上 下
155 / 180
最終章 王子と令嬢の結婚

5.僕と爺やの関係性

しおりを挟む
 僕が悩んでいると、ロヴィーサ嬢はすぐに気付いてくれる。
 ハーヤネン家でのヘンリッキのお誕生日会から戻った僕に、ロヴィーサ嬢がお茶を淹れながら問いかけた。

「エド殿下は何か悩み事があるのですか?」
「分かりますか? 僕はロヴィーサ嬢にアイスクリームを出されてしまいますか?」

 ロヴィーサ嬢は僕が悩んでいるとアイスクリームを出してくる。食いしん坊の僕はアイスクリームが溶けていくのを見ていられないので、アイスクリームを食べてしまって、食べ終わる頃には悩みを打ち明けるくらいには落ち着いている。
 アイスクリームの話を出すとロヴィーサ嬢が笑う。

「そういう風に言えるのならば、今回はいらないようですね」
「僕は爺やについて考えていたのです」

 爺やは僕が生まれたときからずっとそばにいてくれる。本当に赤ん坊のときから僕にミルクを飲ませ、オムツを替えて着替えさせ、熱を出せば看病してきたのが乳母代わりの爺やである。
 本来ならば爺やの奥さんが僕の乳母になるはずだったのだが、爺やの奥さんは普通の人間だった。爺やは僕には魔力のこもったミルクや離乳食が必要だと理解していて、それを普通の人間の奥さんに扱わせることは危険だと判断して、自分が乳母代わりになったのだ。
 おかげで僕は病気がちだったが育って生きることができたし、ロヴィーサ嬢と出会うまで命を繋ぐことができた。

「爺やにはとても感謝しているけれど、いつまでも爺やを縛るようなことをしてはいけないと思うのです」
「爺やさんはエド殿下に縛られていると感じているのですか?」
「分からないけれど、この年になってまで、高等学校以外で出かけるときに全部爺やがついて来てくれているというのは、おかしいのではないかと思っています」

 僕の言葉に、ロヴィーサ嬢は爺やの方を見た。カップに紅茶を注いでいた爺やは、カップとポットを置いてから僕に向き直る。

「エドヴァルド殿下、私は縛られているなどと感じていません」
「でも、ずっと僕のそばにいないといけないじゃないか。奥さんと子どもに会えていないんじゃない?」
「私はこれを私が人生を懸けてすべき仕事だと思っています」
「仕事?」

 目を丸くする僕に、爺やは深く頷く。

「誰でも働かねば生きていけません。私はエドヴァルド殿下のお傍に仕えて、お世話をして、護衛や細々とした雑事をすることが仕事だと心得ています。仕事が終われば妻と子どもの元に帰って寛ぎます。毎晩、私は妻と子どもの元に帰らせていただいているのですよ」

 その件に関しては、前にも話したことがある。
 夜に僕の用事がなくなったら、爺やはミエト家の使用人の住む家に帰って奥さんと子どもと過ごしていいことになっていた。そのために僕は早めに爺やを開放してあげて、帰れるようにしていたのだ。

「子どもさんは寂しがっていない?」
「一番下の子どもがエドヴァルド殿下と同じ年ですから、そういう年齢ではありません」
「僕は爺やの負担じゃない?」

 思い切って聞いてみると、爺やは僕に微笑みかける。

「エドヴァルド殿下は私がお育てしたのです。性格もよく、優しいお方に育ちました。エドヴァルド殿下の成長を見守り、将来はエドヴァルド殿下の子どもや孫の世話までできたら、私はそれほど嬉しいことはありません」
「僕の子どもや孫の世話もしてくれるの!?」
「許されるのならば」

 爺やを縛っているのではないかと僕は心配していたが、爺やの方はこんなにも深い愛で僕のことを思っていてくれた。
 僕が魔族で伴侶であるロヴィーサ嬢と生きる時間が違うように、爺やも伴侶である奥さんとは生きる時間が違う。子どもたちも全員人間だと言っていたので、魔族の血を引いているから寿命が多少は長いかもしれないが、爺やとは生きる時間が違う。

「僕は孤独ではなかった……。僕には爺やがいてくれた」

 初めて僕はそのことに気付いていた。
 ロヴィーサ嬢よりも長く生きることをずっと気にして悩んでいたが、僕は一人で生きていくわけではないと実感できた。
 魔族の国にはお祖父様もお祖母様もダミアーン伯父上もいるし、身近には爺やという大事な乳母のような存在がいた。

「爺や、僕にずっと仕えてくれる?」
「もちろんでございます、エドヴァルド殿下」

 爺やの返事に僕は心から安心していた。

 話を全部聞いていたロヴィーサ嬢は、僕のために桃のシャーベットを作って出してくれた。何も言わなくても聞いていたので分かっているのだろう。
 シャーベットは瑞々しく、舌の上で甘く蕩けた。

 月に二回の王城に行く日、僕はロヴィーサ嬢と爺やと一緒に行ったのだが、エロランド兄上に羨ましがられてしまった。

「私はどこに行くにも護衛を連れて行かなければいけないのに、エドはロヴィーサ嬢がいて、爺やもいるから身軽でいいな」
「エルランド兄上は護衛を連れているのですか?」
「もちろんだよ。魔族の国のお祖父様とお祖母様に魔法石を作ってもらったけれど、結局、護衛を連れてしかどこにもいけない」
「護衛は何人くらいなのですか?」
「最低でも五人は必要かな」

 護衛が常に五人も周囲にいたら、僕はきっと落ち着かないだろう。
 そんな状況をエルランド兄上は耐えている。

「護衛はいつも同じひとたちなのですか?」
「基本的に私の護衛は同じメンバーだな。時々、休みがあるので、そのときは別のメンバーが入るが」

 基本的には同じメンバーだが、時々違うメンバーも入ることがある。そんな状況では僕は落ち着いて生活できないだろう。
 王城にいるときは護衛と離れていても構わないが、移動するときや外を歩くときにはぞろぞろと護衛を連れていなければいけない生活を考えると、ぞっとしてしまう。

「私は国王だからもっと多いよ」
「私も先帝だから護衛はたくさんついているな」
「そうなのですか、エリアス兄上、父上!?」

 エルランド兄上の護衛は五人だが、エリアス兄上と父上の護衛はもっと人数がいるという。それだけのひとに囲まれないと生活できないとなると、僕は窮屈で苦しくなってしまう。

「私は国王で、ユリウスは王配だから仕方がないと思っているが、日常生活にも護衛が常について来ているから、息を抜けるのはこの王家のものだけが使える私室くらいだね」
「私室の外には警備兵が控えているけれどね」

 エリアス兄上とユリウス義兄上の新婚生活は楽なものではないらしい。
 公爵家と王家ではこれほどまでに違うのか。

「僕は王家の中でも甘やかされていたのですね」
「エドには爺やがいたし、今はロヴィーサ嬢もいるからな」
「ロヴィーサ嬢はこの国でも屈指の冒険者。倒せるものはいないだろう」
「お屋敷には警備がついているだろうし、ロヴィーサ嬢と爺やがいればエドは安心だよ」

 エリアス兄上もエルランド兄上も、僕に言ってくれる。
 僕は自分が本当に恵まれていたのだと今更ながらに知ることになった。

「セシーリア嬢は護衛をつけずにミエト家にやって来ていますが、それは問題ないのですか?」
「ミエト家に直接魔法石で飛んでいるし、お忍びで来ている。それにセシーリア嬢は身を守れる魔法を使えると聞いている」
「本当は護衛をつけて欲しいのだけれどね」
「セシーリア嬢がこの国で怪我をすれば国際問題になりかねないからね」

 説明してくれるエルランド兄上に、エリアス兄上は困ったような顔をしている。セシーリア嬢にも護衛は必要だが、お忍びで来ているのと、セシーリア嬢自身が強い氷の魔法を使えるので大目に見られているようだ。
 それでもエリアス兄上もエルランド兄上もセシーリア嬢に護衛をつけて欲しそうだった。

「セシーリア様のことはわたくしが責任をもってお守りいたします」
「ロヴィーサ嬢がそう言ってくれると心強いです」
「セシーリア嬢も言って聞く相手ではないですからね」
「エルランドはもう尻に敷かれているのか?」
「私はセシーリア嬢にお願いされると弱いのです!」

 ロヴィーサ嬢にエルランド兄上とエリアス兄上が言う。尻に敷かれているという父上の言葉に、エルランド兄上が顔を真っ赤にしている。
 エルランド兄上は本当にセシーリア嬢のことが好きでたまらないのだ。好きな相手ならば、その意向に合うようにしてやりたいと思うのは当然のことだ。

 王族には王族の悩みがあるのだと僕は改めて実感した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世を思い出したのでクッキーを焼きました。〔ざまぁ〕

ラララキヲ
恋愛
 侯爵令嬢ルイーゼ・ロッチは第一王子ジャスティン・パルキアディオの婚約者だった。  しかしそれは義妹カミラがジャスティンと親しくなるまでの事。  カミラとジャスティンの仲が深まった事によりルイーゼの婚約は無くなった。  ショックからルイーゼは高熱を出して寝込んだ。  高熱に浮かされたルイーゼは夢を見る。  前世の夢を……  そして前世を思い出したルイーゼは暇になった時間でお菓子作りを始めた。前世で大好きだった味を楽しむ為に。  しかしそのクッキーすら義妹カミラは盗っていく。 「これはわたくしが作った物よ!」  そう言ってカミラはルイーゼの作ったクッキーを自分が作った物としてジャスティンに出した…………──  そして、ルイーゼは幸せになる。 〈※死人が出るのでR15に〉 〈※深く考えずに上辺だけサラッと読んでいただきたい話です(;^∀^)w〉 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げました。 ※女性向けHOTランキング14位入り、ありがとうございます!!

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

元妻からの手紙

きんのたまご
恋愛
家族との幸せな日常を過ごす私にある日別れた元妻から一通の手紙が届く。

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

もう彼女でいいじゃないですか

キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。 常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。 幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。 だからわたしは行動する。 わたしから婚約者を自由にするために。 わたしが自由を手にするために。 残酷な表現はありませんが、 性的なワードが幾つが出てきます。 苦手な方は回れ右をお願いします。 小説家になろうさんの方では ifストーリーを投稿しております。

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

処理中です...