんなことを話しながら、僕と寛は笑っていた。
サイン会にはどうしても遠征して本州の方に行かなければいけない。
一人旅をしたことのない僕は、寛に頼るつもり満々だった。
「ゆーちゃん、一緒に来てくれる?」
「店が忙しいんだよな」
「そっか……」
僕がしょんぼりしていると、寛が僕を見上げて苦笑する。
「かーくんは俺がいないとダメだからな」
「そうだよ。ゆーちゃんがいないとダメなんだよ」
僕が答えると、寛は僕に笑ってみせた。
「女将さんと相談してみるよ。日帰りは無理そうだもんな」
「日帰りは無理だよね。飛行機で飛んだとしても……」
「飛行機はちょっと」
「え?」
飛行機で飛べばサイン会のある地まで二時間ちょっとで行けることを僕が口に出すと、寛が躊躇っている。
「あんな大きな鉄の塊が空を飛ぶんだぞ?」
「そうだよ。飛行機だからね」
「無理だ。怖すぎる!」
僕はずっとひとではないものが怖くて、寛には怖いものなんてないんだとばかり思っていた。
それが寛にも怖いものがあった。
「ゆーちゃん、飛行機が怖いの?」
「す、好きじゃないだけだ」
「飛行機で行けばすぐなんだけど」
「新幹線でいいだろ! 新幹線で!」
結局僕は寛に連れて行ってもらうので文句を言うわけにはいかない。
飛行機ならばすぐなのにという思いと、寛にも怖いものがあったんだという思いが入り混じって、僕は笑ってしまった。
「笑うなよ……かーくんにも怖いものくらいあるだろう?」
「僕は怖いものだらけの臆病者だからね。ゆーちゃんに怖いものがあったなんてしらなかった」
「あんなデカい鉄の塊が空を飛ぶんだぞ? 怖くないわけがないだろう!」
僕は科学を信じているから飛行機は怖くないけれど、ひとではないものは怖い。
寛は科学を信じていないから飛行機は怖いけれど、ひとではないものは見えないし感じないので怖くない。
「あんまり笑うな」
「もう笑ってないよ。ごめんね。ゆーちゃんは僕が見えるものを怖がっているのを笑わないのに、笑っちゃって」
謝ると寛は片手で顔を覆っていた。
「怖いものは怖いんだ」
「分かるよ。僕も怖いものは怖い」
そして、その怖いものを他人から理解されない悲しみも知っている。
寛が飛行機が怖いということで笑ってしまったのは申し訳なかったと反省する。
謝った僕に、寛は「いいよ」と寛容に受け止めてくれた。
僕の労いのためとか、今後のことを話し合いたいとか、ちょうど九州に出張があって来るとか、そういうのが重なって、僕は出版社の偉いひとと会わなければいけなくなった。
知らないひとと会うだけで緊張するのに、偉いひととなると胃がしくしくと痛み出す。
完璧に怖がっている僕に、寛が励ましてくれる。
「俺の店で話すんだろ。俺がいる。鈴木さんもいるんだろ?」
「う、うん」
寛のお店で話すことは決まっていたので、寛はいるのだが忙しくて出て来られないかもしれないし、鈴木さんも出版社の偉いひとと話すとなると、僕のことばかり構ってはいられないだろう。
怯えている僕は、その日までひたすら胃が痛かった。
打ち合わせの日に寛のお店に行くと、背の高い男性が立っていた。
その顔を見て僕は倒れそうになる。
普通の男性に見えるのだが、額にもう一つ目がある。
「ひぇ……」
「君は見えるひとみたいですね。我々妖も、人間社会に溶け込んで暮らしているんですよ」
この件は鈴木さんには内密に。
口止めをされてしまって、僕は三つ目の男性と一緒に店に入った。鈴木さんは既に来ていて、料理を頼んでいた。
コース料理で刺身の盛り合わせが運ばれて来るが、このご時世なので一人分ずつ分けられている。
どれくらいの量食べていいか考えなくていいのは助かる。
刺身を食べていると、三つ目の男性が話しかけて来た。
「今回の上下巻の企画も、メープル先生だから通したようなものだからね。メープル先生には固定のファンがついていますから」
「ありがとうございます」
「鈴木さんのお墨付きもあったし、絶対に売って見せると彼女はやる気でしたよ」
「鈴木さん、いつもありがとうございます」
編集の鈴木さんにも恵まれているし、お偉いさんの三つ目の男性も僕を買ってくれている。ありがたいとは思うのだが、いかんせん、三つ目の男性は怖い。
他のひとたちには三つ目の目は見えていないのだろうけれど、何か感じ取るものはないのだろうか。
「なめろう茶漬けです」
寛がお盆を持ってやってくると、不動明王に抱っこされてご満悦の顔だった猫又が、お偉いさんの姿に気付いて飛び降りてくんくんと匂いを嗅いでいる。
お偉いさんは猫又を自然に押しやりつつ、話を続ける。
「出版業界は今大不況だと言われてるけど、売れてるところは売れてるんですよ。メープル先生のようにはっきりとした読者層がいる作家は強い。メープル先生にはこれからも頑張ってもらわないといけませんね」
乾杯とグラスを持ち上げられても、僕はお酒が飲めないので、お茶の湯飲みを持ち上げる。鈴木さんはビールでほろ酔いになっていた。
「メープル先生は本当に人気があるんですよ。自覚してくださいね」
「は、はい」
「サイン会も、ファンの集いもできないのが残念ですけど」
僕は女性の作家として読者に認識されているので、サイン会もファンの集いもできない。
サイン会やファンの集いができないことに関しては、ずっと続いているパンデミックのせいにしているのだが、僕の正体がバレてしまうのはそんなによくないのだろうか。
「僕がメープルシュガーだとバレるのはよくないですか?」
僕の問いかけに鈴木さんとお偉いさんが顔を見合わせる。
「私は悪くないと思っています」
「一定のファンは離れるかもしれないけれど、それで離れるファンというのは、そこまでだったということで。ほとんどのファンは離れないと思いますよ」
これまで僕は自分を偽って来たのかといえば、そうでもない。
可愛いキャラクターが好きなのも、甘いお菓子が好きなのも、僕には変わりなく、僕が素でやっていることで僕は女性と勘違いされていた。
その勘違いをいつか正さねばならない日が来るのではないだろうか。
「僕、サイン会、やってみてもいいです」
以前の僕ならば絶対に挑戦したくなかったことだが、今の僕ならばできるような気がする。
たくさんのひとではないものに出会って、僕は成長できたような気がするのだ。
「ずっと謎だったメープルシュガー先生のサイン会。これは盛り上がりそうですね」
「申込者が大量に来そうですよ」
お偉いさんも鈴木さんも、僕のサイン会に賛成のようだった。
お偉いさんと鈴木さんが帰ってから、僕は店の中に入って座敷に座り込む。
座り込んだ僕に、寛が忙しい中でも抜けてきてお茶を持ってきてくれた。
「ものすごく大胆なことを言っちゃったかもしれない」
「お偉いさんと揉めたのか?」
「ううん……僕、顔出しをして、サイン会をしようって決めたんだ」
ずっと読者さんを騙していることに僕は罪悪感があった。
いつかはバレてしまうことだし、隠せば隠すほど、バレたときの衝撃は大きいものだろう。
大学時代にデビューしてからもう七年。
ずっと僕は読者さんに僕のことを女性作家だと錯覚させていた。
その錯覚を取り払うときが来たのだ。
「一度、性別を明かしてしまえば、SNSで声で読者さんと交流することもできるし、ずっと前から考えてはいたんだ」
僕が言えば、寛はゆっくりと頷く。
「性別くらいでファンを止めるなら、その程度だったってことだよ」
「それ、お偉いさんにも言われたよ」
「そうか」
僕の言葉に寛は黙ってしまったが、店が終わるまで僕を座敷に置いてくれて、店の片付けまで終わってから僕と寛は一緒に帰った。
アルバイト体験があったので、僕は店の片付けを手伝うことができた。
部屋に戻ると寛が珍しく冷凍チャーハンを炒めていた。チャーハンはパラパラになるように自分で作るのが寛の拘りなのに珍しい。
「冷凍チャーハンとか食べるんだ」
「冷凍チャーハンは馬鹿にならないんだ。大量に作るからコストパフォーマンスもいいし、味も安定している。たまには食べて、研究したいんだよ」
「チャーハン定食も作るつもり?」
「想像してくれ。チャーハンを海苔で巻く」
「それ、絶対に美味しい奴!」
寛のチャーハンが海苔で巻かれているところを想像するだけで、僕はたくさん食べたのに涎が出てきそうになる。
それだけ寛のチャーハンは美味しいのだ。
「チャーハン海苔巻き。革命が起きるかもしれないね」
「俺の店に革命を起こしてみせる」
そんなことを話しながら、僕と寛は笑っていた。
サイン会にはどうしても遠征して本州の方に行かなければいけない。
一人旅をしたことのない僕は、寛に頼るつもり満々だった。
「ゆーちゃん、一緒に来てくれる?」
「店が忙しいんだよな」
「そっか……」
僕がしょんぼりしていると、寛が僕を見上げて苦笑する。
「かーくんは俺がいないとダメだからな」
「そうだよ。ゆーちゃんがいないとダメなんだよ」
僕が答えると、寛は僕に笑ってみせた。
「女将さんと相談してみるよ。日帰りは無理そうだもんな」
「日帰りは無理だよね。飛行機で飛んだとしても……」
「飛行機はちょっと」
「え?」
飛行機で飛べばサイン会のある地まで二時間ちょっとで行けることを僕が口に出すと、寛が躊躇っている。
「あんな大きな鉄の塊が空を飛ぶんだぞ?」
「そうだよ。飛行機だからね」
「無理だ。怖すぎる!」
僕はずっとひとではないものが怖くて、寛には怖いものなんてないんだとばかり思っていた。
それが寛にも怖いものがあった。
「ゆーちゃん、飛行機が怖いの?」
「す、好きじゃないだけだ」
「飛行機で行けばすぐなんだけど」
「新幹線でいいだろ! 新幹線で!」
結局僕は寛に連れて行ってもらうので文句を言うわけにはいかない。
飛行機ならばすぐなのにという思いと、寛にも怖いものがあったんだという思いが入り混じって、僕は笑ってしまった。
「笑うなよ……かーくんにも怖いものくらいあるだろう?」
「僕は怖いものだらけの臆病者だからね。ゆーちゃんに怖いものがあったなんてしらなかった」
「あんなデカい鉄の塊が空を飛ぶんだぞ? 怖くないわけがないだろう!」
僕は科学を信じているから飛行機は怖くないけれど、ひとではないものは怖い。
寛は科学を信じていないから飛行機は怖いけれど、ひとではないものは見えないし感じないので怖くない。
「あんまり笑うな」
「もう笑ってないよ。ごめんね。ゆーちゃんは僕が見えるものを怖がっているのを笑わないのに、笑っちゃって」
謝ると寛は片手で顔を覆っていた。
「怖いものは怖いんだ」
「分かるよ。僕も怖いものは怖い」
そして、その怖いものを他人から理解されない悲しみも知っている。
寛が飛行機が怖いということで笑ってしまったのは申し訳なかったと反省する。
謝った僕に、寛は「いいよ」と寛容に受け止めてくれた。
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