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五章 十六歳の性教育

12.シラスの品種改良

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 ダミアーン伯父上が魔族の国のありとあらゆるモンスターを記録した魔法書を持って来てくれた。魔法書は広げてもページに何も書いていないが、調べたいことを問いかけると、ページに図や文字が浮かび上がる作りになっている。
 とても一冊では集約しきれない情報を手元に持っておけるサイズに納めるために、ダミアーン伯父上が特別に魔法具として作ってくれたのだ。

「魔窟に生息するモンスターは書かれていない。野生で生息するモンスターだけだ」
「それが知りたかったのです」
「ダミアーン王太子殿下、ありがとうございます」

 魔族の国の文献を全て手に入れることができて、僕もロヴィーサ嬢もダミアーン伯父上に感謝していた。全てのモンスターの情報を入れるのは並大抵の苦労ではなかっただろう。
 お願いしてからしばらくの時間が経っていたが、それもダミアーン伯父上が努力してくれた結果だと思うと感謝しかない。

「エドヴァルドの役に立つなら嬉しいよ。ロヴィーサ嬢、それを使ってエドヴァルドにモンスターを食べさせてくれ」
「ありがとうございます、ダミアーン伯父上。大事に使います」
「魔窟の謎に迫ってみます」

 相変わらず僕には甘いダミアーン伯父上だった。
 エリアス兄上とエルランド兄上のお誕生日会でこの国に来ていたダミアーン伯父上もセシーリア嬢も魔族の国に帰った。
 僕とロヴィーサ嬢は本格的に魔窟の謎を解くべく、動き出したのだった。

「シラス……エド殿下、シラスをご存じですか?」
「いいえ、食べたことはありません」
「お魚四号さんから、シラスが収穫時だと報告が来ていました。調べてみましょう」

 シラスと呟きながらロヴィーサ嬢が魔法書を開くと、透明の小さな魚がページに浮かび上がってくる。
 今のテーブルの上に魔法書を置いて、僕とロヴィーサ嬢は頭を突き合わせるようにしてそのページを読んだ。

「カタクチイワシやウルメイワシなどの稚魚のことをいうそうですね」
「モンスターだとかなり大きいと書かれていますね」

 普通のシラスはとても小さいのだが、モンスターのシラスはロヴィーサ嬢の小指くらいもある大きさのようだった。
 イワシと言えば青魚である。僕は青魚がそれほど好きではない。好きなのは白身魚と、マグロだろうか。
 稚魚とはいえロヴィーサ嬢の小指くらいあるシラスに、僕はそれほど惹かれなかった。

「これをどうやって食べるのですか?」
「普通は生でシラス丼にしたり、釜揚げシラスにしたりして食べます」
「こんなに大きなものを……」

 あまり乗り気ではないのがロヴィーサ嬢に伝わったのだろう。ロヴィーサ嬢も難しい顔をしている。

「まずは観察に行ってみて、エド殿下がお好みでないようでしたら、お魚四号さんとオリーヴィアさんにお譲りしましょう」
「食べてみないと分からないですが、あまり大きいものは正直、苦手かもしれません」

 青魚があまり好きではない僕は、今回の観察は研究のためとはいえそれほど乗り気ではなかった。

 魔窟に行くとお魚四号さんとオリーヴィアさんがお魚五号ちゃんとソイラちゃんを抱っこして服を着せている。お魚四号さんは下半身だけ、オリーヴィアさんは上半身だけ服を着ていて、どちらも濡れても構わない素材のようだ。
 お魚五号ちゃんも下半身だけで、ソイラちゃんは上半身だけで、お魚四号さんとオリーヴィアさんと同じく濡れても構わない素材を使った服を着ている。

「服を着るようになったのですね」
『育ってきましたから、服を着せて息子は陸上で、娘は上半身だけは水から出して過ごすようになりましたね』
『シラス、余ったら私たちも貰っていいですか? 子どもたちの食事にぴったりなんですよ』

 シラスはお魚五号ちゃんとソイラちゃんも食べるようだ。

「全部持って行くつもりはありません。お魚四号さんとオリーヴィアさんが必要なだけ採ってください」

 ミエト領の当主であるロヴィーサ嬢に言われて、お魚四号さんもオリーヴィアさんも安心したようだった。

 魔窟の湿った下層に降りていくと、水が溜まった階に透明な小さなものがたくさん泳いでいる。僕はそれを見て驚いてしまった。

 指の間からすり抜けてしまいそうなくらい小さなシラス。ダミアーン伯父上からもらった魔法書ではロヴィーサ嬢の小指くらいの大きさはあったのに、それよりももっと小さい。
 とても小さなシラスをロヴィーサ嬢が網で捕まえていく。
 ぴちぴちと跳ねるシラスは一匹が指先に乗るくらい小さかった。

「シラスは小さくて柔い方が美味しいですからね。これは明らかに品種改良されている気がしますよ」
「魔法書のシラスと全く違いますね」
「エド殿下もこれならば食べられるのでは?」
「食べてみたいです」

 魔法書を見たときには乗り気ではなかったのに、シラスが小さく柔いものだと理解すると僕は現金なものだった。生のシラスも興味があるが、釜揚げのシラスも美味しそうだ。
 ロヴィーサ嬢はある程度シラスを捕まえると、お魚四号さんとオリーヴィアさんに残しておいた。

「まだまだたくさん残っています。遠慮なく採ってくださいね」
『ありがとうございます』
『息子と娘に食べさせられます』

 魔窟を出るときにお魚四号さんとオリーヴィアさんに挨拶をすると、シラスをお魚五号ちゃんとソイラちゃんに食べさせられると喜んでいた。

 持って帰って来たシラスで、一日目はシラス丼を作った。
 シラスを塩水で茹でた出来立ての釜揚げシラスは、ふわふわで柔らかくて美味しい。醤油をかけてご飯の上に乗せると絶品だった。

「シラスは小さくて柔いのが美味しいのですね。とても美味しいです」
「ふわふわになりましたね。エド殿下が気に入ってよかったです」

 あまりにも美味しくて、僕はシラス丼をお代わりした。

 二日目にはロヴィーサ嬢はシラスをオリーブオイルと混ぜて塩コショウで味を調えてピザ生地に乗せた。それ以外にも茄子のピザや、ソーセージとチーズのピザもあったが、僕はシラスのピザが楽しみだった。
 もちもちのピザ生地の上に乗ったふわふわのシラス。オリーブオイルとの相性がとてもいい。食べ始めると止まらない。

「シラスはとても美味しいものだったのですね」
「恐らく、人間の食べるシラスを見て、太古の魔族は品種改良を行ったのではないでしょうか」

 これがロヴィーサ嬢の小指くらいの大きさの魚だったら、僕はこんなに美味しく食べられていない。魔窟を作った太古の魔族が品種改良してくれたことに、僕はシラスのピザを食べながら感謝していた。

「これで一つの結論は出ましたね」
「魔窟は品種改良の場でもあったということですね」

 食べ終えてからお茶をしながら僕とロヴィーサ嬢は魔法書のシラスのページを見て確かめながら、研究結果を記していく。

「これは一例に過ぎませんよ、エド殿下」
「そうでしたね。もっとたくさんの例を探し出して纏めないといけませんね」

 結論は出たという僕の発言は少しばかり先走り過ぎていたようだ。
 しかし、魔窟が品種改良の場であるという仮説を裏付ける結果が出かかっている。

「また魔窟に行きましょう」
「今度はどんな美味しいものが採れるのでしょう」
「エド殿下のお好きなものだったらいいですね」

 魔窟に行くとなるとすぐに食べることを考えてしまう僕に、ロヴィーサ嬢は笑わずに穏やかに答えてくれた。
 これからも僕とロヴィーサ嬢の研究は続く。
 研究の副産物として、僕は常にモンスターを手に入れられて食べられるのだから、やる気も湧いてくるというものだ。

「シラスはとても美味しかったです。品種改良してくれた魔族に感謝したいくらいです」
「小さくて柔いものにしてくれたんですからね。素晴らしい品種改良だと思います」

 またシラスも食べたい。
 他の品種改良されたモンスターも食べたい。
 僕は貪欲になっていた。
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