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番外編
ぼくのおじさん
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ぼくの家には父さんがいない。
父さんというそんざいがないわけじゃないのだけれど、父さんと母さんはけっこんしていなくて、父さんは自由にかいがいをとびまわって、しゃしんをとってくらしている。
こてんや、しゃしんしゅうの売り出しのときには、父さんは日本にかえって来るけれど、それいがいではぼくの前にかおを出さない。
かおを出しても、ぼくのいやがることばかりする。
ぼくのことを「ようせいさん」と呼んでねこかわいがりしたり、ぼくのしゃしんをかくれてとったり、ぼくをかいがいに連れて行ってほうちして他のひととあそんでいたりする父さんが、ぼくは正直好きになれなかった。
母さんはかんごしでやきんのあるお仕事なので、夜に家を空けることがある。そういうときには、母さんのおとうとのやっちゃんが泊まりに来てくれる。
やっちゃんが父さんのようなそんざいかといえば、それはちょっとちがう。
やっちゃんはやっちゃん。
ぼくのおじさんなのだ。
ぼくには甘いけど、他のひとにはそっけなくて、やる気のないやっちゃんに、去年の夏にあらわれた運命のひと、茉優ちゃん。
茉優ちゃんはやっちゃんを変えるかと思ったけど、やっちゃんはぼくが見たかぎりではぜんぜん変化がなかった。
茉優ちゃんの方はやっちゃんのことをとても気にしている。
「二年生のときに、おじさんとおばさんにたたかれてます、助けてくださいって、担任の先生に手紙を書いたの」
ぽつぽつと語る茉優ちゃんのことばを、ぼくは海瑠さんの家に行くじゅんびをしながら聞いていた。
「たすけてくれた?」
「ううん……おじさんとおばさんが、きれいな服を着て担任の先生にあいさつしにいったら、なかったことにされちゃった」
勇気を出してたすけをもとめたのに、茉優ちゃんの二年生のときのたんにんの先生は、茉優ちゃんのほごしゃだったおじさんとおばさんにだまされて、「この子は自分の主張が通らないと、こんな悪戯をするんですよ」ということばに丸め込まれてしまったのだ。
それいこう、茉優ちゃんは大人をしんじなくなったのだという。
「おじさんとおばさんの言うことしか聞いてくれない。誰も私を助けてくれないって、ぜつぼうしてた」
まだ三年生だった茉優ちゃんが「ぜつぼう」ということばを使うくらいにたいへんだったのだ。
「かみも洗わせてもらえなくて、くさくなるから、短く切られたし」
おかっぱの茉優ちゃんはかわいいと思うのだが、茉優ちゃんはそれまでだいじにのばしていたかみを切られたことがショックだったようだった。今はかみも毎日あらってつやつやになっているが、家に来たすぐのころは茉優ちゃんのかみはバサバサだった。
「奏歌くんが飲み物をわたしてくれて、その後ろに安彦さんがいて……私、このひとになら助けてって言ってもいいのかと思ったのよ」
しょたいめんで茉優ちゃんもやっちゃんに運命をかんじていたようだった。
それにしても、やっちゃんのじゅんびがおそい。
いつもはりょうりをお手伝いするのだが、今日はやっちゃんが一人でキッチンに立っていた。
キッチンからはいいにおいがしてくる。
「薄切りのポテトのグラタン、ラザニア、シーフードピラフ、サーモンのマリネのサラダ、トマトとモッツァレラチーズとアボカドのサラダ、できたぞ」
でき上ったりょうりをガラスようきにつめるお手伝いをしながら、茉優ちゃんが目を輝かせる。
「ポテトのグラタン、この前すごくおいしかったやつだ。ラザニアもシーフードピラフもある。モッツァレラチーズ、私、好き」
「みっちゃんのところにも持って行くお惣菜だからな」
ラザニアなんて手のかかるりょうりはときどきしか出て来ない。モッツァレラチーズもなかなかしょくたくには上がらないし、シーフードピラフには貝柱が入っている気がする。
うれしそうな茉優ちゃんは、この家に来てからなんでもおいしいとよく食べていた。その中でも、茉優ちゃんの好物がおおいような気がするのは、ぼくだけなのだろうか。
よく分からないままにぼくはやっちゃんの車で海瑠さんのマンションに連れて行かれた。
おそうざいをわたすやっちゃんに、海瑠さんがにこにこしているけれど、やっちゃんは早くかえりたそうだ。茉優ちゃんが一人で家にのこされているからだろうか。
「奏歌くん、すごいご馳走!」
「本当。ごうかだね」
なにかあったかとくびをかしげるぼくと海瑠さん。
その日が一年前に茉優ちゃんをやっちゃんがほごした日だなんてことを、そのときのぼくはまったく知らなかったのだった。
父さんというそんざいがないわけじゃないのだけれど、父さんと母さんはけっこんしていなくて、父さんは自由にかいがいをとびまわって、しゃしんをとってくらしている。
こてんや、しゃしんしゅうの売り出しのときには、父さんは日本にかえって来るけれど、それいがいではぼくの前にかおを出さない。
かおを出しても、ぼくのいやがることばかりする。
ぼくのことを「ようせいさん」と呼んでねこかわいがりしたり、ぼくのしゃしんをかくれてとったり、ぼくをかいがいに連れて行ってほうちして他のひととあそんでいたりする父さんが、ぼくは正直好きになれなかった。
母さんはかんごしでやきんのあるお仕事なので、夜に家を空けることがある。そういうときには、母さんのおとうとのやっちゃんが泊まりに来てくれる。
やっちゃんが父さんのようなそんざいかといえば、それはちょっとちがう。
やっちゃんはやっちゃん。
ぼくのおじさんなのだ。
ぼくには甘いけど、他のひとにはそっけなくて、やる気のないやっちゃんに、去年の夏にあらわれた運命のひと、茉優ちゃん。
茉優ちゃんはやっちゃんを変えるかと思ったけど、やっちゃんはぼくが見たかぎりではぜんぜん変化がなかった。
茉優ちゃんの方はやっちゃんのことをとても気にしている。
「二年生のときに、おじさんとおばさんにたたかれてます、助けてくださいって、担任の先生に手紙を書いたの」
ぽつぽつと語る茉優ちゃんのことばを、ぼくは海瑠さんの家に行くじゅんびをしながら聞いていた。
「たすけてくれた?」
「ううん……おじさんとおばさんが、きれいな服を着て担任の先生にあいさつしにいったら、なかったことにされちゃった」
勇気を出してたすけをもとめたのに、茉優ちゃんの二年生のときのたんにんの先生は、茉優ちゃんのほごしゃだったおじさんとおばさんにだまされて、「この子は自分の主張が通らないと、こんな悪戯をするんですよ」ということばに丸め込まれてしまったのだ。
それいこう、茉優ちゃんは大人をしんじなくなったのだという。
「おじさんとおばさんの言うことしか聞いてくれない。誰も私を助けてくれないって、ぜつぼうしてた」
まだ三年生だった茉優ちゃんが「ぜつぼう」ということばを使うくらいにたいへんだったのだ。
「かみも洗わせてもらえなくて、くさくなるから、短く切られたし」
おかっぱの茉優ちゃんはかわいいと思うのだが、茉優ちゃんはそれまでだいじにのばしていたかみを切られたことがショックだったようだった。今はかみも毎日あらってつやつやになっているが、家に来たすぐのころは茉優ちゃんのかみはバサバサだった。
「奏歌くんが飲み物をわたしてくれて、その後ろに安彦さんがいて……私、このひとになら助けてって言ってもいいのかと思ったのよ」
しょたいめんで茉優ちゃんもやっちゃんに運命をかんじていたようだった。
それにしても、やっちゃんのじゅんびがおそい。
いつもはりょうりをお手伝いするのだが、今日はやっちゃんが一人でキッチンに立っていた。
キッチンからはいいにおいがしてくる。
「薄切りのポテトのグラタン、ラザニア、シーフードピラフ、サーモンのマリネのサラダ、トマトとモッツァレラチーズとアボカドのサラダ、できたぞ」
でき上ったりょうりをガラスようきにつめるお手伝いをしながら、茉優ちゃんが目を輝かせる。
「ポテトのグラタン、この前すごくおいしかったやつだ。ラザニアもシーフードピラフもある。モッツァレラチーズ、私、好き」
「みっちゃんのところにも持って行くお惣菜だからな」
ラザニアなんて手のかかるりょうりはときどきしか出て来ない。モッツァレラチーズもなかなかしょくたくには上がらないし、シーフードピラフには貝柱が入っている気がする。
うれしそうな茉優ちゃんは、この家に来てからなんでもおいしいとよく食べていた。その中でも、茉優ちゃんの好物がおおいような気がするのは、ぼくだけなのだろうか。
よく分からないままにぼくはやっちゃんの車で海瑠さんのマンションに連れて行かれた。
おそうざいをわたすやっちゃんに、海瑠さんがにこにこしているけれど、やっちゃんは早くかえりたそうだ。茉優ちゃんが一人で家にのこされているからだろうか。
「奏歌くん、すごいご馳走!」
「本当。ごうかだね」
なにかあったかとくびをかしげるぼくと海瑠さん。
その日が一年前に茉優ちゃんをやっちゃんがほごした日だなんてことを、そのときのぼくはまったく知らなかったのだった。
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