可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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十一章 奏歌くんとの十一年目

16.紅茶を淹れてみる

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 私を認めてくれた証なのだろうか。
 やっちゃんからクリスマスとやっちゃんの退職お疲れ様パーティーの翌朝に、メッセージが送られてきていた。そこに添付されていた写真はウエディングヴェールを被った私と奏歌くんが向かい合っているものだった。
 自分たちのことに忙しくて写真を撮っている暇もなかったので、やっちゃんが気付いて写真として記録に残しておいてくれたことに感謝する。お礼のメッセージを送ると、私は仕事に行く準備をした。
 朝ご飯は炊き立てのご飯とフリーズドライのお味噌汁とスクランブルエッグと糠漬けのキュウリと茄子。綺麗な形の卵焼きを作ったり、オムレツを作ったり、目玉焼きを作ったりするのは私には難易度が高かったが、スクランブルエッグなら作れそうだと思って挑戦してみたのだ。
 ちょっと卵が塊になってしまったけれど、それはそれで美味しい。そのうちソーセージや野菜も焼けるようになるかもしれない。
 私は自分で携帯電話で調べてレシピを出して料理をすることもできるようになっていた。これも全て奏歌くんが辛抱強く教えてくれたおかげだ。
 朝ご飯を食べているとインターフォンが鳴った。カメラで見てみると奏歌くんだったので、そのまま待っておく。奏歌くんは私がいるときには鍵を持っていても一度はインターフォンを押してくれる。私が着替え中だったり、取り込み中だったりしたら、ちゃんと待っておけるようにしてくれるのだ。

「おはよう、奏歌くん」
「海瑠さん、玄関先でごめんね。これ、お弁当」

 制服姿の奏歌くんは急いでいるようで私にお弁当の包みを渡すと、手を振って部屋から出て行く。朝の一番忙しい時間にお弁当を届けさせるのも申し訳なかったが、奏歌くんが届けてくれないと私はお昼に奏歌くんのお弁当が食べられないので仕方がない。
 しみじみとやっちゃんは本当に退職したのだと実感する。
 朝食の片付けをしてバッグにお弁当を詰めると、百合の車がマンションのエントランス前に到着する。メッセージが入る前に私はエレベーターの箱に乗り込んでいた。
 エレベーターの中でメッセージを受け取って、『今向かってます』と返す。百合の車に乗り込むと、ちらりと横目で見られた。

「昨日はお楽しみだったのかしら?」
「お楽しみだったっていうか……奏歌くんと、クリスマスとやっちゃんの退職お疲れ様パーティーはしたけど?」
「美味しいもの食べたんでしょう? 羨ましい」

 それでも百合が自分も呼んで欲しかったと言い出さないのが妙に不自然だった。百合は昨日予定があったのだろうか。

「百合はどうしてたの?」
「レストランでディナーしたわよ」
「誰と?」
「え? えっと、一人で! 一人で食べたけど、美味しかったわよ!」

 妙に大きな声で言っているのは悔しいからだろうか。百合の胸中を全然読めないままに私は朗読の収録現場に向かった。劇団員も数名揃っていて、マイクの前に立って朗読劇を読み上げていく。私は主役なので、地の文のところも読み上げなければいけなくて、何度か噛んでしまってリテイクを出した。
 朗読劇の収録が終わると、私と百合の現代文と古文と英文の朗読の収録が始まる。
 お昼を挟んで収録が終わったのはおやつの時間の少し前だった。

「帰りに何か買って帰ろうかな」
「海瑠、チーズスフレの美味しいお店があるわよ」
「え! 行きたい!」

 車で百合にチーズスフレの美味しいお店に連れて行ってもらって、丸い小さめのホールを買う。これならば奏歌くんと食べるのにちょうどいいくらいだろう。百合も同じ大きさのチーズスフレを買っていた。
 マンションまで送ってもらって、玄関を開けるとひとの気配はなかった。
 奏歌くんはまだ補講なのだろう。
 奏歌くんが帰ってきたらすぐにおやつにできるように紅茶を淹れようとして、私は苺の柄のティーポットの前で腕組みをする。携帯電話で紅茶の淹れ方のサイトは開いていた。

「まず、ポットをお湯で温める……温めたお湯は、ティーカップを温めるために移しておく」

 読み上げながら電気ケトルからお湯をティーポットに移して、そのお湯をティーカップに移す。

「茶葉はティースプーン山盛り二杯……ティースプーンってどれかしら?」

 スプーンやフォークを入れている棚をあさって、ティースプーンを検索して、小さなスプーンを取り出してそこに山盛り二杯紅茶の茶葉を入れてお湯をたっぷりと入れた。携帯電話でアラームをかけて、三分間を測る。三分間経って、お湯を捨てたティーカップに紅茶を注いでから、私は愕然とした。

「もしかして、冷えちゃう!?」

 奏歌くんはいつも淹れ立ての紅茶を私に飲ませてくれる。温かな紅茶にミルクを入れて飲むのが好きなのだが、私は紅茶が冷めることを全く考慮していなかったのだ。ティーポットに残っている紅茶をどうすればいいのか分からないので、他のティーカップを出して注いでおくが、それも時間が経つにつれて冷えていく。
 しょんぼりとしていた私に、インターフォンを押して鍵を開けて入ってきた奏歌くんが、目を丸くしている。ソファに座った私の前には紅茶の注がれたティーカップが三つ並んでいた。

「海瑠さん、紅茶を淹れておいてくれたのかな?」
「奏歌くんが来たらすぐにおやつにできるようにしようと思ったのよ。でも、私、気付かなかった! 放置しておくと紅茶って冷めるのね……」

 肩を落としている私に奏歌くんが笑顔でティーカップを冷蔵庫の方に持って行って、氷を入れて来てくれた。

「アイスティーになったよ。アイスティーはちょっと冷ましてから氷を入れる方がいいんだよ」
「アイスティー……冷めても大丈夫だった?」
「うん、美味しいアイスティーだよ」

 微笑んでいる奏歌くんに私は胸を撫で下ろす。冷蔵庫からチーズスフレを取り出すと、奏歌くんが切ってお皿に乗せてくれた。
 美味しいチーズスフレと私が淹れたアイスティー。奏歌くんが淹れた方が紅茶は美味しいような気がしたが、自分の努力が無駄にならなくて、奏歌くんが掬い上げてくれたことに私はとても幸せな気分になっていた。

「年末は今年もうちに来るよね?」
「そのつもりよ。奏歌くんと新年には神社にお参りに行こうね」
「海瑠さん、お節料理作りに挑戦してみる?」

 奏歌くんに提案されて、私はふわふわのチーズスフレを咀嚼して飲み込む。

「お節料理、私が作れるかな?」
「お雑煮もやってみよう?」

 奏歌くんと過ごす年末に、私はお節とお雑煮作りができる。やっちゃんと茉優ちゃんがやっていて仲睦まじそうで羨ましかったのが、私も奏歌くんともキッチンに立つことができる。

「年越し蕎麦は母さんとやっちゃんに任せちゃうけど」
「天ぷらは難しくてできそうにないもんね」
「お節料理とお雑煮は海瑠さんと作りたかったからね」

 奏歌くんの嬉しそうな表情に私も何となくふわふわと気分が浮かれてくる。

「お節ってどんな料理があるの?」

 毎年食べているけれど、細かく記憶には残っていないお節料理について奏歌くんに問いかけると、奏歌くんが説明してくれる。

「ごまめと、紅白かまぼこと、黒豆と、数の子と、酢ゴボウと酢蓮根と酢人参と、海老と、栗きんとんくらいかな?」
「そんなに種類があるの!?」
「筑前煮もうちは作るよね。毎年、海瑠さん美味しいって食べてるよね」
「そうだっけ。筑前煮ってどんなの?」

 記憶になかったので問いかける私に、奏歌くんは丁寧に話してくれた。

「ゴボウや人参やこんにゃくや鶏肉や里芋なんかを煮たものだよ。煮しめとも言うかな」
「煮しめ……確かに食べたような覚えがある」
「作り方は教えるから一緒に頑張ろうね」

 奏歌くんに言われると、私は素直に頷く。やっちゃんと茉優ちゃんがイギリスに行く前に私と奏歌くんのお節料理を食べさせておきたい気持ちもあった。
 やっちゃんと茉優ちゃんにとっては、日本での最後のお節料理とお雑煮になるかもしれない。
 奏歌くんとのお節料理とお雑煮作りを私は楽しみにしていた。
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