可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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十章 奏歌くんとの十年目

11.クリスマスイブとクリスマスの過ごし方

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 クリスマス当日は奏歌くんと過ごせない代わりに、クリスマスイブに二人きりでマンションで過ごした。二人でゆっくり話すのも久しぶりだった。
 普段は奏歌くんは夕方の六時過ぎから晩ご飯を食べて、食べ終えて片付けも終わると帰ってしまうのだが、その日は八時過ぎまで私の部屋にいた。
 こんな時間まで奏歌くんがいてくれるのは私の部屋に泊まっていた頃以来かもしれない。嬉しくて猫の姿で撫でてもらったり、たっぷりと私は奏歌くんに甘えた。

「奏歌くんに撫でられてると眠くなっちゃう」
「まだお風呂に入ってないでしょう? 寝ちゃダメだよ」
「うん、分かってるけど、気持ちよくて」

 ごろごろと喉を鳴らして奏歌くんに甘えると、奏歌くんはブラシを取り出した。ブラシで猫の姿の私の身体を梳いていく。大型の猫なので私の身体を梳くと子猫くらいの毛が抜けてふわふわと舞った。

「冬毛になってるから、抜け毛が多いと思ったんだ」
「そうみたい。すごい量が抜けちゃったね」
「掃除機をかけるよ」

 拾える分は拾ってゴミ箱に入れて、奏歌くんがロボット掃除機の電源を入れる。動き出したロボット掃除機は部屋中をぐるぐると掃除して回っていた。
 猫の姿の私も愛してくれて、毛を梳いてくれる奏歌くんに私は幸福感に満ちていた。
 そんな甘い二時間も終わりに近付く。
 インターフォンが鳴って、美歌さんが迎えに来たのだ。

「母さん、ケーキを食べるのを忘れちゃったから、ケーキを食べ終わるまで、お願い!」
「仕方ないわね」

 美歌さんも部屋に招いて私と奏歌くんと美歌さんで苺のタルトを切って食べる。奏歌くんが紅茶を淹れてくれた。
 紅茶を飲みながら苺のタルトを食べる奏歌くんの唇の横にカスタードクリームが付いていて、私は手を伸ばして指で拭ってぺろりと自分で舐めていた。ぼっと奏歌くんの顔が赤くなる。

「み、海瑠さん?」
「え? ついてたから」
「母さんの見てる前で、恥ずかしいよ」

 照れている奏歌くんが何で真っ赤になっているのかよく分からなかったけれど、美歌さんも苦笑していたから何か私はしでかしたのかもしれない。

「ごめんね?」
「もう、海瑠さんったら」

 怒っているようにも聞こえるけれど、奏歌くんの声は嫌そうではなかった。嫌われたわけではないようなので私はほっと安心する。
 ケーキを食べ終えた奏歌くんは私に手を振って玄関で靴を履く。

「奏歌の我が儘に付き合ってくれてありがとうございました」
「いえいえ、私の方が甘えちゃいました」

 癒された時間を過ごせたのは私の方だと述べると、美歌さんは優しく微笑んで奏歌くんとエレベーターに乗った。

「明日の模試頑張ってね!」
「うん! 終わったら海瑠さんの家に行くかも」

 明日も全然会えないわけではなく、模試が終わったら奏歌くんと会える。それを楽しみに私はシャワーを浴びてベッドに入った。時刻はまだ九時過ぎだったけれど、公演の疲れで私はぐっすりと眠ってしまった。
 奏歌くんにたっぷりと甘えられたのもよかったのかもしれない。
 朝はすっきりと五時過ぎに目が覚めて、朝ご飯のお米を炊く。糠漬けを切って、奏歌くんが作ってくれているズッキーニの薄切りの浅漬けも添えて、フリーズドライのお味噌汁と缶詰の魚で朝ご飯にした。
 食べ終わると朗読の台本を取り出す。
 普段からあまり台詞を噛む方ではないが、録音するとなると完全に間違わないように読まなければいけない。長い文章もあるので練習が必要だった。
 劇団員とやる朗読劇の方は録音を終えていたが、個人で出すリスニングや古文や現代文のための勉強の朗読の方はまだ終わっていない。著作権の問題もあって、許可を取るために遅れたというのもあった。
 台本を読んでいるうちにお昼になっていて、私は冷蔵庫を開けた。奏歌くんの作ってくれた茹で卵を潰して、冷凍されているパンをトースターで焼いて、潰した茹で卵にマヨネーズを入れて、ズッキーニの浅漬けも入れて卵サンドにする。
 一人でこれだけ作れるようになったのは奏歌くんのおかげだ。
 卵サンドを食べて牛乳を飲んで、カップスープを作ってお昼ご飯にすると、私はまた台本を読み始めた。読む部分は決まっていて一冊分ではないのだが、色々な本、色々な英語の文章で、覚えることはたくさんあった。
 台本を読み始めると私は集中してしまう。
 昼過ぎに奏歌くんがやってきたのに気付いていなかった。

「海瑠さん、こんにちは」
「あれ? 奏歌くん? いつ来たの?」

 普段ならば玄関の開く音で奏歌くんに気付くのに、集中しすぎて気付いていなかった。

「今だよ。海瑠さん、朝ご飯と昼ご飯はちゃんと食べた?」
「朝はお味噌汁とご飯と糠漬けとズッキーニの浅漬け、昼は卵サンドを作ったよ。カップスープと牛乳も飲んだ」
「そっか。それならよかった」

 言いながら奏歌くんは暖かな紅茶を淹れてくれた。紅茶にミルクを入れて飲むと、私は喉が乾いていたことに気付く。そういえば、昼に牛乳を飲んでから何も飲まないままにぶつぶつと台本を読んでいた。

「喉乾いてたんだわ。奏歌くん、よく分かったね」
「集中すると海瑠さんは水分をあまりとらない傾向にあるからね。気を付けてもっと水分を取らなきゃダメだよ」

 注意されて私は反省する。

「冬場でも脱水症状になるんだからね」
「はい、気を付けます」

 気配りのできる奏歌くんのおかげで、私の部屋の冷蔵庫にはいつも麦茶のボトルが入っているし、それをいつでも飲むことができる。こんなに好条件なのに脱水症状になったなんて言ったら奏歌くんが悲しむに決まっている。
 奏歌くんのためにもこまめな水分補給を心がけようと決めたのだった。

「昨日はすごく楽しかった。奏歌くんと長時間一緒にいられて幸せだった」

 私が言うと奏歌くんが頬を赤らめる。テーブルについて奏歌くんは参考書を広げ始めた。

「僕も海瑠さんと長い時間一緒にいられて嬉しかった。もうこの年になると海瑠さんのところに泊まれないからね」
「泊ってもいいのに」

 私の言葉に奏歌くんが参考書から顔を上げた。

「そういうところだよ、海瑠さん! 僕だって男なんだからね! 海瑠さんはもっと危機感を持って!」
「は、はい!」

 珍しく厳しく言う奏歌くんに私は内心、何がいけないのか分からないままに返事をしていた。奏歌くんが私の体に無理やり触ったり、私に変なことをするとは思えないのだ。
 するとしても、奏歌くんは必ず私の意思を聞いてくる。

「海瑠さん、昨日血が飲めなかったから、今日は少し早めに飲んでもいい?」
「あ、そうだったね! 私の方が甘えてばかりで、昨日は血を上げるのを忘れてた」

 血を飲む前に美歌さんが来てしまったので、奏歌くんは昨日は血を飲めていない。血を飲まずにいると奏歌くんは蝙蝠の姿になってしまうことがあるのだが、大丈夫だっただろうか。

「今日は蝙蝠にならなかった?」
「それは平気だった。僕も多少は制御できるようになってるみたい」

 蝙蝠になることはなかったと言っている奏歌くんに安心はしたが、血が飲みたい気持ちはあったのだろう。
 私がソファに座ると、奏歌くんが椅子から立ち上がって私の前に立つ。肩に手を置いて首を傾けて、首筋に噛み付いてくる奏歌くんの身体が間近にあって抱き締められているようでドキドキする。
 ちくりと首筋に痛みが走って、恍惚とする感覚が体を走る。
 血を飲み終わった奏歌くんが、唇についた血を舐め取っている姿が色っぽくて、私は目が離せなかった。

「美味しかったよ、ありがとう」
「奏歌くんに美味しい私でよかった」

 吸血鬼だと自覚して初めて血を吸ったときから、奏歌くんは運命のひとである私の血しか飲んだことがない。最初はまずかった私の血も奏歌くんの食生活改善によって美味しくなっていた。
 輸血パックの血は飲まない方がマシなくらいまずいとやっちゃんと美歌さんから聞いたことがあるから、覚醒する前から私の血を飲んでいる奏歌くんは幸運なのだろう。
 ずっと奏歌くんにとって美味しい私であるために、私は努力し続けるつもりだった。
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