可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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七章 奏歌くんとの七年目

16.劇団員を疑いたくはないけれど

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 奏歌くんと作ったクッキーを百合に渡すと、小躍りして喜んでくれた。

「奏歌くんの不在中は本当にごめんね。いっぱい助けてくれてありがとう」
「いいのよ、私たち、夫婦でしょう?」

 劇団のトップスターの男役と女役は夫婦のように振舞うべし。その掟がしっかりと百合には叩き込まれている。私は今年の春から男役トップスターになったが、百合はその六年前から女役トップスターを続けているのだ。
 これだけ長く女役のトップスターを続けた役者は今までにいない。この記録が更新され続けるのをファンの皆様も応援してくれているということで、百合が退団する気配など全くなかった。
 秋公演が終わるとクリスマスの特別公演に向けての練習が始まる。園田さんにはクリスマスの特別公演は、奏歌くんの分と沙紀ちゃんの分とやっちゃんの分と茉優ちゃんの分の四枚のチケットを確保してくれるようにお願いしなければいけなかった。
 たった一日しかない公演に私一人で四枚分の席を取ってしまうのは申し訳なさもあったのだが、茉優ちゃんも一年に一度のお出かけとして楽しみにしてくれるようだったし、当然チケットは取る気でいた。
 お弁当を届けに来たやっちゃんから話を聞いて、ますますチケットの確保が必要だと感じた。

「俺じゃなくて、今年も莉緒さんと茉優ちゃんで行ってもらおうかと思ってるんだ。あ、クッキーありがとう」
「いいえ、こちらこそ、カツサンドとスープありがとう。お弁当も届けてくれてありがとうね」

 楽屋の前の廊下で話していると、園田さんが目を皿のようにして見ているのが分かる。やっちゃんが仕事に戻った後に、私は園田さんに質問攻めにあった。

「篠田さんとお付き合いしてるとかじゃないですよね?」
「絶対違います」
「渡されたのは何ですか?」
「篠田さんの甥っ子の奏歌くんの作ったお弁当です」
「それ、カモフラージュじゃなくて、本当ですよね? 私には本当のことを話してくださいよ?」

 やっちゃんとの仲と奏歌くんのことについては津島さんからも説明がいっているはずなのに、実際に目にするとこれだけ疑われるものなのか。真面目な園田さんだからこそ、私が劇団の規則を破っていたら退団させられると心配してくれているのは分かる。しかし、やっちゃんと私との間に色恋を想像されるのは解せない。

「絶対にないです! やっちゃんとは家族ぐるみのお付き合いで、やっちゃんのお姉さんが海香の後輩なんです。それで、お姉さんの息子の奏歌くんが私にお弁当を作ってくれているんです」

 説明して園田さんには納得してもらったが、園田さんは気を付けるようにと私に言ってきた。

「劇団の中には説明しても信じてくれないひともいますからね。海瑠さんをトップスターの座から引きずり降ろそうと考えているひとがいないとも限らないんですから」

 劇団の中にそんなひとがいるとは思いたくなかったが、トップスターや二番手や三番手と順番を付けられる世界だからこそ、上になるために手段を選ばないひとがいるのも否めなかった。
 園田さんの心配は当たっていたようで、私は劇団の上層部の集まる会合に呼ばれてしまった。

「瀬川さんは劇団広報の篠田さんと噂があるようだけど、その件についてはどう思っているのですか?」
「何度も説明しているように、篠田さんのお姉さんが海香の後輩で、その息子さんを保育園の頃から預かったりしていた名残です」
「何度も篠田さんとのスキャンダルを報道されそうになっている件に関しては?」
「それも全部誤解なんです」

 私が説明しても埒が明かないと思ったのか、海香が話に入ってくれる。

「篠田さんのお姉さんが母親だけの家庭で、子育てに困っているので、海瑠が手伝う形になったんです。そこからずっと交流はありますが、篠田さんとではなくて、篠田さんの甥っ子の男の子とです。自分の甥っ子のように可愛がっているだけです」

 海香が説明してくれたので何とかその場は切り抜けられたが、私は嫌な予感がしていた。劇団の中で内部告発のようなことが起きているのではないだろうか。私とやっちゃんがやり取りをしている場面は何度も見られている。劇団員なら誰でも一度は目にしたことがあるだろう。

「劇団員を疑いたくないけど、海瑠、しばらく篠田さんには近寄らない方がいいわよ」

 海香に言われて私ががっくりと肩を落とした。
 奏歌くんが学校に行く前にお弁当を作って、それをやっちゃんが届けてくれている。それが私の励みだったのに、それがなくなるなんて。
 沈み込んでいる私に、男役二番手の美鳥さんが声をかけて来た。

「海瑠さん、ちょっと話があるんですけど」

 呼び出されて美鳥さんの楽屋に行くと、男役三番手の真月まつきさんが深刻そうな表情で立っていた。

「真月さんの様子がおかしいから問い詰めたら、海瑠さんと篠田さんの仲が妖しいって、上層部に言ったって白状したんですよ」
「真月さん、なんで……」

 驚いている私に、真月さんは唇を噛み締めて床を見つめる。しばらくの沈黙の後に真月さんは口を開いた。

「劇団で夢を追うのはやめて、そろそろ故郷に戻って来いって両親が言ってて。でも、私、一度はトップスターになりたかったんです」
「真月さん、クリスマス公演で退団することになりそうなんです」

 トップスターになることなく真月さんは退団する。男役トップスターになりたかった真月さんにとって、今の男役トップスターの私は邪魔だったのだろう。けれど次のクリスマスの特別公演で退団するとなれば、私がトップスターを辞めても、真月さんがトップスターになれることはない。

「真月さん、私もトップスターにはなれないまま退団するかと思っていたの」
「海瑠さんが!?」
「同期の喜咲さんがトップスターになったときには、もう私はなれないと思った。でも、劇団の中でいただいた役を精一杯こなそうと思って舞台に立っていた」

 同期の喜咲さんがトップスターになった時点で、私には永遠の二番手として失礼な取材も来たし、喜咲さんに嫉妬しているという嘘も流されそうになった。それでも私は努力し続けた。

「真月さん、辞めないで。いつかは花咲くこともあると思うから」
「海瑠さん……怒ってないんですか?」

 妙な噂を流されたことに関しては真月さんに怒りを感じていないと言えば噓になる。それでも、同じ劇団員の真月さんが挫折するようにして劇団を去るのだけは止めたい。例えトップスターになれなかったとしても、悔いを残さないようにしてほしい。

「真月さん、もう少し頑張ってみない?」
「……ありがとうございます、海瑠さん。そして、本当にごめんなさい」

 噂の出所は分かったので私も安心したし、真月さんはもう少し劇団で頑張る決意をしたようだった。
 真月さんが美鳥さんの楽屋から出て行ってから、美鳥さんにお礼を言う。

「今回の件、美鳥さんにお世話になっちゃったね。ありがとうございます」
「海瑠さんは女役もやるので、私とも夫婦ですからね。妻を思いやるのは当然のことです」
「えー! 美鳥さんも百合と同じようなことを言うの!?」

 笑い話にしてくれようとする美鳥さんの言葉は有難かったけれど、百合という妻と美鳥さんという夫がいると考えると、私も複雑な関係になっていると思わずにいられない。
 マンションの部屋に帰ると、奏歌くんが待っていてくれた。
 色んなことがあった一日で奏歌くんに甘えたくて、膝の上に猫の姿になって頭を乗せる。奏歌くんは何も聞かずに私を撫でていてくれた。
 噂の源は見付かったので、これからも奏歌くんのお弁当を届けてもらえそうで私は心の底から安堵していた。

「今日のお弁当美味しかったな」
「本当? 鶏の唐揚げはやっちゃんが揚げたけど、下味は僕が付けたんだよ」
「明日もおにぎりは梅と鮭にしてくれる?」
「うん、いいよ!」

 明日のお弁当が楽しみだ。
 奏歌くんのお弁当のない生活を想像していただけに、それが続けられる幸せを噛み締めていた。
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