可愛いあの子は男前

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
91 / 394
三章 奏歌くんとの三年目

27.奏歌くんの誕生日のために

しおりを挟む
 奏歌くんのお誕生日に私は一念発起していた。
 去年も今年も奏歌くんは私のお誕生日にスペシャルディナーを作ってくれた。去年は手巻き寿司とサーモンのマリネのサラダ、今年はチーズフォンデュ。どちらも忘れられない味になっている。
 小学校二年生と小学校三年生の奏歌くんにできたのだ。
 私にだってできるのではないだろうか。
 今年の奏歌くんの特別ディナーショーは私のお手製の晩御飯でと気合を入れて、やっちゃんの部屋を訪ねた。
 訪ねることは言っていたがやっちゃんは奏歌くんも茉優ちゃんもいないことに驚いていた。
 やっちゃんの部屋はマンションの二階で階段で上がれる場所にある。角部屋で配管の問題で部屋が少し狭いために安く買えたのだと言っていた。
 マンションを持っているやっちゃんも私と同じ自分の家持ちなのだと勇んで訪ねたやっちゃんの部屋はリビングと寝室があるだけの小ぢんまりとした場所だった。

「えーっと、お邪魔します」
「かなくんは?」
「奏歌くんに内緒で教えてほしいことがあるのよ!」

 詰め寄るとやっちゃんは居心地が悪そうにじりじりと下がっていく。

「二人きりっていうのは……」
「やっちゃんと私は親友じゃないの?」
「あぁ、あんた、そういう感じだから男運が悪かったんだな」

 妙な納得のされ方をしてしまった。
 解せない。
 私がむっとしている間に、やっちゃんは茉優ちゃんに連絡をして部屋に来てもらっていた。茉優ちゃんはやっちゃんの部屋に来慣れているのか、リュックサックを背負ってすぐにやって来た。

「お部屋で遊んでるだけで良いの?」
「うん、茉優ちゃん、頼む」

 どうして茉優ちゃんを呼ばなければいけないか分からない私に、茉優ちゃんが丁寧に教えてくれる。

「妙齢の男女が二人きりだと良くないって安彦さんは考えてくれる、紳士なんです」

 やっちゃんは紳士だった!
 これは奏歌くんも紳士になる可能性が高いということだ。

「何を教えてほしいんだ?」
「パーティーの料理とケーキの作り方」
「料理って具体的には?」

 問いかけられて私は言葉に詰まってしまった。
 具体的な料理の名前など出て来ない。奏歌くんが一緒にいてくれたら、色んなお料理の名前を次々教えてくれるのだろうが、私一人では思い付く料理がない。

「て、手巻き寿司とか!」
「まぁ、その辺が初心者には妥当だろうな」

 去年奏歌くんが私の誕生日に準備してくれた手巻き寿司を口に出すとやっちゃんは納得してくれた。

「基本的に刺身を買って、ご飯を炊いて、海苔を用意しておくだけ」
「奏歌くんはサーモンのマリネのサラダも作ってくれたし、卵焼きも、キュウリも、沢庵も、山芋と梅肉も、用意してくれたよ」
「キュウリと沢庵は切るだけだ。山芋はかぶれることがあるから手袋をつけて皮を剥いて切るだけで、梅肉は梅干の種を取って潰すだけ」

 説明してくれるが、それだけでもハードルが高い気がしてくる。

「切るだけって、どう切るの?」
「いや、どう切るのって、普通に」
「大きさとか、形とか」
「手巻き寿司で巻けるくらいの大きさと形だよ」

 手巻き寿司で巻けるくらいの大きさと形と言われてもピンとこない私のために、やっちゃんは冷蔵庫からキュウリを取り出して切ってくれた。短冊切りという細長い形に切られたキュウリを示されて、私も切ってみる。

「キュウリが転がって手から逃げちゃう!」
「押さえるんだよ」
「手が切れる!」
「手は猫の手!」

 糠床に漬けるために野菜を大きめに切ることはできていたが、私は小さく切るのは初めてで悪戦苦闘した。なんとか切ってみたが不揃いで大きさもまちまちだ。

「た、食べられるから、問題ない」
「そうね!」

 いつも私には厳しめのやっちゃんがフォローに入るくらい私の包丁さばきは酷いものだった。それでも投げ出さずにやっちゃんは私に教えてくれる。

「だし巻き卵は難易度が高いから、スクランブルエッグっぽいのにしよう」
「奏歌くんはだし巻き卵を切ってくれたよ?」
「味は同じ!」

 卵に塩とお砂糖で味付けをして出汁を入れて、片栗粉を少し入れるのが篠田家のコツなのだと奏歌くんは言っていた。指示通りに卵液を作ってフライパンの上で崩しながら焼いていく。

「私、卵を焼いてる……」
「スクランブルエッグだけどな!」

 巻けば同じだと言われたので焼いてみたが、焦がさずに焼くのは難しかった。あまり小さな塊になってしまわないようにやっちゃんが止めてくれて、お皿の上に置く。
 これで卵の問題も解決した。

「イクラ! 去年はやっちゃんと美歌さんがイクラをひと瓶くれたよね」
「あぁ、誕生日だって聞いたからな。かなくんもイクラは好きだし」
「嬉しかったぁ。ありがとう。イクラは買えばいい?」
「買って冷蔵庫に入れておけばいい。長期保存するつもりなら、冷凍庫」

 細かく教えてくれるやっちゃんの姿に奏歌くんが重なる。
 こんな風に小さな頃から教えてもらっていたから、奏歌くんも色んなお料理について説明ができるようになったのだろうか。私の知らない奏歌くんの成長過程の一部に触れたようで少し嬉しくなった。
 最後はケーキの作り方だった。
 山芋の切り方も練習しておきたかったが「あんたの包丁さばきだったら、手の方が切れる」と山芋は諦めさせられたのだ。山芋を梅肉と巻いたのは美味しかっただけに残念だった。同じくアボカドをサーモンと巻く案についても却下された。

「自分のできる範囲でしてくれ」

 ワーキャットだから傷の治りは早いのだけれど、怪我をしたら奏歌くんが悲しむと言われてしまうと仕方がない。
 ケーキはやっちゃんがレシピを調べて簡単なものを教えてくれた。
 クリームチーズとヨーグルトと卵と小麦粉とお砂糖を混ぜて、トースターで焼く、ベイクドチーズケーキだ。トースターはうちにもあるので作ることができる。
 最後に上にお砂糖をかけてもう一度焼くと、上にお砂糖の膜ができてカリカリになる。

「おいしい! 海瑠さんが作ったんですか?」
「やっちゃんに教えてもらってね」
「奏歌くん、喜ぶと思いますよ」

 茉優ちゃんのおやつに味見してもらって褒められて、私は上機嫌だった。
 実践で作り上げたものを全部やっちゃんにつきっきりで見てもらって、メモしていく。キュウリの切り方、沢庵の切り方、イクラの保存の仕方、お刺身の新鮮なものの見極め方。スクランブルエッグは味付けを卵一個につきどれだけのお塩とお砂糖とお出汁を入れるかを細かくメモしていく。
 最後にケーキの分量は特に詳しく書いていたのだが、私はそのときになってやっちゃんにごく初歩的な質問をしていた。

「ベイクドチーズケーキを入れて焼くお皿は、どれでも良いの?」
「そこからか……」

 なぜかやっちゃんに頭を抱えられてしまった。

「みっちゃんの家には耐熱皿がないのか?」
「分からない……どのお皿が耐熱皿なの?」
「えぇっと……」

 説明は難しいようでやっちゃんが困っている。そこに茉優ちゃんが立ち上がった。

「安彦さん、お店で教えてあげたらどうかな?」
「そうだな、それが一番簡単だろうな」

 やっちゃんに車を出してもらって私は食器や家具の売っているお店に連れて来られていた。茉優ちゃんとやっちゃんに導かれて、耐熱皿のコーナーに行く。ガラスの容器が多いけれど、陶器の容器もある。
 可愛い陶器のお鍋のようなお皿には、ココット皿と書いてあった。蓋もあってカラフルで水色と薄紫のパステルカラーがある。

「これが欲しい。買ってきていい?」

 二人に断ってから私は水色と薄紫のココット皿をレジに持って行った。
 これで準備は万端だ。

「やっちゃん、茉優ちゃん、本当にありがとうございました」

 深々と頭を下げると、やっちゃんがしみじみと呟く。

「みっちゃんが料理がしたいなんて言うとはな」

 奏歌くんと出会う前ならば料理の仕方どころか、食べることにすら私は興味がなかった。それが今はやっちゃんに習ってまで奏歌くんとの特別なディナーを作りたいと思っている。

「誕生日当日は、篠田家にお邪魔します」

 よろしくお願いしますと頭を下げると、茉優ちゃんがにこにこしている。

「奏歌くんのお誕生日、一緒に祝いましょうね」
「うん、よろしくね」

 お誕生日プレゼントは奏歌くんのための特別なディナーショー。ディナーは手巻き寿司で、それも私が作るのだ。
 その上にケーキまで作ったら奏歌くんはどんな顔をするだろう。
 想像するだけで私はうきうきとしていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

高嶺の花の高嶺さんに好かれまして。

桜庭かなめ
恋愛
 高校1年生の低田悠真のクラスには『高嶺の花』と呼ばれるほどの人気がある高嶺結衣という女子生徒がいる。容姿端麗、頭脳明晰、品行方正な高嶺さんは男女問わずに告白されているが全て振っていた。彼女には好きな人がいるらしい。  ゴールデンウィーク明け。放課後にハンカチを落としたことに気付いた悠真は教室に戻ると、自分のハンカチの匂いを嗅いで悶える高嶺さんを見つける。その場で、悠真は高嶺さんに好きだと告白されるが、付き合いたいと思うほど好きではないという理由で振る。  しかし、高嶺さんも諦めない。悠真に恋人も好きな人もいないと知り、 「絶対、私に惚れさせてみせるからね!」  と高らかに宣言したのだ。この告白をきっかけに、悠真は高嶺さんと友達になり、高校生活が変化し始めていく。  大好きなおかずを作ってきてくれたり、バイト先に来てくれたり、放課後デートをしたり、朝起きたら笑顔で見つめられていたり。高嶺の花の高嶺さんとの甘くてドキドキな青春学園ラブコメディ!  ※2学期編3が完結しました!(2024.11.13)  ※お気に入り登録や感想、いいねなどお待ちしております。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

処理中です...