可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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八章 奏歌くんとの八年目

18.奏歌くんに湯浅さんのことを打ち明ける

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 美歌さんとやっちゃんとの話し合いが終わって、午後の稽古に出る。
 春公演の脚本が配られることになって、私も受け取った。題名には『西遊記』と書いてある。

「西遊記ってあれですか? 玄奘三蔵が経典を求めてインドまで行く道中に、孫悟空、沙悟浄、猪八戒の三人の弟子を連れて行く冒険の話ですよね」
「私が玄奘三蔵!?」

 脚本を見て驚く私と、配役を見て声を上げる百合。女役トップスターの百合が玄奘三蔵で、男役トップスターの私が孫悟空、二番手の美鳥さんが沙悟浄、三番手の真月さんが猪八戒という配役だった。
 玄奘三蔵は女性ということで話が進むようだ。
 脚本を読み進めていくが、孫悟空と玄奘三蔵のロマンスなどほとんどない。スポコンに近いような師弟愛があるだけだ。

「どういうことなの!? 私と百合は夫婦なんじゃないの?」

 抗議すると脚本家の海香は涼しい顔をしている。

「これは師弟愛と友情の物語なのよ」
「劇団的になんでこれでいいって言われたのよ!」
「いいから私の渾身の脚本を読んでみなさい」

 促されて仕方なく私たちは脚本を読んだ。
 孫悟空が天界で桃園を荒らして石の下に捕らわれるところから話は始まる。通りかかった玄奘三蔵の弟子になることを誓って石の下から出してもらう孫悟空だが、介抱されると誓いを破って逃げようとする。そのときに仏さまから額に金の輪をはめられて、玄奘三蔵のいうことを聞かなければ金の輪が締まるようになってしまう。
 猪八戒や沙悟浄と出会って冒険を繰り広げるのだが、牛魔王と鉄扇公主や、金角大王と銀角大王との戦いはスリルがあるし、玄奘三蔵と弟子たちとの熱い絆、弟子たち同士の友情と、確かに脚本はよくできていた。
 その出来は認めるのだが、この劇団でどうしてこの演目になったか海香を問い詰めたい気持ちでいっぱいだった。
 お客様は友情ではなくロマンスを望んでいるのではないだろうか。

「違うわ、海瑠」

 私の予想は海香によって否定された。

「今は、ブロマンスの流行する時代なのよ」
「ロマンス、じゃなくて?」
「男女のバディもの、男同士の友情、そういうものが尊いとされる時代なの」

 王道のロマンスが古くなったわけではないが、たまには新しい風を吹かせなければいけない。海香の主張を劇団は受け入れた形になる。だからこそこの脚本が私たちに配られた。

「次はロマンスになるように考えるから、今回はこれで頑張ってね!」

 悪阻が酷いからとさっさと帰ってしまう海香に私も百合も何も言えず立ち尽くしたのだった。

「ロマンスじゃなくてブロマンスねぇ」
「海香さん、私と海香さん親友みたいですよ」
「私もです。三人で仲良しトリオみたいですね」

 解せない表情の私に対して、美鳥さんと真月さんは素直に喜んでいた。

「海瑠、私たち、贅沢になりすぎているのかもしれない」
「百合!? 海香の脚本がむちゃくちゃなのは今に始まったことじゃないわよ」
「いえ、謙虚になれという仏様のお告げなのかもしれません。舞台でお役をいただけるだけでわたくしたちは感謝して演じる、その心を思い出させようという仏様の試練なのやもしれません」
「もう役に入ってるー!?」

 順応力の高い百合は既に玄奘三蔵の役に入り込んでいた。私としてはどうすればいいのか悩むところだが脚本を読んだ感じで返す。

「お師匠さんは頭が硬いんだよ。仏様が何とか、難しく考えちゃってさ」
「兄貴、そんなこと言うと、頭がキリキリーってなりますよ?」
「悟空の兄貴、俺たちは俺たちで仲良くやりましょう」

 すぐに役になり切れる辺り、私と美鳥さんと真月さんの順応力も高いのかもしれない。四人でなり切って話していると演出家の先生がにこにこしている。

「これなら平気そうですね。春公演までしっかりと稽古を頑張りましょう」

 演出家の先生まで乗り気ならば仕方がない。
 私たちは若干納得できない脚本を受け取って帰路に着いた。
 百合の車で送ってもらってマンションに帰り付くと、奏歌くんが部屋で待っていてくれる。テーブルで勉強をしていた奏歌くんは、私を見てパッと表情を明るくした。

「プリンができてるよ。今日はカラメルソースが上手にできたんだ」
「おやつを作っていてくれたの!?」
「ちょっとずつだけど練習してる。小豆を煮るのは難しいけど、缶詰の餡子があるから、それでお饅頭やアンマンも作ろうと思ってるし」

 奏歌くんは今日も向上心に溢れていた。おやつのために勉強道具を片付けてテーブルを空けてくれる奏歌くんに、私は言わなければいけないことがあった。テーブルの上にプリンの入った可愛い蓋つきのココット皿を持って来て、奏歌くんが紅茶を淹れてくれる。まだ寒い時期なので暖かな紅茶は本当に体を芯から温める。
 紅茶を飲んでプリンにスプーンを刺す。一番下まで刺すと、とろりと焦げ茶色のカラメルが流れ出してきた。ほろ苦いカラメルと優しい味のプリンがよく合う。
 食べながら私は意を決して口を開いた。

「私と噂になったミュージカル俳優さんがいたでしょう?」
「うん、噂は全くのデマだった話だよね」
「そう、そのひと、湯浅真尋さんって言うんだけどね」

 そこで言葉を切って私は唾を飲み込む。
 言わなければいけないが奏歌くんはショックを受けないだろうか。

「そのひと、真里さんの息子だったみたいなの」
「え? 父さんの?」

 驚きの声を上げる奏歌くんがどれ程ショックを受けているかを考えると、私は胸が痛くなる思いだった。どう言葉を続ければいいか悩んでいると、奏歌くんが先に口を開く。

「いると思ったんだ、僕以外の子ども」
「え?」

 今度は私が驚く番だった。奏歌くんはあっさりと真里さんに息子が他にもいたことを受け入れたどころか、予測していたようだった。

「吸血鬼の息子が欲しくて色んなひとに手を出してたんじゃないかと思ってたんだ。それなのに、本当は男のひとが好きなんて、本当に父さんは馬鹿みたい」

 呆れた様子の奏歌くんに恐る恐る問いかけてみる。

「湯浅さんに会ってみる?」

 自分の血の繋がった異母兄ならば奏歌くんは会いたいと思うのではないだろうか。湯浅さんは真里さんとは全く関係なく、穏やかで優しい雰囲気だった。

「どうだろう……湯浅さんは僕と会いたいかな?」
「湯浅さんは、生まれたときに真里さんががっかりして出て行って以来会ってないって言ってた」
「湯浅さんって幾つ?」

 奏歌くんの問いかけに私はサイトを探す。湯浅さんの所属事務所の情報によると、湯浅さんは23歳と書かれていた。奏歌くんのちょうど十歳年上だ。

「父さんに選ばれた僕と、捨てられた湯浅さんが会うのは複雑じゃないかな」

 自分の気持ちを置いておいて、奏歌くんは湯浅さんのことを心配している。奏歌くんと湯浅さんはどちらも真里さん似のようで、二人並んだら兄弟と一目で分かるのではないだろうか。

「湯浅さんにとって、父さんは思い出したくない存在なのかもしれないし、湯浅さんの生活をかき回したくないな」

 大人な意見を言う奏歌くんに私も頷いた。

「そうだね。湯浅さんの方が何か気付いて、奏歌くんに会いたいって言って来るまでは、こっちから接触を持つようなことはないようにしよう」
「うん、海瑠さんありがとう」

 微笑む奏歌くんに私は俯いてしまう。薄紫色のココット皿と水色のココット皿にはまだ半分以上プリンが残っている。

「美歌さんとやっちゃんにも相談したんだけど、二人は私から奏歌くんに言ってくれるようにお願いしたの」
「うん、僕も海瑠さんから聞けて良かったと思う」
「本当?」

 奏歌くんが落ち着いているので私の方が狼狽えてしまったと反省していると、奏歌くんは照れ臭そうに言ってくれた。

「海瑠さんだったら、僕、格好つけて大人の意見が言えるからね。母さんややっちゃんだったら、冷静になれてなかったかもしれない」
「私、奏歌くんの役に立ってる?」
「海瑠さんはいつも僕のことを一番に考えてくれてるから、海瑠さんの言葉は信じられるんだ」

 美歌さんややっちゃんには甘えが出てしまうけれど、私には格好つける意味でも冷静に話が聞けると言ってくれる奏歌くん。私の存在が奏歌くんの役に立っていることが嬉しかった。
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