可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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十二章 奏歌くんとの十二年目

30.奏歌くんの18歳の誕生日

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 七月になってマダム・ローズからの連絡を受けて私は奏歌くんと一緒に、マダム・ローズのお店に行った。たくさんの小さな宝石が散りばめられた花束のような私の指輪と、ブルーダイヤとピンクサファイアとダイヤモンドが真ん中に一回りはまった奏歌くんの指輪が出来上がったのだ。
 出来上がった指輪を受け取って、奏歌くんが私の左手の薬指に、私が奏歌くんの左手の薬指に試着してみる。サイズもぴったりで、私の手も奏歌くんの手も華やかに彩られていた。
 奏歌くんの指輪はダイヤモンドが多めで、その中にブルーダイヤとピンクサファイアがアクセントのように入っている。同じ宝石を私の指輪にも使っているし、地金が金で同じなので、結婚指輪のお揃いの雰囲気がよく出ていた。

「海瑠さん、これは来年の結婚式まで大事に取っておこう」
「そうね。箱に入れて大事に取っておきましょう」

 奏歌くんの18歳の誕生日を前に、指輪が出来上がったことが嬉しくて、私はマダム・ローズにお礼を言って箱に入った指輪を袋に入れてもらってマンションに持ち帰った。
 マンションの本棚の一角を片付けて、指輪の箱を置く場所を作る。いつでも箱を開ければ指輪を見ることができて、奏歌くんとの結婚が近付いてきていることを実感することができた。

「結婚式場はどうする?」
「もうそんな時期?」
「結婚式って、結構早くから予約しておくものなんだよ」

 奏歌くんに教えてもらったけれど、あまりピンと来ていない私は、思い浮かんだのは茉優ちゃんとやっちゃんの結婚式だった。

「茉優ちゃんとやっちゃんが結婚式を挙げた式場はどうかな?」
「同じ式場で結婚式を挙げるんだね。思い出にもなるし、いいと思う」

 茉優ちゃんとやっちゃんがイギリスにいて出席できない代わりに、茉優ちゃんとやっちゃんが結婚式を挙げた式場で結婚式を挙げる。それはとてもいいアイデアに思われた。
 ただ、そのことをメッセージでやっちゃんと茉優ちゃんに相談してみると、意外な答えが返って来た。

『かなくんの結婚式は、当然帰国するつもりでいるよ? 父さんと母さんも行くみたいだし』

 やっちゃんと茉優ちゃんは私と奏歌くんの結婚式にイギリスから帰国するつもりだった。それだけでなく、お祖父様とお祖母様もイギリスから来てくださる。そうなると結婚式に呼びたいメンバーに私の中で迷いが出てきた。

「結婚式には百合も呼びたいんだけど、お祖母様の姿に違和感を覚えないかしら?」

 吸血鬼のお祖母様は肉体的に老いるのが遅くて、二十代半ばの姿をしている。親戚だと嘘を吐けばいいのかもしれないが、私は奏歌くんのお祖父様とお祖母様としてお二人には出席して欲しかった。

「海瑠さん、百合さんに告白するときが近付いてるんじゃないかな?」
「百合に真実を告げるの?」
「百合さんのことは信じてもいいと思うんだ」

 奏歌くんに言われて、私は結婚式までには百合に私がワーキャットで奏歌くんが吸血鬼であることを告げなければいけないと考え始めていた。
 七月の奏歌くんのお誕生日には、私はスペシャルディナーを作って、奏歌くんのためのコンサートを開く気でいた。今年のスペシャルディナーは、教えてくれるやっちゃんがいないのだが、やり遂げられるだろうか。
 前日から準備をしておく。
 作るのはカレーのつもりだった。
 奏歌くんの作ってくれた夏野菜のカレー。冷蔵庫に入れずに一晩経ってしまって、ダメにしてしまって泣いていたら、奏歌くんが早朝にやってきて慰めてくれて、オムライスを作ってくれた。別の日にマンションに帰ると夏野菜のカレーが冷蔵庫に入っていて、とても嬉しかったこともあった。
 それを思い出して、ただのカレーではなく、オムライスカレーを私は作ろうと考えていた。
 夏野菜のカレーに、奏歌くんが私を慰めるために作ってくれたオムライスを合わせた完璧な一品。
 人参と玉ねぎとお肉だけのシンプルなカレーを作って、冷蔵庫に入れておく。ご飯も炊いて、冷凍庫で保存しておく。卵とバターは買ってあるので、スーパーには茄子とカボチャとパプリカとズッキーニとエリンギを買いに行った。
 冷蔵庫の中身を確かめて、私は奏歌くんの誕生日に備える。
 奏歌くんの誕生日も平日だったので、奏歌くんは高校の授業があった。私は劇団を休んで奏歌くんが来る前にほとんどの準備を終えておくつもりだった。
 冷凍ご飯は電子レンジで温めて、バターでハムと玉ねぎと炒めて、バターライスにしておく。粗熱の取れたバターライスは冷蔵庫に入れて、準備万端で待っていると、奏歌くんがマンションに来る。

「奏歌くん、お誕生日おめでとう!」
「ありがとう、海瑠さん」

 高校からマンションに直行したのだろう制服姿の奏歌くんに、ときめきを感じてしまう。普段は一度家に戻ってシャワーを浴びてやってくるのに、今日はお誕生日なのでできるだけ早く来てくれようとしたのだろう。
 奏歌くんをソファに座らせて、リクエストされる曲を歌って踊る。
 奏歌くんの手を取って踊ると、奏歌くんの背が高くなっていることに気付く。

「奏歌くん、何センチになった?」
「やっと170センチかな。これ以上は伸びないと思う」

 170センチでも男性として小さい方ではないし、気にすることはないとは思うのだが、私が176センチあるので、奏歌くんはもう少し大きくなりたかったのだろう。少し恥ずかしそうだったけれど、奏歌くんの成長を私は純粋に喜んだ。
 歌って踊ってから、奏歌くんがDVDを見ている間に私はキッチンに行く。
 電子レンジでバターライスを温めて、カレーを弱火で温めて、卵を溶いてふわふわのオムライスを作る。バターライスの上にオムレツを乗せて上を割ったらとろりと崩れるはずが、焼き過ぎて固まったままになってしまった。
 落ち込みながらも切った茄子とズッキーニとパプリカとカボチャとエリンギを焼いて添えて、カレーをかけて出すと、奏歌くんのハニーブラウンの目が煌めいた。

「オムライスカレー?」
「そのつもりだったの……でも、上の卵がとろってならなくて固まっちゃった」
「オムライスとカレーのどっちも作れるなんてすごいよ。贅沢! 美味しそう」

 失敗して意気消沈する私を奏歌くんは絶賛してくれる。
 褒められると悪い気はしないので私も気を取り直して失敗したオムライスカレーを食べることができた。

「去年の夏、私、奏歌くんの作ってくれた夏野菜のカレーをダメにしちゃったでしょう?」
「そういうこともあったね」
「あの日、奏歌くんが早朝に来てくれて、颯爽とオムライスを作ってくれたのが本当に嬉しかったの」

 泣くくらい悲しかった奏歌くんのカレーをダメにしてしまった事件の後で、私の涙を止めたのは奏歌くんのオムライスだった。どちらも思い出の味なので、オムライスカレーに挑戦したのだと告げると、奏歌くんが嬉しそうに微笑む。

「海瑠さんが僕がオムライスを作ったことで元気になってくれたなら、本当に嬉しいよ」
「私にとっては、オムライスも、夏野菜のカレーも、どっちも大事な思い出なの」

 奏歌くんへの感謝を込めて作ったオムライスカレーを奏歌くんは間食してくれた。
 晩ご飯の後で猫の姿で奏歌くんに膝枕をされながら、奏歌くんとDVDを見る。見ているのは思い出の初めて行った映画館で見た、映画が無声映画からトーキーになる時代のミュージカル映画だった。
 私が晩ご飯の用意をしている間に奏歌くんが見ていたので、私は途中から見ることになったが、奏歌くんに撫でられながら見ているとうっとりして目を閉じてごろごろと喉を鳴らしてしまう。

「僕、最近考えるんだ」
「どんなことを?」
「海瑠さんと百年後、何してるかなって」

 百年なんて生きたことがないし、どれくらい時代が移り変わるかも予測できない。
 私はワーキャットで奏歌くんから血を分けてもらっていて、奏歌くんは吸血鬼なので、百年後も同じような姿で生きている可能性が高いのだ。百年以上のときを生きている真里さんは、二十代半ばの容貌のままだった。私たちも百年後、そうなっているかもしれない。

「何があっても、一緒にいることは確かだと思う」

 自信を持って告げる私に、奏歌くんが額にキスを落としてくる。

「海瑠さん、人間の姿になって。キスができない」

 甘く囁く奏歌くんに、私は膝から降りて人間の姿に戻ったのだった。
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