可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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四章 奏歌くんとの四年目

10.突然の夕食会

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『海瑠ー? 宙夢さんがあんたも交えて食事したいって言ってるんだけど』

 始まりは海香からの一本の電話だった。
 そのとき私は奏歌くんとミルフィーユを食べ終えて、完全に寛ぎの体勢だった。宿題も終えた奏歌くんはハンモックで私の胸に寄りかかってゆったりとしている。お昼寝がしたい年齢ではないが、日々の小学校は疲れるようで奏歌くんはハンモックで私とくっ付いて休みたがることが多々あった。
 それは特に週末に多い。
 明日は私も休みで奏歌くんもお休み。
 お泊りの予定だったので、存分にだらだらするつもりだったのだが、電話の内容に私はハンモックから上半身を起こした。ゆらゆらと私と奏歌くんを乗せたハンモックが揺れる。

「え? い、いつ?」
『明日休みでしょう? 今日、うちに来ない?』
「えぇぇー!」

 若干私の声が嫌そうになってしまったのは仕方がないことだ。折角奏歌くんとの時間を満喫していたのに、海香に呼ばれてしまう。しかも、あまり慣れていない宙夢さんとの食事会だ。
 場所が海香の家なのでまだマシだが、そうでなかったら私は即座に断っていただろう。

『百合ちゃんにも紹介したいのよね。百合ちゃん呼んで、あんたがいないっていうのは、おかしいでしょう』

 海香の言うことも一理ある。
 けれど、今は奏歌くんを預かっていて、今日は奏歌くんはお泊りなのだ。
 奏歌くんも連れて行くとなると美歌さんの許可がいるし、奏歌くんが寝る時間までには帰らなければいけないし、どこかで奏歌くんのお風呂の時間も確保しなければいけない。
 お風呂に入れた後の奏歌くんをもうかなり寒くなっているのに夜に連れまわしたくないと悩んでいると、ぴょこっと奏歌くんも顔を上げた。

「誰から電話?」
「海香。晩ご飯を一緒に食べないかって」

 行きたくない雰囲気が出ていたのだろう、奏歌くんが私の手を取る。

「僕、一緒に行ってあげる」
「え? 遅くなるかもしれないよ?」
「ちょっとくらいは平気。海香さんのお家なんでしょう?」

 電話の声が聞こえていたようだ。申し出てくれる奏歌くんに勇気をもらって私は海香の申し出を了承した。
 通話を切ると早速美歌さんに連絡する。美歌さんも快く奏歌くんを連れて行くことを了承してくれた。
 そうなると、奏歌くんの準備だ。

「お風呂、早いけど入っちゃおうか」
「うん、その方が良いだろうね」

 帰りが何時になるか分からないので、歯磨きをすればすぐに眠れるように奏歌くんは先にお風呂に入っておいた方が良い。出かけるまでの間に少し時間があれば湯冷めもしないだろう。
 私の提案に奏歌くんは素直に頷いてくれる。
 お風呂の用意をして奏歌くんに入ってもらった。髪を濡らして出て来た奏歌くんに丁寧にドライヤーをかける。

「僕、髪洗うの下手くそじゃない? くさくない?」
「臭くないよ。臭くないけど、シャンプーがちゃんと落とせてないかもしれない」

 髪を匂ってみて、もうちょっとすすぎをしっかりするように告げると、奏歌くんはこくこくと頷いていた。髪を乾かし終わると奏歌くんが明日の服に着替える。今日着ていた服は洗濯機に入れて洗ってしまう。

「海瑠さんはお風呂は?」
「私は何時になっても大丈夫だから」
「そっか」

 お化粧もしなければいけないし、できれば帰ってからお風呂に入りたかった私の意向を奏歌くんは理解してくれる。軽くしかしていなかったメイクを出かけられるようにしっかりとし直す。
 奏歌くんと過ごすときはほとんどお化粧はしていないのだが、海香の婚約者と会うのならばちゃんとしないといけない。
 スーツに着替えた私に奏歌くんは自分が普段着なのを気にしているようだった。

「僕、これでいいかな? 服取ってきた方が良い?」
「良いよ。奏歌くんは何を着てても可愛いから」
「もう、可愛いじゃなくてカッコいいって言われたいんだけどな」

 ほっぺたを膨らませるのも可愛くて、私は奏歌くんの頬を突いていた。
 時間までに奏歌くんはリュックサックに水筒を入れて準備をして、私もバッグを持って玄関を出る。エレベーターで降りて呼んでおいたタクシーに乗り込んだ。
 タクシーで海香の家まで行くと、百合の車が車庫に停まっていた。

「百合さんも一緒なんだ」
「そう。百合と私は小さい頃からずっと一緒だったから、姉妹みたいなものなの」

 歌とダンスの教室で出会った百合は、本当に幼い頃からの幼馴染である。同じ歌劇の専門学校に受かったときは二人で抱き合って喜んだ。歌劇の専門学校も、カリキュラムが歌とダンスがあっただけでなく、百合と一緒だったからこそ卒業できたのだ。
 私にとっては一番の親友の百合。同じ歌とダンスの教室に通っていた海香を姉のように慕っていた。

「いらっしゃい、海瑠」
「百合に言われるのは微妙だな。ここ、私の家でもあったんだけど」
「私も何度も遊びに来てるし」

 そうなのだ。
 百合にとってもこの家は何度も遊びに来ている実家のようなものだった。両親との関係が微妙で百合は小さい頃から私の家に入り浸っていた。海香も私も百合のことは大好きだったので、特に気にしたこともなく、百合は私たちの姉妹のようだった。

「ダーリンがいないとダメになっちゃって」
「そうよ。奏歌くんがいてくれたら頼もしいんだから!」

 軽口をたたき合いながら私は海香の家に上がった。
 海香はソファで休んでいて、宙夢さんがキッチンに立って食事の用意をしている。二人はもう一緒に暮らしているのだろうか。

「海瑠さん、百合さん、苦手なものとかありますか?」
「特にないと思う……奏歌くん、私、苦手なものあったっけ?」
「ないんじゃないかな」

 自分では確証が持てないので奏歌くんに確認する私に、宙夢さんも海香も笑っていた。
 それぞれのお皿に分けられて出てくる料理はお店のようだ。
 席に着くと奏歌くんが説明してくれる。

「これはタコのカルパッチョ。カルパッチョっていうのは、洋風のお刺身のこと。オリーブオイルと塩コショウとレモンで味付けされてることが多いよ」
「僕が説明しなくてもいいね」
「海瑠さんには、僕が説明するから大丈夫です」

 頼りになる奏歌くんの言葉に胸がときめく。
 続いてのシチューもしっかりと見極めて奏歌くんが説明してくれる。

「これは、テールシチュー。テールっていうのは、牛の尻尾の部分。真ん中に骨があるから気を付けて食べてね」
「すごいわ、ダーリン。見ただけで分かるのね」
「やっちゃん……叔父さんが作ってくれたことがあるから。宙夢さん、すごいですね。テールは脂をとったり、下処理が大変って叔父さんが言ってました」

 宙夢さんを褒めるところまで忘れない気配り屋の奏歌くん。
 なんて格好いいんだろう。

「ありがとう。僕、料理を作るのが好きなんだ」
「お魚、さばけますか?」
「小さいのなら捌けるよ。大きいのは値段的に一匹買うのは手が出ないからね」

 奏歌くんと宙夢さんで話が弾んでいる。私と百合は食べながら頷いていれば良かった。

「これからは私がしっかり稼いで、魚の一匹や二匹、軽く買えるようにしてあげるわ」
「海香さん、頼もしい」

 誇らしげな顔だが海香はあまり食欲がないようだ。料理にあまり手を付けていない。悪阻が酷いのかもしれない。

「宙夢さんの職業はなんですか?」

 私も聞いていなかったことに百合が切り込んだ。問われて宙夢さんが笑顔で答える。

「薬局勤務の薬剤師です」

 薬剤師!
 宙夢さんも医療従事者だった。

「僕の母さん、看護師です」
「そうなんだ。病院の看護師さんは大変だよね」
「夜勤があったりして、前は寂しかったけど、今は海瑠さんの部屋に泊まれるし、茉優ちゃんもいるし」

 奏歌くんの言葉に宙夢さんが首を傾げる。

「奏歌くん、妹がいるのかな?」
「いいえ、茉優ちゃんは……ちょっと事情があって、うちで引き取ってる、僕より年上のお姉さんです」

 説明をする奏歌くんに私の中で一つの考えが浮かんでいた。
 私が奏歌くんと将来結婚するということは、美歌さんややっちゃんが家族になるということだ。やっちゃんの運命のひとは茉優ちゃんなのだし、既に奏歌くんと一緒に暮らしているから奏歌くんの家族に違いない。

「海香、宙夢さん、やっちゃんと茉優ちゃんを結婚式に呼ぶことはできませんか?」

 家族になるのに、やっちゃんと茉優ちゃんだけを外すのは私には違和感があった。海香も言われて気付いたようだった。

「美歌さんの弟と、美歌さんが引き取ってる子よね。もちろん、良いわよ。良いわよね、宙夢さん」
「僕は海香さんが良ければいいよ」

 やっちゃんと茉優ちゃんも家族として宙夢さんに紹介することができる。
 茉優ちゃんの名前を出してくれた奏歌くんに私は感謝した。
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