可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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十一章 奏歌くんとの十一年目

8.茉優ちゃんのデザインデビュー

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 私と奏歌くんが指輪の話で盛り上がっている間に、茉優ちゃんとマダム・ローズはイギリスの話で盛り上がっていた。

「イギリスにわたくしに繋がりのあるブランドがありますのよ」
「紹介してくれますか?」
「そちらを通じて海瑠さんのアクセサリー作りをしてみてはどうですか?」

 マダム・ローズの言葉に茉優ちゃんの視線が私に向く。私は名前を出されて自分を指さす。

「私のアクセサリーですか?」
「本来は団員が作るものを海瑠さんはそういうことが苦手ですので、わたくしが肩代わりしておりました。それを茉優さんに請け負ってもらうのはどうでしょう?」

 アクセサリーに対しては他の団員も素人だ。それを小道具さんや先輩たちのお手本を見せてもらって自分で作っていく。既製品ではいけない決まりだから、最初は既製品に手を加えたり、先輩の使っていたものを譲ってもらってそれを改造したりするのだが、そのうち自分でも作り始める。劇団員にできることを、勉強している茉優ちゃんができるとマダム・ローズが確信しているのは理解できる気がした。

「イギリスからアクセサリーを送るんですか?」
「演目を聞いて、デザインを送ってもらえばわたくしがこちらで作りましょう」

 演目が決まってからアクセサリーデザインをしてイギリスから送るまでの期間を考えるととても間に合いそうにないということで、茉優ちゃんがデザインした図案を元にマダム・ローズが日本で作り上げるという形で話は纏まりそうだった。

「クリスマスの特別公演で使うアクセサリーを一つ作ってみるといいと思いますよ。デザイナー、夜宮茉優の初作品として」
「高校を卒業してイギリスに行くまではデザイナーとしての仕事は始められない、始められても工房で修行からと思っていました。もうデザインができるんですね」

 まだまだデザインをするのは遠い先だと思っていた茉優ちゃんにとっては、その申し出は嬉しいもののようだった。

「茉優さんの持ってきたスケッチブックの中に素敵なデザインがたくさんありましたよ。わたくしは茉優さんに才能を感じています」
「嬉しいです。ありがとうございます」

 いつの間にかマダム・ローズは茉優ちゃんのスケッチブックを見ていたようだ。私は奏歌くんのことばかり考えていたので気付いていなかった。
 マダム・ローズと茉優ちゃんとの間で話が決まって、安心して帰っていると、ずっと黙っていたやっちゃんが車の中で私に話しかけて来た。

「茉優ちゃんの夢を叶えるために手助けをしてくれてありがとう、みっちゃん、かなくん」
「やっちゃんは、海瑠さんを友達じゃないようなことを言ったのを訂正してよね?」
「う、うん、トモダチダヨ」

 ぎこちなく答えるやっちゃんに懐疑的な視線を向けつつも、茉優ちゃんが認められたのは私も嬉しかったのでやっちゃんと茉優ちゃんに答える。

「茉優ちゃんが頑張ってきた成果が出たんだよ。これからが茉優ちゃんの頑張り時だし」

 茉優ちゃんにとってはこれはチャンスを掴んだというだけで、成功までの道が敷かれたわけではない。これからが始まりなのだ。
 クリスマスの特別公演で茉優ちゃんが作るアクセサリーが、茉優ちゃんのジュエリーデザイナーとして初めての仕事になる。デザインの仕事がどれだけ大変か私には分からないが、私ができるようなことではないと理解している。
 できないと分かっているから舞台にデビューした当時からマダム・ローズに頼んでいるのだし、自分では一度もアクセサリーを作ったことはない。
 クリスマスの特別公演は秋公演と近いし、公演内容が過去の公演の曲やダンスを取り入れたものなので、演目は先に決まっている。茉優ちゃんはしっかりとマダム・ローズからアクセサリーのコンセプトなどを聞いているのだろう。
 私が奏歌くんと話している間に、茉優ちゃんとマダム・ローズはかなり深いところまで話していたようだった。奏歌くんしか視界に入っていなかったのでよく聞こえていなかったが、茉優ちゃんにとってはとても勉強になっただろう。
 マダム・ローズのお店の訪問が終わって、次の日の日曜日も私は休みを取っていた。奏歌くんも休みなので私の部屋でゆっくり過ごそうかと思っていたら、奏歌くんからお誘いがあった。

「海瑠さん、買いたいものがあるんだけど」
「何か欲しいものがあるの?」
「かえでくんの2歳の誕生日が来るでしょう? お誕生日お祝いを買いたいんだよね」

 かえでの2歳の誕生日!
 去年は秋公演が忙しくて忘れていたが、今年は忘れないように先に買っておこうというのが奏歌くんの気持ちなのだろう。さくらも小学一年生になっているが、まだ6歳なのでかえでにプレゼントをあげるとなると、さくらにも何か小さなものでもプレゼントがあった方がいいかもしれない。
 下の弟妹にプレゼントをすると、上の子にも何かプレゼントを用意しておいた方がいいというのは、何かの本で読んだことがあった。

「さくらにも何かあった方がいいわよね」
「そうだね。さくらちゃんには何か食べ物を贈ろうか」

 話し合って私と奏歌くんはデパートに出かけることにした。デパートで子ども用のものを見ていると、奏歌くんがスタイとハンドタオルを見て私を呼んだ。

「海瑠さん、このスタイ、紅葉の柄だよ。かえでくんにいいかもしれない」
「可愛いわね」
「ハンドタオルは桜の柄で、さくらちゃんにいいかもしれない。名前を刺繍で入れてくれるって」

 名前を刺繍で入れてくれるという話に私は興味津々でサンプルを見ていた。白いハンドタオルとスタイに、桜の柄と紅葉の柄。刺繍は赤と青とピンクと金と黒が選べるようだった。

「さくらはピンクが良いんじゃないかな?」
「桜柄に合うよね!」
「かえでは赤がかっこよくない?」
「赤い紅葉に似合うよね」

 さくらとかえでで同じメーカーのハンドタオルとスタイをプレゼントできるのはいいかもしれない。奏歌くんと決めて、刺繍をお願いして、刺繍がされている間に私と奏歌くんは他のお店を見回っていた。
 奏歌くんが気になっているのは食器を売っているお店だった。
 奏歌くんと私がマンションで使っているのは、猫の足の形をしたグラスで、奏歌くんが6歳のときに買ったものである。あのグラスもとても可愛いのだが、そろそろ奏歌くんが子どもっぽいと思ってもおかしくはなかった。

「海瑠さん、このグラス、涼し気でよくない?」
「形も可愛いわね」

 丸い形のグラスを見ている奏歌くんに私もそのグラスに見惚れてしまった。ふっくらと丸いグラスはガラスが透明でとても綺麗に見える。ガラスが薄めなので気を付けて使わなければいけないが、奏歌くんと私の年ならば買っても悪くはないだろう。
 四個入りの箱があったので、そのグラスのセットを買った。

「アイスティーでもすごく綺麗に色が見えそう」
「いい買い物ができたね」

 奏歌くんと話しながら刺繍を頼んだお店に戻ると、刺繍が出来上がっていた。紅葉の柄のスタイに赤い糸で「かえで」、桜の柄のハンドタオルにピンクの糸で「さくら」と綺麗に刺繍されていた。

「二人とも喜んでくれるかな」
「かえでくんは分からないかもしれないけど、さくらちゃんは喜ぶと思うよ」

 かえではまだ2歳なので誕生日自体を理解していないかもしれないが、さくらはかえでだけではなく自分にもプレゼントがあるということを喜んでくれるだろう。
 いい買い物ができてホクホクとして私は奏歌くんと部屋に帰った。
 帰ると買ったグラスを洗って奏歌くんがアイスティーを淹れてくれた。丸い形のグラスは手にしっくりと馴染んで、グラスの中でからからと氷が鳴るのも涼しくて、心地よかった。
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