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三章 王子と母の思い出

18.魔窟の管理人はお魚四号さん

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 魔窟に管理人が置かれてから、僕とロヴィーサ嬢はマーマンの管理人を訪ねて行った。
 マーマンの管理人とは話しておかなければいけないことがまだまだたくさんあった。

「魔窟の管理に危険はないのですか?」
『マーマンはモンスターと人間の中間のような生き物です。ほとんどのモンスターは私が入って来ても気にしないのです』
「それでは、この魔窟の下層まで管理することができますか?」
『一度最下層まで見てみようと思います。定期的に階層を見て回って、記録をつけてお届けしますよ』

 マーマンの管理人は非常に有能だった。
 最下層まで記録をつけて見回ってもらえるのならば、モンスターが魔窟から出ようとしてきたらロヴィーサ嬢はすぐに狩りに行くことができる。
 それだけではなくて、マーマンの管理人はダミアーン伯父上から渡されていたものがあった。

『こちらが、通信装置になっております。この箱をミエト家に設置していただければ、私は魔窟の入口のホールに設置した箱からいつでも記録を送り、モンスターが溢れ出るようなことがあればお知らせすることができます』

 郵便ポストのような箱を渡されて、ロヴィーサ嬢はその中を確かめた。中には何も入っていないが、僕は見ただけでそれが魔力を帯びていると分かる。

「便利なものをいただきましたね。エド殿下、ダミアーン王太子殿下にお礼を申し上げておいてくださいね」
「分かりました。お手紙を書きます」

 その他にもロヴィーサ嬢はマーマンの管理人と話している。

「ご家族や恋人などが魔族の国にいるのではないですか?」
『休暇をもらったときに、魔族の国に帰って会って来ます。恋人は、いずれ結婚したら共にこの魔窟に住むつもりです』

 マーマンの管理人の言葉に、ロヴィーサ嬢は疑問を抱いたようだ。

「マーマンは魔窟に住む生き物なのですか?」
『本来は海に浮かぶ小島に住んでいましたが、それよりも魔窟に住む方がずっと便利なことに気付いたのです。一部のマーマンはまだ小島に住んでいますが、ほとんどのマーマンは魔窟やその周辺に住んでいます』

 魔窟はマーマンにとっては住処だった。
 知らなかった事実に僕は驚いていた。
 魔窟はモンスターの出る危険な場所と考えていたが、モンスターと人間の中間的な生き物であるマーマンにとっては、魔窟は家のようなものだった。
 よく見れば魔窟の入口のホールになっている場所には、マーマンのベッドや生活用品が置いてあり、食事もここでしているようだ。

『魔窟は、食べ物も豊富にあって、管理していると人間にも感謝される、住みやすい場所なのです』

 マーマンの管理人の言葉に、僕はなるほどと納得していた。

 最後にロヴィーサ嬢はマーマンの管理人に伝えた。

「周辺の住民の皆様やわたくしたちが親しみやすく、呼びやすいように、あなたの名前を考えさせていただきました」
『人間の名前はよく分からないので、つけて頂けるのはありがたいです』
「お魚四号です」
『は?』
「お魚四号、というお名前です」

 ロヴィーサ嬢が告げた名前に、マーマンの管理人は明らかに戸惑っている。

『これが人間のセンスなのか……いや、四号? 他に三人いたということか!?』

 喋り方が敬語ではなくなっているが、それだけ動揺が激しいのだろう。

「よろしくお願いしますね、お魚四号さん」
『は、はぁ……』

 お魚四号で名前を押し切ったロヴィーサ嬢に、マーマンの管理人は反論できなかったようだ。
 マーマンの管理人の名前は、お魚四号さんになった。

 ミエト家ではロヴィーサ嬢は定期的に魔窟に調査に行かなくてよくなった。
 その分ロヴィーサ嬢の負担も軽減されるし、魔窟は管理されて周辺住民の危険はなくなるし、いいことづくめだった。

 居間に設置した箱に届く記録を確認して、ロヴィーサ嬢はメニューを決める。

「コカトリスの卵が生みたてだそうですよ。前に作り損ねた茶わん蒸しを作りましょうか」
「茶わん蒸し、食べたことがないです」
「お出汁で味をつけたプリンのようなもので、とても美味しいのですよ」

 話を聞いているだけで僕はお腹が空いてくる。
 ロヴィーサ嬢と魔窟に収穫に行くのも、僕の楽しみだった。

 ミエト領で魔窟に管理人を導入したということは、この国中の貴族に知れ渡っていた。
 魔族の国では魔窟に管理人がいることを、この国の貴族たちは知らなかったようだ。魔窟を持つ領地の貴族は、揃って魔窟に管理人を雇うことを検討しているようだ。
 その先駆けとなったミエト領は高く評価されていた。

 王城に行くと父上とエリアス兄上が待っていてくれた。
 これが冬休み最後の王城でのお茶会になるだろう。
 父上とエリアス兄上は僕とロヴィーサ嬢から話を聞きたいようだった。

「ミエト領は魔窟に管理人を導入したようだな」
「ひとではない管理人だと聞きました。どのような者ですか?」

 問いかける父上とエリアス兄上に、ロヴィーサ嬢がミエト領の当主として答える。

「管理人はダミアーン王太子殿下に仲介していただいて雇いました。マーマンという種族で、体が魚で、脚が人間の生き物です」
「意思疎通はできるのか?」
「どのように魔窟を管理しているのですか?」
「意思疎通はできます。マーマンの方がわたくしたちの言語に合わせてくれています。魔窟の管理は、マーマンという種族がモンスターと人間の中間なので、モンスターに襲われずに下層まで降りられるので、魔窟のモンスターの増減を記録につけてもらっています」

 国王陛下である父上と、王太子殿下であるエリアス兄上の前でも堂々と受け答えができるロヴィーサ嬢に僕は尊敬の念を抱く。
 必要なときにははっきりと発言して、それ以外のときには慎ましく控えているロヴィーサ嬢は本当に素晴らしい淑女だと思う。

「マーマンか。一度見てみたいな」
「残念ながら王城に連れて来ることはできません。ひとではない姿ですから」
「そうか。国王を退いたら、私の方から魔窟に出向こう。ロヴィーサ嬢、そのときには同行してくれるか?」
「喜んで行かせていただきます」

 国王陛下である限り父上は自由が利かないが、国王の座を降りて隠居の身となればミエト領の魔窟を見に行くこともできる。

「それにしても、ミエト領は素晴らしいですね。魔窟が管理されていれば、モンスターの量も確保される。そうなると、食糧危機が来たときにも、魔窟のモンスターを狩れば事足りますからね」

 エリアス兄上の言う通りだった。
 アルマスがモンスターの血肉から毒素を抜く技術を開発するまでは、モンスターを食べることは一般のひとたちにはできなかったが、今は違う。
 モンスターの血肉が、食料が取れなくなったときの保険となりうるのだ。

「ミエト領が立派に魔窟を治めていることを評価しなければいけませんね、父上」
「そうだな。ミエト家を讃えなければいけないな」
「光栄なことに御座います」

 ミエト家が魔窟の管理人を置いたことで、国全体の魔窟に関する認識が変わってくる。それをエリアス兄上も父上も高く評価していた。
 ミエト家が王家の覚えがめでたい家になるのは嬉しいことだ。

「父上、ミエト家に恩賞を出しますか?」

 僕が問いかけると、父上が微笑む。

「そうだな。ロヴィーサ嬢の功績を讃えよう」

 ミエト家に恩賞が出ると聞いて僕は嬉しくて堪らなかった。

 ミエト家に戻った僕に、ロヴィーサ嬢は茶わん蒸しを作ってくれた。
 お出汁と卵液を混ぜて、味を付けたものに、魚の白身や銀杏やゆり根を入れて、蒸す。それだけでは足りないので、蒸し野菜と、焼き魚もロヴィーサ嬢と一緒に用意した。

 晩ご飯にはロヴィーサ嬢のお父上も同席した。
 ロヴィーサ嬢のお父上は時々晩ご飯に同席してくれるようになっていた。

「茶わん蒸しとは懐かしいですな。妻がよく作ってくれました」
「思い出の味なのですね」
「そうなのです」

 茶わん蒸しを食べながらお父上はしんみりとしている。
 僕も茶わん蒸しを食べたが、プリンのようなぷるぷるの食感に、中に入っている具もお出汁の味がしみてとても美味しい。
 焼き魚も蒸し野菜もたっぷりと食べた。

 もうすぐ冬休みも終わる。
 春にはエリアス兄上の結婚式、ヒルダ姉上の出産、アルマスのお誕生日、ロヴィーサ嬢のお誕生日と、おめでたいことがたくさんある。
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