可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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十一章 奏歌くんとの十一年目

23.さくらの7歳の誕生日

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 三月の終わりには茉優ちゃんとやっちゃんの結婚式があって、茉優ちゃんとやっちゃんがイギリスに出発する。それが分かっているから、さくらのお誕生日は今年も少し早めにお祝いすることにした。
 奏歌くんと私でケーキを作ることにした。

「チョコレートのバウムクーヘンを上げたときに失敗したと思ったんだ」
「そうなの!?」
「2歳のかえでくんにはチョコレートはまだ早かったかもしれないって思ったよ」

 チョコレートは刺激が強いので2歳ではまだ上げないことが多いようだ。よく見ていなかったが、海香が上のチョコレートコーティング部分を食べてしまって、バウムクーヘンの生地だけをかえでにあげているのを、奏歌くんはしっかりと見ていたと話してくれた。
 1歳の子どもにはまだ食べさせてはいけないものがあるようなのだ。

「それなら、どうしようか」
「生クリームも大量に摂るとよくないって言うし、僕はゼリーケーキを作ってみようと思うんだ」
「ゼリーケーキ?」

 聞いたことはなかったが、美味しそうな響きがする。さくらもかえでも楽しく食べられるケーキならばいいのではないかと私は奏歌くんと一緒に作ることにした。
 ケーキ作りの基本は買い物からだ。奏歌くんとスーパーに行って、苺を二パックと、牛乳、お砂糖、ゼラチンを買って来る。
 同じ大きさの丸い型を用意して、片方にはお砂糖を煮て作ったシロップにゼラチンを溶かして苺を敷き詰めていく。もう片方には牛乳にゼラチンを入れて固める。最終的に牛乳ゼリーを下にして、上に苺のゼリーを重ねてゼリーケーキが出来上がった。

「苺と牛乳とゼラチンとお砂糖しか使ってないから、これからかえでくんも食べられるはず!」
「すごく綺麗ね」

 透明なゼリーの中に艶々の苺がたっぷり入っているのを見ていると、宝石のようでとても美しい。見た目も綺麗なゼリーケーキはきっとさくらも喜ぶだろう。
 やっちゃんと茉優ちゃんと美歌さんと日程を合わせて、海香と宙夢さんの家に苺のゼリーケーキを持って行った。
 インターフォンを押すと、海香がかえでくんを抱っこして出て来る。

「今お昼寝から起きたところで、お腹が空いてぐずってたのよ」
「おやつのケーキを持って来たわよ」
「ケーキ! わたしのおたんじょうびね!」

 話は海香を通して聞いていた様子のさくらが、後ろから顔を出して飛び跳ねて喜んでいる。リビングに通してもらって、美歌さんがさくらにプレゼントの包みを渡した。受け取ったさくらは「あけてもいい?」と聞いてから開けている。
 大きな包みの中には六十色の色鉛筆が入っていた。

「さくらちゃん、私の家に遊びに来たときによく絵を描いてるけど、色鉛筆の色が足りないって言ってたから、数が多いのを選んだのよ」
「すごーい! おかあさん、おとうさん、ろくじゅっしょくもあるよ! ろくじゅっぽんもいろえんぴつがある!」

 感激して海香と宙夢さんに見せに行っているさくらは、本当に感激しているようだった。やっちゃんからのプレゼントは、小学校用の手提げ袋と靴袋だった。

「保育園のときと同じのを使ってるって聞いたから、海香さんにお願いされて作ってみたよ」
「ねこさんのがらだわ! とってもかわいい!」

 喜んで手提げ袋と靴袋を抱き締めるさくらに、茉優ちゃんが手作りのチャームとブレスレットを添えていた。

「学校には付けて行けないかもしれないけど、美歌さんの家に行くときには付けていったらいいと思うわ」
「おとなっぽいアクセサリー! うれしい」

 たくさんのプレゼントをもらって喜んでいるさくらに、かえでが唇を尖らせている。美歌さんとやっちゃんと茉優ちゃんはその辺も抜かりがなかった。

「かえでくん、お姉ちゃんがお誕生日でおめでとう」
「これ、良かったら使って」
「かえでくんにもあるからね」

 美歌さんからは犬のぬいぐるみ、やっちゃんからは保育園用の手提げ袋、茉優ちゃんからは布で作ったチャームをもらって、唇を尖らせていたかえではすぐに笑顔になった。プレゼントを抱き締めて抱っこから降りて床の上で踊っている。
 私と奏歌くんからのゼリーケーキを出すと、かえでとさくらの視線がそちらに集まった。さくらは部屋にプレゼントを片付けて来て、かえではもらったものをベビーベッドの下に押し込んで、素早くテーブルに着く。

「奏歌くんと作ったの。ゼリーケーキよ」
「きれいねー」
「たべうっ! まんまっ!」

 食べたいと訴えるかえでのためにやっちゃんがゼリーケーキを切っている間に、奏歌くんが紅茶を淹れる。紅茶が入る前に食べ終わりそうな勢いだったので、海香と宙夢さんがかえでとさくらを止めていた。
 紅茶が来てから、かえではミルクで、さくらはミルクが半分のミルクティーでゼリーケーキを食べる。あまり大きなものは作れなかったので、大人の分は少しずつになってしまったが、一口ずつでも食べられたので良かった。
 かえでとさくらは夢中になって食べている。

「おいちっ! おいちっ!」
「とってもおいしいわ! ゼリーなのにケーキなんてはじめて!」

 喜んでもらえたことが嬉しくて、私は大満足だった。

「きょうは、ほんとうにありがとうございました!」
「ごじゃまちた」

 お礼を言ってさくらは美歌さんを連れて自分の部屋に行って、かえではやっちゃんと茉優ちゃんに遊んでもらっている。海香の手が空いたので、私は海香に話しかけた。

「海香は他の劇団の演劇を観たりしてるの?」

 百合が真尋さんの劇団の演目を見てリスペクトしているということで、脚本家である海香はどうなのだろうと疑問を持っていたのでそれをぶつけてみると、海香は何枚かのDVDを持ってきた。

「本当は劇場に足を運びたいんだけど、かえでも小さいし難しいから、DVDを取り寄せたりして見てるわよ」

 私の全然知らない劇団の名前が書かれたDVDを手に取って、私はまじまじと見つめる。こういうものも見た方がいいのだろうか。

「海瑠も興味があるなら、私は何回も見てるから、貸してあげてもいいわよ?」
「本当? 借りようかな」
「舞台効果とか、演出とか、勉強になることが多いわよ」

 海香からDVDを借りて私は海香と宙夢さんの家から帰った。奏歌くんも一緒にマンションに戻って来て、DVDの鑑賞会をすることにした。飲み物とお菓子を用意して、DVDをセットしてリモコンで再生ボタンを押す。
 シェークスピアのマクベスを主題とした演目が始まったが、曲も演出もロック調にアレンジされていて驚いてしまう。

「こんなマクベスがあるんだ」
「マクベス自体、初めて見たかも」

 古典演劇としてマクベスは知っていた私だが、奏歌くんはマクベスをよく知らなかったようだ。初めて見るマクベスがこれだとちょっと気の毒な気がしてくる。

「そういえば、兄さんの劇団もマクベスをやるって言ってなかったっけ?」
「あれ? リア王じゃなかった?」

 あまり他人に興味のない私は、真尋さんの劇団の演劇を観に行くのに演目をしっかりと確認していなかった。シェークスピアの古典歌劇をやるとは聞いていたが、はっきりとした演目は覚えていない。

「マクベスだったと思う。ほら、これ」

 奏歌くんに劇団のサイトを携帯電話で見せられて、私はようやく真尋さんの劇団の演目をはっきりと知った。

「奏歌くんは真尋さんのを見てクラシカルなマクベスを学んだらいいと思うわ」
「うん、そうする」

 見ているDVDのマクベスはあまりにもアレンジされ過ぎていて、元のシェークスピアのマクベスを想像できなくなっている。真尋さんの劇団なら大丈夫だろう。
 古典演劇は難しいが、真尋さんの劇団ならばきっとやり遂げる。そして一定の成果をあげることだろう。多分、激しいアレンジも入っていないはずだし。
 信頼を持って、私は真尋さんの劇団のマクベスを楽しみにしていた。
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