可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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十章 奏歌くんとの十年目

28.百合の望むランチと真尋さんの劇団

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 稽古場に行って一番にしたことは、百合に詰め寄ることだった。
 詰め寄られて百合は引かずににこにこと笑っている。

「アロマキャンドル、ロマンチックな夜にって何よ! イランイランって、新婚の初夜のベッドに撒く花なんて調べて出てきたら、奏歌くんとちょっと気まずかったじゃない!」
「ダーリンと気まずかったの!? やだ、ダーリンったら大人になっちゃったのねー。可愛い可愛いダーリンが海瑠のこと意識するようになったなんて素敵ー!」

 私は百合に文句を言いたいのに、百合は私の言葉に喜んでしまっていた。どうすれば私のあの気まずさが伝わるかと考えたが、百合なので無理だろうと理解して私は諦めることにした。
 代わりに別の話題に切り替える。

「百合が真尋さんからチケットもらってる日って、私と同じかな?」
「うん、同じ日だって真尋さん言ってたわよ」
「多少不本意ではあるけれど、アロマキャンドルのお礼にランチを奢ってあげるわよ」
「え!? 本当!? やったー! 一緒に行きましょうね!」

 ランチの言葉に百合は弱かった。喜んで飛び跳ねる百合も私と同じ年かと思うと不思議な気分になってくる。

「百合も34歳なのよね……」
「待って、海瑠、私は33歳よ?」
「あ、そうか、誕生日まだだったっけ?」

 同じ劇団で長く一緒に公演しているが、私は百合のお誕生日のお茶会やディナーショーに招かれたことはない。百合の方は私のお誕生日のお茶会やディナーショーに客演してくれるのだが、どうして私が呼ばれないのかを不思議に思ったこともなかった。

「私、なんで百合のお誕生日のお茶会やディナーショーに呼ばれないの?」
「劇団の男役が出て来ると存在感がありすぎるからね。私のディナーショーやお茶会は女役だけの妖精さんの集いみたいにしてるのよ」

 お誕生日のお茶会やディナーショーに関しては百合の拘りがあったようだった。それを聞くとそうなのかと理解することができる。

「百合の誕生日っていつだっけ?」
「えぇ!? そこから!? 毎年お茶会とディナーショーやってるわよ? なにより、海瑠とは5歳からの付き合いだった気がするんだけど」
「ごめん、私、興味ないこと覚えないから」

 あっさりと答えると百合から「そういうところよ、海瑠!」と言われてしまった。

「私は早生まれなの! 二月が誕生日だから、バレンタインのお茶会とディナーショーに合わせてもらってるのよ」
「早生まれってなに?」
「一月、二月、三月に生まれた子どもを、早生まれって言うのよ。なんでかはよく知らないけど」

 理由はよく分からないが、二月生まれの百合は早生まれと呼ばれているようだ。バレンタインデーのお茶会とディナーショーにお誕生日を合わせているのならば、私が百合のお誕生日にずっと気付いていなかったのも仕方がないと言えるだろう。百合のお誕生日のお茶会とディナーショーとバレンタインデーのお茶会とディナーショーが合わさっていたのならば、私のような鈍い人間が気付かないはずだ。

「バレンタインデーと合わせてたんなら、私が気付くわけないでしょう!」
「胸張って言わないでよね!」

 怒られてしまったが、私なのでどうしようもない。
 とりあえずは、真尋さんの公演には百合と一緒に行くことに決まった。
 六月の始めの土曜日、私は奏歌くんと一緒にマンションのエントランスで百合の車を待っていた。百合がやってくると、車に乗せてもらって目的地に向かう。
 百合からのランチのリクエストは、高級レストランでもなんでもなかった。

「百合さん、リクエスト通りお弁当作って来たよ」
「嬉しい! グレープフルーツもある?」
「あるよ。綺麗に剥けたのを入れて来た」

 ずっと奏歌くんの作る私のお弁当を羨ましがっていた百合は、自分で作れるにも関わらず、お礼のランチは奏歌くんのお弁当を要求してきたのだ。

「自分で作れるけど、奏歌くんのがいいの?」
「他人が作ったお料理は最高なのよ! ダーリンのお弁当なんて気軽に食べられないでしょう? すっごく楽しみにしてきたんだからね」

 嬉しそうなので水を差す気はないが、百合のお弁当も綺麗に作られていて、グレープフルーツを剥いて来たこともあったはずだが、それも百合は奏歌くんがした方がいいと思っているのだろうか。
 私に照らし合わせて考えると、自分がお弁当を作れるようになる日は想像できないが、できるようになっても奏歌くんにお願いしてしまいそうな自分がいた。やはり私も奏歌くんのお弁当は特別だと思っているようだ。
 車で辿り着いたのは森林公園だった。公園の東屋のベンチに座って、強くなってきた日差しを避けながらお弁当を広げる。三角と丸と俵型のおにぎりが入っていて、おかずは鯵の南蛮漬けと、卵焼きと、ポテトサラダグラタンと、ブロッコリーと、豚肉と玉ねぎを甘辛く炒めたものが入っていた。

「おにぎりは三角が鮭、丸が梅、俵型が佃煮海苔だよ」
「全部美味しそう。そっちのタッパーはグレープフルーツ?」
「うん! 五個入りを全部剥いてきた」

 お弁当箱の重箱の他に持って来ているタッパーを指さして問いかける百合に、奏歌くんが笑顔で答える。もうすぐ16歳なのに素直で優しいところは変わっていないと、私は奏歌くんを誇らしく思う。

「卵焼きは海瑠さんも手伝ってくれたんだよ」
「海瑠、卵が焼けるの!?」
「巻けないけど、卵を割るのは手伝ったわよ」

 私が手伝ったことまで主張してくれる奏歌くんは本当に紳士だ。
 紙皿に奏歌くんが取り分けてくれて私はお弁当を食べた。百合も奏歌くんもしっかりと食べている。高校生になってから奏歌くんは以前よりももっと食べるようになった気がしていた。私も奏歌くんと出会ってから食べるようになった方だが、奏歌くんは成長に合わせて食べる量が増えて来て、男の子だということを感じさせる。
 食べ終わるとタッパーが開けられて、黄色に輝くグレープフルーツの剥かれた身が現れた。それを大事に食べて、私たちは真尋さんの公演に向かった。
 真尋さんの劇団の公演は、童話の中の主人公たちの物語だった。
 シンデレラと白雪姫と赤ずきんが出て来て、自分たちの物語についての愚痴を言い合う。

「王子様に見初められてめでたしめでたしなんて、男に人生を捧げるなんて、信じられないわよね。結婚するまではいいけど、結婚は終わりじゃなくて全ての始まりでしかないのに」
「私なんて、死んでる間に王子様のキスで目覚めて、お嫁にされるのよ? 死体にキスするなんて絶対王子様は正常な人間じゃないわ!」
「狼に丸のみにされて無事なはずないわよね。私、絶対死んでると思うんだけど」

 言い合ってそれぞれに対策を話し合って、シンデレラと白雪姫と赤ずきんは物語の中に戻って来る。
 シンデレラは王子様に頼ることなく、継母の家を出て一人で自立して、鍛えた家事スキルを使って家政婦として住み込みで働き出す。家政婦として働き出した家の主人が子持ちで妻を失っていて、結婚して一緒に働き、自分の継子たちには優しくするラストを迎える。
 白雪姫は毒林檎を食べずに、王子様が来ても断って、小人たちとずっと平和に暮らすことを選ぶ。
 赤ずきんは自分で狩猟のスキルを手に入れて、狼を退治して英雄として村で語り継がれるようになる。
 それぞれの童話の主人公の生き様を変えた物語はとても面白かった。
 真尋さんはシンデレラの王子様という配役だった。外見だけでシンデレラに惚れてしまう王子様という立ち位置がコミカルで面白かった。
 女性の団員が主人公の物語だったが、真尋さんもいい味を出していたとても楽しく見ることができた。

「真尋さん、今日はありがとう」
「兄さん、すごく面白かったよ」
「すごくよかったわ」

 公演が終わると楽屋に通してもらって真尋さんにご挨拶をする。

「今日は本当に来てくれてありがとうございました」

 お礼を言われて私たちも頭を下げる。
 奏歌くんのお弁当と楽しい観劇で、とてもいい日になった土曜日だった。
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