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四章 キスがしたい十五歳

13.お祖父様の仮病

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 魔族の国のお祖父様が倒れた。
 手紙で知らされた事実に、僕は急いでアルマスのところに行っていた。

 魔族の国のお祖父様は、魔王などと呼ばれているが、とても高齢なのだ。いつ何が起きてもおかしくはない。
 ロヴィーサ嬢と共にアルマスを訪ねた僕は、アルマスにお願いしをした。

「アルマスとアクセリとアンニーナ嬢は隣国の疫病も治めたよね。魔族の国の国王陛下である僕のお祖父様が倒れたみたいなんだ。お祖父様を助けてくれない?」
「俺にできるか分からないけど、最善を尽くすよ」

 僕のお願いにアルマスは即答してくれた。
 不安な気持ちのままアルマスとアクセリとアンニーナ嬢を連れて、僕は魔族の国の王城に向かう。ロヴィーサ嬢と爺やも一緒だ。
 王城に入ると僕は真っすぐにお祖父様のところに通された。

「エドヴァルド、来てくれたのか」
「お祖父様、ご無事で何よりです。容体はどうなのですか?」
「エドヴァルドの顔を見たらすっかり治ってしまったよ」

 お祖父様はそう言うのだが、僕は心配でならない。
 お祖父様が倒れたことは僕以外に知らされていないようだし、何か重大な異変がお祖父様の中で起きているのではないだろうか。
 僕以外に知らされていないのは、僕がアルマスという隣国の疫病を治した友人を持っていて、アルマスの力が借りたかったからに違いない。

 ダミアーン伯父上はまだ結婚していない。
 魔族の国では結婚しなければ国王の座を継ぐことができないので、それを考慮して公にしていないということも充分に考えられる。

「お祖父様、僕の親友のアルマスとその弟のアクセリと妹のアンニーナ嬢を連れて来ました。この三人は隣国の疫病を治す薬湯を作ったのです。きっとお祖父様も治してくれると信じています」
「いや、エドヴァルド、私は本当に……」
「僕を心配させまいと嘘を吐くのはやめてください。お祖父様、無理をなさらず、ベッドに横になっていてください」
「元気なのだよ、エドヴァルド」
「僕のためにそんな無理をして。大丈夫ですからね。アルマス、お願い!」

 僕はお祖父様をベッドに寝かせて厨房を使わせてもらうことにした。
 アルマスが自分のマジックポーチからマンドラゴラを取り出す。大根マンドラゴラの大根一号と人参マンドラゴラの人参二号と蕪マンドラゴラの蕪三号も飛び出してきていた。

「魔族の国の国王陛下のために、頼む」
「びゃい!」

 取り出された蕪マンドラゴラが、菱形の口も凛々しく手を上げている。
 頭の葉っぱを切り取られて、ぐつぐつと沸騰した鍋の中に、蕪マンドラゴラが自分の意志で飛び込もうとする。
 湯気を上げる鍋の前ではさすがに躊躇うのか、足取りがゆっくりになっている。
 蕪マンドラゴラの献身に、エーメルと姿が重なって僕は泣きそうになっていた。

「待ったー!」

 それを止めたのはものすごい勢いで入って来たお祖父様だった。蕪マンドラゴラを掴んで抱き締める。葉っぱを切られて頭がつるつるになった蕪マンドラゴラは、じたばたと暴れて鍋に飛び込もうとしている。

「必要ないのだ。私が悪かった。仮病だ、仮病」
「え!?」

 仮病と言われて僕はお祖父様の過去のことを思い出す。お祖父様は僕に会いたいがために仮病を使ったことがあった。
 僕はすっかりと騙されてしまったが、今回も仮病だったようだ。

「本当にお身体は何ともないのですか?」
「この通り元気だ。エドヴァルドの国では先帝陛下が国王の座を譲って、子どもたちとゆったり暮らしていると聞いて、羨ましくて堪らなくて。私はまだ国王の座を譲ることができない! いつになったらダミアーンは結婚するのだ!」

 途中から怒りの矛先がダミアーン伯父上になってしまったが、ダミアーン伯父上は涼しい顔をしている。

「自分が孫に会いたくて、孫を心配させた責任を私に押し付けないでください」
「全く、酷い祖父ですわ。エドヴァルド、ごめんなさいね」

 ダミアーン伯父上もお祖母様も、お祖父様の仮病を見抜いていたようだ。僕だけがすっかりと騙されてしまった。

「勘違いをして失礼を致しました、国王陛下」

 アルマスが膝をついて頭を下げて、アクセリとアンニーナ嬢も膝をついている。魔族の国の国王陛下であるお祖父様とは、騎士号の授与のときに会ったくらいで、親しく話をしたわけではないから緊張しているのだろう。

「我が国の騎士、バックリーン家の子息と令嬢だな」
「アルマス・バックリーンです」
「弟のアクセリ・バックリーンです」
「妹のアンニーナ・バックリーンです」

 挨拶をするアルマスとアクセリとアンニーナ嬢に、お祖母様とダミアーン伯父上がお祖父様を見る。

「エドヴァルドが父上を心配して連れて来たのですよ。マンドラゴラの葉っぱまで切らせて。お詫びに歓待しなければ」
「その通りですわね。お茶の用意を致しましょう」

 魔族の食事を人間に食べられるようにして、人間の食事から魔族も栄養を取れるようにしたアルマスとアクセリとアンニーナ嬢は、魔族の国でも騎士号を持つバックリーン家の子息と令嬢であり、歓待されるに相応しいというのがダミアーン伯父上とお祖母様の考えのようだ。

「マンドラゴラの葉っぱは何にでも使えますし、また生えてきます」
「覚悟を決めて鍋に飛び込もうとしていたマンドラゴラの気持ちも父上は無碍にした。お詫びをさせてくれるか?」
「お詫びではなくて、普通のお茶会がいいです。私たちは何もお詫びされるようなことはしていません」

 どこまでも控えめなアルマスの言葉に、ダミアーン伯父上がじとりとお祖父様を睨む。お祖父様は頭がつるつるになった蕪マンドラゴラを抱いたまま頭を下げた。

「すまなかった。この蕪マンドラゴラは責任をもって私が飼う」
「謝ることはありません。私たちの勘違いでしたので」

 どこまでも責任を追及しないアルマスに、お祖父様も罪悪感を覚えたようだ。
 しっかりと蕪マンドラゴラを抱いたままお茶の準備をさせた。

 お茶の準備ができると、僕とロヴィーサ嬢が同じソファに座る。アルマスとアクセリとアンニーナ嬢は同じソファに座っている。
 ソファと言っても一人用ではなく、ベッドにでもなりそうな大きなものだ。
 お祖父様とお祖母様が一緒に座って、ダミアーン伯父上は一人で座っていた。

「アンニーナ嬢は幾つになったのかな?」
「十一歳です。夏にお誕生日が来るので、来年から高等学校に入学します」
「高等学校でしっかりと学ぶといい」
「はい、ありがとうございます」

 アンニーナ嬢と言葉を交わしているダミアーン伯父上に、お祖母様が何か気付いたようだ。

「ダミアーン、もしかして、あなた、そのお嬢さんと?」
「まさか。アンニーナ嬢はまだ十一歳ですよ」
「いや、ダミアーンは魔族でアンニーナ嬢は人間。それくらいの年の差は関係ない」

 お祖父様までが乗り気になっている。

「アンニーナ嬢、ダミアーンのことをどう思う?」
「父上、何を聞いているのですか」
「素敵な方だと思います。わたくし、一目で心を奪われました。平民だったわたくしが身分もわきまえずに声をかけると、王太子殿下は高等学校で勉強をしなさいと仰いました」
「高等学校を卒業したら、ダミアーンも考えると言ったのだな?」
「父上!」

 僕の前ではいつも余裕ある伯父で、落ち着いているダミアーン伯父上のこんな姿は初めて見たかもしれない。
 アンニーナ嬢がダミアーン伯父上の運命の相手というのもあながち間違いではないのかもしれない。

「アンニーナ嬢はまだ高等学校にも入学していません。これからのお話ですよね」

 ロヴィーサ嬢が助け舟を出して、お祖父様の追及は止んだのだった。

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