可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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四章 奏歌くんとの四年目

4.沙紀ちゃんのパッション

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 醜さゆえに迫害されてオペラ座の地下に住み着いた怪人。マスクで顔を隠し、若い歌姫を地下に招いて歌を教える。歌姫は怪人を慕うが、マスクを外した姿を見て怯えて逃げてしまう。
 歌姫を成功させつつも、歌姫が手に入らない苦悩に狂っていく怪人。殺人に手を染めていくその姿を私が演じる。
 演目がそれぞれ違うので稽古場の部屋は違うが、百合とは食堂で会う毎日だった。
 沙紀ちゃんの作った本を百合に見せると、華村先輩も覗き込む。前園さんもやって来て、私の周囲は華やかに賑やかになった。

「主人公と貴族のカップリングなんだ」
「見て見て、ホテルマンの子どもに生まれ変わった貴族と、社長秘書の子どもに生まれ変わった主人公が、再び巡り合うんだって」
「凄い壮大なストーリーだね」

 華村先輩も、百合も、前園さんもこういうのが嫌いではないみたいで笑いながら読んでいる。私にはさっぱり分からなかったけれど、沙紀ちゃんが描いていたのは私が秋公演で出演した演目のアフターストーリーのようだった。
 死の病に侵された主人公は一緒にホテルを出た社長秘書の子どもとして生まれ変わり、社長秘書を助けようとして強盗にされて殺された貴族の怪盗はホテルマンの子どもとして生まれ変わる。
 悪いストーリーではないのだが、どうしてどちらも男の子なのだろう。
 私の役と退団した橘先輩の役が男だったからだろうか。

「この子、物凄く絵が上手いのね。高校生なんでしょう?」
「うん、沙紀ちゃんは高校生だよ」
「凄い情熱を感じるし、才能あるわぁ」

 絵のうまさもよく分からないが、沙紀ちゃんの漫画は素人の私から見ても上手だという気がする。将来は漫画や絵で食べて行きたいのだろうか。その辺も沙紀ちゃんに聞いてみたいような気はした。

「ファンクラブにも入ってくれたの」
「海瑠の大ファンなのね」

 百合はその漫画の本を返してくれて、うっとりとしていた。私にはよく分からなかったが百合の心には響くストーリーだったようだ。華村先輩も前園さんもくすくすと笑っている。

「今回は私は海瑠ちゃんを振っちゃうからな」
「前園さんに振られちゃいますもんね」

 秋公演の演目では、若き歌姫である前園さんを若い貴族に奪われて狂う怪人を演じなければいけない。このストーリーにも沙紀ちゃんは何か感じ取って漫画を描くのだろうか。
 全然理解はできないが、漫画を描くくらい心に響くストーリーであるというのは誇っても良いのかもしれない。

「そういえば、海香さんの脚本、クリスマスの特別公演に通りそうなんだって」
「え? 海香、何か妙なの書いたの?」

 普段はクリスマスの特別公演には、その年にやった公演を中心に過去の公演の場面を切り取って歌やダンスを披露するのだが、今回は短めのストーリー性のあるものを試しにやってみようという話にはなっていた。
 修羅場でぼろぼろになりながら海香が書いていたのは知っているが、それがどういう内容なのかはまだ知らされていない。

「海瑠も知らないんだ。それじゃ、黙っとこう」
「えー! 百合、教えてよ!」
「海瑠、びっくりしちゃうかも」

 思わせぶりな態度の百合に私はお預けを食らってしまった。
 夏休みが終われば秋公演が始まってしまうので、昼食の休憩を終えると百合とは別れて前園さんと稽古部屋に行く。ダンスの振り付けもほぼ決まっていて、男役で踊る群舞も私がリードすることになっていた。

「海瑠さん、来てくれて良かったー!」
「どうしたの?」
「海瑠さんいないと、ダンスの位置が分からなくなるんですよー!」

 男役の同僚たちに囲まれて私は苦笑する。先日奏歌くんと茉優ちゃんとやっちゃんとプールに行くために休んだ日には、群舞が乱れて演出家の先生にこってりと叱られたらしい。

「私いなくても、練習で身体に覚え込ませなきゃ」
「それはそうなんですけど」

 苦笑しながら私は群舞に混じって踊り始めた。
 夏休みは奏歌くんはかなりの頻度でお泊りに来てくれていた。

「家に茉優ちゃんと二人でいるのと、海瑠さんの部屋で一人でいるのと、ほとんど変わらないよ。海瑠さんの部屋に行ってもいいでしょ? 僕、ちゃんと大人しく待っておけるよ」

 普段から態度の良い奏歌くんは美歌さんにもやっちゃんにも信頼されている。小学三年生にもなっていたし、私の部屋には奏歌くんは6歳のときから泊まっているので、部屋の使い方も分かっていた。

「火は一人のときには使わないこと。お湯も使っちゃダメ。食器やガラス類を割ったら、そのままにして離れておくこと……それから、何があるかしら」
「かなくんだから、大丈夫とは思うけど」

 大量のお惣菜と一緒に送られてきた奏歌くんが私の部屋で待っていてくれる。それは本当に幸せだった。

「海瑠、もう帰るの?」
「奏歌くんが待ってるんだもん」
「ダーリンとついに同棲を始めたの!? 早くない?」

 稽古が終わる時間が同じで車で帰る百合にマンションまで送ってもらう。私の言葉に驚く百合に、私は説明する。

「同棲じゃなくて、夏休みだからお泊りしてるだけよ」
「いいわねー。愛するダーリンが帰ったら迎えてくれるなんて」
「もう、最高!」

 喜びを隠すことなく私は百合に言っていた。
 マンションの前で下ろしてもらって百合に挨拶をしていると、沙紀ちゃんが駆けて来る。私の帰りを待っていたのかもしれない。

「車の中、百合さんですか!?」
「あ、あなたが沙紀ちゃんね! 漫画読ませてもらったわ! 素晴らしいパッションだった!」
「ありがとうございます!」

 深々と頭を下げる沙紀ちゃんはほっぺたが真っ赤だった。暑い中長時間待っていたのかもしれない。
 熱中症になるといけないから、私は沙紀ちゃんを誘ってみた。

「うちでちょっとだけ涼んでいく?」
「え!? 海瑠さんのお部屋に入っていいんですか?」

 最初は誰も縄張りに入れたくなくて、奏歌くんと出会ってからは奏歌くんだけ平気で、そのうちに奏歌くんの家族だからやっちゃんと茉優ちゃんも部屋に入れても大丈夫かもしれないと思い始めた私。沙紀ちゃんも奏歌くんの友達だし、熱中症になっては危ないので冷たいものでも飲むくらいはいいのではないかと思えるようになった。
 エレベーターに乗って玄関を潜ると奏歌くんが飛び付いてくる。
 水色のストライプのエプロンを着けていてとても可愛い。

「お帰りなさい、海瑠さん」
「ただいま、奏歌くん」

 ぎゅっと抱き締め合っていると、奏歌くんが沙紀ちゃんに気付いて頬を赤く染める。

「うわっ! あ、えっと……」
「気にしないで。私、奏歌くんと海瑠さんのことも応援してるから」
「き、気にするー! もう、海瑠さん、お客様がいるときは言ってよ!」

 沙紀ちゃんに気付かずにハグをしてしまったことが恥ずかしかったようで奏歌くんは慌てて離れて行ってしまった。ちょっと寂しかったけれど、沙紀ちゃんには麦茶を出しておく。

「あー生き返るー!」

 冷たい麦茶を一気に飲んで沙紀ちゃんは大きく息をついた。

「何か用だったのかな?」

 奏歌くんが問いかけると、沙紀ちゃんは「そうだった!」と話し始めた。

「先日の奏歌くんに似た男のひと、また現れたんですよ」
「え!? 父さんが!?」

 沙紀ちゃんが人間ではないことを嗅ぎつけて真里さんは狙いを定めているのかもしれない。奏歌くんと沙紀ちゃんが話しているところをどこかで見られたかもしれないし、息子の友人だから遠慮するとかではなく、逆に狙ってくるような性格の悪さが真里さんにはあった。

「何もされなかった?」

 心配そうな奏歌くんに沙紀ちゃんは首を傾げている。

「カメラを構えてるから、おかしいなって思ったんですけど、私が近付いたら、走って来た子どもにぶつかられて転んで『カメラに傷が!?』って叫んでました」

 どうやら沙紀ちゃんに実害はなかったようだ。
 それどころか真里さんの方に害があった。
 さすがお稲荷さんは曰くつきの神様だった。

「父さんのカメラに傷が付くなんて、自業自得だね。きっと沙紀ちゃんのこと、とうさつしようとしてたんだよ。沙紀ちゃん、気を付けて」

 盗撮しようとしたら子どもにぶつかられて転んでカメラに傷が付く。なかなかお稲荷さんの御利益もすごいものである。
 この調子でずっと沙紀ちゃんが守られて、真里さんに神罰が下りますように。
 祈る私だった。
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