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三章 王子と母の思い出

29.ロヴィーサ嬢の水着姿

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 ロヴィーサ嬢が水着を選んでいる。
 僕は当然その場にはいられないのだが、自分の水着を選びながらものすごく浮かれていた。
 ことの発端は、ロヴィーサ嬢が泳げるかどうかだった。

「ロヴィーサ嬢は水の中でも勇敢にモンスターを追って行っていますが、泳げるのですよね?」

 僕が発した質問に、ロヴィーサ嬢は少し考えていた。

「わたくし、もしかしたら泳げないのかもしれません」
「え!? 泳げないのですか!?」
「鬼の力の指輪で無理やりに水を掻き分けて移動していますが、泳いでいるのとは少し違うような気がします」
「それなら、どうやって僕に去年泳ぎを教えたのですか?」
「あれは、なんとなくというか……」

 ロヴィーサ嬢は自分が泳げるのかよく分かっていなかったようだ。
 母上が海が好きだったと聞いているので僕とロヴィーサ嬢は毎年海に行くことを決めていたが、最初の年は波打ち際を歩いただけ、次の年は僕が泳ぐのをロヴィーサ嬢が始動しただけだったので、今年はどうするかを話し合っていたのだ。

「わたくし、まともに泳いだことはないかもしれません。水を掻き分けてモンスターを追い駆けて必死になったことはあるけれど、泳ぐという行為はしていない気がします」
「ロヴィーサ嬢も泳いでみましょうよ」
「ですが、水着になった姿を見られるのは恥ずかしいです」

 貴族の淑女であるロヴィーサ嬢は水着姿を誰かに見られることは恥と考えているようだ。僕もロヴィーサ嬢の水着姿を誰かに見せたいとは思わない。
 悩んでいると、助け舟をくれたのは爺やだった。

「王族だけのプライベートビーチがあります」
「プライベートビーチというと?」
「王族しか入れないように規制をしていて、王族だけが個人的に使う砂浜のことです」
「海は繋がっているでしょう? そんなことができるの?」
「魔法の結界を張って、侵入者がないようにしております」

 僕は知らなかったが、王族には王族だけが使える砂浜と海があった。
 そこでならば、ロヴィーサ嬢と僕は二人きりで泳げるのではないだろうか。

「ロヴィーサ嬢、僕と二人きりならばいいでしょう?」
「一応、プライベートビーチには安全を守る監視員がおりますし、私もついて行きます」
「爺やと監視員は数に入れない方向で」

 僕がお願いすると、ロヴィーサ嬢は少し悩んでいたが、答えをくれた。

「分かりました。エド殿下と一緒に泳ぎましょう」

 やった!
 僕は心の中でガッツポーズを作った。
 ロヴィーサ嬢は何を着ていても美しくて可愛いのだが、水着も絶対に似合うだろう。
 期待して、僕とロヴィーサ嬢は水着を誂えた。

 海に行く間も、僕はずっとロヴィーサ嬢の水着のことばかり考えていた。
 僕の水着はハーフパンツの形で、葉っぱと亀の模様が描かれているのだが、ロヴィーサ嬢の水着はまだ僕は見ていない。
 僕ももうすぐ十五歳になる健康な男子だ。大好きなひとの水着姿が楽しみでならないのは普通のことだ。

 プライベートビーチの近くには、王族しか使えないコテージがあった。清潔に保たれているコテージを使って着替えた僕は、先に外に出てロヴィーサ嬢を待っていた。
 ロヴィーサ嬢が出てきた。

 白い肩がフリルになった水着を着て、腰にパレオを巻いている。パレオには青い花の柄があるが、水着自体は目に眩しい真っ白だ。

「ロヴィーサ嬢、お似合いです」
「そんなに見ないでください。恥ずかしいです」
「とても素敵です」

 白い水着のロヴィーサ嬢が眩しくて僕は目を細めて見つめていた。
 砂浜を歩いて波打ち際まで行く。波打ち際でサンダルを脱いで、爺やがサンダルを受け取ってくれた。
 ロヴィーサ嬢がパレオを外すと、腰から下に太ももまでフリルのようにスカートがついている。

「可愛い……僕のロヴィーサ嬢がとても可愛い」

 感動が口に出てしまっていたようだ。
 ロヴィーサ嬢は顔を真っ赤にしている。
 恥ずかしかったのかさっさと海の中に入って行くロヴィーサ嬢の左手の中指には、鬼の力の指輪がはめられていた。

「試しに少し泳いでみます」

 ロヴィーサ嬢が海で泳いでみる。鬼の力の指輪もあるので心配はなかったが、ロヴィーサ嬢は問題なく泳げた。

「指輪を外しても泳げるのか試してみたい気もしますが、指輪を外したわたくしはわたくしではないような気がします」
「ロヴィーサ嬢は指輪をつけているのが普通ですからね」

 普段からロヴィーサ嬢は指輪を外すことはない。
 眠るときに外しているのかもしれないが、僕と会っている間は指輪を外すのを見たことがない。

「母の形見ですし、肌身離さずつけています。つけていると安心するのです。母や祖母や曾祖母に守られているようで」
「ミエト家に伝わる指輪ですからね」

 無理に外すことを僕は考えていなかった。
 ロヴィーサ嬢にとっては鬼の力の指輪をつけている状態の方が自然なのだ。

「ここの海は水が綺麗ですね。エド殿下、小さな魚がいますよ」
「可愛いですね。脚の間を通って行きました」

 海に入ったままで話していると、浜辺から爺やが僕とロヴィーサ嬢を呼んだ。
 爺やは手に大きなスイカを持っていた。

「そろそろ水分補給が必要なのではないかと思ってお呼びしました。スイカでジュースを作りますか?」

 爺やの言葉に、ロヴィーサ嬢が悪戯っぽく僕を見る。

「エド殿下、スイカ割りをしてみませんか?」
「スイカ割りですか?」
「そうです。目隠しをして、声だけでスイカの位置を当てて、割るのです」
「えぇ!? 難しそう!」

 難しそうだが面白そうだったので、僕はロヴィーサ嬢の遊びに乗ることにした。
 ロヴィーサ嬢が浜辺にスイカを置いて、僕は爺やに目隠しをしてもらう。爺やにぐるぐると回されて、目も見えないし、方向も分からなくなってしまう。

「エド殿下、右ですよ」
「右? こっちですか?」
「ちょっと行き過ぎです。もうちょっと前に出て」
「行き過ぎたということは左に戻りつつ、前に?」
「エド殿下、いい感じです。そのまま、真っすぐ」
「真っすぐ? こうですか?」

 見えないのでどうしても歩みが慎重になってしまう。
 ロヴィーサ嬢の声をよく聞いて角度を合わせて、じりじりと前に進んでいく。

「エド殿下、もう一歩前です」
「ここですか?」
「もうちょっと! もうちょっとです!」
「こう?」
「あー、ちょっと前に来すぎたかも」

 微妙な調整を終えて、僕は持っていた棒を振り下ろした。ずさっと棒は砂に当たった感触がした。
 目隠しを外してみると、棒はスイカの右の砂を叩いていた。

「外してしまいました」
「惜しかったですね。でも、お上手でしたよ。後少し左だったら当たっていました」
「悔しいです」
「もう一回やりますか?」

 もう一回やりたい気もしたけれど、僕は神経を集中させていて、暑い日の光も浴びていて汗だくだった。早くスイカが食べたかった。

「来年の課題にします」
「それでは、スイカを切ってもらいましょうね」

 ロヴィーサ嬢が爺やに声をかけると、爺やはスイカでジュースを作ってくれる。よく冷えたスイカのジュースには少しだけ塩が入っていて、それがアクセントになって染みわたるような気がする。
 スイカのジュースを飲んで、僕とロヴィーサ嬢はまた海で泳いだ。

 コテージでシャワーを浴びて帰る頃には、僕はお腹がペコペコだった。海で遊ぶのがこんなに体力を使うだなんて思わなかった。
 ロヴィーサ嬢には申し訳ないが、厨房で料理を手伝う前に僕は何か口にしたかった。

「ロヴィーサ嬢お腹が空きました」
「焼き菓子が残っていますよ。摘まんでから昼食を作りますか?」
「焼き菓子……」

 焼き菓子も魅力的なのだが、僕はもっと食べたいものがあった。海で遊んで日に焼けたのか身体は火照って、背中や肩や顔がひりひりする。

「冷たいものが食べたいのです」

 正直に白状すると、ロヴィーサ嬢は少し考えて、すぐに厨房から山盛りの何かを持って来た。

「かき氷です。水分も摂れるし、冷たくて美味しいですよ」
「かき氷?」
「氷を細かくかいて、それにシロップと練乳をかけた冷たいスイーツですよ」

 かき氷をスプーンで掬って食べると、火照った体が冷たくなるようで心地よい。口の中で溶けていくかき氷の食感も楽しかった。
 かき氷を食べ終わると、僕とロヴィーサ嬢は厨房で昼ご飯を作った。
 昼ご飯は素麵だった。
 茹でた素麺を冷水でしめて、つゆと海苔と甘辛く煮た鶏ミンチを絡めていただく。
 かき氷を食べていたが、素麺ならばつるりと食べることができた。

 ロヴィーサ嬢の水着姿も素晴らしく可愛かったし、いい一日だった。

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