可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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十二章 奏歌くんとの十二年目

14.クリスマスに思い出のDVDを

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 クリスマスイブのディナーに奏歌くんはビーフシチューを作って私を待っていてくれた。冬休みに入っていたので、劇場の入り待ちをしてから私の部屋に来てビーフシチューを作って、クリスマスの特別公演に来てくれたのだろう。
 アドベントカレンダーの最後の一つの箱を開けると、ボディクリームが入っていた。シトラス系のいい香りがして体につけるととてもしっとりしそうなクリームだった。

「海瑠さん、母さんには許可をもらってきてるんだ……今日は泊まってもいい?」

 奏歌くんの申し出に私は心臓が飛び跳ねる。17歳にもなった奏歌くんと一晩を過ごすなんて、色々と期待してしまう。

「もちろん、結婚するまでは何もしないよ。それは母さんにも誓ってきた! 僕の部屋のベッドで眠るだけ。明日は朝から海瑠さんと過ごしたいんだ」

 何もないとしても奏歌くんが私の部屋に泊まってくれるのは嬉しい。奏歌くんが私の部屋に最後に泊ったのはいつだっただろう。まだ小学生の頃だったと思う。それから何年も経って、奏歌くんがまた私の部屋に泊まってくれる。

「嬉しい……奏歌くんと過ごせるのね」
「海瑠さん、絶対に不埒な真似はしないからね!」
「大丈夫、奏歌くんを信じてるよ」

 私が笑顔で答えると奏歌くんが微妙な顔になる。

「あまり信用されても男としてどうかと思っちゃうな」

 17歳の男心は複雑なようだった。
 ご飯を炊いてくれていた奏歌くんは、ご飯の上にビーフシチューをかけて、その上にとろけるチーズを乗せてオーブントースターで焼く。クリームシチューのときと同じように、ビーフシチュードリアになったそれを、私は吹き冷ましながらはふはふと食べた。
 熱くなると冷たい麦茶を飲んで口の中を冷ます。
 食後には奏歌くんはチョコレートケーキを買ってきてくれていた。

「ちゃんとお買い物のお財布からお金を取った?」
「代金はもらってるから安心して」

 アドベントカレンダーも買ってもらっているし、奏歌くんのお財布を圧迫したくない気持ちがあった私が確認すると、奏歌くんは恥ずかしそうに答える。私の部屋にはお買い物用のお財布があって、このマンションの食材はそこからお金を出して奏歌くんがいつでも買い足せるようにしていた。

「恥ずかしいけど、もうお年玉の貯金もほとんどないから、甘えさせてもらった」
「それならよかった」
「海瑠さんのためなら何でも買えるような大人になりたいんだけど、うちの高校、バイトも禁止だからね」

 バイトがどのようなものか分からないけれど、奏歌くんが働き出したら今のように気軽に私のマンションに来てくれなくなるのではないだろうか。恐ろしい可能性に気付いた私は、寝室の棚から預金通帳を持って来ていた。

「奏歌くん、これ、受け取って!」
「え!? なんで!?」
「私は舞台で稼いでいて、奏歌くんは私のために食事を作ってくれたり、お風呂を掃除してくれたり、部屋を整えてくれたりするでしょう? 専業主夫の労働力は、軽んじられることが多いけど時給にしてみたらすごく多いって聞いたことがあるわ」

 私に奏歌くんのような料理も掃除もできないけれど、奏歌くんは細かく気が付いて私の部屋をいつも過ごしやすいように整えてくれている。ロボット掃除機が掃除しきれない部分も、私は何もしていないが、いつの間にか部屋がきれいになっているのはそういうことなのだと理解できていた。
 奏歌くんの労働力は私が給料を折半するのに値する。それ以上かもしれないと差し出した預金通帳は、あっさりと断られた。

「そういうのは、結婚した後のために大事にしておいて。僕はできるし、苦痛じゃないからやってるだけだからね」
「奏歌くんは何から何まで、細かく私の身の回りのことをしてくれていて、すごく感謝しているのを表したいんだけど……」
「それなら、普通に『ありがとう』でいいよ」

 お礼を言うだけでいいなんて言う奏歌くんの心の広さに私は感動してしまう。

「奏歌くん、ありがとう。いつも美味しいご飯と、綺麗な部屋で、私が快適に過ごせるのは奏歌くんのおかげだよ。本当にありがとう」

 心を込めてお礼を言うと奏歌くんは頬を赤くして照れていた。
 晩ご飯が終わると、奏歌くんと一緒に食器を片付ける。お弁当箱も洗って、水切り籠の中に入れる。食器は軽く流して全部食洗器の中に入れた。
 片付けが終わると奏歌くんと順番にお風呂に入る。奏歌くんが譲ってくれたので私は先にお風呂に入った。風呂上がりにはボディクリームを塗って全身をしっとりと保湿する。アドベントカレンダーでもらったボディケア用品を使い始めてから、私はますます化粧ののりが良くなって、肌の調子が良くなっていた。
 どれも小さなお試し用のサイズなので、使い切ったら同じお店で重宝したものを買い足そうかと考えてしまう。そんなことを考えられるのも、奏歌くんがアドベントカレンダーをくれたからだった。
 髪を乾かしてリビングに出て来ると、奏歌くんが入れ替わりにバスルームに入る。私の身長が女性にしては高すぎるので仕方がないのだが、奏歌くんも私よりは背が低いが骨ばって来て男の子らしい体型になっている。パジャマ姿の奏歌くんがバスルームから出て来たときには、私はどきりと心臓が跳ねた。

「海瑠さん、ちょっと夜更かししない?」
「何をするの?」
「これ、用意してきたんだ」

 にやりと笑って奏歌くんが鞄から取り出したのは、映画のDVDだった。映画が無声からトーキーに変わる時代に、美人だが悪声の女優と有名男優がいて、有名男優は悪声の女優に迫られるが、美しい声の女優志望の女の子と結ばれる映画は、奏歌くんと初めて行った映画館で見たものに違いなかった。

「その映画、二人で見に行ったわよね」
「母さんがDVDを買ってて、借りて来たんだ。海瑠さんと一緒に見たくて」

 当時人気のアニメ映画も上映していたのだが、奏歌くんは絶対にこっちの映画を見ると言って譲らなかった。大人っぽい内容だったが、ミュージカル映画だというのが当時の奏歌くんに響いたのだろう。
 その後で私が悪声の女優の役でその演目を舞台ですることになって、奏歌くんはとても喜んでいた。

「懐かしいね」
「海瑠さんとの思い出の映画だよ。僕、映画館に行ったの初めてだったんだよ」
「奏歌くん、とても可愛かった。今も可愛いけど」
「今は可愛いじゃなくて、かっこいいって言って欲しいな」

 そう言われても私にとって奏歌くんは永遠に可愛いので仕方がない。
 ソファに座って、ひざ掛け代わりに毛布を持って来て私と奏歌くんはそのDVDを見た。長い映画なので見終わるまでには日付は変わっていた。
 クリスマスイブからクリスマスに変わった時刻、奏歌くんは私の頬に手を添えてそっと口付けをした。私は目を閉じて奏歌くんの口付けを受け止めた。

「お休みなさい、海瑠さん」
「お休み、奏歌くん」

 ちょっとだけ期待していなかったわけではないけれど、あっさりと体を離して奏歌くんは自分の部屋に入って行った。残念なような、ホッとしたような複雑な気持ちで私も寝室に入ってベッドに横になった。
 身体からはボディクリームのシトラスのいい香りがしている。奏歌くんのくれたアドベントカレンダーの最後の一個のボディクリームの香りに包まれて、私は目を閉じた。

「奏歌くん……」

 隣りの奏歌くんの部屋では奏歌くんが眠っている。小さい頃は一緒に眠っていたし、少し大きくなってからは別々に眠るようになったが泊ってくれていた。そのうちに泊ってくれなくなって、ずっと寂しかったのが、今日は奏歌くんが久しぶりに泊ってくれている。
 奏歌くんの気配を感じながら眠れることに幸福感を覚えて私はうっとりとしていた。
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