可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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最終章 奏歌くんとの結婚

12.ホテルでの夜

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 百合は奏歌くんと真尋さんの部屋に行っている。
 私と百合の部屋には奏歌くんが来ている。
 百合と真尋さんは二人きりで、私と奏歌くんは二人きりだ。このまま一晩真尋さんのところから百合が戻って来なかったら、私は奏歌くんと一夜を過ごすかもしれない。
 クリスマスイブの夜に、ロマンチックな夜景の見えるホテルの部屋で、奏歌くんと二人きり。
 かっこいいキャメルのスーツ姿の奏歌くんが立ち上がった。
 そのときが来たのかと私は身構える。スイートルームのソファに座っている私の前に来て奏歌くんは何か四角い箱を見せて来た。

「海瑠さん、僕、準備してきたんだけど」

 私は経験がないから全く分からないが、男性と女性がそういう行為をするときには、避妊をしなければ赤ちゃんができてしまう可能性が高くなるということは性教育で知っている。そのためにはコンドームという男性が使う避妊具があって、それを使えば妊娠の可能性は低くなり、性病もうつる可能性が低くなるということも知っていた。
 劇団の規則もあったのだが、24歳のときに奏歌くんに出会ってから、奏歌くん以外と恋愛関係になることは想像できなかったので、私は当然、性行為の経験はない。
 奏歌くんが求めるのならば受け入れる覚悟はしているが、いざそのときになると怖気づいてしまう。
 箱を見せた後で奏歌くんはドアの方に行っている。百合が急に帰って来てもドアが開かないようにチェーンをかけに行ったのだろうか。
 私は今夜、奏歌くんのものになる。
 ソファで身を小さくするようにして待っていると、奏歌くんはチェーンを締めるのかと思ったら部屋の外に出て行った。戻って来たときには百合と真尋さんを連れている。

「覚えてる? 小学校六年生のときに温泉旅館でみんなで七並べをしたよね。久しぶりに七並べしない?」
「へ?」

 よく見ると奏歌くんが持っている箱はトランプの入っている箱だった。
 ロマンチックはどこにいったのでしょう。
 呼ばれて部屋に来た百合も真尋さんもやる気である。

「僕、七並べは結構強いんだよ」
「私も負けないんだから!」

 クリスマスイブの夜景の見えるホテルの部屋で、四人でソファのローテーブルを囲んで七並べ。
 私が想像していたロマンチックな夜は消え失せてしまった。
 奏歌くんがカードを混ぜて配る。真尋さんと百合もやる気で七並べに参加して、勝負は白熱してくる。

「パス! あぁ! もう後がないわ!」
「じゃあ、僕もパス」
「真尋さん、絶対ここ、止めてるでしょう?」
「さぁ、どうかな?」

 百合の悲鳴が聞こえて、淡々とゲームを進めるポーカーフェイスの奏歌くんがいて、真尋さんに百合が詰め寄って、真尋さんが誤魔化す。
 最初の方は真尋さんと奏歌くんの圧勝だったが、やっていくうちに私もゲームの要領を思い出して勝てるようになってくる。

「上がりっ! 一番だったわ!」
「海瑠に負けるなんて! 悔しいー!」

 日付が変わるまで私と奏歌くんと真尋さんと百合は七並べをして楽しんだ。
 日付が変わった頃に奏歌くんと真尋さんは自分たちの部屋に戻っていく。百合と順番にお風呂に入って、ベッドに倒れ込むと、百合がじっと私を見詰めて来た。

「海瑠は何か別のことでも期待してたの?」
「期待してなかったわけないでしょう? こんな高級ホテルでクリスマスイブに奏歌くんと過ごすのよ?」
「私は、海瑠とも思い出を作りたかったから、今日は最高の一日だったわよ?」

 百合に言われて、私はハッと息を飲む。百合は真剣な眼差しで私を見ていた。

「春公演が終わったら、海瑠は海外に行くんでしょう? 日本でも別々になったらなかなか会えないのに、海外では尚更よ。そうなる前に、海瑠としっかりと話しておきたかった」
「百合……」
「私は、妖精さんなの。だから、長い時間同じ場所にはいられない」

 私たちの劇団の劇団員が妖精だと呼ばれていて、年齢も性別も感じさせないと言われていることは私も知っていた。百合はそのことを話しているのだろう。

「百合が妖精だってこと、私は知ってるよ」
「やっぱり、気付いてたのね」
「もちろんよ」

 劇団員はみんな妖精さん。
 百合はそういうことを言っているのだろう。
 妖精に例えられるくらい美しい百合は、長い時間同じ場所にはいられない。その理由がよく分からないが、百合なりの美学があるのだろう。劇団を退団して妖精と呼ばれなくなって、自分が老いを感じていくにつれて、日本を離れたいという意味なのかもしれない。

「良かった、海瑠に話すことができて」
「そんなことを気にしてたのね」

 劇団員が妖精さんと呼ばれているのは当然のことなのだから気にすることはないのにと私は百合に微笑んだ。真剣な表情だった百合も柔らかく微笑んでいる。

「話ができて安心したわ。お休みなさい」
「お休み、百合」

 電気を消してから、私は奏歌くんのことを考えながら眠りについた。
 朝食はホテルのレストランでビュッフェが食べられる。普段着を着た真尋さんと奏歌くんが部屋まで迎えに来てくれて、私と百合は飛び起きた。朝に集合する時間を約束していたはずなのに、昨日は遅くまで起きていて寝過ごしてしまったようだ。

「奏歌くん、真尋さん、ちょっと待ってて!」
「すぐに準備するから!」

 扉越しに私と百合が言うと、奏歌くんと真尋さんは大らかに答える。

「ゆっくり大丈夫だよ」
「女性の支度は時間がかかるでしょう? 急がなくていいですよ」

 本当に紳士な兄弟だと私は驚いてしまう。
 支度を終えて百合と廊下に出ると奏歌くんと真尋さんが待っていてくれた。レストランのビュッフェは奏歌くんについていって同じものを取ることにする。ご飯とお味噌汁とおかずとサラダと果物とカフェオレをトレイに乗せて、奏歌くんは席に着いた。
 百合と真尋さんはクロワッサンとおかずとサラダとカフェオレをトレイに乗せている。

「果物もあったの?」
「後で取りに行ったらいいよ」
「後で百合さんの分も取ってくるよ」

 私たちのトレイを見て羨ましそうにしている百合に、奏歌くんが答えて、真尋さんが自分が取りに行くと言っている。
 朝食を食べながら、私は百合に聞きたいことがあった。

「百合は、奏歌くんと真尋さんのこと、どこまで知ってるの?」

 対外的には奏歌くんと真尋さんは従兄弟同士ということになっている。本当は母親の違う兄弟なのだと打ち明けられているのだろうか。

「真尋さんから話は聞いてるわ。複雑な事情で、お父さんが同じで、お母さんが違う、異母兄弟なんでしょう?」
「それは聞いてたんだ」
「付き合い始めてから真尋さんが教えてくれたのよ。顔もよく似てるし、紳士な態度も似てたから、ダーリンと兄弟だって聞いてすごく納得したわ」

 そう言ってから、百合は「実は」と声を潜めた。

「私、ずっと海瑠が羨ましかったの」
「え? 私が?」
「ダーリンは小さかったけれど、海瑠のことをしっかり守ってくれて、お弁当も作ってくれて、紳士で、優しくて」

 私は奏歌くんの運命のひとで血を飲んでそれに気付いたから奏歌くんに優しくしてもらっていただけで、そうでなければ奏歌くんとの出会いはなかったわけだが、傍で見ていた百合はずっと奏歌くんと私の関係が羨ましかったようだった。

「その話を真尋さんにしたら、『僕が全部してあげますよ』って言ってくれたのよ」
「告白は真尋さんからだったの?」
「そうなの! 絶対に退団するまでは節度を守るし、私のことを守るから、奏歌くんと同じことをさせて欲しいって言われたの」

 それはそれで百合らしいし、真尋さんらしい告白だった。
 奏歌くんと真尋さんとの関係も百合は知っているし、真尋さんと百合の関係の始まりも知ることができた。
 期待していた私にとっては肩透かしを食らったクリスマスだったが、百合との関係は深まったような気がして、私はそれで満足することにした。
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