可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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六章 奏歌くんとの六年目

3.ツアーの三か所目は京都

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 北海道から東京に移動して、東京公演も問題なく終わった。その後には、京都に移動してその日はホテルで休んで、翌朝やっちゃんと茉優ちゃんと奏歌くんと私でホテルのレストランの朝ご飯を食べていると、トレイを持った百合が隣りに座って来た。
 朝食のメニューは茶粥と焼き魚や細々としたお惣菜だ。

「京都のこういうお惣菜をおばんざいって言うんだって」
「奏歌くんよく知ってるわね」
「京都の観光ガイドで調べたんだよ」

 茉優ちゃんと顔を見合わせて「ね」と言い合う二人は可愛い。ホテル暮らしで退屈しているのかと思っていたら、二人は二人なりに楽しんでいるようだった。

「北海道のお土産屋さんで買ったチーズケーキ、お母さんに送ってくれるようにやっちゃんが手配してくれたんだよ」
「美歌さん喜んでくれるよ、きっと」

 話しながら和やかに朝ご飯を食べる私と奏歌くん。茉優ちゃんとやっちゃんはあまり喋らないで食べる主義のようだ。大人の男のひとの大きな口でさっさと食べてしまうやっちゃんに茉優ちゃんは付いて行こうと必死だが、食べ終わってもトレイを片付けることなく、やっちゃんはお茶を飲んでゆっくりと茉優ちゃんを待っている。これが二人なりのペースなのだろう。

車折くるまざき神社に行くわよ!」

 食べながら言う百合に、私は聞き返してしまった。

「車折?」

 聞いたことのない神社の名前に戸惑っていると、百合が解説してくれる。

天宇受売命アマノウズメノミコトを祀ってある、芸能の神社なのよ」

 天宇受売命といえば、岩戸に隠れてしまった天照大御神アマテラスオオミカミを出すために踊ったという女神さまで、私たち演劇に関わるものにも通じるところがある。

「先輩たちも一度はお参りしたって話だから、行きましょう!」

 百合に誘われて私は奏歌くんとやっちゃんと茉優ちゃんを見る。私が百合と行動するとなると、奏歌くんとやっちゃんと茉優ちゃんはどうなるのだろう。

「奏歌くんとやっちゃんと茉優ちゃんはどうするの?」
「ついてきてもらうに決まってるでしょう! 私と海瑠だけだったら、絶対に迷子になるわよ!」

 迷子になる宣言を誇らしげな顔でしないでほしい。
 確かに百合と二人では不安だったのでやっちゃんの方を見れば、やっちゃんは仕方なさそうに頷いていた。

「京都観光ができるの?」
「それじゃ、抹茶のかき氷とかソフトクリームも食べられるかな?」
「かき氷とソフトクリームは多すぎるわよ。どっちかにしないと」

 嬉しそうな奏歌くんと茉優ちゃんの会話に和んでいると、やっちゃんも目を細めて聞いているような気がする。やっぱりやっちゃんも茉優ちゃんと奏歌くんに京都観光をさせたいのだろう。
 リハーサルは入っているが、せっかく京都に来たのだから観光にも行きたい。劇団員の気持ちも汲んで、昼過ぎにはリハーサルは終わって、自由時間になる予定だった。

「気合入れてやってくださいね。自由時間が欲しければ、完璧にリハーサルをやり遂げること!」

 演出家の先生に言われて私たちは舞台に立った。
 京都の舞台は私たちの劇団の舞台よりもやや狭い。大道具の配置などに悩みつつも、踊っていると、端の団員から声がかかる。

「舞台袖に入りそうです」
「もうちょっと詰めて……そこ、二列のところを三列にしましょう」

 舞台の広さによってどうしてもダンスの隊列も変わってきてしまう。
 リハーサルで調整できたから良かったが、リハーサルがないままに本番に突入していたら大変なことになっていただろう。
 リハーサルを終えて奏歌くんと茉優ちゃんをホテルに呼びに行こうとしたら、やっちゃんと既に劇場に来ていた。

「劇場を見学したかったから、やっちゃんにお願いしたんだ」
「大人しくしてるなら良いよって言ってくれたんです」

 茉優ちゃんは劇場見学よりもやっちゃんの傍にいられることが嬉しそうだったが、奏歌くんはハニーブラウンのお目目を煌めかせながら劇場を見て回っていたようだ。
 百合も準備をしてやって来て、五人で電車に乗って車折神社を目指す。膝素が強いので日焼け止めを塗って、手袋も着けて、日傘も差していたが、暑さだけはどうにもならない。

「京都は盆地だから冬は寒くて夏は暑いって言うよな。水分補給ちゃんとしろよ」
「やっちゃん、お水なくなっちゃった」
「もう一本買うか? トイレは?」
「平気だよ! もう、そんなの聞かないでよね! そういう年じゃないんだから、自分で行けるよ!」

 小さい頃から奏歌くんを知っているやっちゃんにしてみれば、奏歌くんが可愛くて可愛くて仕方がないだろうし、お手洗いも必要か聞いてしまうくらい奏歌くんのことを心配していても仕方がない。

「お手洗いは絶対大人と一緒に行かないといけないって。お手洗いに変質者が隠れてた事件があったの」

 茉優ちゃんの中学校の生徒で、スーパーでお手洗いに行ったら変質者が隠れていて、大声を上げて助けてもらった事件が起きたのだと言われて、私はやっちゃんの心配がただの過保護ではないことを理解した。

「奏歌くん、お手洗いはやっちゃんと行ってね?」
「僕、男だから平気じゃない?」
「ううん、奏歌くんはとびきり可愛いし、男の子でも最近は危険なのよ」

 真顔で告げると奏歌くんは納得してこくこくと頷いていた。
 やっちゃんが奏歌くんと一緒にいてくれると安心だ。
 電車を降りて神社までの道を歩いていく。途中の「氷」と書いてある小旗を見て奏歌くんがそわそわしているのが分かった。

「帰りに寄ろうね」
「うん!」

 京都は抹茶も美味しいと有名なのだ。
 車折神社の芸能神社の方にお参りに行く。ずらりと並んだ朱塗りの玉垣には様々な芸能人の名前が記されていた。
 朱塗りの屋根の下で参拝して、神社を出ると本殿にもお参りをする。真剣な表情で手を合わせている奏歌くんに倣って、私も手を合わせた。

「海瑠さんがトップスターになれるようにお祈りしたんだ」

 神社から出ると奏歌くんはこっそりと私に教えてくれた。
 帰り道にかき氷の店に寄る。
 白玉団子と餡子とミニソフトクリームのトッピングされたかき氷のメニューを見て奏歌くんは大興奮していた。

「海瑠さん、白玉団子と餡子とソフトクリームが乗ってる! すごく豪華だよ!」
「私もそれにしようかな」
「私も!」

 奏歌くんと私と百合が白玉団子と餡子とミニソフトクリームのトッピングされたかき氷を頼んで、茉優ちゃんが抹茶のシンプルなかき氷を頼む。やっちゃんはコーヒーだけ頼んでいた。
 汗ばんだ夏の暑さに晒された体にかき氷の冷たさが心地よい。しゃくしゃくと食べていると、きーんと頭が痛くなる。

「冷たぁい!」
「海瑠さん、急いで食べたら頭が痛くなるよ」
「でも、溶けちゃう」

 かき氷もソフトクリームも溶けやすいので早く食べなければいけない。
 頭痛と戦いながらも、私はかき氷を完食した。食べ終わると温かいものが欲しくなってコーヒーを頼む。百合もコーヒーを頼んでいた。
 コーヒーにミルクをたっぷり入れて飲んでいると、奏歌くんが覗き込んでくる。

「コーヒーって美味しい?」
「良い香りがするよ?」

 やっちゃんの視線が痛かったけれど奏歌くんに差し出すと、一口飲んでみている。

「あまり苦くないね」
「ミルクたっぷりだからね」

 もう一口奏歌くんが飲もうとすると、さすがにやっちゃんから声がかかった。

「かなくん、ダメだよ?」
「ちょっとくらいいいでしょ?」
「コーヒーはまだダメ」

 篠田家では飲み物に厳しい制約が課せられているようだった。
 ホテルに戻ってシャワーを浴びて、さっぱりとしてホテルのレストランで夕食を食べる。
 明日は昼から公演がある。
 それから、毎日昼公演と夜公演の二回をこなして、九州公演へと移る。
 まだまだツアーの日々は続く。
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