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二章 奏歌くんとの二年目
20.ホワイトデーの準備
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公演が始まってしまうと私は土日祝日に公演が入って、平日しか休めなくなるのだが、まだ二月なので土日にも休みが入れられた。奏歌くんと約束をしたカフェに行ってコーヒーを飲もうと土曜日にやっちゃんに送られてきた奏歌くんを迎えると、マンションの部屋に入ると奏歌くんはほっぺたを赤くしてリュックサックから小さなリボンのかかった箱を取り出した。
受け取ると奏歌くんが照れ臭そうに言う。
「これ、みちるさんがくれたチョコレートなんだけど、まゆちゃんも、やっちゃんも、かあさんも、ぼくも、ものすごくおいしくて、すぐにたべちゃったんだ。それで、みちるさんにもたべてほしくて、かあさんにおねがいして、デパートにつれていってもらったんだよ」
「デパートであの人ごみを抜けて買ってきてくれたの!?」
「ひとがおおくてたいへんだったけど、ちゃんとかえたよ。ちいさなはこしかかえなかったんだけど」
「奏歌くんのお小遣いで買ってくれたの!?」
「おとしだまがのこってたからね」
バレンタインフェアの催事場は私は倒れそうになるくらい疲弊して惨敗だったのに、奏歌くんは私に自分が食べたのと同じチョコレートを買うためにデパートに行ってくれた。そのことが嬉しくてなかなか箱のリボンを解けないでいると、奏歌くんが「あけてよ」と促す。
奏歌くんと一緒に食べなくても、奏歌くんが作ってくれた生チョコはとても美味しかった。食べ終わるのがもったいなくてちょっとずつ食べていて、まだ冷蔵庫に残っているのだが、奏歌くんはそれを聞いたらどう思うだろう。
箱を開けるとフリーズドライの苺をチョコレートでコーティングしたものが入っていた。
「みちるさんはいろんなしゅるいをかってくれたけど、ぼくのおかねじゃ、それしかかえなかったんだ。ごめんね」
「ううん、とても嬉しい! 食べて良い?」
「うん、たべて?」
ミルクティーを淹れて奏歌くんと一緒にフリーズドライの苺をチョコレートでコーティングしたものを摘まむ。フリーズドライの苺はサクッとした触感で甘酸っぱく、ほろ苦くも甘いチョコレートによく合う。
「美味しいね!」
「そう! すごくおいしかったから、みちるさんにもたべさせたかったんだ」
目を輝かせて言う奏歌くんに私は素直に白状した。
「試食で食べたんだけど、人混みが酷くて、味もほとんど分からなくて、奏歌くんが苺が好きだったのを思い出して買っただけだったんだよ」
「そうなの?」
「それなのに、奏歌くんがいると美味しく感じられる」
リラックスしているからかと私が言えば、奏歌くんはそうじゃないと言葉を添える。
「ごはんって、けっこう、いっしょにたべるひとや、ふんいきがだいじなんだって、しょうがっこうのせんせいがいってた。きゅうしょくのじかんは、たのしくたべられるふんいきづくりをきをつけましょうって」
好きなひとと食べるご飯と、苦手なひとと食べるご飯では、同じものでも全く違ってくるらしい。やはり奏歌くんはよく知っていると感心してしまった。
朝ご飯前にチョコレートを食べてしまったけれど、奏歌くんが持って来たお弁当もしっかりと二人で食べる。最近は別々にしないで、重箱に二人分が詰めてあって、それを取り分けて食べていた。
重箱から奏歌くんが取り箸でおにぎりとおかずを取ってくれる。卵焼きが好きな私は卵焼きが多めに、豚肉と玉ねぎを甘辛く炒めたものが好きな奏歌くんはそれを多めに、お野菜は半分ずつで、おにぎりは私が大きめのものを二つ、奏歌くんが小さめのものを二つ。
お皿の上に取り分けて、手を合わせる。
「いただきます」
挨拶をして朝ご飯を食べ始めた。
「みちるさん、たまごやき、どう?」
「いつもより美味しい気がする」
「ほんとう? ぼく、おてつだいしたんだよ!」
いつもより形は個性的だが卵焼きは奏歌くんがやっちゃんに教えてもらって一生懸命巻いたようで、いつもよりも美味しかった。ちょっとだけ甘くて、出汁の香りのする卵焼き。
全部食べてしまってから、お皿と重箱を洗う。
奏歌くんが踏み台を持ってきて、洗ってくれるのだが洗い残しがあったりするのはどうしようもない。奏歌くんの手はまだ小さくて、お皿や重箱をしっかりと持てないのだ。
洗い残しは私が気付いたら洗い直しているけれども、これも二度手間な気がして、私が申し出る。
「お皿は私が全部洗おうか?」
「ううん、ぼく、これくらいできるもん!」
奏歌くんには奏歌くんのプライドがあるようだった。
どうにかできないかと考えつつ、食器の片付けを終えて、リビングで寛ぐ。奏歌くんは宿題を持ってきていて、テーブルについてノートと教科書を広げていた。
小学一年生の宿題だからそれほど難しくないので、終わったら私が見直しをする。足し算と引き算の簡単な間違えや、漢字の書き取りミスなどを指摘して、奏歌くんはやり直しをしていた。
それが終わると二人で出かける準備をする。
今日はカフェに行く日なのだ。
雑貨も売っているカフェは私も気になっていたが、一人で入るのは怖いし、百合と行くのも微妙だった。雑貨が売っているカフェにしたのは、劇団で百合と話したときに劇団員も交えて話題になったからだった。
「バレンタインで終わりなんて、思ってないわよね?」
「え?」
百合の言葉に私はぎくりと体が強張った。バレンタインフェアのような困難をまた乗り越えなければいけないのか。考えるだけで緊張感が走る。
「世の中には、ホワイトデーっていうものがあるのよ!」
「ホワイトデー? 三月にファンの皆様とお茶会をしたり、ディナーショーをしたりするイベントじゃない?」
「違うわよ! ダーリンはチョコレートを海瑠にくれたんでしょう? 私に分けてくれなかった生チョコ! そのお礼をするのがホワイトデーなのよ!」
バレンタインデーだけではなかった。
一月後のホワイトデーにも私は奏歌くんにプレゼントをしなければいけなかった。
「ホワイトデーはなにか決まりがあるの? バレンタインデーはチョコレートでしょう?」
「ホワイトデーはマシュマロやキャンディーとか、細かく意味があるものが多いんですよ」
「お菓子に意味があるの!?」
そんなお菓子の意味を一つ一つ調べて、一番奏歌くんに相応しいものをお返しするなんてこと、私には難易度が高すぎる。後輩の言葉に戦慄している私に、後輩は明るく言う。
「お菓子に拘らなくて、アクセサリーとか、相手の欲しがってるものを渡してもいいみたいなんですけどね」
「相手の欲しがっているもの……」
奏歌くんは何が欲しいのだろう。
考えた末に私は百合に雑貨の売っているカフェを教えてもらったのだった。カフェに行く約束はしていたし、さりげなく奏歌くんの欲しいものがリサーチできるかもしれない。
カフェに着くと奏歌くんはドアベルを鳴らして中に入って行った。その後ろに隠れながら私も中に入る。
「わぁ! ここ、おみせ?」
「雑貨も売ってるんだって。可愛いから、ここにしちゃった」
席に案内される前に奏歌くんは雑貨の売っているスペースを見ていた。可愛い猫ちゃんのメモ帳、ボールペン、手鏡、ヘアピンから、キャンディの入った可愛い缶、クッキーの入った瓶と、様々なものが置いてある。
どれが気に入りそうか見ているうちに声をかけられて私は奏歌くんの後ろに隠れた。はみ出ているが気にせずに奏歌くんは店員さんに応える。
「ふたりです。きんえんせきにしてください」
「分かりました。こちらへどうぞ」
かっこよく奏歌くんに手を引かれて私はカフェのソファに座った。奏歌くんも座ってメニュー表を広げて見ている。
「みちるさん、なにがたべたい? デザートをたべるなら、すくなめにしとかないと、ぼく、おなかいっぱいになっちゃうかもしれない」
「半分こしようか?」
「うん、おねがい」
奏歌くんの好きなものを探して、カレーがあることに気付いて私は店員さんに蚊の鳴くような声で問いかけた。
「カレー、辛いですか?」
「マイルドにできますよ」
「奏歌くん、カレーでいいかな?」
「うん、いいよ」
奏歌くんの了承を取って私はカレーを頼んだ。
「ふたりでたべるので、とりざらをください」
「畏まりました」
取り皿もお願いする奏歌くんはしっかりしている。
カレーはセットになっていてサラダも付いていた。取り分けようとフォークを持ち上げた奏歌くんが驚きの声を上げる。
「みちるさん、このフォーク、わらってる」
「本当だ、可愛い!」
「すごくかわいいね!」
フォークの柄の一番上が笑っているように切り抜かれているフォーク。サラダを食べた後に持って来られたカレー用のスプーンも同じように柄の一番上が笑っているように切り抜かれていた。
「かわいいね」
フォークとスプーンを見ながらにこにこしてカレーを食べる奏歌くんが可愛い。
デザートのケーキはそれぞれ頼む。私がチーズケーキで、奏歌くんが苺のショートケーキ。コーヒーとミルクと紅茶を頼んで私はドキドキしながら持って来られるのを待っていた。
運ばれてきたコーヒーと紅茶に、ミルクを半分ずつ入れる。お砂糖も入れて飲んでみると、ふわりとコーヒーの良い香りが口に広がった。ミルクが苦みをマイルドにしてとても美味しい。
「コーヒーって美味しかったんだ……」
「みちるさん、よかったね」
「奏歌くんといると、ご飯が美味しいし、飲み物も美味しい。大好きだからかな」
囁くと奏歌くんの頬が赤くなる。嬉しそうに微笑んでケーキを食べている奏歌くんの唇の端にクリームが付いていた。手を伸ばして指で拭うと、ぺろりとその指を舐めてしまう。
「み、みちるさん?」
「え?」
「も、もう……」
奏歌くんがどうして真っ赤になったのか分からないままに私はケーキを食べ終えていた。お会計の間奏歌くんに雑貨を見てもらっておいて、私は店員さんにこっそりと聞いてみた。
「あの笑顔のフォークとスプーン、売ってますか?」
「ナイフもセットで売っていますよ。人気商品です」
持ってきてもらって私と奏歌くんの分を買ってしまう。
これでホワイトデーのお返しができたと私はほっとした。
受け取ると奏歌くんが照れ臭そうに言う。
「これ、みちるさんがくれたチョコレートなんだけど、まゆちゃんも、やっちゃんも、かあさんも、ぼくも、ものすごくおいしくて、すぐにたべちゃったんだ。それで、みちるさんにもたべてほしくて、かあさんにおねがいして、デパートにつれていってもらったんだよ」
「デパートであの人ごみを抜けて買ってきてくれたの!?」
「ひとがおおくてたいへんだったけど、ちゃんとかえたよ。ちいさなはこしかかえなかったんだけど」
「奏歌くんのお小遣いで買ってくれたの!?」
「おとしだまがのこってたからね」
バレンタインフェアの催事場は私は倒れそうになるくらい疲弊して惨敗だったのに、奏歌くんは私に自分が食べたのと同じチョコレートを買うためにデパートに行ってくれた。そのことが嬉しくてなかなか箱のリボンを解けないでいると、奏歌くんが「あけてよ」と促す。
奏歌くんと一緒に食べなくても、奏歌くんが作ってくれた生チョコはとても美味しかった。食べ終わるのがもったいなくてちょっとずつ食べていて、まだ冷蔵庫に残っているのだが、奏歌くんはそれを聞いたらどう思うだろう。
箱を開けるとフリーズドライの苺をチョコレートでコーティングしたものが入っていた。
「みちるさんはいろんなしゅるいをかってくれたけど、ぼくのおかねじゃ、それしかかえなかったんだ。ごめんね」
「ううん、とても嬉しい! 食べて良い?」
「うん、たべて?」
ミルクティーを淹れて奏歌くんと一緒にフリーズドライの苺をチョコレートでコーティングしたものを摘まむ。フリーズドライの苺はサクッとした触感で甘酸っぱく、ほろ苦くも甘いチョコレートによく合う。
「美味しいね!」
「そう! すごくおいしかったから、みちるさんにもたべさせたかったんだ」
目を輝かせて言う奏歌くんに私は素直に白状した。
「試食で食べたんだけど、人混みが酷くて、味もほとんど分からなくて、奏歌くんが苺が好きだったのを思い出して買っただけだったんだよ」
「そうなの?」
「それなのに、奏歌くんがいると美味しく感じられる」
リラックスしているからかと私が言えば、奏歌くんはそうじゃないと言葉を添える。
「ごはんって、けっこう、いっしょにたべるひとや、ふんいきがだいじなんだって、しょうがっこうのせんせいがいってた。きゅうしょくのじかんは、たのしくたべられるふんいきづくりをきをつけましょうって」
好きなひとと食べるご飯と、苦手なひとと食べるご飯では、同じものでも全く違ってくるらしい。やはり奏歌くんはよく知っていると感心してしまった。
朝ご飯前にチョコレートを食べてしまったけれど、奏歌くんが持って来たお弁当もしっかりと二人で食べる。最近は別々にしないで、重箱に二人分が詰めてあって、それを取り分けて食べていた。
重箱から奏歌くんが取り箸でおにぎりとおかずを取ってくれる。卵焼きが好きな私は卵焼きが多めに、豚肉と玉ねぎを甘辛く炒めたものが好きな奏歌くんはそれを多めに、お野菜は半分ずつで、おにぎりは私が大きめのものを二つ、奏歌くんが小さめのものを二つ。
お皿の上に取り分けて、手を合わせる。
「いただきます」
挨拶をして朝ご飯を食べ始めた。
「みちるさん、たまごやき、どう?」
「いつもより美味しい気がする」
「ほんとう? ぼく、おてつだいしたんだよ!」
いつもより形は個性的だが卵焼きは奏歌くんがやっちゃんに教えてもらって一生懸命巻いたようで、いつもよりも美味しかった。ちょっとだけ甘くて、出汁の香りのする卵焼き。
全部食べてしまってから、お皿と重箱を洗う。
奏歌くんが踏み台を持ってきて、洗ってくれるのだが洗い残しがあったりするのはどうしようもない。奏歌くんの手はまだ小さくて、お皿や重箱をしっかりと持てないのだ。
洗い残しは私が気付いたら洗い直しているけれども、これも二度手間な気がして、私が申し出る。
「お皿は私が全部洗おうか?」
「ううん、ぼく、これくらいできるもん!」
奏歌くんには奏歌くんのプライドがあるようだった。
どうにかできないかと考えつつ、食器の片付けを終えて、リビングで寛ぐ。奏歌くんは宿題を持ってきていて、テーブルについてノートと教科書を広げていた。
小学一年生の宿題だからそれほど難しくないので、終わったら私が見直しをする。足し算と引き算の簡単な間違えや、漢字の書き取りミスなどを指摘して、奏歌くんはやり直しをしていた。
それが終わると二人で出かける準備をする。
今日はカフェに行く日なのだ。
雑貨も売っているカフェは私も気になっていたが、一人で入るのは怖いし、百合と行くのも微妙だった。雑貨が売っているカフェにしたのは、劇団で百合と話したときに劇団員も交えて話題になったからだった。
「バレンタインで終わりなんて、思ってないわよね?」
「え?」
百合の言葉に私はぎくりと体が強張った。バレンタインフェアのような困難をまた乗り越えなければいけないのか。考えるだけで緊張感が走る。
「世の中には、ホワイトデーっていうものがあるのよ!」
「ホワイトデー? 三月にファンの皆様とお茶会をしたり、ディナーショーをしたりするイベントじゃない?」
「違うわよ! ダーリンはチョコレートを海瑠にくれたんでしょう? 私に分けてくれなかった生チョコ! そのお礼をするのがホワイトデーなのよ!」
バレンタインデーだけではなかった。
一月後のホワイトデーにも私は奏歌くんにプレゼントをしなければいけなかった。
「ホワイトデーはなにか決まりがあるの? バレンタインデーはチョコレートでしょう?」
「ホワイトデーはマシュマロやキャンディーとか、細かく意味があるものが多いんですよ」
「お菓子に意味があるの!?」
そんなお菓子の意味を一つ一つ調べて、一番奏歌くんに相応しいものをお返しするなんてこと、私には難易度が高すぎる。後輩の言葉に戦慄している私に、後輩は明るく言う。
「お菓子に拘らなくて、アクセサリーとか、相手の欲しがってるものを渡してもいいみたいなんですけどね」
「相手の欲しがっているもの……」
奏歌くんは何が欲しいのだろう。
考えた末に私は百合に雑貨の売っているカフェを教えてもらったのだった。カフェに行く約束はしていたし、さりげなく奏歌くんの欲しいものがリサーチできるかもしれない。
カフェに着くと奏歌くんはドアベルを鳴らして中に入って行った。その後ろに隠れながら私も中に入る。
「わぁ! ここ、おみせ?」
「雑貨も売ってるんだって。可愛いから、ここにしちゃった」
席に案内される前に奏歌くんは雑貨の売っているスペースを見ていた。可愛い猫ちゃんのメモ帳、ボールペン、手鏡、ヘアピンから、キャンディの入った可愛い缶、クッキーの入った瓶と、様々なものが置いてある。
どれが気に入りそうか見ているうちに声をかけられて私は奏歌くんの後ろに隠れた。はみ出ているが気にせずに奏歌くんは店員さんに応える。
「ふたりです。きんえんせきにしてください」
「分かりました。こちらへどうぞ」
かっこよく奏歌くんに手を引かれて私はカフェのソファに座った。奏歌くんも座ってメニュー表を広げて見ている。
「みちるさん、なにがたべたい? デザートをたべるなら、すくなめにしとかないと、ぼく、おなかいっぱいになっちゃうかもしれない」
「半分こしようか?」
「うん、おねがい」
奏歌くんの好きなものを探して、カレーがあることに気付いて私は店員さんに蚊の鳴くような声で問いかけた。
「カレー、辛いですか?」
「マイルドにできますよ」
「奏歌くん、カレーでいいかな?」
「うん、いいよ」
奏歌くんの了承を取って私はカレーを頼んだ。
「ふたりでたべるので、とりざらをください」
「畏まりました」
取り皿もお願いする奏歌くんはしっかりしている。
カレーはセットになっていてサラダも付いていた。取り分けようとフォークを持ち上げた奏歌くんが驚きの声を上げる。
「みちるさん、このフォーク、わらってる」
「本当だ、可愛い!」
「すごくかわいいね!」
フォークの柄の一番上が笑っているように切り抜かれているフォーク。サラダを食べた後に持って来られたカレー用のスプーンも同じように柄の一番上が笑っているように切り抜かれていた。
「かわいいね」
フォークとスプーンを見ながらにこにこしてカレーを食べる奏歌くんが可愛い。
デザートのケーキはそれぞれ頼む。私がチーズケーキで、奏歌くんが苺のショートケーキ。コーヒーとミルクと紅茶を頼んで私はドキドキしながら持って来られるのを待っていた。
運ばれてきたコーヒーと紅茶に、ミルクを半分ずつ入れる。お砂糖も入れて飲んでみると、ふわりとコーヒーの良い香りが口に広がった。ミルクが苦みをマイルドにしてとても美味しい。
「コーヒーって美味しかったんだ……」
「みちるさん、よかったね」
「奏歌くんといると、ご飯が美味しいし、飲み物も美味しい。大好きだからかな」
囁くと奏歌くんの頬が赤くなる。嬉しそうに微笑んでケーキを食べている奏歌くんの唇の端にクリームが付いていた。手を伸ばして指で拭うと、ぺろりとその指を舐めてしまう。
「み、みちるさん?」
「え?」
「も、もう……」
奏歌くんがどうして真っ赤になったのか分からないままに私はケーキを食べ終えていた。お会計の間奏歌くんに雑貨を見てもらっておいて、私は店員さんにこっそりと聞いてみた。
「あの笑顔のフォークとスプーン、売ってますか?」
「ナイフもセットで売っていますよ。人気商品です」
持ってきてもらって私と奏歌くんの分を買ってしまう。
これでホワイトデーのお返しができたと私はほっとした。
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