可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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二章 奏歌くんとの二年目

30.奏歌くんの誕生日と子ども劇団の公演

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 奏歌くんのお誕生日のコンサートは週末に稽古の休みを取らせてもらって、奏歌くんを部屋に招いて盛大に行った。
 奏歌くんのリクエストは様々で、私は男役も女役もこなす。
 ロミオとジュリエットを現代劇風にしたものから、フランス革命のミュージカル、ラ・マンチャの男、トーキー映画の悪声の女優と、くるくると役変わりをして歌っていく私に、奏歌くんは拍手をしてくれた。特に悪声の女優の演技ではお腹を抱えて笑ってくれるから、やりがいがある。

「奏歌くんを観客にしてると飽きないわ」

 歌とダンスが終わると鳥籠のソファに座る奏歌くんの隣りに座ってミルクティーを飲む。奏歌くんは大満足の様子だった。

「お誕生日の日、行けなくてごめんね」
「ううん、きにしてないよ」
「ケーキ、とっても嬉しかった」

 お誕生日当日には行けなかったことを謝ると、奏歌くんは大らかに許してくれる。

「ケーキはね、やっちゃんにおねがいしたんだ。海瑠さんにもどうしても食べて欲しかったから」

 そんな可愛いことを言ってくれる奏歌くん。
 聞けばケーキ作りも手伝ったのだという。

「こなをはかったり、ふるったり、バターをとかしたり、メレンゲを作ったり、ぼくにもできることがあるんだよ」
「奏歌くんはケーキ作りまで上手なの?」
「上手にらんおうとらんぱくを、分けられるようになったよ」

 茉優ちゃんも手伝ってみんなでケーキを作ったのだという。
 家族で作るケーキなんて、私には覚えがなかった。ケーキ自体食べて美味しいとはっきり思ったのは奏歌くんと出会ってからだ。

「来年は私もケーキ作りに参加できるかな?」
「スポンジケーキは、前日から作った方がなじむからいいんだよ。来年はいっしょに作ってみる?」

 今年は奏歌くんのお誕生日当日に祝えなかったが、ケーキをメッセージカード付きで届けてくれた。
 来年は奏歌くんとケーキ作りができるかもしれない。
 考えるだけで来年が待ち遠しくなってくる。

「毎年、私はぼーっとして生きてた気がする。舞台と稽古だけが私が生きてるって思える時間で。奏歌くんに出会ってからは、一日一日がすごく大事なものに思えるから不思議」

 学生時代のことなどダンスと歌の教室のことしか覚えていない。何を食べたか、何を勉強したかなど全く記憶にない。
 私は舞台に生きて舞台に死ぬのだとだけ信じていた。

「舞台の上で死にたいって思ってた。私の人生は舞台に捧げるんだって。それなのに、奏歌くんと出会ってから、日常生活が楽しくなった」

 人生は豊かなものだと奏歌くんが教えてくれた。
 猫の姿になって奏歌くんの膝に頭を乗せて寝そべると、奏歌くんが頭を撫でてくれる。

「海瑠さんの人生がぼくがいることでゆたかになったなら、ほんとうにうれしいよ」

 奏歌くんはもう私にはいなくなったら生きていけないほどの相手になっていた。
 夏休みの子ども劇団の公演に奏歌くんは来てくれた。チケットは指定席ではないので、前の方の席をとるためにお弁当持参で並んでくれたようなのだ。美歌さんと二人で席に座っているのを、私は確認した。
 今回の子ども劇団の公演に参加するのは、私の劇団からのチャリティー活動もあって、私は報酬を支払われず、テレビ局も入れて宣伝をして、収益の一部を子どもの養育のために寄付することになっていた。
 津島さんにそれを聞かされていたのだが、あまり聞いていなかったようで、テレビ局が撮影に入って来てから、津島さんに確認してそれを知って、津島さんを大いに呆れさせてしまった。

「本当にひとの話を聞かないですよね、海瑠ちゃんは!」

 聞いていないわけではないのだが、大事なこと以外は忘れてしまうのだ。

「次から大事なことは奏歌くんにお伝えしましょうかね」
「それなら安心かも!」
「冗談ですからね!」

 毎度のことながら津島さんにはこってりと怒られてしまった。
 無報酬であることも構わなかったし、子どもの養育のために寄付されることも誇らしかったので良かったが、普通の役者だとそうはいかないようだ。

「海瑠ちゃんだから良かったものの……あぁ、でも、百合ちゃんもひとの話あまり聞かないからなぁ」

 結婚しても津島さんのことを困らせる私と百合のコンビ。それでもマネージャーを続けてくれる津島さんには感謝しかなかった。
 子ども劇場の幕が上がる。
 純真な子どもたちを演じるのは子ども劇場の若い役者たち。
 街で起きた子どもの連れ去り事件を追っていく。
 その中で出会う大人の協力者が私だ。

「君たちの勇気ある行動は素晴らしいと思うよ。私にも協力させてくれないか?」

 爽やかにも見える笑顔の裏に、この役は黒幕の顔を隠している。
 少年探偵団が後ろを向いた瞬間に手袋をつける。そして、少年探偵団の知り合いの少女を攫って行く。
 少年少女は不思議な館で黒幕の手によって人形にされていた。
 それを突き止めた少年探偵団の前に私が現れる。

「大変な事件のようだね。早く、助けてあげないと」

 観客には私が黒幕と分かっているが、少年探偵団は気付いていない。
 手袋をつける私が少年探偵団を人形にしようとしたとき、一人の少年が振り返った。
 上がる悲鳴。
 手に汗を握る展開に、劇場内の観客も息を飲んでいるのが分かる。

「お前が犯人だったんだな!」

 少年探偵団に追い詰められて私は屋敷の窓から身を投げて、人形にされた少年少女は元に戻って物語は終わった。
 スタンディングオベーションと拍手喝さいにカーテンコールを何度もして、私はやり遂げた満足感に浸る。公演はまだ初日だが、今日の出来栄えは完璧だった。
 反省会を終えて部屋に戻ると、奏歌くんの携帯電話からメッセージが入っていた。子ども携帯なので平仮名しか使えないが今日の感想がびっしりと書いてある。
 すごく面白かったこと。
 ドキドキして最後まで目が離せなかったこと。
 感想をお手紙にして書いてきてくれるということ。
 奏歌くんが自分の携帯電話で感想を送るなんて初めてだったから私はそのメッセージを消さないように印をつけた。
 普段はお手紙で感想を書いてくれたり、次に会うときに口頭で教えてくれたりする奏歌くん。その奏歌くんが興奮を抑えきれずに自分の携帯電話から送ってきてくれたというのは、とても嬉しいことだった。
 これまで招待した公演は奏歌くんなりに楽しんでくれていたが、やはり内容が難しかったのだ。
 8歳になった奏歌くんに理解できる楽しめる演劇ができただけで、私は子ども劇団の公演に客演することを選んで良かったと思えた。
 子ども劇団の公演は夏休みの半ばまで続いた。
 公演が終わると私は劇団に戻って秋公演の稽古に合流する。
 夏休みなので稽古が休みの日は朝から奏歌くんと過ごすこともできた。

「海瑠さん、あの役のうた、うたってよ!」
「怖いかもしれないよ?」
「こわかったけど、ものすごくかっこよかったんだもん!」

 奏歌くんのリクエストに応えて子ども劇場で演じた役の歌を歌い、台詞を吟じる。私のレパートリーに新しい役が増えた。

「夏休みだね……奏歌くんと出会ってもう二年か」
「うん、ぼくも8さいになったし」

 しみじみと思い返すこの二年間。
 ストーカーに攫われたこともあった。私に借金を背負わせた男に付き纏われたこともあった。真里さんのせいで奏歌くんが私を忘れてしまったときには、自分でもこんなに涙が出ることがあるのだと驚くくらいに泣いてしまった。奏歌くんが私を思い出してくれたときの喜びは忘れられない。真里さんと対決したこともあった。
 大変なことも多かったけれど、楽しいこともたくさんあった二年間だった。

「これからもよろしくね」
「海瑠さんこそ、よろしくね」

 私と奏歌くんが出会ってから三年目に入る。
 今年もきっと色んなことがあるのだろう。
 その中で奏歌くんの成長を見守ることができれば良いと思いながらも、私は猫の姿になって奏歌くんの膝に頭を乗せるのだった。
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