可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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六章 奏歌くんとの六年目

26.奏歌くんの将来の夢

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 春公演の最中に奏歌くんは六年生になった。
 小学校の最高学年で、最後の年だと思うと感慨深い。
 進級お祝いにケーキを買ってきて、奏歌くんの淹れてくれた紅茶と一緒に食べた。
 春公演も無事に千秋楽に近付く頃、お誕生日のお茶会の後の夜には奏歌くんはスペシャルディナーを計画していることを話してくれた。合鍵は渡してあるので、奏歌くんは私がいなくても部屋に入ることができる。

「今年も海瑠さんを喜ばせたいんだ」

 春公演が終わって慌ただしく続いて始まる私のお誕生日のお茶会とディナーショー。ディナショーの日は帰りが遅くなるので奏歌くんと会えないのだが、奏歌くんは小学校が終わってから私の部屋に通って準備をしておいてくれたようで、冷蔵庫の中に「これは開けないで」とメモの貼られた容器が幾つか入っていた。
 何を作ってくれるのか楽しみにしながらも、私はお茶会とディナーショーをこなした。
 本当の誕生日のお茶会には奏歌くんを招いている。
 朝にやっちゃんと一緒に劇場に入って来た奏歌くんは、小劇場の隅に座って大人しくリハーサルを見ていた。
 二人のジゴロが美女を口説くシーンや、闘牛士に扮した私が闘牛に扮した美鳥さんを大きな布で軽やかにかわすシーンなど、奏歌くんは目を丸くして見ていた。リハーサルが終わると手を打ち鳴らして一生懸命拍手をしてくれた。
 初めて奏歌くんと出会ったときも、稽古の最中だった。舞台に立った私を見る奏歌くんはあの日のたった一人の観客だった。
 六年前を思い出してしみじみしていると、美鳥さんと百合が舞台から降りて奏歌くんに近付く。

「これが有名な海瑠さんのダーリンさん!」
「もう六年生だっけ? 大きくなったわね」

 美鳥さんと百合に声をかけられて、奏歌くんは微笑んで答える。

「篠田奏歌です。海瑠さんのことよろしくお願いします」
「六年生ってしっかりしてるんですね」
「奏歌くんはずっとしっかりしてるのよ。海瑠があれだから」

 頭を下げる奏歌くんに驚く美鳥さん。百合の言う「あれ」とは何なんだろう。確かに私は生活力が全然なかったが、それもこの六年でかなり進歩したと思うのだ。

「奏歌くん、お昼ご飯を食べに行こう」

 私が誘うと、百合と美鳥さんが顔を出してくる。

「私もご一緒したいです」
「もちろん、私も一緒よね?」

 美鳥さんと百合の言葉に奏歌くんはにこにこと「よろしくお願いします」と答えていた。
 私の楽屋では狭いので食堂に行くと、やっちゃんも奏歌くんを探して食堂に来ていた。

「かなくん、お弁当」
「あ、貰い忘れてた。やっちゃん、ありがとう」

 奏歌くんと私のために準備したお弁当をやっちゃんは届けに来てくれたようだ。お弁当箱を渡されて奏歌くんがお礼を言う。

「やっちゃんも一緒に食べる?」

 こうなってしまえば誰が一緒でも同じだと声をかけると、やっちゃんも奏歌くんの隣りの席に座った。
 私と奏歌くんとやっちゃんが並んで座って、正面に美鳥さんと百合が座る。美鳥さんと百合は食堂の定食を頼んでいた。奏歌くんと私とやっちゃんは同じお弁当である。奏歌くんも六年生になって食べる量が増えたのか、私と同じ量だった。やっちゃんは一回り大きいお弁当箱を開けている。
 中身はおにぎりと卵焼き、豚肉の生姜焼きとポテトサラダに、ブロッコリーのおかか和え。
 全員同じメニューでやっちゃんだけが量が少し多い。

「美味しそうなお弁当ですね」
「僕がおにぎり握ったんだよ。卵焼きも僕が焼いたの」
「小学校六年生ってそんなにできるんですね」
「ポテトサラダのジャガイモも剥いて電子レンジで火を通して潰したし、ブロッコリーも茹でたよ」

 ほとんどのおかずは奏歌くんの手によって作られていた。
 美鳥さんだけでなく私も驚いてしまう。

「奏歌くん、そんなにしてくれたの?」
「やっちゃんと早起きして頑張ったんだよ。やっちゃんがいっぱい手伝ってくれたけど」

 嫌がらずにやっちゃんがキッチンに立って料理をしてくれるから奏歌くんはこんなにお料理が好きで、小学校六年生なのにお料理上手なのかもしれない。

「小学校でも料理クラブに入ってるんです。僕、お料理が大好きで、将来はやっちゃんみたいにお料理ができるようになりたいんだ」
「俺も進路を考えるときに、デザイン方面か調理方面か悩んだんだよな」

 あまり自分のことを語らないやっちゃんの口からそんな言葉が零れて、私はやっちゃんを凝視してしまった。やっちゃんといえば私の中では劇団のポスターや雑誌の記事を作ってくれるライター兼デザイナーのイメージだったが、それだけでなくやっちゃんは過去に調理の道に行こうか、デザインの道に行こうか悩んだことがある。

「僕は調理かな? 栄養の方も良いよね」

 調理や栄養学に興味があるという奏歌くんは、将来もきちんと見据えているようだった。

「海瑠の専属の栄養士兼調理師になっちゃったりして」

 悪戯っぽく笑う百合に、私は真顔になってしまう。

「それ、良い」

 もしそうなったらどれだけ幸せなことだろう。
 一生奏歌くんの作った栄養バランスの取れた食事を摂って、役者を続けて行けたら最高ではないか。

「それだけ食事に気を付けてるから、海瑠さんは若々しいんですね」

 今日で30歳になるのにそう見えないという美鳥さんに、私はどきりとしてしまう。私が年相応の外見ではないのは、奏歌くんが食事を気を付けてくれているからという理由もあるのだが、ワーキャットだからだなんてことは絶対に言えない。

「百合さんも女役トップスターに就任した頃と全然変わらなくて、素敵ですよね」
「私は舞台の妖精だからね」

 劇団では女役もだが男役も役者は妖精に例えられることが多い。妖精のようにいつまでも年を取らず、人間ではないような美しさがあるというのが私たちの評価だ。夢を壊さないように私たちは普段から行動に気を付けて生活している。劇団に所属している間は、OG科に移らない限りは恋愛も禁止だし、結婚もできない。
 男役は中性的な格好を暗黙の了解で義務付けられているし、女役は可愛い格好を求められる。私生活まで及ぶイメージ作りは、お客様の夢を決して壊さないようにという配慮なのだ。

「百合は妖精だったのか」
「信じてないわね? 本当に妖精なんだからね」

 自分でそれだけ自信を持って言えるということは、百合は劇団員であることに誇りを持っているのだろう。そうでなければ六年もの間女役トップスターを務められてはいない。
 食堂で昼食を食べ終えて、お茶会の時間まで奏歌くんには楽屋で待っていてもらった。化粧をしたり衣装に着替えたりして、私は忙しかったのだ。
 お茶会の時間になると奏歌くんは客席に行く。私は舞台裏でスタンバイしておく。
 お誕生日のお茶会は客席に降りての握手やファンサービス、幾つかの演目のシーンを切り取ったもの、歌やダンスで盛り上がった。

「今日は私のお誕生日を祝ってくださって本当にありがとうございます」
「これからも海瑠と私をよろしくお願いします」
「百合さん、ちゃっかり入ってる」

 ご挨拶の間に入るトークにもお客様は笑ってくださって、最後には大きな拍手でお祝いをしてくれた。
 反省会の間は奏歌くんは楽屋で待っていてもらう。短期間のショーで失敗もなかったので反省会はすぐに終わって、私は奏歌くんの待つ楽屋へ戻った。
 お化粧を落として、着替えて帰る準備をしていると、奏歌くんは廊下で待っていてくれる。

「楽屋の中で待っていても良かったのに」
「海瑠さんの着替えを見たりできないよ」

 私の着替えを意識してくれている。
 奏歌くんもそんな年になったのだとしみじみしてしまう。
 舞台袖で早着替えするときなどは周囲を気にしていられないので、人前で着替えることをあまり気にしていなかった私は、ガードが甘かったのだろう。奏歌くんの配慮で六年前の記憶が蘇る。男運の悪さには私の認識の甘さが入っていたような気がして、今更ながらに反省した。

「帰ろうか」

 待っていてくれる百合と合流して、車に乗せてもらってマンションまで送ってもらう。

「百合、ありがとう、お疲れ様!」
「百合さん、ありがとう!」

 マンションの前で車を降りてお礼を言うと、百合は車の中から手を振っていた。

「楽しい誕生日を過ごしてね。誕生日おめでとう、海瑠」

 お祝いの言葉にもう一度お礼を言って、私は奏歌くんとマンションの部屋に入った。
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