可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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九章 奏歌くんとの九年目

21.箱一杯のチョコスティックケーキ

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 ホワイトデーは最中に入ったスープを買ってお礼にプレゼントした。私たちもお礼のお菓子をもらって、しばらくはおやつを買わなくていい雰囲気だった。
 三月の終わりにはさくらの誕生日がある。誕生日お祝いに毎年ケーキやお菓子を作って持って行っていたが、今年はどうすればいいのだろう。

「奏歌くん、さくらのお誕生日どうしよう。5歳になるし、形に残るものが良いのかな?」
「今年も手作りじゃダメなのかな? さくらちゃんは僕たちが作ったケーキやお菓子大好きでしょう?」

 奏歌くんに出会ってようやく6歳の男の子と触れ合ったのだけれど、それまで私は末っ子だったし、年下の子は歌劇の専門学校の後輩か、劇団に入ってからの後輩くらいしかいなかった。子どもと触れ合うのは初めてだった私に、常識を叩き込んでくれたのは奏歌くんに違いなかった。
 何か困ったことがあると奏歌くんに相談して来た。奏歌くんはそのときの年齢なりに一生懸命考えて、私に答えをくれた。
 さくらが5歳になる。出会った頃の奏歌くんの年齢まで後一年。その頃にはさくらもしっかりしているのだろうか。

「茉優ちゃんとやっちゃんがケーキを作るみたいだから、チョコスティックケーキをもっとたくさん作って行かない?」

 さくらの誕生日お祝いに悩む私に、奏歌くんが提案してくれる。

「また同じものでいいのかな?」
「さくらちゃん、母さんに一本あげて、三本入ってたのを二本しか食べられなかったでしょう? すごく我慢してたと思うんだ」

 言われてみればさくらは美歌さんにバレンタインデーのプレゼントを贈るために、自分がもらった分を必死に我慢してチョコスティックケーキを一本残していた。美歌さんにあげたことに後悔はしていないだろうが、さくらが食べたいと目で訴えていたのは知っている。
 どうしても食べたかったものを譲ってまでプレゼントしたいと思うのは確かにさくらの愛だったが、今回はそんな葛藤がなく好きなだけ食べられると分かったら、さくらは大喜びするだろう。

「奏歌くん、さすが! いい考えだと思う」

 奏歌くんの提案に私は賛成した。
 チョコスティックケーキの作り方は前回で覚えていた。
 チョコレートを刻んでバターと一緒に湯煎で溶かしておいて、ココアと小麦粉は混ぜて振るっておいて、チョコレートに卵を加えて、ココアと小麦粉を混ぜていく。チョコレートを刻む作業も、ココアと小麦粉を混ぜる作業も、私はすっかり慣れてしまった。

「海瑠さん、すごく上手だよ」
「そう? 嬉しいな」

 奏歌くんに褒められて私は大喜びでチョコスティックケーキをオーブンレンジで焼き上げた。
 粗熱を取ってから奏歌くんが切っていく。綺麗なスティック状に切れたケーキの端っこは奏歌くんと私で食べることにした。

「海瑠さん、あーん」
「あ、美味しい。奏歌くんも、あーん」

 お互いに食べさせ合って顔を見合わせて笑う。ラッピングの袋を大きめのものにして、全部袋詰めしていく。一本ずつチョコスティックケーキの入った袋を箱詰めする。ラッピングも完璧にできて私は満足していた。

「箱にもリボンをかけようね」
「箱一杯のチョコスティックケーキを見たら、さくら驚くかな?」
「きっととても喜ぶと思うよ」

 奏歌くんと話しながら箱詰め作業を終えた。
 さくらの誕生日までにも私は春公演の稽古が入っている。
 私が気になっていたのは、美鳥さんのことだった。長く私と一緒に劇団にいた美鳥さんが退団するという噂が流れているのだ。
 お昼ご飯の休憩に食堂でお弁当を広げながら、私と百合は美鳥さんに単刀直入に問いかけた。

「美鳥さん、劇団を辞めるって本当?」
「退団してしまうの?」

 美鳥さんは学年的には私の一つ下だが、歌劇の専門学校に入るのが一年遅れているので年齢は私と同じだった。先輩後輩の仲なので、年齢が同じでも美鳥さんはきっちりと私に敬語を使って来る。

「退団を考えたんですけど……海瑠さんと百合さんはお二人で退団するんですよね?」

 逆に問いかけられて、私は退団時期をはっきりと考えていたことを思い出した。

「私は奏歌くんが高校を卒業するまではトップスターでいたいと思っているの。残り四年くらいだけど」
「私は海瑠と一緒に退団するつもりよ。それまでは絶対に辞めない! 伝説の女役トップスターになるのよ!」

 退団時期を告げる私に、百合が言葉を添える。既に八年女役トップスターをしている百合は、後四年続ければ十二年女役トップスターを続けたことになる。私ももう二年以上男役トップスターをしているし、長く男役トップスターをやることになる。

「劇団のトップスターになれる見込みがないなら、他の劇団に来ないかって声をかけられているのは確かなんですよ」

 悩まし気な美鳥さんに傍で聞いていた真月さんが話に割り込んでくる。

「美鳥さん、私には諦めるなって言ったじゃないですか! 私が海瑠さんと篠田さんのことを雑誌社に売ったとき、怒ってくれたじゃないですか」

 そのことが始まりで真月さんと私は仲良くなることができたし、私と百合と美鳥さんと真月さんの四人はずっと一緒だと思っていただけにショックは大きい。真月さんもそうだったのだろう。

「他の劇団の誘いは断ってます。ただ、男役トップスターになることも私はないと分かっているんです」

 私が男役トップスターを続ければ続けるだけ、美鳥さんと真月さんの道を塞いでいくのだということは分かっていた。しかし、ようやく掴んだ男役トップスターの座を、私はどうしても譲るわけにはいかない。
 これで美鳥さんが退団しても仕方がないと分かっているのだが、寂しい気持ちが消えてくれない。
 これまで他の相手にこんな気持ちになったことがあるだろうか。先輩たちが退団していくのを見送るのは確かに寂しかったけれど、引き留めたいと思うほどではなかった。

「美鳥さん、続けようっていう気はないの?」

 私の問いかけに美鳥さんが微笑む。

「誰が続けないって言いましたか」
「え?」
「万年二番手でも構わない。むしろ、男役二番手として海瑠さんを支え続けて、私は海瑠さんと一緒に退団しようと思っていたんです」

 美鳥さんの言葉に、落ち込みかけていた真月さんの表情が明るくなり、私の気持ちも浮き上がってくる。

「私も辞めません! この四人はずっと一緒ですよ」

 真月さんの言葉に私は確かな劇団員としての絆を感じていた。
 男役トップスターになる前ならば覚えなかった感情が私に芽生えている。それは私の成長でもあった。
 誕生日の近くの休日に奏歌くんと茉優ちゃんとやっちゃんと美歌さんと、海香と宙夢さんの家を訪ねると、さくらが玄関を開けてくれた。玄関の鍵に手が届く身長になったのだと驚いてしまう。

「お誕生日おめでとう、さくらちゃん」
「みかさん! いらっしゃい! みちるちゃんとかなちゃんとまゆちゃんとやっちゃんも、いらっしゃい!」

 茉優ちゃんは茉優ちゃんなのだが、やっちゃんも私が言っているのを覚えたのかさくらははっきりとやっちゃんと呼んでいた。
 茉優ちゃんとやっちゃんはケーキの箱をテーブルの上に置く。生クリームと苺でデコレーションされたスポンジケーキにさくらの目が輝く。

「おたんじょうびケーキ! ママ! ケーキもらったよ!」
「よかったわね。これは私に分けてくれるわよね?」
「ケーキはしかたないかな」

 バレンタインデーでは美歌さんから貰った生チョコブッセを渡さないと海香と喧嘩をしていたさくらが、ケーキは譲ることは覚えている。感動しながら私がチョコスティックケーキの入った箱を渡すと、リボンを解いたさくらが黒いお目目を見開く。

「これ、ぜんぶ、さくの?」
「そうだよ。さくらちゃん、バレンタインデーは我慢してたからね」
「うれしい! ありがとう! みかさんにもいっこあげる!」
「私には?」
「ママにはあげない!」

 美歌さんには無条件で渡すが、海香には上げないと宣言しているさくらに、私は苦笑してしまった。
 美歌さんがさくらに渡したのは、薄い封筒だった。よく分からない様子で封筒を開けて中身を確かめて、さくらは白い頬を赤く染めた。

「えいがにいっしょにいくけん、ってかいてある! さく、えいがにいけるの?」
「初めての映画に一緒に行きましょう?」
「うれしい! みかさん、だいすき!」

 大はしゃぎしているさくらの声にベビーベッドで寝ていたかえでくんが起きて泣き出している。かえでくんのベビーベッドに行って、奏歌くんがオムツを替えてかえでくんを抱っこした。
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