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最終章 王子と令嬢の結婚

16.新年のパーティーと先代宰相の沙汰

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 ロヴィーサ嬢とセシーリア嬢がトンカツを作っていく。
 分厚い豚の肉をロヴィーサ嬢が切って、セシーリア嬢が手際よく塩コショウをして衣をつける。衣の付いた豚肉をロヴィーサ嬢が油で揚げる。
 二人の連携の取れた動きに、僕もユリウス義兄上も感心して見ていることしかできなかった。

「ユリウス殿下は揚がったトンカツを切ってソースをつけて、おむすびにしてください」
「エドヴァルド殿下はご飯を炊いてくださいね」

 ユリウス義兄上と僕に指示を出すさまも堂々としている。王城の厨房はすっかりとロヴィーサ嬢とセシーリア嬢のものだった。

「揚げ物は危ないからさせてもらえないのですよね。教えてもらえませんか?」
「ユリウス殿下、一緒に天ぷらを揚げましょうか?」
「よろしくお願いします」
「危ないと言われたときには、油を少なめにして揚げてみてもいいかもしれません」

 付きっきりでロヴィーサ嬢がユリウス義兄上に天ぷらの揚げ方を教えている。油の温度を確かめる方法も教えていた。

「衣を少しだけ垂らし入れて、すぐに上がってきたら、油が温まっている証拠です」
「分かりました」
「トンカツの場合はパン粉を少しだけ入れてみてください」

 丁寧に教えるロヴィーサ嬢に、ユリウス義兄上も問題なく天ぷらを揚げられていた。
 ロヴィーサ嬢とユリウス義兄上が天ぷらを揚げている間に、セシーリア嬢はジャガイモを潰して、炒めたミンチと玉ねぎと人参と混ぜて、衣をつけてコロッケの準備までしていた。

「せっかくの新年のパーティーですもの。食べるものはたくさんあった方がいいでしょう?」
「セシーリア様ったら、本当に手際がよくなって。素晴らしいですわ」
「ありがとうございます、ロヴィーサ様。コロッケはわたくしが揚げますね」

 かつむすと天むすにコロッケまで付いて、豪華なパーティーの料理が出来上がった。僕は結局ご飯を炊いて、おむすびを作っただけだったが、それでも手伝えたので満足していた。

「料理を作り始めてから学びました。どんなものもひとの努力の上に存在しているのだと。私は食べ物も、衣服も、全て大事にしようと思っています」

 生まれながらの王族で、食べることに困るようなことも、着るものに困るようなこともなかったユリウス義兄上にしてみれば、実際に料理を作ってみるまでは、そこにそれだけの労力があるかを知るはずもないだろう。
 ほとんどの貴族が自分たちの生活の下には他のものの労力があることを自覚していない。それではいい国になるはずもない。
 国の頂点に立つ王配殿下のユリウス義兄上がそれを知り、エリアス兄上に伝えているのだとすればこの国の未来は明るいのではないかと思えた。

 新年のパーティーではエリアス兄上とユリウス義兄上が儀礼的な挨拶をして、貴族たちから挨拶をされていた。
 少し離れたところで見ていた僕に、アルマスとヘンリッキが近寄ってくる。アルマスとヘンリッキとは、先代宰相家を襲いに行ってから連絡を取っていなかった。

「先代の宰相閣下は人間絶対主義者の団体に入っていたとされて、投獄されたみたいだな」
「エドヴァルド殿下の家庭教師で、エクロース家に紛れ込んでいた家庭教師も、同じ人間絶対主義者だったのですか?」
「そうだったよ。高等学校に講義に来た偽物の講師も、人間絶対主義者の団体の一員だったようだよ」

 僕の答えにアルマスもヘンリッキも顔を顰める。

「人間が一番偉いなんて考えの奴らは、魔族の恩恵にはあずかってないのかな」
「魔族の魔法がないとこの国は立ち行かないのに」

 魔族が作る魔法具がなければこの国の豊かな生活は成り立たない。この国を移動する手段である列車だって、魔族の魔法をエネルギーに変えて動かしているし、マジックポーチを中心に魔法具は平民にまで行き渡っている。
 魔法具が平民にまで行き渡るということは、それだけ安い値段で魔族の魔法具職人さんが作ってくれているということなのだ。その他にも医療器具や冷蔵技術などにも魔法は広く浸透している。
 魔法具がなければこの豊かさはないのに、それを否定して、魔族を拒否する姿勢は受け入れがたいものだった。

「先代宰相がそんな団体に入っていたなんて、国同士の問題にも発展しかねないから、先代宰相の一族は政治犯として一生投獄されることになると思う」

 僕の前だから父上もエリアス兄上もはっきりとは言わなかったが、僕は政治には疎いとはいえそれくらいは察していた。
 冬休みの間に魔族の国のお祖父様とお祖母様に会っておきたい。お祖父様とお祖母様には非公式に事の顛末を伝えて、母上が亡くなったきっかけを作ったのが先代の宰相だということは伝えたい。
 国同士の問題になると困るので、あくまでも非公式の話だったが。

「エドヴァルド殿下は先代宰相を捕らえて、裁きにかけたんだな」
「私たちはエドヴァルド殿下が魔族だと知っているけれど、私たちと同じと思っています。魔法が使えるだけで、魔族も人間も変わりはないのではないでしょうか」
「国民のほとんどがそう思ってくれているはずだ。魔族は憎むべき相手ではなく、信頼できる隣人だと。そう信じたいよ」

 今回の事件は僕にとってはショックなことも多かった。人間絶対主義者の団体の姿を見せつけられることになったからだ。家庭教師もその団体の一員で、魔族である僕を差別していた。
 幼い僕はどうして自分が差別されるのかも分からずに、自分が劣っているからだと信じ込んでしまっていた。
 僕に劣等感を植え付けたのもあの家庭教師の歪んだ信念からだったのかと思うと、怒りが湧いてくる。

「エドヴァルド殿下、アルマス様とヘンリッキ様と話していたのですね」
「ロヴィーサ嬢、一人にしてすみませんでした」
「いいえ、わたくしはセシーリア嬢と会場を回っていました。王家のテーブル以外のテーブルに何があるかを見て来たのですよ」

 優雅な足取りで近付いてくるロヴィーサ嬢に気付いて、僕はぱっと表情を明るくする。ロヴィーサ嬢が来るとアルマスもヘンリッキも目礼してその場を離れていった。

「何をお話しされていたのですか?」
「先代宰相の沙汰についてです」
「恐らくは一族全員が一生投獄となるでしょうね」
「ロヴィーサ嬢もそう思いますか?」
「彼らの思想は危険です。この国の先代の宰相とまでなった人物が、人間絶対主義者だったとなると、他の貴族にも影響が出てきます。他の人間絶対主義者への見せしめも込めて、一族全員を一生投獄ではないかと思っていたのです」
「エリアス兄上も父上も血生臭いことは好みませんからね」

 全員処刑するとまではいかないが、一生投獄ならば国内にいる人間絶対主義者の団体に所属するものへの牽制にもなるし、先代宰相ともなった相手の首を簡単に切るわけにもいかない事情があった。

「あのお屋敷、調べてみたら魔法具が一切見付からなかったそうですよ」
「え!? 冷蔵庫もマジックポーチも使っていないということですか!?」
「そういう暮らしをするのが、人間絶対主義者の誇りのようです」

 便利だから僕は冷蔵庫も冷凍庫も使うし、マジックポーチも、転移の魔法がかけられた魔法石も使う。エルランド兄上も父上も魔法石を作ったようだし、それまでは魔法をエネルギーに変えて走らせていた列車にも乗っていた。
 魔法はこの国に根強く広まっているのに、その便利さを享受せずに、魔族という存在を否定する。それは僕には愚かしい行為に見えていた。

「国王陛下から発表がありますよ」

 ロヴィーサ嬢に促されて、僕が壇上のエリアス兄上とユリウス義兄上を見ると、エリアス兄上が口を開いた。

「先代宰相が魔族を否定する妄想に憑りつかれていたことは既に知られていると思う。先代宰相は領地を取り上げた上に、一族全員を一生投獄することとした」
「先代宰相の妄想を公にしたのは、ロヴィーサ・ミエト公爵、ヘンリッキ・ハーヤネン公爵子息、アルマス・バックリーン伯爵子息です」
「先代宰相の取り上げた領地はミエト家、ハーヤネン家、バックリーン家に分け与えることとする」

 さすがにこのことをロヴィーサ嬢が先に聞いていないはずはない。
 僕のいないところでエリアス兄上とユリウス義兄上はロヴィーサ嬢に伝えたのだろう。

 ロヴィーサ嬢とアルマスとヘンリッキが前に出る。

「ミエト家、いただいた領地を豊かに治めることを誓います」
「ハーヤネン家、今後とも国王陛下に忠誠を誓います」
「バックリーン家、いただいた領地は有効活用致します」

 ロヴィーサ嬢とヘンリッキとアルマスが膝をついて礼をする。エリアス兄上もユリウス義兄上もそれを壇上の上で座って見届けていた。

「領地がまた増えるのですね」
「はい。新しい領地には新しい魔窟があります」
「え!? もう一つ魔窟が領地にあるようになるのですか!?」

 魔窟とはモンスターの養殖場だから、僕は期待してしまう。

「管理人さんを雇わなくてはいけませんね」

 ロヴィーサ嬢の笑顔に、僕は新しい魔窟で採れるモンスターにわくわくしていた。
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