可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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二章 奏歌くんとの二年目

5.気合十分の秋公演

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 秋公演に奏歌くんが来てくれる日は私は気合を入れていた。
 本当は茉優ちゃんとやっちゃんもお招きするべきかと考えたのだが、やっちゃんの反応も茉優ちゃんの反応もいまいちだったのだ。

「私は舞台で歌ったり踊ったりしているんだけど、茉優ちゃんは興味ある?」
「……」

 返事をせずにやっちゃんの後ろに隠れてしまう茉優ちゃん。まだ大人が怖い気持ちがあるのかもしれない。ひとの多い劇場に連れ出すのも心配だったので、それ以上誘わずにいた。

「ごめんなさい……安彦さんとお留守番してたいの」

 帰り際にそっと耳打ちして打ち明けてくれた茉優ちゃんの気持ちを私は尊重することにした。折角のお休みを私の劇を観るのに使いたい奏歌くんのような子もいれば、やっちゃんという好きなひとと過ごしたい茉優ちゃんのような子もいる。
 茉優ちゃんとやっちゃんの件は解決していたので、私は本番に集中するのみだった。

「海瑠、今回の公演、気合が入ってるわね」

 百合に言われて私は「そうかもしれない」と答える。

「ダンスも歌も物凄く調子がいいんだ」
「近寄りがたいオーラを纏ってるわよ」

 集中しすぎて近寄りがたいオーラを纏っているという私。劇団の仲間にあまり声をかけられないのはそのせいかもしれなかった。
 私が演じるのは、宮廷から追い出されて王子に恨みを持ち悪魔に身を落とした貴族。白鳥になった姫を助けようとする王子を、黒鳥になって惑わせるのだ。
 男性の貴族から、女性の黒鳥への華麗な変化。そして王子の誘惑と課題の多い役ではあったが、私は役を掴んでいた。確かな手ごたえを持って演じていた。
 客席のライトが落とされて幕が開くと、私の演じる貴族の追放から始まり、姫に呪いをかけた私が、王子が姫の呪いを解こうとしているのを見て悪巧みを始める場面に入る。
 元の古典バレエの白鳥の湖自体がラストに関しては諸説あるのだが、今回は黒鳥の誘惑に一度乗ってしまった王子が、二度と白鳥から姫に戻れないと泣く白鳥の姫と共に崖から飛び降りると、無数の白鳥が迎えに来て、二人を幸せの国に連れて行くというどう解釈でもできそうなラストにしてあった。
 黒鳥の舞を踊り切って息を切らせて舞台袖に入ると、入れ替わりに出る百合と目が合った。
 百合は「良かったわよ」とでも言うように頷いてくれた。
 今回の公演も大成功でカーテンコールでは拍手が鳴りやまなかった。
 最後は王子と姫のデュエットダンスなので、私はフィナーレの準備をして舞台袖で待っていた。
 デュエットダンスが終わって私が出ると惜しみない拍手が降り注ぐ。
 前の方の席で奏歌くんも立って拍手してくれているのが分かった。
 最高の公演。
 満足して私は客席に大きく手を振った。
 次の休みには奏歌くんの家に招かれていた。奏歌くんを学童保育に迎えに行って、時間までマンションで預かって、美歌さんが車で迎えに来てくれたのに乗せてもらって奏歌くんの家に行く。
 家ではやっちゃんと茉優ちゃんが待っていた。

「あの……私、おたんじょうびなんです」

 消えそうな声で言われて私は驚く。

「ごめんなさい、何も用意してなくて」
「私も、自分のたんじょうびをよく知らなくて」

 祝われた記憶がないから茉優ちゃんは誕生日はただ一つ年が上になるだけの日だと認識していた。引き取るときに書類を見て茉優ちゃんの誕生日を知っていたやっちゃんと美歌さんは、それぞれ準備はしていた。

「みちるさんは、ハッピーバースデーのうたをうたったらいいよ」
「おたんじょうびの歌を歌ってくれるんですか?」
「プロがうたってくれる、ハッピーバースデーだよ!」

 誇らしげな奏歌くんにそれでいいのならばと私は晩御飯をいただいて、ケーキを前に歌うことになった。

「ろうそくをふきけすときには、おねがいごとをするんだよ」
「わ、分かった」

 緊張している茉優ちゃんに、私が代表してハッピーバースデーの歌を歌わせてもらう。歌い終わるとみんなで拍手をして「おめでとう」という言葉が茉優ちゃんにかけられた。
 一生懸命蝋燭を吹き消して、茉優ちゃんは頬を染めてにこにこしていた。
 夏休みの始めに篠田家に引き取られた茉優ちゃん。
 これから先の人生がどうなるのかは分からない。やっちゃんの運命のひとだというのが本当ならば、いつかはやっちゃんも自分が吸血鬼であることを茉優ちゃんに打ち明けるのだろう。
 茉優ちゃんは見たところ普通の人間のようだから、ある程度の年齢でやっちゃんが血を分けないと先に死んでしまう羽目になる。

「やっちゃんは、茉優ちゃんのこと、ちゃんとしないとダメだよ」

 私が言うとやっちゃんは私の顔をまじまじと見る。

「あんたがそれを言うか?」
「私はずっと、自分がワーキャットでいつか大好きな舞台も、住んでいる場所も、劇団のひとたちも置いて、どこか遠くに行かなきゃいけないと思ってた。私は一生孤独なんだと思ってた。でも、奏歌くんと出会えて、私は救われた」

 やっちゃんも救われて良いのだ。
 茉優ちゃんが予想外に若かったから戸惑っているのかもしれないが、やっちゃんも運命のひとと出会えたことを喜んで良いのだ。告げると美歌さんが口を挟む。

「もっと言ってやってください。安彦ったら、全然踏ん切りがつかないんだから」
「茉優ちゃんはまだ9歳だろう?」
「十年経ったら、19歳よ?」

 十年後、茉優ちゃんはどんな素敵な女性になっているだろう。
 そのときに私もやっちゃんと茉優ちゃんの行く末を見届けることができるだろうか。

「みちるさんは、げきだんのいちばんてのスターになるのかな?」

 一番手の先輩がそろそろ退団を考えているという話はやっちゃんが記事にしているので、奏歌くんも知っているのだろう。
 切り出されて私は答えに詰まってしまった。

「劇団の秘密だから教えられないんだな」
「そっか」

 実のところ、内部で決まっていることを私は知っていた。
 一番手になるには私は若すぎるし、男役と女役のどちらもこなすという点で、男役一つではないことが問題になっていた。そのため、劇団のもう少し年上の役者さんをつぎのトップスターに据えようという動きがあるのだ。
 トップでなくても私は舞台に立てるだけで幸せだし、今すぐトップになる必要はないと感じている。会議に招かれたときも、その意向は告げていた。
 トップスターになってしまえば、次のトップに譲るために早く退団を考えなければいけなくなる。いつまでもトップに君臨してはいられないのだ。
 それを考えるとトップに上がるのは今ではない方が私には都合が良かった。私は長く劇団で演技を続けたいのだから。
 そういう大人の事情と私の意向も汲んで次のトップスターは決められる予定だった。
 それもまだ口に出してはいけない内緒の話。

「ぼくね、サンタさんにおねがいしようとおもってるんだ」
「何を、奏歌くん?」
「みちるさんのファンクラブにいれてくださいって」

 奏歌くんのサンタクロースへのお願いは私のファンクラブに入れてもらうことだった。それが叶えられるのかとちらりと美歌さんを見ると、「仕方がないですね」といった風情で苦笑していた。

「じかんがおそくなるから、ファンサービスのおちゃかいにでるのはむりだけど、ファンクラブにはいったら、みちるさんをもっとおうえんできるでしょう?」
「今でも十分応援してもらってるよ? サンタさんには奏歌くんの欲しいものをお願いしたらどうかな?」
「いちばんしてほしいことだよ!」

 言い張る奏歌くんが可愛い。
 奏歌くんが納得していて、美歌さんもそれでいいのならば奏歌くんがファンクラブに入っても構わないのだが、ファンクラブ会員の中で一番年少かもしれないし、ディナーショーやお茶会に参加できないのでファンクラブでいる意味があまりないかもしれない。
 それでも奏歌くんが私のファンクラブに入りたいくらいに私を応援してくれているというのは嬉しかった。
 クリスマスにはサンタクロースが奏歌くんにファンクラブの会員証を届けるのだろうか。
 そのときの私はまだ、クリスマスに好きなひとに贈り物をする風習があるなんてことを知らずにいたのだった。
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