可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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最終章 奏歌くんとの結婚

15.奏歌くんとの写真撮影

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 お正月が終わると劇団の稽古が始まる。
 春公演は『アイーダ』に決まっていた。
 エジプト王女のアムネリスとエチオピア王女で女奴隷のアイーダが、軍の指揮官であるラダメスを取り合う物語だ。
 ラダメスはアムネリスに仕えるアイーダと相思相愛だが、アムネリスは二人の仲を裂こうとする。アイーダの祖国であるエチオピアと戦わなければいけなくなったラダメスに、アイーダは父と恋人が争うことに絶望して死を願う。
 エジプト軍が勝利したがラダメスは死んだと嘘の報告を行って、アムネリスは自分がラダメスを手に入れようとする。エチオピア王を捕虜として連れ帰ったラダメスは、国王から娘のアムネリスを与え、国王の座も与えると言われる。
 アイーダと共にエチオピア国王を連れてエジプトから逃げようとするラダメスは、アイーダの元ねに応じてエジプト軍の最高機密である行軍経路を伝えてしまう。自分が国家機密を軽率に漏らしてしまったことを悔いたラダメスは、アイーダと共に逃げずにエジプト軍に捕縛される。
 裁判を待つラダメスの元にアムネリスがやってきて、エチオピア王は死んだ、アイーダは行方不明だと告げて、自分を受け入れるならばアイーダを助けてもいいと言うが、ラダメスはそれを断る。ラダメスは地下牢に入れられたが、そこにアイーダが潜んでいて、二人は現世の苦しみに別れを告げて共に死を選ぶ。
 ヴェルディの作曲した古典オペラを元に書かれた脚本は悲劇だったが、最終的に二人は天国で結ばれたということで、最後のデュエットダンスに繋がる素晴らしいものだった。

「海香、今回は真面目に書いたのね」
「『アイーダ』を改変はできなかったってことね」

 私と百合の最後の公演は、カップルとして認められるものになりそうだった。私がラダメスを演じて、百合がアイーダを演じる。エジプト国王が美鳥さんで、エチオピア国王が真月さんで、アムネリスが雪乃ちゃんに配役が発表された。蘭ちゃんは今回は女役で巫女の長を演じることになった。

「海瑠さんとの最後の公演だから、女役も頑張りますよ」

 男役も女役もこなせる蘭ちゃんは、将来私のような男役になるのかもしれないと期待されているという。美鳥さんもOG科に残ることだし、真月さんが次の男役トップスターに、雪乃ちゃんが次の女役トップスターに選ばれていて、私は安心して最後の公演の稽古に挑むことができた。
 春公演の稽古もあるのだが、私にはバレンタインのお茶会とディナーショーの稽古もある。今回は百合も女役トップスター最後のバレンタインということで、大劇場で合同でバレンタインのお茶会とディナーショーが開かれることになっていた。
 ゲスト出演するのは美鳥さんと真月さんと蘭ちゃんと雪乃ちゃんという豪華なメンバーだ。
 バレンタインのお茶会とディナーショーの稽古もしつつ、春公演の稽古もする。どちらも最後だと分かっているので、全員気合が入っていた。
 そんな慌ただしい一月の成人式の日、私は休みを取って奏歌くんと写真館に出かけていた。評判のいいカメラマンのいる写真館があるのだと聞いて、予約をして奏歌くんと着物姿で出かけた先には、真里さんがいた。

「奏歌じゃない! 僕の妖精さん。奏歌を撮れるなんて最高だな」
「カメラマン、チェンジできませんか?」
「酷い!? 僕は奏歌のお父さんだよ? 奏歌を撮ってどこが悪いの?」

 カメラマンには非常に不満があったけれど、他のカメラマンは空いていないということで、奏歌くんと私は諦めることにした。性格には難があるけれど、真里さんの撮影の腕が確かであることは間違いない。
 着物姿で寄り添う私と奏歌くんを真里さんがカメラで色んな角度から舐めるように撮っていく。気持ち悪さもあったが、奏歌くんと寄り添っていると守られている気がして私は奏歌くんの傍を少しも離れなかった。
 写真を撮られるのには慣れているけれど、カメラマンが真里さんであるということには慣れない。休憩時間に奏歌くんとお茶を飲んでいると、真里さんが話しかけてくる。

「二人は結婚するんでしょう? 結婚式のカメラマンを、僕に任せてくれないかなぁ?」
「遠慮します」
「結構です」

 奏歌くんと私の声が重なった。
 相変わらず何歳か分からないような童顔の真里さんは、最後に会ったときと全く印象が変わっていない。私たちも長期間同じ場所にい続けたら真里さんのように印象が変わらないことを訝しがられるのだろうか。

「父さんは運命のひととはどうなのかな?」
「僕は……まぁ、あいつが運命のひととは認めてないけど、仕方ないから一緒に暮らしてやってるだけかな」
「血を分けた?」

 奏歌くんの冷たくも感じる声での問いかけに、真里さんの表情が少し変化する。困ったような顔になっているのは、奏歌くんの問いかけに答えたくないからだろう。

「血を分けたんだね。父さんも運命のひとが老いて死んでいくのには耐えられなかったんだ」

 奏歌くんの言葉に、真里さんが顔を上げる。

「僕はあいつなんかどうでもいいって思ってる。あいつが生きようと死のうとどうでもいい。ただ、僕にとって最高に美味しい血を持っているのはあいつなんだよ。餌にするために生き延びさせているだけ」
「父さんは素直にならない限り、幸せにはなれないよ」
「僕は幸せだよ。僕の好きなように生きていけて」

 幸せだと宣言する真里さんの表情が苦々しいもののように思えて、私は奏歌くんとの親子の会話を黙って聞いていた。

「父さんが、運命のひとと来るなら、結婚式に招待してもいい」

 妥協案を持ち出す奏歌くんに、真里さんは答えなかった。
 撮影が終わると、真里さんの趣味で写真集が作られることになった。私と奏歌くんの着物の写真集。

「本当は色んな衣装を着せたかったんだけど、奏歌が嫌がるだろうから、色んな角度から撮った写真で我慢するよ」
「僕の写真を自分のものにしないでよね?」
「それはカメラマンの特権です!」

 仕事として撮っているのだからそれを私的に利用するのはどうかと思うが、写真集にしてくれるというのは嬉しかったので私はそれ以上口出ししなかった。
 奏歌くんとマンションに帰る途中で、奏歌くんが私と手を繋いで顔を見上げて来た。

「父さんのこと、僕が決めちゃってごめんね?」
「何のこと?」
「運命のひとを連れて来るなら、結婚式に招待するって言ったこと」

 奏歌くんはそのことを気にしているようだが、私は真里さんの人格に関しては言いたいことがたくさんあったが、撮影の腕に関しては信頼しているので、奏歌くんの選択に異存はなかった。

「奏歌くんのお父さんだもの。真里さんが結婚式の写真を撮ってくれたらきっといいものになりそうだし、私は気にしてないわよ」
「海瑠さんは僕と結婚すると、どうしても父さんとの縁も切れなくなっちゃうって、今日初めて気付いた」

 どこかしょんぼりしている奏歌くんに、私はハニーブラウンの目を覗き込んで真剣に告げる。

「真里さんの件に関して、奏歌くんが悪いわけではないわ。誰も悪くない。奏歌くんという大切な存在を生み出してくれたことは、真里さんに感謝しているのよ」

 美歌さんと真里さんが出会わなければ奏歌くんは生まれていない。奏歌くんが生まれていなければ私もこんな風に奏歌くんと一緒に過ごすこともできなかったわけだ。
 私の答えに奏歌くんは安心したようだった。

「真尋兄さんに近寄せないように気をつけなきゃね」

 真尋さんは真里さんが吸血鬼だと知らないし、自分が吸血鬼の血を引いているということも知らない。人間の血が強い真尋さんは、血を欲しがることもないようだから、知らないのならば知らないままでいた方が幸せだろう。それが美歌さんとやっちゃんと奏歌くんと私で出した答えだった。
 あれから五年経って、真尋さんに変化は現れたのだろうか。
 いつか真尋さんにも真実を告げなければいけない日が来るのだろうかと、私は考えていた。
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