可愛いあの子は男前

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
201 / 394
七章 奏歌くんとの七年目

17.ローストチキンと茉優ちゃんの憂い

しおりを挟む
 クリスマスの特別公演は今年やった演目を中心に、過去の演目からシーンを切り取って演じる。今回は真月さんは男役の群舞のときにソロで歌う役をもらった。
 やっちゃんと私の噂話が消えてから、真月さんはすごく努力していたので、それが報われたようで嬉しい。私もトップスターとして歌わなければいけなかったし、男女混合のダンスでは中央で百合と踊らなければいけない。
 今回は美鳥さんとの殺陣も入っていた。
 百合とのデュエットダンスに、全員でのカーテンコールの歌まで、何度着替えて、何度舞台に走ったか分からない。
 無事にクリスマスの特別公演が終わった後には、私はへとへとになっていた。

「さすがにトップスターの出番は多かったでしょう?」
「百合、これを六年やって来たの? 信じられない……」
「私がよく食べるのも分かるでしょう?」

 百合が普段からたっぷり食べているが折れそうに華奢なのも、食べた分をすべて使っているからだと今ならばよく分かる。通常の公演よりもシーンごとの切り替えが多いクリスマスの特別公演は、早着替えや移動がものすごく大変だった。トップスターになるとこんなに出番があって大変だったのかと、これまでの退団して行ったトップスターの先輩たちを思い出して尊敬してしまう。
 クリスマスの特別公演の後は、役者たちも家族とクリスマスを過ごせるように反省会は後日で帰れるし、翌日は休みになっている。毎年のように駐車場で待ってくれている奏歌くんの元に行く。
 今年は運転は莉緒さんだったけれど、車に乗せてもらって篠田家に連れて行ってもらった。

「クリスマスの特別公演をあんないい席で見られるなんて素晴らしかったです」
「最高でしたよね!」
「夢のようでした」

 莉緒さんと沙紀ちゃんは感動を分かち合っている。二人は年齢を超えて仲良くなれそうだった。
 篠田家に行くと美歌さんとやっちゃんがご馳走を作って待っていてくれている。今年はローストチキンだった。若鶏が丸々焼かれているのに驚いていると、やっちゃんが奏歌くんにナイフとフォークを渡している。

「かなくん、ばらしてみるか?」
「いいの? 僕、やってみたい」

 意欲的に若鶏を解体する奏歌くん。

「ここの関節を外したら、もも肉が綺麗に取れるよ」
「分かった。やってみる」

 奏歌くんがやっちゃんに教えてもらって若鶏を解体している間に、美歌さんがソースを作って来てくれる。ワインとマスタードの入ったソースをかけて、大きなもも肉が私のお皿に乗せられた。

「こんなにいっぱい、いいの?」
「海瑠さん、たっぷり食べて。いっぱい動いたからお腹が空いたでしょう?」

 奏歌くんに言われて、私はお腹がペコペコなことに気付く。もも肉に最初はナイフとフォークで肉を外して食べていたが、そのうちに食べにくくなって、骨を持って齧りつく。
 ぱきんっと音がして、骨が割れたのが分かった。

「鶏の骨は中が空洞だから割れやすいよね。海瑠さん、口の中怪我しないように気を付けてね」

 骨を噛み砕いてしまっても奏歌くんは私を責めたりしない。マスタードのぴりっとするソースに付けて食べるローストチキンは、皮までパリッと焼けていてとても美味しかった。焼き野菜も一緒に食べて、お腹が落ち着いたところで、やっちゃんがケーキを出してくる。
 苺の乗ったタルトは、茉優ちゃんのお誕生日にタルトを買ったお店のもののように思えた。

「今日のタルトは莉緒さんからいただきました」
「ありがとうございます、莉緒さん」

 やっちゃんと美歌さんにお礼を言われて莉緒さんが微笑んでいる。

「夕飯はご馳走になるから、ケーキくらいはと思って、一人であのお店に行ってみたんです」
「苺のタルト! 僕、苺大好き! ありがとうございます!」

 きらきらと輝く粒のそろった苺に奏歌くんも大喜びだった。大きなホールのタルトをやっちゃんに切ってもらってみんなで食べる。
 楽しいクリスマスのはずなのに、莉緒さんの表情が優れない気がして、私が気にしていると、莉緒さんが言いにくそうに茉優ちゃんに話しかけている。

「実は、別れた夫が茉優ちゃんのことを調べて、死んだ息子の財産があるんじゃないかとか騒ぎ立てているらしいのよ……」
「お父さんの財産? おじいちゃんに関係あるの?」
「自分にも権利があるとか言い出したみたいで……もしかすると、茉優ちゃんのところに来るかもしれないから、気を付けてね」

 自分の息子が亡くなったときにも茉優ちゃんを引き取ろうとしなかった茉優ちゃんのお祖父さんが、お金のことになると茉優ちゃんに手を出そうとするのが浅ましい気がして、私も妙な気分になる。

「私たちも気を付けますね」
「よろしくお願いします、美歌さん、安彦さん」
「茉優ちゃんは守ります」

 やっちゃんにとっては茉優ちゃんは運命なのだから当然守るべき対象なのだろうし、茉優ちゃんはまだ中学三年生で未成年なので保護者になっている美歌さんの保護対象だ。
 茉優ちゃんの養育権を争われたら肉親であるお祖父さんに権利があると判断されないかが莉緒さんは心配なようだった。

「海香に相談してみよう……」

 私も茉優ちゃんを守るためなら手段は選ばないつもりだ。
 不穏な空気を吹き飛ばすように奏歌くんと美歌さんが立ち上がる。

「コーヒーがいいひと!」
「紅茶は僕が淹れるよ!」

 すっかりと紅茶を淹れるのも奏歌くんの仕事になってしまった。小学校六年生なのに奏歌くんは本当にできることが多い。

「私は紅茶で」
「私はコーヒーをお願いします」
「私も紅茶で」

 茉優ちゃんと私は紅茶、莉緒さんはコーヒーをお願いしていた。
 ケーキを食べ終わると毎年恒例の奏歌くんのおねだりが始まる。

「母さん、海瑠さんの部屋に行っていいでしょう?」
「本当にうちの子じゃないみたいね。学校から帰ると一番に海瑠さんの部屋に行くし」
「約束通りに宿題は終わらせてるよ! 朝も母さんのお弁当作ってあげてるでしょう?」

 私の部屋に来るためには、宿題を終わらせていることが条件のようだ。それに付け加えて、奏歌くんは私の分だけでなく美歌さんの分のお弁当も作っている。そんないい子のおねだりを美歌さんも断れるわけがなかった。

「明日の夜には迎えに行くからね。お惣菜、詰めちゃうからちょっと待って」

 こうなることを予想していたのであろう美歌さんはお惣菜を詰めてエコバッグに入れていた。
 沙紀ちゃんは莉緒さんの車で送って行ってもらって、私と奏歌くんは美歌さんの車でマンションまで送ってもらう。マンションのエントランス前で下ろしてもらって、奏歌くんが美歌さんと約束をしていた。

「明日、帰ったら冬休みの宿題をちゃんとするのよ?」
「海瑠さんの部屋でもするよ。持って来てるから」
「そういうところだけはちゃっかりしてるのよね」

 苦笑しながら美歌さんに送り出されて、奏歌くんはリュックサックを背負って私とエレベーターに乗った。小学校一年生のときには大きすぎたリュックサックも、もう小さくなって、擦り切れている。六年間大事に使ってきたのがよく分かる。

「来年の春には奏歌くんも中学生か」
「うん。できるだけ海瑠さんの部屋に行けるように、勉強頑張るよ」
「六年生の勉強って難しい?」

 部屋について宿題の冊子を見せてもらったけれど、私には何が何だかよく分からなかった。算数もこんなに難しかったのかと驚いてしまう。

「奏歌くんが大人になったみたい」
「まだまだ子どもだよ」

 でも、早く大人になりたい。
 夢見るように呟く奏歌くん。

「大人になったら海瑠さんとずっと一緒に暮らせるでしょう? 毎日、海瑠さんのご飯を作って、海瑠さんとご飯を食べて、海瑠さんが最高の役者として輝けるように、僕、サポートしたいんだ」
「専属のマネージャーになってくれる?」
「専属のマネージャー! 公私共にだね!」

 未来の話で盛り上がる私と奏歌くん。
 そんな日が早く来ればいいのにと思ったクリスマスだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

Emerald

藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。 叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。 自分にとっては完全に新しい場所。 しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。 仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。 〜main cast〜 結城美咲(Yuki Misaki) 黒瀬 悠(Kurose Haruka) ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。 ポリン先生の作品はこちら↓ https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911 https://www.comico.jp/challenge/comic/33031

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...