可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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六章 奏歌くんとの六年目

17.ロシアンティーにミルクを入れて

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 出来上がった苺ジャムは奏歌くんの家にも持ち帰られた。
 年末に奏歌くんの家に招かれて行くと、奏歌くんが私をソファに座らせて紅茶を淹れてくれた。冷蔵庫からジャムの瓶を取り出してスプーンを添えて渡してくれる。

「ロシアンティーっていうのがあるんだって」
「ロシアンティー? ロシアの紅茶?」
「紅茶にジャムを入れるんだよ。海瑠さんと試そうと思ってひと瓶取ってたんだ」

 私の部屋では食べ尽くした苺のジャムを、奏歌くんは年末に私とロシアンティーを飲むために取っておいてくれた。その気持ちが嬉しくて私は紅茶の中にジャムを入れてかき混ぜてみる。奏歌くんもジャムを入れて紅茶をスプーンでかき混ぜていた。
 甘い苺の香りが鼻孔を擽る。
 飲んでみると苺ジャムの甘さと香りがよく出ている。

「これ、ミルクを入れたらもっと美味しいんじゃない?」
「海瑠さん、いいアイデア!」

 カップをローテーブルに置いて奏歌くんが牛乳のパックを取って来る。部屋から茉優ちゃんも顔を出していた。

「良い香りがする。何を飲んでるの?」
「ロシアンティーだよ。茉優ちゃんも飲む?」
「飲む!」

 返事をした茉優ちゃんに奏歌くんはまたぱたぱたとキッチンに向かってお湯を沸かしていた。
 隣りに座った茉優ちゃんがロシアンティーを飲む私に話しかけてくれる。

「お誕生日から奏歌くん、私に紅茶を淹れてくれるようになったんです。ジャスミンティーも時々淹れてくれるの」

 優しい奏歌くんは姉のような存在の茉優ちゃんにもマメに紅茶を淹れたり、ジャスミンティーを淹れたりしてあげているようだった。

「安彦さんじゃなくて、紅茶の担当は奏歌くんになっちゃった」
「奏歌くんの紅茶、美味しいもんね」
「安彦さんの紅茶と同じ味がします」

 茉優ちゃんにとってはやっちゃんの紅茶が一番美味しいのだろうから、やっちゃんの紅茶と同じ味がするというのは茉優ちゃんにとっては最大級の誉め言葉なのだろう。
 ほっそりしているが中学一年の茉優ちゃんは背も伸びて来ていた。莉緒さんは小柄だが茉優ちゃんのお父さんとお母さんが小柄なひとだったかは分からない。今のところ茉優ちゃんは順調に背も伸びている雰囲気だった。

「ただいま! 海瑠さん来てたのね。いらっしゃいませ」

 エコバッグを大量に持った美歌さんが帰って来て、続いてやっちゃんも篠田家に入って来る。

「年末年始の買い物に行ってきたよ。姉さんの荷物持ちにさせられた」
「荷物持ちだったら、私も行ったのに」
「みっちゃんは怪力だからな」

 やっちゃんの言葉に紅茶を淹れ終えて茉優ちゃんに渡していた奏歌くんが、むっと眉間に皺を寄せた。

「やっちゃん、海瑠さんに失礼なこと言ってない?」
「言ってないよ?」
「嘘ついたら、やっちゃんと母さんの分の紅茶はないんだからね?」
「私も巻き込まれるの!?」

 やっちゃんには強い美歌さんだが、息子の奏歌くんには弱いらしい。巻き込まれる形になって文句を言っているが、奏歌くんの渋い顔にやっちゃんが両手を挙げて降参の意を示した。
 それに納得して、奏歌くんは美歌さんとやっちゃんの分のティーカップを準備する。

「ちょうど、茉優ちゃんに淹れたのの残りがあったんだ」
「嬉しいわ。温かいものを飲むとホッとする」

 冷蔵庫に買ってきたものを仕分けして、美歌さんとやっちゃんは食卓のテーブルの方に座った。紅茶にジャムを入れて茉優ちゃんもロシアンティーにしているし、やっちゃんと美歌さんは牛乳を入れてミルクティーにしている。
 紅茶で一息ついてから、私は奏歌くんに客間に通された。
 これまでは奏歌くんの部屋で眠っていたので一階の客間に通されるのは初めてだ。和室で畳の上に布団が敷いてある。

「毎年着物を着るときに借りてた部屋は、客間だったのね」

 奥に大きな姿見のある和室は、毎年私が着物を着るときに借りていた部屋だった。そこが客間だったということは初めて知ったが。

「母さんも着物を着るときにはここを使うよ。姿見があるから着やすいんだって」

 使わないときには布のかけてある大きな姿見は、和服のためだったのだ。

「今年……じゃない、来年は茉優ちゃん、着物を着るのかな?」
「もう小さくなったから買いに行こうって母さんが行ったけど、着物は良いって茉優ちゃん断ってた」

 着物よりもワンピースの方が楽で良いと、茉優ちゃんはお正月用にワンピースを買ってもらったと奏歌くんは話してくれる。茉優ちゃんにとっては、篠田家に来てから買ってもらった余所行き用のワンピースがとても大事な衣装になっているのかもしれない。着物よりもワンピースが良いのならば茉優ちゃんの意見は尊重する。

「海瑠さんの赤い着物、今年も持って来てくれた?」
「うん、振袖はあの一着しか持ってないからね」

 赤い地に黒い鳥の模様の着物は私のために仕立ててもらったものだった。身長の高い私は既定の着物ではサイズが合わない。そのために成人式のときにわざわざ仕立ててもらった。
 振袖はそんなに着るものではないのかもしれないが、お正月と言えば着物だし、奏歌くんに着物姿を見て欲しかった私は、奏歌くんに出会った年に奏歌くんの家に振袖を持って来た。それから毎年着ているのだが、奏歌くんもその振袖を気に入ってくれているようで嬉しい。

「来年は茉優ちゃんのお祖母ちゃんのところにもご挨拶に行かなきゃいけないねって母さんが言ってたよ」

 言われて莉緒さんがどんな年末年始を過ごしているのか気になった。一人きりであの広いお屋敷で寂しくはないのだろうか。莉緒さんのことだから、一人でせいせいすると言っていそうな気もする。
 キッチンに呼ばれた奏歌くんがお節料理とお雑煮の仕込みをしているのに、私も手伝おうとしたら止められた。

「うちのキッチン、そんなに広くないから、海瑠さんはソファでテレビでも見てて」
「奏歌くんとお手伝いしたかったです」
「ごめんなさいね」

 美歌さんに謝られてしまっては仕方がない。
 ソファに座って大人しくテレビをつけると、劇団の専門チャンネルが映った。ちょうど私の特集で、テレビの中で私がインタビューされている。

『瀬川海瑠さんの年末年始の過ごし方は?』
『家でゆっくり過ごしますね。年越し蕎麦を食べて年越しをして、神社の初詣に行って、姉の家に行きます』
『姪っ子さんが産まれたんですよね?』
『1歳って、お年玉を上げなきゃいけないんですかね?』

 テレビ画面の中で喋る私を、本人が見ているというのもシュールな光景である。チャンネルを変えようとしたら奏歌くんがキッチンから顔を出していた。

「海瑠さんは僕の家で過ごすんだよね」
「奏歌くんの家は私の家みたいなものだから」

 誰の家とは言っていないので嘘は吐いていない。
 そう言えば奏歌くんがにっこりと微笑む。奏歌くんも来年には六年生になる。体は相変わらず華奢で声も高いままだが、育っていけばいつかは恋愛問題で劇団に取り沙汰される事態にならないとも限らない。そのときのことを考えて、今のうちからある程度は隠しておくようにと海香からお達しがあっていた。

「海瑠さん、さくらちゃんはまだお年玉を上げる年齢じゃないわよ」

 くすくすとキッチンで美歌さんが笑っている。本物の私じゃなくて以前撮ったインタビューに答えられるのは何となく恥ずかしかったが、さくらのお年玉がいらないことは分かった。

「みっちゃん、チャンネル変えて良いよ。かなくん、録画してるから」
「え!? こんな特集まで!?」

 来年の春の公演でトップスターになるので専門チャンネルでも特集が多く組まれているが、奏歌くんはその一つ一つを録画に残しているらしい。嬉しいような恥ずかしいような複雑な気分になる。
 篠田家で録画しているのならば、私がいるときに見られて嫉妬したりしなくて済むが、それでもテレビ画面の中の私に夢中になるのは本人がいないときだけにして欲しい。
 私は相当に嫉妬深いようだ。自分にまで嫉妬してしまう。

「お風呂に先に入っておいで。終わったら茉優ちゃんに声をかけて」
「はーい! 海瑠さん、後で」

 キッチンからはお出汁のいい香りがしている。年越し蕎麦の準備も終わったのだろう。奏歌くんはお風呂に行って、出てくると入れ替わりに茉優ちゃんが入る。茉優ちゃんの次は私の番だった。
 湯上りに髪を乾かしていると、やっちゃんがキッチンで天ぷらを揚げているじゅうじゅうという音がしてくる。
 晩御飯に年越し蕎麦を食べて、その後はテレビを見ながら寛ぐ。篠田家の毎年恒例の年越しが始まった。
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