可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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四章 奏歌くんとの四年目

19.奏歌くんと作るお弁当

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 冬休み、それは奏歌くんの小学校が長期のお休みになる期間をいう。
 当然のように奏歌くんは美歌さんにお願いをして、私の部屋に三日間のお泊りを勝ち取って来た。朝早く出勤前に送って来た美歌さんが、お惣菜の入ったエコバッグを渡してくれる。

「本当にうちの子か分からないくらい海瑠さんの部屋がお気に入りで」
「奏歌くんが来てくれるのは嬉しいから、大歓迎です」
「海瑠さんまでそんなこと言って」

 挨拶をしてから奏歌くんと一緒にエレベーターに乗って部屋に行く。朝ご飯を食べたら私も稽古場に行かなければいけないのだが、奏歌くんは家の中で大人しくお留守番をしている約束だった。
 朝ご飯のお弁当に糠漬けを切って、フリーズドライのお味噌汁をお湯で溶かして添えて食べる。
 食べながら奏歌くんがぽつりと呟いた。

「お昼のお弁当が作れないかな?」
「お昼のお弁当?」
「そう。お惣菜を詰めるだけで。海瑠さんの部屋にも冷凍食品を常備しておいたら、それも詰められるよ」

 奏歌くんを置いて仕事に行かなければいけなくなっても、私はお昼は奏歌くんと同じお弁当を食べられる。その提案は非常に魅力的だった。
 朝ご飯のお弁当を食べ終わるとお弁当箱を洗って、新しくお弁当を詰めていく。奏歌くんに卵焼きを焼いてもらって、おにぎりも作ってもらって、私はお惣菜の中からアジの南蛮漬けやラタトゥイユをお弁当箱に詰めて行った。
 二人で作ったお弁当。おにぎりの比率が多い気がするが、奏歌くんの握ったおにぎりは美味しいのでよしとする。最後に糠漬けも切って入れると完成した。
 お弁当箱の蓋を閉めて、ゴムバンドで留める。

「お昼は奏歌くんのことを思いながら食べるね」
「うん、行ってらっしゃい」

 ハグをして送り出してもらって、私は稽古場に行った。
 今日は撮影の仕事が入っている。
 クリスマスの特別公演は一日だけなのでチケットが手に入らなかったり、予定が合わなかったりするファンの方も多い。その方たちのために、DVDも売り出すのだが、その特集として雑誌にインタビューを載せるのだ。
 演じた感想などを華村先輩と百合と喜咲さんと四人で話す。

「クリスマスの特別公演に演目をやるのは初の試みでしたが、ファンの皆様が盛り上げてくださって、素晴らしいものになりました」
「海瑠の役は特に新しい挑戦だったんですよ」

 華村先輩と百合のトップコンビに話を振られて、私は真面目に答える。

「性別がどちらとも言えない役というのは、難しくもありましたが、楽しくもありました。この脚本が性の多様性についても触れているもので、そういう方々にも受け入れられる演技ができていればと思います」

 真剣な私の言葉に、喜咲さんが目を丸くしている。

「海瑠さん、立派になりましたね」
「そうなんですよ、海瑠ったら、ここ数年でますます歌もダンスも良くなってるし、役に対する姿勢も変わって来たんです」

 百合は知っているが、それは奏歌くんと出会ったおかげだった。
 奏歌くんがたくさんのことを教えてくれたからこそ、私は狭い自分だけの中ではなく広い世界に目を向けるようになったし、自己肯定感が高まった。どんなに私が情けなく身の回りのことができない大人であろうとも、奏歌くんは私の舞台への情熱を認めてくれて、できないことを一つ一つ教えてできるようにしてくれている。
 取材の後に食堂に誘う百合に、私は鞄からお弁当箱を取り出した。

「今日は奏歌くんとお揃いのお弁当があるんだからね」
「なにそれ! 羨ましい!」

 引きずられるようにして食堂に連れて行かれて、鯖の味噌煮定食を頼んだ百合に隣に座って弁当箱を開けるように促される。お弁当箱を開けると、半分が海苔に包まれたおにぎり二つで埋まっていて、残りの半分が、アジの南蛮漬けとラタトゥイユと卵焼きと糠漬けで埋まっている。

「アジの南蛮漬け! 美味しそう!」
「取らないでよね!」
「ちょっとくらいいいでしょう?」

 二切れ入っていたアジの南蛮漬けは一切れ百合に奪われてしまった。糠漬けも取って百合がぽりぽりと咀嚼する。

「これがダーリンと話し合いの末に買った糠漬けかぁ。結構いけるわね」
「私のお弁当!」

 悔しかったが百合には勝てず、私は卵焼きだけは絶対に死守することに決めた。

「食に興味のなかった海瑠がお弁当箱を守り通すのって、なんだか、感慨深いわぁ」

 言われて私も奏歌くんに出会う前ならば、仕出し弁当のおかずがどれだけ百合に取られても気にしなかったし、全部食べることもなかっただろうと思い出す。あれから私は大きく変わった。
 お昼ご飯を食べ終わると、専門チャンネルの撮影が入っていた。
 今回の公演のことについて華村先輩と百合と喜咲さんと四人で話す形式の番組だったが、公演前の取材でも話しているし、今日の午前中の取材でも話しているし、話すことは決まって来る。
 クリスマス公演の盛り上がりを語る華村先輩や、遠慮している喜咲さんから話を引き出そうとする百合。話していると、喜咲さんから物凄い発言が出た。

「私の男警官役、絶対海瑠さんの役に惚れてたと思うんですよね」
「え? 百合の役じゃなくて?」
「百合さんの女警官役には憧れを抱いていたけれど、本当の男にしてくれたのは海瑠さんの役だと思います」

 そういう解釈もあるのかと聞いていると、喜咲さんが目をキラキラさせている。

「海瑠さんは二番手歴が長いし、ずっと尊敬して、憧れてたんですよ」
「つまり、喜咲さんは海瑠のお相手役になりたいわけね」
「あ、分かります?」
「よろしい、ならば戦争だ!」

 百合の言葉に華村先輩が吹き出す。

「ちょっと、百合ちゃん、あなたは私のお嫁さんだよ?」
「華村先輩だって、今回の海瑠との絡み、濃厚だったじゃないですか」

 話が妙な方向に行っている気がしたが、それを修正できるだけのトーク力が私にはなかった。
 撮影を終えると百合が送ってくれる。マンションの前に着いたところで奏歌くんを呼び出して、百合の車に乗せた。

「前に行った苺のパフェのお店に、百合も一緒に行きたいんだって」
「今日は僕、ミルフィーユを食べようかな」
「私もミルフィーユにしようかな」

 話しながら百合に運転してもらって、予防接種の後に行った苺のパフェのお店に行く。席に座ると私と奏歌くんがミルフィーユとミルクティー、百合がパフェを頼んだ。
 巨大なパフェがテーブルに運ばれて来るが、百合は大きな口でぱくぱくとそれを食べている。

「百合さん、全部食べられる?」
「私は食べたら運動して調整するタイプなのよ。これくらい平気」

 パフェは中のアイスクリームが溶けてしまうので食べ終わってから、百合は話を切り出した。

「海香さんの結婚式の話なんだけどね、海瑠が海香さんを宙夢さんのところまでエスコートして、奏歌くんが結婚指輪を運んでくれないかって話になっているのよ」

 私に相談しても話が進まないと、海香はクリスマスに百合を呼んだときに結婚式の段取りを決めていたのだろう。妹の私より百合の方が一般常識はあるので、相談相手に選ばれたのだ。

「花嫁をエスコートって父親役だよね?」
「海瑠にはぴったりじゃない」
「奏歌くんは結婚指輪を運ぶの?」

 結婚式というものに津島さんのときにしか出たことがないので知らなかったが、結婚指輪は出席する中でも子どもが運ぶ役割を担うことが多いらしい。奏歌くんは9歳でしっかりしているが、2,3歳の幼児が運ぶこともあるのだと聞いて驚いてしまった。

「身内だけの式だから、奏歌くんにお願いしたいんだって」
「僕、頑張ります」
「リハーサルに今度来てくれないかって言われてるわよ」

 ちなみに百合は進行役として選ばれていると言っていた。
 リハーサルの日時を聞いて私は美歌さんにメッセージを送っておく。今は仕事中だろうが、気付いたら返信をくれるだろう。
 年明けには海香の結婚式がある。それが近付いてきたのだと実感がわいてきた。
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