可愛いあの子は男前

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
132 / 394
五章 奏歌くんとの五年目

8.大成功のフランス公演

しおりを挟む
 オペラ座での公演は大成功で新聞にも取り上げられた。

「『エキゾチックな東洋の美と、女性だけの劇団が作り上げる世界最古の物語、源氏物語』ですって」
「百合、フランス語が読めたの!?」
「ううん、携帯で訳した」

 なぜか劇団の公演が休みで、フランスでの唯一の自由時間の日に、百合は私たちのコテージを訪ねて来ていた。早朝からやってきてしっかりと朝ご飯をご馳走になるあたり、とても百合だ。

「朝から甘いパンとコーヒーばかりで辟易してたのよね。やっぱり白いご飯が美味しいわ」

 コテージで私がやっちゃんと奏歌くんと茉優ちゃんにちゃんと食べさせてもらっているのを百合は羨ましく思っていたようだった。食後の紅茶を飲みながら、当然のように聞いてくる。

「今日はどこに行くの?」
「ついてくるつもり?」
「幼馴染でしょ! 良いじゃない」

 今日の休みは百合が一緒になってしまった。
 寒くなるかもしれないので上着を羽織って、茉優ちゃんの行きたがっていたチュイルリー公園まで歩いてすぐだったので、そこにまず行く。マイヨールやロダンの彫刻があるようだが、どれがそれなのか私には分からない。
 やっちゃんが茉優ちゃんに説明しているのもあまり聞かずに私は奏歌くんと手を繋いで秋の公園の散歩を楽しんだ。
 ルーブル美術館の前にはガラス張りのピラミッドのようなものが置かれている。それを見て中に入る。

「装身具が見たいんです」

 茉優ちゃんの要望を第一に考えて、装身具の展示されているスペースを最初に回った。公爵夫人のティアラやブレスレット、ルイ15世の王冠など、実物が展示してあるスペースを茉優ちゃんはじっと見ていた。
 有名なモナリザやナポレオンや自由の女神の絵画などを見て回っていたが、サクサクと見て進む私と、じっくり見る茉優ちゃんとやっちゃんと足並みが揃わない。
 奏歌くんは私のところに来てくれていた。

「モナリザってすごく小さいんだね」
「大きいイメージがあったかも」

 奏歌くんもそれなりには興味はあるようだが、私も百合もざっとしか見ていないようだった。
 茉優ちゃんとやっちゃんが見終わるのを待っていると、お昼近くになった。
 お腹が空いていた私たちはルーヴル美術館の中に入っているパン屋でパンを買う。
 よく分からないが美味しそうなものを選んで買うと、歩きながら食べられるように手で持てる紙袋に入れてくれた。サクサクのパイ生地に果物が乗ったパンを食べながら、次の目的地へ向かう。 
 エッフェル塔を見て、やっちゃんが写真を撮るのに、茉優ちゃんが何か言いたそうにしている。

「やっちゃんも入って。私が撮るから」
「みっちゃんにこのカメラは無理」
「携帯で撮るもん!」

 せっかくフランスに来たのに茉優ちゃんとやっちゃんが一緒に写っている写真が一枚もないなんてもったいない。無理やり二人を並ばせると私は携帯電話で写真を撮った。
 スーパーで残りの日程の買い出しをして、おやつの時間には通りのカフェに入る。

「フランスに来たら、エクレアかサントノレかオペラを食べなきゃ!」
「サントノレって何?」
「実は僕も分からない」

 奏歌くんと百合と席について、茉優ちゃんとやっちゃんは入らなかったので別の席に座って、メニューを見るが何が書いてあるのか分からない。
 奏歌くんがきりっと表情を引き締めて、店員さんに日本語ではっきりと言った。

「エクレアと、サントノレと、オペラをください! 飲み物は紅茶で!」

 店員さんは何か聞き返したようだが、奏歌くんは分かっているようで頷いている。通じたのか通じていないのか、タルトの上に小さなシュークリームが乗ったようなお菓子と、シュー生地にチョコレートを乗せたお菓子と、真っ黒な艶のあるチョコレートのお菓子が来た。
 ちゃんと紅茶も運ばれてきている。

「ダーリン、すごいわ」
「多分、これがサントノレで、こっちがエクレア、これがオペラ」

 タルトの上に小さなシュークリームのようなものとクリームの乗ったものがサントノレで、縦長のシュー生地にチョコレートを乗せたのがエクレアで、真っ黒な艶のあるチョコレートのお菓子がオペラだと奏歌くんは説明してくれる。
 三人で分けて食べると、サントノレは不思議な食感が楽しめて、エクレアは中のカスタードクリームも濃厚で、オペラはチョコレートの味がこれでもかというくらいしっかりしていて、どれも美味しい。
 あっという間に食べて紅茶を飲んでいると、茉優ちゃんとやっちゃんの方も食べ終わったようだった。

「フランスでも日本語、通じるのね」
「気合が大事って、父さんは言ってた」

 奏歌くんは小さい頃に真里さんに海外に何度も連れて行かれていたのだった。その経験がきっちりと活きていた。
 早めにコテージに帰って、休日は終わるはずだったが、百合と別れてコテージに帰る途中でその人物は私たちに接触して来た。

「やっちゃんが海外に来るなんて珍しい」
「真里さん……」
「大丈夫、邪魔する気はないよ。やっちゃんが生きている人間から血を吸うことに慣れてくれたら嬉しいし」

 茉優ちゃんを餌のように言う真里さんに私が茉優ちゃんの前に立てば、その前に奏歌くんが入る。

「父さん、邪魔する気がないなら、どこかへ行って」
「酷いな。僕は奏歌の父親だよ?」

 もうちょっと優しくしてくれてもいいんじゃない?
 奏歌くんとよく似た顔で言われても、今まで真里さんがしてきたことを思うと、そんな気持ちにはとてもなれない。それどころか、美歌さんから聞いた話や奏歌くんから聞いた話を合わせると、できれば真里さんは近付いて欲しくなかった。

「僕に何か隠し事をしてる?」

 じっと奏歌くんを見つめる真里さんの目が赤く光っているような気がして、私は奏歌くんを抱き寄せる。奏歌くんも赤く光る目で真里さんを睨み付けている。

「父さんには関係ないことだよ」
「奏歌に関係あることは、僕に関係あることだよ?」
「僕は父さんの子どもに選んで生まれて来たわけじゃない!」

 宙夢さんの言葉が奏歌くんの心を支えている。
 赤い目で見つめられても奏歌くんが操られるようなことはなかった。

「たくさんいい写真が撮れたから、そのうち纏めて送るね」
「盗撮してたのか!?」
「僕の可愛い妖精さんを撮ってただけだよ」

 奏歌くんを操って情報を聞き出すことを諦めた様子の真里さんは、あっさりと引いて行った。長く息を吐いて奏歌くんが力を抜く。座り込みそうな奏歌くんを私は抱き上げた。

「守ってくれてありがとう。格好良かったよ」
「奏歌くんありがとう」

 私と茉優ちゃんにお礼を言われて奏歌くんは恥ずかしそうにしていた。抱っこされているのが恥ずかしいのかもしれないが、下ろすわけにはいかない。下ろしたら奏歌くんが石畳の上に座り込んでしまう。
 コテージまで奏歌くんを抱っこして連れて帰った私に、やっちゃんが怪訝な顔をしていた。

「何か隠し事があるって……」
「やっちゃんには、美歌さんからそのうちちゃんと話してもらえると思うよ」

 私の口から言うことではないと告げると、やっちゃんは納得したようだった。
 残りの期間も私たちの劇団はオペラ座で公演を続けた。
 毎日お客さんが満員で、立ち見も出て、公演は大盛況だった。
 最終日の公演を終えてコテージに帰ると、シャワーを浴びて荷物を纏める。
 長いようであっという間の二週間だった。
 最終日は奏歌くんとやっちゃんと茉優ちゃんで、ステーキを焼いてジュースで乾杯をした。

「これで終わりだけど、帰りの飛行機がなぁ……」

 明日の早朝の飛行機で私たちはフランスを発つ。
 帰りも十三時間近いフライトが待っていて、やっちゃんは今からそれが不安なようだった。

「安彦さん、私がいるわ」

 フランス公演中に茉優ちゃんはやっちゃんに一度血を分けている。二人の関係はフランスに来て変わったような気がする。
 しっかりとやっちゃんを支えようとする茉優ちゃんの姿に、私はやっちゃんと茉優ちゃんの仲を応援していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

王太子さま、側室さまがご懐妊です

家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。 愛する彼女を妃としたい王太子。 本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。 そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。 あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...