可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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五章 奏歌くんとの五年目

23.春公演とさくらの誕生日

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 26歳のときに百合は『もう26歳』と言われて暗に退団を迫られたことがある。あれからもうすぐ三年。24歳から女役のトップを務めている百合は『伝説の女役』と言われ始めていた。

「26歳のときに辞めろって言ったひとたちを見返したわ。今ではファンの皆様から『いつまでも辞めないで夢を与え続けて欲しい』って言われているのよ」

 当然そのつもりだと胸を張る百合は堂々としている。もう五年近くも女役のトップスターを続けている貫禄があった。

「私は二番手でも楽しいからなぁ」
「海瑠はいつか私の相手役として嫁いでくるのよ」
「尻に敷かれそう」

 話しながら、春公演のリハーサルに向かう。
 春公演は間近に迫っていた。
 奏歌くんの春休みに春公演に招待している。大学に合格したという噂の沙紀ちゃんと一緒に来てくれることだろう。大学祝いを沙紀ちゃんに聞いたのだが「チケットで十分すぎます!」との答えだった。
 私の舞台を応援してくれるひとに公演を見に来てもらいたい。それは私の願いでもある。
 奏歌くんが来る日も私は舞台で歌い踊る。
 華々しく幕を開けた新選組がやがて一番隊長が病で倒れ、衰退して消えていく様子を歴史上の出来事と共に演じて行く。
 病で倒れた一番隊長に別れを告げるシーンでは客席から啜り泣きが聞こえた。
 新選組を離れた私の役が最後に出征した土地で倒れるまでを描いた大作の演目は大成功に終わった。
 奏歌くんも沙紀ちゃんも立ち上がって拍手をしてくれているのが分かる。
 私の役の馴染みの花魁役だった前園さんの手を取って、喜咲さんと百合が踊るのに合わせて二組のデュエットダンスを踊る。デュエットダンスはトップの男役と女役だけだったのが、今回は二組で踊るという異例の演出をしてくれていたが、私の役も主役級ということで認められているのだという気持ちが強く実感できた。
 アンコールに応えてから、舞台袖に入ると汗びっしょりになっていた。
 簡単な反省会の後にはマンションに帰ると奏歌くんと沙紀ちゃんがマンションの近くの公園で待っていてくれた。昼公演だけだったので、晩ご飯までには帰れたのだ。
 近くのカフェに入って三人で食事をする。美歌さんには了承を取っていたので奏歌くんと沙紀ちゃんと食事をすることができた。

「最高の舞台でした」
「沙紀ちゃん、大学はどうなったの?」
「家から通えるデザイン科のある大学にしました。将来は篠田さんみたいに、海瑠さんの劇団で働きたいんです!」

 目を輝かせる沙紀ちゃんは希望に満ちている。将来はやっちゃんのような仕事がしたいと言っているが、やっちゃんの会社に沙紀ちゃんが入るのを想像すると、沙紀ちゃんは絵も上手だし、デザインの能力も優れているだろうから、劇団員としても応援したくなる。

「頑張ってね」
「はい、ありがとうございます!」

 奏歌くんは三月の終わりなので春休みだがまだぎりぎり四年生だった。四月には五年生に進級するだけあって、私と半分ずつにしていた食事も、もう一皿食べられるようになっていた。

「ハヤシライス美味しい」
「ハヤシライスって、カレーとは違うの?」
「違うよ。牛肉と玉ねぎをドミグラスソースで煮込んだものだよ」
「ドミグラスソースって何?」

 私が全然物を知らなくても奏歌くんは馬鹿にしたりしない。

「牛の骨とお野菜のお出汁と小麦粉とバターで作った茶色いソースなんだよ」

 牛の骨とお野菜のお出汁。
 和風のお出汁はいりこや鰹節や昆布でとるが、洋風のお出汁は牛の骨とお野菜で取ると奏歌くんは教えてくれる。
 教えてもらうと、奏歌くんが頼んでいたのでどんなものか分からずに頼んだハヤシライスがますます美味しく感じられた。沙紀ちゃんはドリアを頼んでふうふうと吹き冷ましながら食べている。
 三人で食べ終わると、奏歌くんはリュックサックを背負って私のマンションにやってきた。
 春休みなので私の部屋にお泊りをするのだ。

「茉優ちゃんが入学式には沙紀ちゃんも来て欲しいって言ってたよ」
「日程が合ったら行きたいね」

 卒業式は沙紀ちゃんは受験だったので来られなかったが入学式は大学生になっているので来られるかもしれない。華々しい茉優ちゃんの中学生活の始まりを、姉のように慕っている沙紀ちゃんに祝って欲しい気持ちはよく分かった。
 部屋に戻ると奏歌くんが私にお風呂を譲ってくれる。汗をかいていたし、化粧も舞台用のは落としたけれどまだお出かけ用のは落としていなかったので、奏歌くんに甘えて私は先にお風呂に入らせてもらった。
 バスタブに浸かるとお湯で身体が解されて行くのが分かる。舞台の程よい疲れが私を包み込んでいた。
 お風呂から出ると入れ替わりに奏歌くんが入る。髪を乾かしている間に奏歌くんも出てきて、奏歌くんの髪を乾かそうとするとちょっと照れたような顔になる。

「自分でもできるよ」
「私がしたいの」
「それなら良いよ」

 まだまだ私に髪を乾かさせてくれる奏歌くん。ふわふわのハニーブラウンの髪に触れられるだけで特別感が強い。

「明日は海瑠さんは朝早いのかな?」
「明日は休みだから、奏歌くんの行きたいところに行こう」

 提案するとドライヤーの音の中、奏歌くんが小首を傾げる。

「どこにも行かなくていいよ」
「良いの?」
「海瑠さんとゆっくり過ごしたい」

 どこか特別なところに行きたいわけではなくて、奏歌くんはこういう風に私と一緒に過ごすことを望んでくれることが多い。それは幸せなことなのだと実感する。

「お弁当作って、近くの公園に行こう? 桜がまだちょっと咲いてたよ」

 桜の話題で私は思いだす。

「さくらのお誕生日!」
「あ! そうだ!」

 さくらのお誕生日は三月の終わりで目の前に迫って来ていた。
 もう1歳になるのかと思うと子どもの成長は早い。

「プレゼントどうしよう」
「1歳だからプレゼントはいらないかもしれないけど、会いに行ったら喜ぶかもしれないね」
「美歌さんも誘って?」
「うん、母さんも誘って」

 美歌さんと私と奏歌くんでさくらのお誕生日のお祝いをする。
 それもまた楽しそうだった。
 海香と宙夢さんに連絡して、美歌さんにも連絡すると、さくらのお誕生日会を明日することに決まった。

『安彦は仕事ですけど、茉優ちゃんも行きたがってて』
「茉優ちゃんにも祝ってもらったら喜ぶと思います」

 茉優ちゃんも参加すると言うことで、宙夢さんに連絡をすると快く受け入れてもらえた。
 翌日は美歌さんが車で迎えに来て、奏歌くんと茉優ちゃんと私を乗せて海香と宙夢さんの家に行った。
 よちよちと立って歩いていたさくらが、美歌さんを見つけた瞬間、四つん這いの姿勢になって爆走ハイハイでベビーサークルに突撃してくる。ベビーサークルに掴まり立ちをしてがしゃがしゃと揺らして「みー! みー!」と美歌さんを読んでいるさくらは物凄く意欲的だった。
 さくらを抱き上げた美歌さんにぺちぺちと美歌さんの肩を手で叩いて、さくらが「みー!」と呼ぶ。

「パパやママより先に覚えたのが美歌さんの名前なんて……」
「運命って恐ろしいわ」

 宙夢さんと海香が苦笑していた。
 絶対に抱っこから降りない姿勢のさくらだが、ご飯の準備がされるとそわそわとしてくる。ベビーチェアに座らせて美歌さんが横に座ると、嬉しそうににこにことして手づかみでお昼ご飯を食べ始めた。
 私たちもお昼ご飯を頂いて、宙夢さんお手製のケーキをいただく。

「さくらちゃん、美歌お母さんが大好きなのね」

 微笑ましく見ている茉優ちゃんに奏歌くんも目を細めている。

「むちむちで大きくなったね」

 よく見るとさくらはむちむちとよく肉がついて大きくなっていた。

「食欲旺盛でお代わりがないと怒るんですよ」
「それだけ食べてるからか」

 ほっぺたも丸くて艶々のさくらはよく育っていると思う。
 両手にパウンドケーキを持ってもちゃもちゃと食べるさくらをみんなが暖かく見守っていた。
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