可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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四章 奏歌くんとの四年目

8.顔合わせのアフタヌーンティー

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 マダム・ローズのお店に行くと、奥に通されて歓迎された。お茶とお茶菓子が出されて、まるでサロンのようだ。

「今回は海瑠さんの大事な奏歌さんのお洋服ということで」
「僕、大きくなると思うから、大きめに作ってください」
「大きめに作ると、見た目が良くないから、裾や袖を伸ばせるようにしましょうね。胴はダーツを入れて、体形が変わったら補正できるようにします」

 服のことは全く分からないのでマダム・ローズにお任せする。色や形は奏歌くんが選んでいた。

「最短で何日でできますか?」
「そんなに急ぎたくないんですが、お急ぎだったら一週間で」

 それならば顔合わせの日に間に合いそうだ。
 奏歌くんは試着室で採寸してもらって、注文を入れてカードで支払って、奏歌くんとマンションに戻った。
 顔合わせの日は秋公演が終わった後だった。秋公演が終わらないと私は土日に休みを取れないし、奏歌くんを長時間連れ回すことができない。
 出来上がったセーラー襟の紺のシャツとハーフパンツを奏歌くんは着て、私は黒のスーツで指定されたホテルまで行った。ホテルのレストランでアフタヌーンティーを楽しみつつ顔合わせをする予定だった。
 顔合わせに来たのは中肉中背の眼鏡をかけたひとの良さそうな男性だった。

「初めまして、葛木くずき宙夢ひろむといいます」
「海香の妹の瀬川海瑠です。こっちが婚約者の篠田奏歌くんです」
「篠田奏歌です。よろしくお願いします」

 人懐っこい笑みを浮かべている宙夢さんにちょっと安心しつつ私は頭を下げてから席に着いた。アフタヌーンティーのタワーのような三段のお皿が運ばれて来る。

「海瑠さん、すごいよ! 僕、こんなに食べられないかも」
「どうやって食べれば良いのかな」

 そびえ立つアフタヌーンティーのお皿に驚いていると、海香が教えてくれる。

「二人ずつだから、海瑠と奏歌くんで一緒にどうぞ。そのトングで取り分けたらいいわよ」

 教えてもらってトングで取り分けてくれようと奏歌くんがするのだが、タワーまで手が届かないし、椅子から降りたらテーブルが高くて取り分けることができない。

「私がする」
「海瑠さん、ありがとう」

 ぎこちなくトングを持った私が全部取り分けてしまおうとするのを、奏歌くんが止める。

「お皿に山盛りになっちゃう」
「そっか。それじゃ、欲しいのを言って」
「サンドイッチから食べたいかな」

 サンドイッチの乗ったお皿とスコーンとジャムの乗ったお皿と、ケーキの乗ったお皿の三段階に分かれているタワーのようなアフタヌーンティー。すっかりとそれに気を取られていたが、今日は顔合わせなのだった。
 宙夢さんと話をしようとしても、初対面なので緊張するし、何を言っていいか分からない。

「海香さん、赤ちゃんが生まれるの?」
「そうなの。それで、来年の始めには結婚式をしようと思ってるんだ」
「ご挨拶がこんな急になってしまってすみません」

 恐縮している宙夢さんは、私が奏歌くんを婚約者と紹介したことに関してなんの疑問も持っていないようだった。まだ9歳の奏歌くんが27歳の私と婚約していることをおかしくは思わないのだろうか。

「海香、奏歌くんのこと、先に説明した?」
「してないわよ。大丈夫、宙夢さんは大らかなひとだから」

 笑顔の海香はいつもよりも表情が柔らかい気がする。宙夢さんに取り分けてもらって海香は目を細めている。

「海香さん、気持ち悪くない?」
「今は平気」

 海香の体調を気遣う宙夢さんの表情も優しい。

「宙夢さんはお幾つなんですか?」

 思い切って聞いてみると答えはすぐに帰って来た。

「26歳です」
「え!?」

 なんと、宙夢さんは私よりも年下だった。

「海香、犯罪じゃない?」
「あんたにだけは言われたくないわよ」

 反射的に口から出た言葉に、海香が吹き出す。横を見れば9歳の奏歌くんが凛々しく表情を引き締めている。

「僕と海瑠さんは運命だから、犯罪じゃないです」
「そうだったわね。ごめんなさい」
「奏歌くんは、人間じゃないですよね?」

 何も話していないようだが、宙夢さんは奏歌くんが人間ではないことに気付いているようだった。

「人間とは違う匂いがします」
「僕、吸血鬼なんです」
「僕は犬の獣人です。義理の兄として仲良くしてくださいね」

 お互いに正体を言い合ってもいい雰囲気で私も緊張が解けて来た。
 アフタヌーンティーを楽しんで、お腹がいっぱいになって顔合わせは終わった。

「結婚式は身内だけで小ぢんまりとやる予定だから」
「奏歌くんは出ても良いの?」
「出ないと海瑠が落ち着かないでしょう」

 奏歌くんと美歌さんは出席者に入っていると海香から聞いて、私は安堵していた。
 家まで奏歌くんを送って行くと、美歌さんが待ち構えていた。顔合わせのことを詳しく聞きたくて休みを取っていたようなのだ。

「どうだったんですか、海香先輩のお相手」
「優しそうなひとでしたよ」
「何をしている方なんですか?」

 美歌さんに問いかけられて、私はきょとんと眼を丸くしてしまった。
 普通の顔合わせでは相手の職業とか、これからどこに住むのかとかを聞くのかもしれない。そういうことは全く頭になかった。

「わ、分からないです」
「お幾つの方でした?」
「26歳って言ってました」

 私よりも美歌さんよりも年下の男性。
 後は正体が犬の獣人だということくらいしか分かっていない。

「先輩が結婚か……ちょっと羨ましいです」

 呟く美歌さんは真里さんとは婚姻関係にない。お互いに納得してその状態になって、奏歌くんを産んだのだろうが、一人が寂しいときもあるのだろう。
 幸運にも私は奏歌くんという運命のひとと出会えたし、やっちゃんも茉優ちゃんという運命のひとと出会えている。吸血鬼にとっては運命のひとがとても大切だから、出会えていない真里さんがやっちゃんに妙な執着を見せて嫉妬したり、出会えていない美歌さんが寂しさを感じたりすることもあるのかもしれない。
 真里さんには同情する気は全くないけれど、そんな真里さんを伴侶として選んだ美歌さんには同情してしまう。もしかすると伴侶ではないのかもしれないが、真里さんが奏歌くんの父親であることには変わりない。

「あれ以降、真里さんは大丈夫ですか?」

 聞いておきたかったことなので美歌さんに問えば、くすりと笑われた。

「よっぽど懲りたんでしょうね。日本にいるはずなのに、寄り付きませんよ」

 奏歌くんの傍にも出現していないのだと言われて私は安心した。私や奏歌くんはまだ身を守る方法があるが、茉優ちゃんは完全に無防備な普通の人間の女の子だ。

「沙紀ちゃん、茉優ちゃんのこと気に入って、遊びに来てくれてるんです」
「それは大きな抑止力になりますね」

 沙紀ちゃんが頻繁に家に来ているのならば、真里さんは篠田家には近寄れないだろう。
 安心したところで、奏歌くんが私の手を握った。

「海瑠さん、神様だって本当?」
「え?」

 突然何の話かと聞いてみれば、奏歌くんは美歌さん経由で海香の話を聞いたらしい。

「猫ちゃんはエジプトの神様なんだって、海香さんが言ってたんでしょう?」
「そうだけど、ここは日本だし」
「海瑠さんにも沙紀ちゃんみたいな神様の加護があったら、心配ないかなって思ったんだ」

 沙紀ちゃんは無意識にお稲荷さんとして守られている。
 そんな加護が私にもあるのだろうか。
 エジプトの神を携帯電話で調べてみると、猫の頭の神様が出てくる。

「バステト……ファラオの守護者で、人間を病気や悪霊から守る女神……音楽や踊りを好む? あれ? 私っぽい」

 説明を読んでいくと多産や性愛を司ると書いてあるが、それは奏歌くんの手前割愛する。音楽や踊りを好むのならば、確かに私が加護を受けていてもおかしくはない神様だった。

「海瑠さんは、バステトなんじゃない?」
「エジプトだよ?」

 それに猫の神様になる前は雌のライオンの神様だったと聞いて、ちょっと嫌な感じがした。私はライオンではない。海香は豹と言い張るけど、豹でもない。可愛い子猫ちゃんなのだ。

「悪い感じはしないけど」
「この神様が海瑠さんを守ってくれてるといいね」

 無邪気に微笑む奏歌くんが言うと、そうかもしれないと思ってしまう現金な私だった。
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