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六章 奏歌くんとの六年目
14.クリスマスの特別公演と私の憂い
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クリスマスの特別公演では、OG科のお披露目も行われる。戻ってきた先輩たちと賑やかに稽古をして本番に備えた。これからは劇団の団員だけでなくOG科の団員も一緒の舞台に立つ。
トップスターになれたとしても、なれなかったとしても、30歳が区切りの年だと言われる劇団。それ以上の年の団員もいるのだが、やはり30歳前後で退団を選ぶ団員が多かった。
OG科ができたのは、年の若い団員では演じ切れない年長者や迫力のある役を務めてくれる元トップスターたちの存在が必要とされたからだ。一定の年齢で団員が退団していくのも、恋愛禁止などの厳しい規則があるからだとも言われている。私は奏歌くんと将来結婚するつもりだが、奏歌くんが妙齢になる頃には私も劇団を退団する決意をしているだろう。
恋愛問題だけではなく、私の場合はワーキャットだということが年齢が上になればなるほど分かりやすくなってしまう。私の老いは二十代半ばで止まっているのを、化粧や若作りなどといって誤魔化しているが、いずれは大きな開きがあることに気付かれてしまう。その前に劇団を退団してこの地を去らなければいけないのは分かり切っていることだった。
OG科で恋愛や結婚が認められても、私は劇団に残ることができない。きっと百合は劇団に残るだろうから、そこで道が分かれてしまう。
いつかは来る百合との別れは私の胸にずっと引っかかっていた。
「海瑠、ダンスのアレンジなんだけど、喜咲さんトップスターとしては最後だから、中央に連れて来るようにしない?」
「良いのかな、勝手に変えちゃって」
「そっちの方が自然だもの」
喜咲さんも全国ツアーでは相談なくダンスのアレンジをした。
私たちも喜咲さんがトップスターとして舞台に立つ最後の公演で、喜咲さんに仕掛けるのも悪くはないだろう。
二人で話していると、喜咲さんが顔を出す。
「次のトップスター二人はもうラブラブなんですか。まだ、百合さんは私の相手役ですからね」
「そんなこと言って、喜咲さんが相手役にしたいのは海瑠じゃないの?」
「海瑠さんは私の永遠の憧れですから!」
肯定されてしまった。
トップスターである喜咲さんの永遠の憧れと言われて、次のトップスターになれる私はきっと幸せなのだろう。
手を取り合って舞台へ向かう百合と喜咲さんに私も続いた。
クリスマスの特別公演本番には奏歌くんと沙紀ちゃんと茉優ちゃんと莉緒さんが来てくれることになった。
「俺は劇団の芝居はいつでも見られるし、正直舞台ってよく分からないから、茉優ちゃんは今日くらいお祖母さんと楽しんでくると良いよ」
「安彦さんと行くのも楽しいんだけどな」
「俺は家でご馳走作って待ってるよ。楽しみにしててくれよ」
莉緒さんが私と劇団の大ファンということでやっちゃんは気を利かせて譲ったのだろう。着物姿の莉緒さんは余所行きのワンピースを着た茉優ちゃんと共にクリスマスの特別公演に来ることになった。
当日には沙紀ちゃんと奏歌くんは当然のように劇場への入り待ちをしてくれて、奏歌くんと沙紀ちゃんに話しかけたい気持ちはあったけれど、ファンクラブとして決まりを守っている二人の気持ちを考えて必死で我慢した。
「沙紀ちゃん良いなぁ、今日は奏歌くんとお昼食べたり、デートしてるんだろうなぁ」
大学生の沙紀ちゃんと小学五年生の奏歌くんではデートにならないかもしれないが、二人で外でご飯を食べたりして公演までの時間を潰しているかと思うと、ちょっとだけ妬けるし、羨ましくもある。
ため息を吐きつつ楽屋で準備をしていると、百合が顔を出してきた。
「ダーリン、浮気?」
「浮気じゃないけど……私、分裂できないかなぁ」
舞台に立つ私と、奏歌くんと舞台を見る私に分裂できれば、本番の日でも奏歌くんと一緒にいられる。奏歌くんと舞台を一緒に見たことがないのだと私はそこで初めて気付いた。
DVDで過去の公演を見たりすることはあったが、それ以外では私は舞台に立っているので奏歌くんと感動を分かち合うことができない。一生こうなのだと思うと、舞台は大好きだけれどちょっとだけ寂しくも感じられる。
「海瑠は欲張りね。舞台の上でダーリンの視線を独り占めしておきながら、ダーリンの隣りにまで座りたいなんて」
そう言われるとそうなのかもしれない。
百合の言うように私は舞台に立ちながらも、奏歌くんの隣りの席も独り占めしたいと思っている。
「奏歌くんの人生を独り占めしたいのよ」
本音を漏らせば百合がにやりと笑う。
「それなら、結婚するしかないわ。ダーリンを専業主夫にしてしまって、合法的に自分の腕に閉じ込めるの」
企んでいる百合にもそういうことをしたい相手がいるのだろうか。
「百合も、好きなひとがいるの?」
「いないわ」
はっきりきっぱりと答えられた。
「いたとしたら、もう私のものにしてる。私はそういうタイプだから」
恋愛が禁止と規則で決められているなんて関係ない。
本当に好きな相手ならば自分のものにしているという百合は、まだ恋に出会っていないのだろう。恋愛とは相手の気持ちもあるし、相手の事情もある。私だってずっと自分がワーキャットだということを奏歌くんに告げられずに悩んでいた。
それを思い出せば、百合が無茶苦茶なことを言っているのが分かるのだが、百合なのだから本当に好きなひとが出来たら一直線かもしれないとも思ってしまう。
「百合、もしもの話なんだけど……もしも、私が人間じゃなかったら、どうする?」
恐る恐るの問いかけに百合が目を輝かせた。
「喜ぶわ!」
「え?」
「ずっと若くて元気で舞台に立っていられる海瑠を見られるなんて最高じゃない」
寿命の長さが違うからとか、人間の百合を置いて行ってしまうからとか、マイナスのことばかり考えていた私にとっては、百合の返事は衝撃的だった。
いつか百合には本当のことを話せるかもしれない。
「急にどうしたの? あ、分かった! 今日吸血鬼の役をやるから、役に入り込んじゃったんだ」
百合の問いかけに私はそういうことにして、衣装に着替えて化粧も終えた。
時間になって舞台袖でスタンバイしていると、喜咲さんと百合が私の肩に片方ずつ手を乗せてくる。
「最高の舞台にしましょうね」
トップスターとしての喜咲さんの最後の舞台になるのだ。喜咲さんの気合の入れようはいつもと違った。新しくできるOG科の先輩たちも出番を待っている。
幕が開いて私たちは舞台に走り出た。
源氏物語を現代風にしたフランス公演のひと場面。
六条御息所の私が、葵上の百合に生霊を送って亡くならせて、光源氏が嘆き悲しむ場面。
それからOG科の先輩も交えての高級ホテルでの出来事を描いた公演のチャールストンステップでは、大勢の真ん中に喜咲さんを百合と二人で招いて連れて来る。
「あなたに乾杯!」
「いえいえ、君に!」
「いいえ、あなたに!」
グラスにお酒は入っていないけれど、台詞は喜咲さんに対する本気のものだった。
トップスターを去ることになっても、OG科を立ち上げた功労者の喜咲さんにはどれだけの尊敬と感謝をしても足りない。
曲調が変わってOG科の団員たちが踊っている間に舞台袖に引っ込んで私は着替えを済ませる。奏歌くんが以前に怖がった吸血鬼の役をやるのだ。
私が年長の吸血鬼で、喜咲さんが吸血鬼にされてしまった青年、そして百合は巻き込まれて子どものままに吸血鬼にされて成長できないことを嘆いている少女だ。
「待て、私を捨てて一人で生きていけると思っているのか?」
「もう人間を餌のように扱うのは嫌だ!」
「お前にもいつかは分かる。この孤独が」
喜咲さんと妖しくダンスを踊る中に百合も巻き込まれていく。
過去の公演の評判の良かった歌や場面を切り取ってクリスマスの特別公演は進んで行った。
公演が終わると、軽く挨拶だけして、反省会は後日で私は駐車場に急ぐ。
クリスマスパーティーに招いてくれるために、莉緒さんが奏歌くんと茉優ちゃんと沙紀ちゃんを車に乗せて、駐車場で待っていてくれた。
「とても素晴らしかったわ。私までお招きいただきありがとうございました」
「いえ、茉優ちゃんも莉緒さんが来てくれて嬉しかったでしょう」
奏歌くんの後ろに隠れている茉優ちゃんは口には出さなかったけれど、莉緒さんに向かって微笑みかけていた。
これから、篠田家でクリスマスパーティーが始まる。
トップスターになれたとしても、なれなかったとしても、30歳が区切りの年だと言われる劇団。それ以上の年の団員もいるのだが、やはり30歳前後で退団を選ぶ団員が多かった。
OG科ができたのは、年の若い団員では演じ切れない年長者や迫力のある役を務めてくれる元トップスターたちの存在が必要とされたからだ。一定の年齢で団員が退団していくのも、恋愛禁止などの厳しい規則があるからだとも言われている。私は奏歌くんと将来結婚するつもりだが、奏歌くんが妙齢になる頃には私も劇団を退団する決意をしているだろう。
恋愛問題だけではなく、私の場合はワーキャットだということが年齢が上になればなるほど分かりやすくなってしまう。私の老いは二十代半ばで止まっているのを、化粧や若作りなどといって誤魔化しているが、いずれは大きな開きがあることに気付かれてしまう。その前に劇団を退団してこの地を去らなければいけないのは分かり切っていることだった。
OG科で恋愛や結婚が認められても、私は劇団に残ることができない。きっと百合は劇団に残るだろうから、そこで道が分かれてしまう。
いつかは来る百合との別れは私の胸にずっと引っかかっていた。
「海瑠、ダンスのアレンジなんだけど、喜咲さんトップスターとしては最後だから、中央に連れて来るようにしない?」
「良いのかな、勝手に変えちゃって」
「そっちの方が自然だもの」
喜咲さんも全国ツアーでは相談なくダンスのアレンジをした。
私たちも喜咲さんがトップスターとして舞台に立つ最後の公演で、喜咲さんに仕掛けるのも悪くはないだろう。
二人で話していると、喜咲さんが顔を出す。
「次のトップスター二人はもうラブラブなんですか。まだ、百合さんは私の相手役ですからね」
「そんなこと言って、喜咲さんが相手役にしたいのは海瑠じゃないの?」
「海瑠さんは私の永遠の憧れですから!」
肯定されてしまった。
トップスターである喜咲さんの永遠の憧れと言われて、次のトップスターになれる私はきっと幸せなのだろう。
手を取り合って舞台へ向かう百合と喜咲さんに私も続いた。
クリスマスの特別公演本番には奏歌くんと沙紀ちゃんと茉優ちゃんと莉緒さんが来てくれることになった。
「俺は劇団の芝居はいつでも見られるし、正直舞台ってよく分からないから、茉優ちゃんは今日くらいお祖母さんと楽しんでくると良いよ」
「安彦さんと行くのも楽しいんだけどな」
「俺は家でご馳走作って待ってるよ。楽しみにしててくれよ」
莉緒さんが私と劇団の大ファンということでやっちゃんは気を利かせて譲ったのだろう。着物姿の莉緒さんは余所行きのワンピースを着た茉優ちゃんと共にクリスマスの特別公演に来ることになった。
当日には沙紀ちゃんと奏歌くんは当然のように劇場への入り待ちをしてくれて、奏歌くんと沙紀ちゃんに話しかけたい気持ちはあったけれど、ファンクラブとして決まりを守っている二人の気持ちを考えて必死で我慢した。
「沙紀ちゃん良いなぁ、今日は奏歌くんとお昼食べたり、デートしてるんだろうなぁ」
大学生の沙紀ちゃんと小学五年生の奏歌くんではデートにならないかもしれないが、二人で外でご飯を食べたりして公演までの時間を潰しているかと思うと、ちょっとだけ妬けるし、羨ましくもある。
ため息を吐きつつ楽屋で準備をしていると、百合が顔を出してきた。
「ダーリン、浮気?」
「浮気じゃないけど……私、分裂できないかなぁ」
舞台に立つ私と、奏歌くんと舞台を見る私に分裂できれば、本番の日でも奏歌くんと一緒にいられる。奏歌くんと舞台を一緒に見たことがないのだと私はそこで初めて気付いた。
DVDで過去の公演を見たりすることはあったが、それ以外では私は舞台に立っているので奏歌くんと感動を分かち合うことができない。一生こうなのだと思うと、舞台は大好きだけれどちょっとだけ寂しくも感じられる。
「海瑠は欲張りね。舞台の上でダーリンの視線を独り占めしておきながら、ダーリンの隣りにまで座りたいなんて」
そう言われるとそうなのかもしれない。
百合の言うように私は舞台に立ちながらも、奏歌くんの隣りの席も独り占めしたいと思っている。
「奏歌くんの人生を独り占めしたいのよ」
本音を漏らせば百合がにやりと笑う。
「それなら、結婚するしかないわ。ダーリンを専業主夫にしてしまって、合法的に自分の腕に閉じ込めるの」
企んでいる百合にもそういうことをしたい相手がいるのだろうか。
「百合も、好きなひとがいるの?」
「いないわ」
はっきりきっぱりと答えられた。
「いたとしたら、もう私のものにしてる。私はそういうタイプだから」
恋愛が禁止と規則で決められているなんて関係ない。
本当に好きな相手ならば自分のものにしているという百合は、まだ恋に出会っていないのだろう。恋愛とは相手の気持ちもあるし、相手の事情もある。私だってずっと自分がワーキャットだということを奏歌くんに告げられずに悩んでいた。
それを思い出せば、百合が無茶苦茶なことを言っているのが分かるのだが、百合なのだから本当に好きなひとが出来たら一直線かもしれないとも思ってしまう。
「百合、もしもの話なんだけど……もしも、私が人間じゃなかったら、どうする?」
恐る恐るの問いかけに百合が目を輝かせた。
「喜ぶわ!」
「え?」
「ずっと若くて元気で舞台に立っていられる海瑠を見られるなんて最高じゃない」
寿命の長さが違うからとか、人間の百合を置いて行ってしまうからとか、マイナスのことばかり考えていた私にとっては、百合の返事は衝撃的だった。
いつか百合には本当のことを話せるかもしれない。
「急にどうしたの? あ、分かった! 今日吸血鬼の役をやるから、役に入り込んじゃったんだ」
百合の問いかけに私はそういうことにして、衣装に着替えて化粧も終えた。
時間になって舞台袖でスタンバイしていると、喜咲さんと百合が私の肩に片方ずつ手を乗せてくる。
「最高の舞台にしましょうね」
トップスターとしての喜咲さんの最後の舞台になるのだ。喜咲さんの気合の入れようはいつもと違った。新しくできるOG科の先輩たちも出番を待っている。
幕が開いて私たちは舞台に走り出た。
源氏物語を現代風にしたフランス公演のひと場面。
六条御息所の私が、葵上の百合に生霊を送って亡くならせて、光源氏が嘆き悲しむ場面。
それからOG科の先輩も交えての高級ホテルでの出来事を描いた公演のチャールストンステップでは、大勢の真ん中に喜咲さんを百合と二人で招いて連れて来る。
「あなたに乾杯!」
「いえいえ、君に!」
「いいえ、あなたに!」
グラスにお酒は入っていないけれど、台詞は喜咲さんに対する本気のものだった。
トップスターを去ることになっても、OG科を立ち上げた功労者の喜咲さんにはどれだけの尊敬と感謝をしても足りない。
曲調が変わってOG科の団員たちが踊っている間に舞台袖に引っ込んで私は着替えを済ませる。奏歌くんが以前に怖がった吸血鬼の役をやるのだ。
私が年長の吸血鬼で、喜咲さんが吸血鬼にされてしまった青年、そして百合は巻き込まれて子どものままに吸血鬼にされて成長できないことを嘆いている少女だ。
「待て、私を捨てて一人で生きていけると思っているのか?」
「もう人間を餌のように扱うのは嫌だ!」
「お前にもいつかは分かる。この孤独が」
喜咲さんと妖しくダンスを踊る中に百合も巻き込まれていく。
過去の公演の評判の良かった歌や場面を切り取ってクリスマスの特別公演は進んで行った。
公演が終わると、軽く挨拶だけして、反省会は後日で私は駐車場に急ぐ。
クリスマスパーティーに招いてくれるために、莉緒さんが奏歌くんと茉優ちゃんと沙紀ちゃんを車に乗せて、駐車場で待っていてくれた。
「とても素晴らしかったわ。私までお招きいただきありがとうございました」
「いえ、茉優ちゃんも莉緒さんが来てくれて嬉しかったでしょう」
奏歌くんの後ろに隠れている茉優ちゃんは口には出さなかったけれど、莉緒さんに向かって微笑みかけていた。
これから、篠田家でクリスマスパーティーが始まる。
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