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最終章 王子と令嬢の結婚

14.先代宰相の屋敷襲撃

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「父上、僕は家庭教師を許せませんが、情報を引き出すためならば交渉してもいいと思うのです」

 僕の申し出に父上も考えている。

「あの家庭教師は先代の宰相から推薦されて雇ったものだった。先代の宰相家の遠縁に当たると言われている」
「魔族はこの国にとってなくてはならない存在です。魔族の国の国王陛下であるお祖父様もお妃様のお祖母様も、我が国にとても友好的で、僕や兄上たちを可愛がってくれています。魔族の国から輸入される魔法具は、魔法を使えないこの国のひとたちにとってなくてはならないものです」

 必死に訴える僕に、エリアス兄上もエルランド兄上も僕の肩を支えてくれる。

「エドの言う通りです。誰も生まれる種族を選べません。魔族に生まれただけで差別するというのはおかしいと思うのです」
「魔族がどれだけこの国に恩恵を与えているか。それを踏みにじるような真似は許されません」

 エリアス兄上とエルランド兄上の胸の中には、この国で魔族として生まれてきてしまった僕の存在が刻まれているのだろう。僕は魔族として生まれたが、この国の王子で、魔族の国の住人ではない。
 母上は魔族だったが、この国に嫁いできて、毒となる魔力を持った食材を王城の厨房に入れないようにするために、魔力を持った食材を断ち、魔力が枯渇した状態で僕を産んで亡くなった。
 母上の意思を継ぐために僕もできる限り王城の厨房に毒となる食材は入れないようにはしていたが、成長期の僕の体にはどうしても魔力が必要で、生死の境をさまよっているような状態だった。

「魔族は毒を食べているから、毒が王家の食卓に乗ることになると結婚を反対した宰相がいたから、シーラは魔力のこもった食材を一切食べないことにしたのかもしれない」
「母上が先代の宰相に言われて、魔力のこもった食材を断ったということですか?」
「宰相は周囲を煽って、シーラが嫁いで来ようとするのを邪魔しようとした。私は宰相と戦い、シーラは魔力のこもった食材をこの国に持ち込まないという誓いを立てて、結婚にこぎつけたのだ」

 母上が魔力のこもった食材を口にしなかったのは、先代宰相との駆け引きがあってのことだった。成人していた母上は魔力が枯渇しても魔法が使えなくなるだけだと考えていたようだが、魔族である僕を妊娠して出産したことで、魔力が枯渇した体を酷使して亡くなってしまった。

「僕はずっと、僕が生まれてきたことで母上が亡くなったのだと思っていました。そうではなかった。先代宰相が関わっていたのですね」
「今思えばそうだった。私はシーラと結婚できたことで浮かれて、シーラの苦痛を理解せずに、シーラを死に追いやった」
「いいえ、違います! 父上が悪いのではない。先代宰相が母上に魔力のこもった食材を王城に持ち込ませないことを誓わせたことが悪いのです!」

 確かに僕も父上や普通の人間には毒になりうる魔力のこもった食材を、父上の食事も作る厨房に持ち込むことを躊躇っていた。魔力のこもった食材から毒素を抜く技術が開発されたときは、本当に嬉しかった。
 母上の嫁いできた時期にはそんな技術はなく、母上は栄養にならない、毒にも近いような人間の食べ物を口にしていたのだ。

「母上をそのように追い詰めた相手を許せない!」

 許せないのだが、どうすれば先代宰相を断罪できるか僕には分からなかった。
 僕には力がない。
 落ち込んでいると、ロヴィーサ嬢が僕に囁いた。

「エド殿下、モンスターを狩りに行きましょう!」
「どういうことですか、ロヴィーサ嬢?」
「モンスターを追っていたら、他の領地に入ってしまうのはよくあることです。モンスターが逃げ込んだのだから仕方がないのです。モンスターを倒さない方が被害が広がって、住民に迷惑をかけますから、領主も理解してくれます」

 ロヴィーサ嬢はこう提案しているのだ。
 モンスターをわざと先代宰相の領地に追い込んで、そこで仕留める。
 モンスターに領地が襲われたとなると、先代宰相家の人間も出てきて、モンスターを狩ってくれた冒険者に礼をしなければいけない。
 そのときに僕は先代宰相と話をすればいいのだと。

「ロヴィーサ嬢、それでいきましょう」
「アルマス様にも来ていただきましょう。相手は毒を使う可能性があります。毒にはアルマス様の煎じるマンドラゴラの薬湯が必要です」
「ヘンリッキにも声をかけましょう。マンドラゴラ兵団が助けてくれるかもしれません」

 僕とロヴィーサ嬢とアルマスとヘンリッキで先代宰相を追い詰められるかもしれない。
 これを思い付いたロヴィーサ嬢に僕は感謝していた。

 お魚四号さんとオリーヴィアさんに相談して、下層階から巨大な鳥のモンスターを一羽、魔窟の外に出してもらった。ロヴィーサ嬢が僕を見る。

「エド殿下お願いします」
「分かりました!」

 風の魔法で攻撃すると、巨大な鳥のモンスターは逃げて行く。高く飛んで逃げられないように風切り羽はつむじ風の魔法で切っておいて、飛び上がったモンスターをマンドラゴラ兵団とロヴィーサ嬢と僕の魔法で追い込みながら先代宰相家の敷地に誘導する。
 巨大な鳥のモンスターが出て、先代宰相家の領地は大騒ぎになっていた。

「誰か、あのモンスターを狩ってくれ!」
「我が屋敷が被害を受ける!」

 先代宰相と思しき人物が、巨大な屋敷の庭で妻と共に兵士たちに命じている。モンスターとなると兵士たちもすぐには動けない。
 わざと先代宰相の屋敷の庭まで巨大な鳥のモンスターを追い込む。巨大な鳥のモンスターには、マンドラゴラ兵団がびっしりと取り付いて、竹串で攻撃している。
 マンドラゴラ兵団に取りつかれて動けなくなっている巨大な鳥のモンスターの前に出て、ロヴィーサ嬢が先代宰相に問いかけた。

「エクロース家の令嬢、ハンナマリ様の事件、先代宰相閣下は関わりがないと誓えますか?」
「は? 何を言っている! 早くモンスターを倒すのだ!」
「お返事を頂けないと倒せません」
「関わっているはずがないだろう!」

 先代宰相が答えるのに、ロヴィーサ嬢がちらりと僕の方を見る。僕は歩み出て先代宰相に問いかけた。

「僕の母に魔力のこもった食材を食べないように誓わせたのは、あなたですね? その結果、母は衰弱していった」
「魔族が食べるものは人間にとっては毒! そんなものを陛下の食事を作る厨房に入れるなど言語道断です!」
「それはその通りなのですが、別の厨房を作らせるなど他の手もあったのでは?」
「毒を食べて生きる魔族にはお分かりにならないのでしょう。陛下と食卓を共にするテーブルに、毒が並んでいる恐怖が」

 確かに魔族の食べるものは人間にとっては毒になりうるものだけれど、気を付けていればそれが混ざることはない。僕も魔力のこもった食材が潤沢に食べられたわけではないが、王城にいたときにきちんと分けられていたから、誰も害することなく、僕は命を繋げていた。

「方法はいくらでもあったはずです。あなたはそれを消してしまった」
「殿下は何が仰りたいのですか? 私が魔族のお妃様を殺したとでも?」

 先代宰相の言葉に、僕は答える。

「ずっと僕が生まれたことで母は死んだのだと思っていました。けれどそうではなかった。あなたが母に魔力のこもった食材を断つように誓わせたからではないのですか?」
「魔族など……」
「なんですか?」
「いえ、なんでもありません。こんな話をしている場合ではないのです。モンスターを倒してください」

 先代宰相には何か秘密がある。
 僕は確信していた。

「アルマス、マンドラゴラを出して」
「おう? 何に使うんだ?」
「マンドラゴラが暴走しても、それは植物がやったことだから、天災だよね?」

 アルマスのマジックポーチからはマンドラゴラの群れがぞろぞろと出て来る。
 マンドラゴラたちは奇声を上げながら、先代宰相のお屋敷に向かってぶつかって行った。先代宰相のお屋敷に穴が空き崩れていく。

「びぎゃー!」
「びょえー!」
「ぎょわー!」

 マンドラゴラの突進に先代宰相が愕然としている。

「私の屋敷が!? 何をする! これだから魔族は!」
「魔族は?」
「神が作りたもうた選ばれた民はこの国のものだけ。魔族は悪しき民なのだ! 魔族の血がこの国の王家に入った時点で、この国は終わっていた!」

 断罪するように僕に近付いてくる先代宰相だが、僕と先代宰相の間にロヴィーサ嬢が軽々と鳥のモンスターを投げた。鳥のモンスターに阻まれて僕に近寄れない先代宰相にロヴィーサ嬢が告げる。

「その文言、聞いたことがあります。あなたは、人間絶対主義者の団体に入っていらっしゃるのですね」

 魔族を排除する人間絶対主義者の団体がこの国でも僅かに存在するという話は聞いていた。
 先代宰相はそれだったのだ。

「お話は、王城で伺いましょう。お屋敷もなくなったことですし」

 ロヴィーサ嬢が言った瞬間に、先代宰相のお屋敷は崩れ落ちて瓦礫に変わって、マンドラゴラたちがやり遂げた顔で戻って来ていた。
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