可愛いあの子は男前

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
216 / 394
八章 奏歌くんとの八年目

2.奏歌くんを私色に染めて

しおりを挟む
「あれ? なんか……あぁ!?」

 異変には気付いていたようだ。
 奏歌くんは小さい頃から着るものに結構な拘りがある。私と出会った6歳の頃ももう小さくなっていたのにセーラー襟のシャツをおへそが見えるように短くなりながらも着ていた。
 それでもまさか、私のマンションで奏歌くんのシャツが裂けてしまうとは思わなかったのだろう。

「前々からちょっと裾が解けて来てるなとは思ってたんだけど、縫えばいいかと手直ししてて……」

 裾の部分は解けているだけでなく擦り切れていて、襟も若干擦り切れている奏歌くんのシャツ。破れるとは思っていなかったのか奏歌くんはショックそうだったが、続いてまた大変な事態に陥ってしまった。
 リュックサックから着替えを取り出したらリュックサックの肩紐が千切れ、チャックが外れ、中から出したシャツは着替えようとしたら袖が破れた。

「奏歌くん、リュックサックとシャツ、買いに行こうか?」

 普段ならば勿体ないとか、いらないとか言いそうな奏歌くんもこの事態には勝てなかった。私が出した無地の七分袖のシャツをロングシャツ風に着て、こくりと恥ずかしそうに頷いた。
 中学になったら買い替えると思っていたリュックサックも、小学校入学のときに勝ったもののままの奏歌くんは相当物持ちがいいようだ。よく見ると履いているハーフパンツも膝が擦り切れて、縫ってある。

「トップスターになって給料も上がったから、奏歌くんを思い切り自分好みにしちゃおう!」
「海瑠さん、母さんからちゃんと払うようにしてもらうよ」
「いいのよ、私がしたいんだから」

 年下の可愛い奏歌くんに貢げるなんて幸せだ。大好きなひとのためにお金を使うのは惜しくない。そんな私に遠慮しながらも奏歌くんは裾の長いシャツを着て買い物に付いて来てくれた。
 まずはデパートから服を見て回る。いきなりマダム・ローズのお店に連れて行ったら、奏歌くんは絶対に買うことを許してくれないだろう。かつてはお金目当てのひとたちばかり周囲にいたため、奏歌くんの感覚は私にとっては新鮮で暖かなものだった。
 男性物のSサイズのTシャツや細身のジーンズを見て回る。下着は私が選ぶと恥ずかしがりそうだったし、手を出してはいけない領域だと認識していたので、ジーンズやパンツを見て回る。
 試着室に入っては奏歌くんが私に着た姿を見せてくれる。

「メンズスカート!? なにこれ!」
「男性のためのスカートみたいだよ。パンツの上に履くんだって」

 黒いパンツと合わせた細かなひだのあるスカートを見て私はテンションが上がって奏歌くんに着てもらった。スカートとパンツの組み合わせが面白い。
 シャツは奏歌くんは襟のあるものが好きなようだった。ポロシャツタイプのものや、ワイシャツのような形のものを選んでいく。
 持っていた籠はすぐに一杯になってしまった。

「こんなにいいのかな?」
「私の部屋に置いておく着替えにしてもいいし、持って帰ってもいいし、いいんじゃないかな」

 破れるまで大事に着てくれるのならば服も本望だろう。
 紙袋一杯の服を買って、続いては鞄売り場に行く。奏歌くんの新しいリュックサックを買うのだ。リュックサックでなくてもいいのかもしれないが、奏歌くんはなんとなくいつもリュックサックを背負っているイメージがある。

「これ、可愛いかも」
「四角いリュックサックだね。出し入れ口に金具が入ってる」

 四角く整えられた形のリュックサックは、紺色に赤いポケットでなかなかかっこいい。奏歌くんに合わせてみるとぴったりのようだった。
 これで買い物は終わったと安心する奏歌くんに、私はまだ買い物を終わらせる気はなかった。これまで買ったのは奏歌くんの普段着で、ちょっとしたお洒落着も買っておきたい。
 タクシーで向かったのは奏歌くんが小学校に入学する年にセーラー襟のシャツを買ったアンティーク風のお店だった。マダム・ローズのお店に連れて行きたかったけれど、お値段的に奏歌くんが許さないような気がしたのだ。

「奏歌くん、久しぶりにこれ、着てみない?」

 セーラー襟のシャツとスラックスとカーディガンのセットを示すと、奏歌くんは躊躇っているようだった。

「もう僕いっぱい買ってもらったよ?」
「あれは普段着。これはちょっとお洒落な服」
「海瑠さん、やりすぎてない?」

 ちょっとむくれたような奏歌くんに私は両手を合わせて頼み込む。

「お願い! 私のために着て!」

 私好みの奏歌くんになって欲しい。これは完璧なる私の我が儘だった。頼み込まれて奏歌くんはしばらく困った顔をしていたが、渋々試着室に入っていった。
 紺色のセーラー襟のシャツとスラックスとカーディガンのセットは奏歌くんによく似合った。これならば秋になっても着られるだろう。

「これで私の秋公演に来てね」
「海瑠さん、これで終わりだからね?」
「はーい!」

 これ以上は買わないと宣言する奏歌くんに返事をして、私はセーラー襟のシャツとスラックスとカーディガンのセットの料金を払った。
 帰りは直接篠田家にタクシーで行った。美歌さんに調子に乗って奏歌くんにたくさん服を買ってしまったことを報告しなければいけない。これは奏歌くんがねだったわけではなくて、私が勝手に買ったのだ。
 デパートで買ったおやつの大福の箱を持って篠田家に入ると、廊下で追いかけっこをしていたさくらと美歌さんと目が合う。私を見た瞬間、さくらは大福の箱を指さした。

「おいちいの! たべちゃい!」
「ちょっと、さくら、挨拶がそれ?」
「いらったい」

 なぜかさくらに頭を下げて「いらっしゃいませ」をされてしまう私と奏歌くん。奏歌くんに至ってはここが自分の家なのに、さくらの方が自分の家のような顔をしている。

「海香先輩からさくらちゃんを預かってほしいって頼まれたのよ。私も仕事が休みだったし、さくらちゃんと遊びたかったし」
「みぃたん、さくとあとびたかった! さく、みぃたんとあとびたかった!」

 自分たちは両想いとでもいうようなさくらの誇らし気な顔にため息を吐く。
 大福を出すと美歌さんがお茶を淹れてくれて、茉優ちゃんも降りて来ておやつの時間になった。

「奏歌くんのシャツが裂けちゃって、リュックサックは肩紐が取れて、ジーンズは擦り切れていたので、つい買っちゃいました」
「ごめん、母さん」

 奏歌くんが謝ることは何もないのにしょんぼりしている奏歌くんに、美歌さんが苦笑している。

「奏歌は勿体ないって全然服を買わないし、自分の格好に構わないから、心配してたんです。破れそうになっても、自分で縫っちゃうし」
「あれ、自分で縫ってたんですか?」
「そうなのよ。絶対それを着るって譲らなくて」

 6歳の頃から奏歌くんは変わっていない。気に入っているものは絶対に譲らなかった。六年経っても変わらないものだとしみじみしていると、奏歌くんが美歌さんに言う。

「母さん、海瑠さんに代金、払ってくれる? 僕の貯金から出しても良いから」
「とんでもない! 私は奏歌くんに着て欲しいから買っただけで、代金はいりません」
「そんなのダメだよ、海瑠さん」

 言い争いになりそうになった私と奏歌くんの前で、さくらが「あい!」と手を上げた。

「さく、スカート、かーいーの。シャツもかーいーの」

 誇らしげに見せてくるさくらに私は何かを感じ取っていた。奏歌くんも同じようでじっと美歌さんを見つめる。

「えーっと、可愛いのがあったからね?」
「母さん、さくらちゃんに買っちゃったの!?」
「だって、『さく、にあうー?』って可愛く聞くんだもの」

 どうやら美歌さんも同じ穴の狢だったようだ。
 私が奏歌くんと服を買っている間に、美歌さんはさくらの服を買っていた。これは奏歌くんも私も責められないはずだ。

「母さん、さくらちゃんには甘いんだから」
「美歌さん、ちゃんと海香に請求してくださいよ?」
「私が好きで買ったから」

 ふわふわの桜色のスカートを見せびらかすようにさくらがくるくると回っている。
 きっと美歌さんは海香に請求できない。私が美歌さんに請求しないように、自分の好きで買ったのだと言ってしまう。そんな予感がしていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

高嶺の花の高嶺さんに好かれまして。

桜庭かなめ
恋愛
 高校1年生の低田悠真のクラスには『高嶺の花』と呼ばれるほどの人気がある高嶺結衣という女子生徒がいる。容姿端麗、頭脳明晰、品行方正な高嶺さんは男女問わずに告白されているが全て振っていた。彼女には好きな人がいるらしい。  ゴールデンウィーク明け。放課後にハンカチを落としたことに気付いた悠真は教室に戻ると、自分のハンカチの匂いを嗅いで悶える高嶺さんを見つける。その場で、悠真は高嶺さんに好きだと告白されるが、付き合いたいと思うほど好きではないという理由で振る。  しかし、高嶺さんも諦めない。悠真に恋人も好きな人もいないと知り、 「絶対、私に惚れさせてみせるからね!」  と高らかに宣言したのだ。この告白をきっかけに、悠真は高嶺さんと友達になり、高校生活が変化し始めていく。  大好きなおかずを作ってきてくれたり、バイト先に来てくれたり、放課後デートをしたり、朝起きたら笑顔で見つめられていたり。高嶺の花の高嶺さんとの甘くてドキドキな青春学園ラブコメディ!  ※2学期編3が完結しました!(2024.11.13)  ※お気に入り登録や感想、いいねなどお待ちしております。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

処理中です...