可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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十二章 奏歌くんとの十二年目

17.テレビ出演と舞台

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 お正月休みが終わると、私と百合にテレビの歌番組のオファーが来た。基本的に劇団に所属している間は劇団の専門チャンネルか、劇のCM以外のテレビの仕事は受けてはいけないことになっているのだが、津島さんが私と百合に話を持ち掛けてきた時点で、この仕事は劇団の経営陣から了承がでているようだった。

「皇妃エリザベートの曲を国民的アイドルグループと歌って欲しいと言われています」
「私が死の象徴役なのかな?」
「そうです。百合さんはエリザベート役です」
「テレビ出演なんて初めてだわ。海瑠、やってみない?」

 やる気の百合に私は異存はなかった。
 テレビでも舞台でも歌うだけならやることは一緒だ。お客様を直に前にしているか、テレビの前のお客様に歌いかけるかの違いだけ。

「百合が長期間女役トップスターっていうことで有名になってるもんね」
「海瑠、あなたも有名なのよ?」
「え!? 私も?」

 てっきり百合の名声を聞きつけてのオファーだと思っていたがそういうわけではないようだ。百合に言われて私は驚いてしまう。

「海瑠ももうすぐ六年目でしょう? 男役トップスターで五年続けられたひとはこれまでいないのよ」

 百合がもう十二年目だから私のことは霞んでいたが、私ももう五年トップスターを務めている。今年の春公演では六周年ではないだろうか。言われてからやっと気付く私は相当に鈍いのだろう。百合も津島さんも呆れているようだった。

「園田さんは最近どうしてますか?」
「うちの子も五歳になって、保育園で落ち着いてきたから、園田さんには雪乃ちゃんのマネージャーを任せています」

 雪乃ちゃんにも単独のマネージャーがつくようになったのだ。それは雪乃ちゃんがトップスターへの階段を上り始めていることを示している。百合が退団した後は雪乃ちゃんが女役トップスターになるという劇団内の噂はかなり信憑性があるようだ。
 一月の中旬に私はテレビ出演することになった。衣装は劇団から持ち出すのかと思ったら、テレビ番組の方で準備してくれているという。

「なんだか信用できない気がするのよね」
「分かるわ。衣装のサイズが合わなかったら台無しだもんね」

 百合と話し合って、津島さんを通して劇団の経営陣に話をして一応衣装を借りて持ち出しさせてもらった。皇妃の演目で使う衣装ではないが、他のショーで使ったものの中で雰囲気のあるものを選んで持って行く。

「瀬川海瑠さんと河本百合さんですね。こちらが楽屋で、衣装も準備されています」

 通された楽屋で着替えた衣装は、私のものは丈が足りないのにウエストはがばがばで、百合の衣装も百合の細身の体に全然合っていなかった。布も光沢のある安っぽい感じのするもので、あまりにも雰囲気が出ない。

「衣装のサイズが合わないんですが」
「サイズを聞いて準備したはずなんですけどね」
「実際に合わないんだからどうしようもないじゃない!」
「すみません、上司に確認します」

 楽屋に通してくれたスタッフさんに声をかけても全く話にならないので、私と百合は持ってきた衣装に着替えた。私が深い青のシフォン布の軽さのある衣装で、百合はウエストを締めた黒いドレスだった。黒い手袋を着けた百合の手を取り、エスコートするようにしてスタジオに入る。

「スタジオで用意されていた衣装のサイズが合わなかったので、持ってきたものを使わせていただきました」

 凛と百合が告げると、私たちに集まっていた視線の主たちがハッと息を飲んだのが分かった。国民的アイドルグループかもしれないが、男性ばかりで私たちとは体格も全く違う。
 肩幅も胸板もそれなりに衣装で作ってはいるのだが、本当の男性と並んでしまうと私はやはり細かった。

「初めまして、瀬川さん、河本さん」
「本当にお綺麗で驚きました」

 挨拶をされて私たちも「今日はよろしくお願いします」と挨拶をする。スタジオ内の狭い舞台の上で立ち位置を教えてもらって、歌を歌ったのだが、国民的アイドルグループの歌に私は戸惑った。発声からして全然違う。私がピンマイクで歌っているだけで、マイクがあるのに国民的アイドルグループの声を全部かき消してしまいそうだった。

「もうちょっと声を控えましょうか」
「分かりました」

 声を控えて歌えなんて言われるとは思わなかったが、指示には従う。その他にも国民的アイドルグループの男性たちは音を外していたが、それも特に指摘されないままリハーサルが終わってしまった。
 百合と歌って踊るときには、心置きなく声が出せて、百合のダンスもしっかりと合わせられて安心する。
 本番に入ると、国民的なアイドルグループは更に酷かった。ダンスの位置を間違えたのだ。私がずれることによって違和感なくフォローできたが、結局撮り直しになってしまった。もう一度同じ歌とダンスを繰り返しても、国民的アイドルグループは歌の音も外したままだった。
 百合との歌とダンスはいつも通りに安心して百合をリードし、リフトして、声量も抑えることなく歌うことができた。

「劇団の方は妖精だって言われますけど、本当に人間離れしていらっしゃる」
「美しさもだけど、ダンスも歌もお上手ですね」

 国民的アイドルグループのメンバーに褒められたけれど、私たちではなくても美鳥さんと真月さんと雪乃ちゃんだってきっとやり遂げただろうと思うと、やり直しのできるテレビという世界は私にはあまり合わないのかもしれない。
 舞台が一番だと思わされて私は帰路についた。
 マンションに帰ると奏歌くんが待っていてくれた。奏歌くんに話したいことはたくさんあったけれど、疲れでとりあえず甘えたくて、私は顔と手を洗って、奏歌くんにクリスマスに貰った化粧水と乳液とハンドクリームを塗って、奏歌くんをハンモックに招いた。
 ハンモックは縦方向に入ると横になることができるが、横方向だとソファ代わりにもなる。ハンモックに座った奏歌くんの膝に頭を乗せて豹の姿で横になると、奏歌くんが私の身体を撫でてくれる。毛皮に顔を埋めて、匂いを嗅いでいる。

「海瑠さん、柑橘系のいい匂いがする」
「ハンドクリームがシトラスの香りだったからじゃないかしら」
「あ、本当だ。肉球がしっとりしてる」

 ぷにぷにと肉球を揉まれるのも気持ちいい。目を閉じてうっとりとしていると、奏歌くんが私に問いかける。

「何かあったのかな?」

 私のために話を聞いてくれようとする奏歌くんは男前だった。

「テレビの歌番組の収録だったのよ……ものすごく疲れた!」
「テレビ!? いつ!? 録画しなきゃ!」
「テレビの放映日は来週だけど……音が合わない相手と歌うのって疲れる! しかも、ダンスの位置を間違えられちゃうし。撮り直しなんて聞いてない」

 舞台は基本的に一発勝負でやり直すなんてことが想定されていない。そんな状態でもう十七年も十八年もやってきているので、慣れないテレビ出演は私にとってはものすごいストレスだった。

「テレビの歌って、編集されてるんだよね。一番よく撮れたのを使っているって聞くからね」
「だって、国民的に有名なアイドルグループの歌があんななんて思わないじゃない!」

 はっきりと口に出してしまってから、私は少しだけ後悔した。あのひとたちはあのひとたちで、テレビという媒体で精いっぱい戦っているのだろう。私とは戦う場所が違ったというだけだ。

「海瑠さん、お疲れ様」

 優しく言ってくれて私の毛皮を撫でて、肉球を揉んでくれる奏歌くんに、私は心底癒される。奏歌くんの癒しのおかげで私は少しだけ気を取り直したのだった。
 奏歌くんがいてくれれば私の機嫌はすぐによくなるらしい。
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