可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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十二章 奏歌くんとの十二年目

27.私の争奪戦と退団の宣言

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 始まりは春公演の最中の劇団が発行する雑誌の取材だった。
 私と百合と美鳥さんと真月さんで、今回の演目について話し合っていたはずだった。

「シラノ・ド・ベルジュラックとロクサーヌは最終的に結ばれたのかというのは、最後のデュエットダンスを見ていただければ分かると思います」
「生きている間に結ばれなかった二人が、天国に行って結ばれた。そういう形で演出家の先生もラストからのデュエットダンスまでの流れを作り上げていると思います」

 始めの方は私も百合も真面目に話していた。

「敵対する貴族はシラノの才能に嫉妬していたのではないかと、私は解釈しました」
「親友のクリスチャンもシラノの才能を尊敬していたと思います」
「シラノの一途な心と詩の才能があれば、ロクサーヌを本気で口説いていたら、簡単にロクサーヌと結ばれていたと思いますよ」
「自分の醜さという引け目がシラノになかったら。そんなものは本当の人間の価値ではないと最後のシラノの死の場面でこの物語は訴えかけてきます」

 真月さんと美鳥さんも真面目に演劇の話をしている。
 それがどこでどう間違ったのかは分からない。

「海瑠さんはシラノにぴったりの役者でしたね。自分の美しさを知らず、愛されることが分かっていない」
「海瑠さんは本当に素晴らしい男役トップスターですからね」

 シラノ・ド・ベルジュラックの話をしていたはずが、いつの間にか私の話にすり替わっていた。熱っぽく私のことを話す美鳥さんと真月さんに、私は何を言えばいいのか分からなくなってしまう。
 私が戸惑っている間に、百合も参戦した。

「海瑠のことは5歳のときから知っているんですよ。昔から歌とダンスの才能があって、それ以外ではかなりぼーっとした子でした」
「過去のことは知りませんが、劇団に入ってからの海瑠さんはずっと追いかけていました」
「私も、海瑠さんに憧れて男役を目指したようなものです」

 この取材は春公演のシラノ・ド・ベルジュラックの話のはずだ。それなのになんで私の話になっているんだろう。

「ファリネッリの演目で海瑠さんの才能がまた花開いた感じは受けましたね」
「オペラアリアを歌う海瑠さん、あんなに声域が広いとは思ってませんでした」
「あれは、海瑠が毎日ボイストレーニングをしたおかげなんですよ。海瑠は歌とダンスに関してはものすごい努力家なんです。小さな頃も踊れないことがあったり、歌えない歌があったりしたら、遅くまで教室に残って練習していました」

 これに関して私は何を言えばいいのだろう。

「シラノ・ド・ベルジュラックの話じゃないの?」
「今大事な話をしているんです」
「海瑠さんのことが一番好きなのは私ですよ」
「相手役の私を差し置いて何を言っているのかしら?」
「いえいえ、私こそが、もう一人の相手役と言われてるんですからね」

 ここは私のファンクラブか何かなのだろうか。私の発言は遮られてしまって、真月さんと百合と美鳥さんがどれだけ私を好きかという話題になっている。

「私は海瑠が男役トップスターになるのを待っていたんです。私は海瑠と添い遂げるつもりです!」
「私も海瑠さんと添い遂げますよ」
「美鳥さんは海瑠の相手役じゃないじゃない」
「もう一人の相手役としてちゃんと認められているんです」
「どこでよ?」
「ファンの皆様に」

 百合と美鳥さんの言い争いが白熱する中、真月さんがきっぱりと言う。

「海瑠さんは劇団の宝ですよ。ひとり占めできるものではありません」
「女役トップスターとして最長記録を持ってる私は宝じゃないのかしら?」
「百合さんも宝ですけど……私たちは海瑠さんのファンですから」
「何気に私の扱いが酷くない?」

 真月さんまで入って来て言い争いは混戦していた。
 それでも今回の取材で私と百合と美鳥さんは言わなければいけないことがあった。

「私、瀬川海瑠は、来年の春公演を最後に、退団することを決めました」
「河本百合も海瑠に添い遂げます!」
「美鳥も共に退団します!」

 三人で宣言すると取材陣からどよめきがわく。これまで和気藹々と話していた内容から一転、私たちの退団に話題が変わっていた。

「今年の春公演はまだ続いておりますし、秋公演、クリスマスの特別公演もあります。残りの期間もしっかりと男役トップスターを務めさせていただきたいと思っております」
「私も女役トップスター最長記録に終わりを告げる日まで、劇団で精いっぱい輝き続ける役者でありたいと思っております」
「私はお二人と共に退団できることを誇りに思い、最後まで務めあげたいと思っております」

 私と百合と美鳥さんが決意を述べると、真月さんがそこに言葉を添える。

「私は劇団最長記録の女役トップスターの百合さんと、長く男役トップスターを務めてくれた海瑠さんと、お二人を支え続けた美鳥さんが退団するにあたって、劇団を支えて行ける人物は誰かと考えた場合、自分しかいないのではないかという考えに至りました。三人を見送った後も、私は劇団に残って劇団を支え続けます。それが、三人から私にできる恩返しだと思っています」

 凛として喋る真月さんは次の男役トップスターの風格があった。劇団の経営陣がどう判断するかは分からないけれど、私は真月さんに男役トップスターを譲って退団したいと願っていた。
 春公演の千秋楽の日には、奏歌くんは映画館でライブビューイングで公演を見てくれた。最後までデュエットダンス後に美鳥さんが出て来て私の肩を抱いて仲良しをアピールしてカーテンコールまでずっと一緒にいる演出は変わらず、春公演の演目についてはSNSでかなりの盛り上がりを見せたようだった。

「最高ですね……」
「稲荷寿司が?」
「いや、春公演ですよ! 稲荷寿司も最高ですけど!」

 バレンタインのディナーショーのときに奏歌くんを楽屋前まで通してくれたお礼に沙紀ちゃんに好物を聞いたら、稲荷寿司だと答えられたので、奏歌くんが作ってくれた稲荷寿司を届けたら、劇団の食堂で一緒に稲荷寿司を食べながら沙紀ちゃんはうっとりとしていた。

「自分の魅力に気付いていない後ろ向きなシラノが、敵対者の貴族を自覚なく振ってしまったんですよ。そのせいで、貴族はシラノを手に入れるために敵対することになって」
「んん? そういう内容じゃないよね?」
「ロクサーヌを狙っているふりをしながら、シラノに近付く敵対者の貴族を、密かに牽制するクリスチャンと友人! 二人もシラノのことを愛していたんです」
「演目が変わってない? ロクサーヌどこいった?」
「何も気付かないシラノを全員が狙っていて、それぞれの手に堕ちていくシラノの総受け! 最高じゃないですか!」
「何を言ってるか分からないんだけど?」

 こういう分からない感想がSNSにも溢れているから困るのだ。
 私と百合は真剣にシラノのロクサーヌに対する一途な恋の物語だと思って演じている。最後のデュエットダンスでは、二人が天国で結ばれたことを示唆していると思って踊っている。
 シラノ・ド・ベルジュラックの史実に同性愛関係の話があっただけに、そういう界隈のひとたちは私と美鳥さんの役をできていると言ったり、敵対する真月さんが実は私の役を愛していたとか言ったりして、妄想した作品をネット上にあげていたりするのだ。
 基本的にそういう創作物に劇団は目を瞑っている状態で、そういうひとたちも隠れて活動しているようなのだが、今回は美鳥さんがデュエットダンスの後に私の肩を抱いて仲良しアピールをしたことで、そういう界隈が盛り上がってしまったらしい。
 私はシラノのロクサーヌに対する一途な恋の物語だと思っているので、若干齟齬が生じてしまっている。

「沙紀ちゃんにはそういう風に見えたの?」
「見えたんじゃないんです! そうだったんです!」
「えぇ!? 断言!?」

 稲荷寿司を咀嚼して飲み込んでから、沙紀ちゃんは力強く宣言していた。沙紀ちゃんのようなひとたちには、それが事実になってしまっているらしい。
 気にしないことにはするが、元々は美鳥さんの過激なファンのせいなので、私はちょっとだけそのひとたちを恨んだ。
 部屋に帰ると奏歌くんが待っていてくれる。
 晩ご飯はお味噌汁とご飯と何だろう。お味噌汁の香りとご飯の炊けるいい匂いが部屋中に満ちていた。

「お帰りなさい、海瑠さん。千秋楽お疲れさまでした」
「ただいま、奏歌くん。沙紀ちゃん、稲荷寿司喜んでたよ」

 沙紀ちゃんが話していた件について奏歌くんと話したかったけれど、まずは寛ぎたくて、手と顔を洗って私は椅子に座った。
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