上 下
161 / 180
最終章 王子と令嬢の結婚

11.黒幕は誰か

しおりを挟む
 エクロース家の令嬢、ハンナマリ嬢は、隣国に嫁ぐはずだった。
 しかし、高等学校の五年生のときに、僕をジュニア・プロムに誘って、そのことで僕が古くからの公爵家であるエクロース家が、新参の公爵家であるミエト家にマウントを取ろうとしているのではないかと勘違いして、大騒ぎにしてしまった。
 結果として、ハンナマリ嬢の結婚はなくなって、ハンナマリ嬢は高等学校を卒業した後で研究課程に進学していた。
 エクロース家としても、隣国に嫁ぐはずだったハンナマリ嬢が縁談を断られたということで、次の縁談にすぐに進むには外聞が悪かったし、貴族の令嬢は研究過程まで勉強しておくべきという現代の風潮に乗ったことにしたかったのだろう。

 できるだけ早く結婚、出産をさせるために、貴族の中では高等学校を卒業したらすぐに令嬢を結婚させようという因習がある。
 ロヴィーサ嬢はミエト家の当主だったので当然研究課程に進むことを望んでいたが、所領を騙し取られて貧乏で研究課程に進むことが困難だった時期もあった。それでも冒険者として身分を隠して働いて、ロヴィーサ嬢は王家の僕の食料を仕入れてくれるという約束の元、大量の報奨金を得て、無事に研究課程に入学できた。

 その後には所領も取り戻し、ヘンリッキの事件を経てミエト家が公爵家にもなって、ロヴィーサ嬢は立派な公爵家の当主となった。

 ヘンリッキのハーヤネン公爵家はミエト家に忍び込んだ罪でミエト家に頭が上がらないし、エクロース公爵家もハンナマリ嬢のことでミエト家に盾突くことはできない。
 ミエト家は誰もが認める公爵家の頂点に立っていて、王家との繋がりも深く、隣国の王家からも、魔族の国の王家からも認められていた。

「妬まれないはずがないと思っていました」
「僕もあまりにも無防備だったと思います」
「まさか、こんなことになってしまうなんて」

 完全に言いがかりなのだが、ロヴィーサ嬢と僕はエクロース家から訴えられていた。
 訴えの内容は、令嬢のハンナマリ嬢を呪ったということだ。
 全身に発疹ができて、高熱で苦しんでいるというハンナマリ嬢は、生死の境をさまよっている。

 父上とエリアス兄上はこの訴えをあっさりと却下した。

「エドヴァルドには他人を呪うような能力はない」
「勝手に逆恨みをして、ミエト家を訴えるとはどういうことだ」

 父上とエリアス兄上はお怒りだったが、エクロース家は証拠として屋敷の窓に残っていた跡を示して来た。窓をこじ開けたときに残ったとされるその跡を、エクロース家の夫妻はこう主張している。

「ロヴィーサ様がつけていらっしゃる、鬼の力の指輪の跡に違いありません」
「ロヴィーサ様の指輪を、この跡と比べてみてください」

 この時点で僕は奇妙なことに気付いていた。
 ロヴィーサ嬢の怪力は全て鬼の力の指輪の能力だ。
 ロヴィーサ嬢から鬼の力の指輪を外させることが、この事件の狙いではないのだろうか。

「ロヴィーサ嬢、どうしますか?」

 僕の問いかけに、ロヴィーサ嬢は凛と顔を上げた。

「参りましょう。ただし、バックリーン家のアルマス様も一緒にお願いいたします」
「アルマスを?」
「わたくし、ハンナマリ嬢の状態が呪われたものとは思っておりません。アルマス様なら、助けられるのではないかと思っております」

 ロヴィーサ嬢は嫌疑を晴らすだけでなく、アルマスの力を借りてハンナマリ嬢を助けることまで考えていた。
 警備兵の見守りの元、ロヴィーサ嬢と僕とアルマスはエクロース家に向かった。
 問題の指輪の跡は、二階のハンナマリ嬢の部屋の窓についていた。
 警備兵に確認してもらいながら、ロヴィーサ嬢が指輪を跡に重ねる。
 確かに形は似ているが、模様が全く違っていた。

「ロヴィーサ様ではなかったのですか!?」
「それでは、ハンナマリは誰に呪われたのでしょう!?」

 青ざめているエクロース家の夫妻にロヴィーサ嬢が穏やかに聞く。

「この指輪の跡が、鬼の力の指輪だと言ったのは誰ですか?」
「ハンナマリは研究課程に入学してから勉強について行けずに苦しんでいました」
「それで、わたくしたちはハンナマリのために家庭教師を雇ったのです」
「かつては王家で家庭教師をされていたという方です」

――エドヴァルド殿下は、こんな問題も解けないのですか?
――エリアス殿下はエドヴァルド殿下の年にはもっと先の問題を解いていましたよ。
――ヒルダ王女殿下はもっと優秀でした。

 病弱で勉強どころではなかった僕を馬鹿にして、劣等感を植え付けた家庭教師がこの屋敷の中にいる。

「その家庭教師を即座に捕まえて!」
「心得ました!」

 警備兵たちが屋敷の中を歩き回り、家庭教師を探している間に、アルマスはハンナマリ嬢の様子を見に行っていた。医者がハンナマリ嬢の高熱を下げようとしているが、難しいようだ。
 全身に発疹ができていて、ハンナマリ嬢は息ができないのか、ひゅーひゅーと喉を鳴らしている。

「毒だな」
「え? アルマス、分かるの?」
「毒に対する反応だよ、これは」

 素早くマジックポーチからマンドラゴラを取り出して、アルマスがマンドラゴラを調合する。調合したマンドラゴラの薬湯を飲むと、ハンナマリ嬢の発疹は治まって、呼吸も安定してきた。

「ハンナマリが! ありがとうございます」
「お許しください、ロヴィーサ様、エドヴァルド殿下。わたくしたちは、ミエト家の方々に恨まれていると思っていたのです」
「家庭教師も王家の方々を教えていたと聞いて、完全に信頼しきっていました」

 床の上に這いつくばるようにしてお礼とお詫びを言ってくるエクロース家の夫妻を簡単に許す気にはなれなかったけれど、この二人も騙されていたのだという事実がある。
 僕は警備兵が引き連れてきて家庭教師と向き合った。

 かつての僕は小さくて、家庭教師はとても大きく見えていた。家庭教師の言うことが正しくて、僕の言うことは間違っているのだと思い込まされていた。
 ロヴィーサ嬢と出会って、ミエト家に行って、ロヴィーサ嬢から勉強を習うようになって、僕は自分が劣っていたわけではないのだと自信を取り戻した。

「僕を恨んでこんなことをしたんだね?」
「まさか、そんなことはありません。エドヴァルド殿下は私が教育した可愛い生徒ではありませんか」
「警備兵、こいつの部屋を捜索して!」

 僕の命令に警備兵が家庭教師の部屋を捜索する。
 家庭教師の部屋からは、偽物の鬼の力の指輪と毒となる野草を調合した痕が見付かった。

「これでも言い逃れするつもりか!」
「あなたが悪いのです! 私があなたを貶めていたようなことを、国王陛下と兄上たちに言ったから、私は家庭教師を引退した後にそれなりの地位を用意されていたのに、それを奪われた! 結局、家庭教師として別の家に雇われても、王家でのことがバレないか、安心できることがない!」
「全てお前の自業自得ではないか! 幼い僕の自尊心を傷付け、僕を苦しめたことは許せない。それ以上に、今、僕を逆恨みして、エクロース家の令嬢を殺しかけたことも許せない! しっかりとこの罪は裁いてもらうからな!」

 はっきりと告げると、家庭教師はがくりと膝をついた。

 父上とエリアス兄上が警備兵に命じて調べさせて、高等学校に来た偽物の講師と家庭教師との繋がりも分かった。
 先に魔族は呪いを使うと思い込ませて、貴族の中で噂を立ててから、エクロース家の令嬢のハンナマリ嬢を毒で暗殺し、呪い殺されたように見せようとしたのだ。

 ハンナマリ嬢もアルマスがいなければ命が危ないところだった。

「エクロース家にも罰は与えるが、首謀者は家庭教師だな」
「エドの話を聞いた後に王城から追放したのを恨んでいたようですね」
「エド、ロヴィーサ嬢、冷静に動いてくれて、エクロース家の令嬢の命も救ってくれて、素晴らしい働きだった」
「ミエト家には恩賞を与えなければいけませんね」

 父上とエリアス兄上に褒められて、僕は誇らしい気分だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

前世を思い出したのでクッキーを焼きました。〔ざまぁ〕

ラララキヲ
恋愛
 侯爵令嬢ルイーゼ・ロッチは第一王子ジャスティン・パルキアディオの婚約者だった。  しかしそれは義妹カミラがジャスティンと親しくなるまでの事。  カミラとジャスティンの仲が深まった事によりルイーゼの婚約は無くなった。  ショックからルイーゼは高熱を出して寝込んだ。  高熱に浮かされたルイーゼは夢を見る。  前世の夢を……  そして前世を思い出したルイーゼは暇になった時間でお菓子作りを始めた。前世で大好きだった味を楽しむ為に。  しかしそのクッキーすら義妹カミラは盗っていく。 「これはわたくしが作った物よ!」  そう言ってカミラはルイーゼの作ったクッキーを自分が作った物としてジャスティンに出した…………──  そして、ルイーゼは幸せになる。 〈※死人が出るのでR15に〉 〈※深く考えずに上辺だけサラッと読んでいただきたい話です(;^∀^)w〉 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げました。 ※女性向けHOTランキング14位入り、ありがとうございます!!

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

貴方の愛人を屋敷に連れて来られても困ります。それより大事なお話がありますわ。

もふっとしたクリームパン
恋愛
「早速だけど、カレンに子供が出来たんだ」 隣に居る座ったままの栗色の髪と青い眼の女性を示し、ジャンは笑顔で勝手に話しだす。 「離れには子供部屋がないから、こっちの屋敷に移りたいんだ。部屋はたくさん空いてるんだろ? どうせだから、僕もカレンもこれからこの屋敷で暮らすよ」 三年間通った学園を無事に卒業して、辺境に帰ってきたディアナ・モンド。モンド辺境伯の娘である彼女の元に辺境伯の敷地内にある離れに住んでいたジャン・ボクスがやって来る。 ドレスは淑女の鎧、扇子は盾、言葉を剣にして。正々堂々と迎え入れて差し上げましょう。 妊娠した愛人を連れて私に会いに来た、無法者をね。 本編九話+オマケで完結します。*2021/06/30一部内容変更あり。カクヨム様でも投稿しています。 随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。 拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。

あなたはその人が好きなんですね。なら離婚しましょうか。

水垣するめ
恋愛
お互い望まぬ政略結婚だった。 主人公エミリアは貴族の義務として割り切っていた。 しかし、アルバート王にはすでに想いを寄せる女性がいた。 そしてアルバートはエミリアを虐げ始めた。 無実のエミリアを虐げることを、周りの貴族はどう捉えるかは考えずに。 気づいた時にはもう手遅れだった。 アルバートは王の座から退かざるを得なくなり──。

処理中です...