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一章 奏歌くんとの出会い
11.夏休みの終わり
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朝ご飯はフリーズドライのお味噌汁とおにぎり。冷蔵庫に入れておいたご飯を電子レンジで温めて、食料品の中に入れてあった鮭フレークを混ぜ込んでラップで握る。
ラップは巻き込んでしまったりして切るのが難しかったけれど、奏歌くんが教えてくれてなんとか私と奏歌くんは自分の分のおにぎりを握ることができた。
「おべんとうのおにぎりも、じぶんでにぎってるんだ」
「そうなんだ。偉いね」
「はい、のり」
海苔も出して巻くように促してくれる奏歌くん。朝ご飯は豪勢ではなかったけれど二人でホッとする時間だった。
歯磨きをして着替えた奏歌くんと私でスーパーに行ってお買い物をする。休日の朝一なのでひとは多くなかったが、私はスーパーで買い物をするのが初めてで挙動不審になっていた。
籠を取った奏歌くんが勇ましく籠の中に入れていくのは牛乳とお菓子とスライスチーズとケチャップと塩コショウ。
「ポテトチップス、かっていいかな?」
「良いと思うよ」
「おせんべいはなにがすき?」
「奏歌くんの好きなのでいいよ」
「グミは?」
全然分からないままに私は奏歌くんとお菓子売り場を通ってレジに並んでいた。レジでカードを出したが使えないと言われてしまってショックを受ける私に、奏歌くんがリュックサックから小鳥のがま口を取り出した。
「みちるさんとおかいものにいったときにつかいなさいって、かあさんがおかねいれてくれたんだ」
かっこいい!
素早くがま口から千円札を取り出して支払った奏歌くんに私は拍手をしてしまった。
「カードが使えるところ以外でお買い物ってしたことなくて」
「スーパーはべんりだよ。あるいていけるし」
エコバッグをリュックサックから取り出すところまで奏歌くんは完璧だった。エコバッグに入れたお菓子と牛乳を私が持とうとすると奏歌くんが手を差し出す。
「ぼく、もつよ」
「いいの? 牛乳が結構重いよ?」
「それくらいはへいき」
荷物持ちは腕力のある私の仕事だったはずなのに、奏歌くんは荷物まで持ってくれる。なんて紳士な男の子なのだろう。
部屋に戻ると奏歌くんは食べ物の入っていたやっちゃんから渡された袋の中から箱を取り出した。目をきらきらさせて私に渡してくる。
「これ、やっちゃんにおねがいしてかってもらったの。ぼくのすきなこうちゃのティーバッグ」
「ティーバッグ?」
なんだろう。
頭に疑問符を浮かべる私に奏歌くんは箱を開けて、小さな個包装の包みを一つ取り出してくれる。
「マグカップにこれのなかみをいれて、おゆをそそいだら、こうちゃがのめるんだ」
「紅茶……奏歌くん、紅茶を飲んで良いの?」
「ミルクをはんぶんいれたらいいから、みちるさんとはんぶんこにしよ」
ぴりぴりと個包装の中身を出すと、白い紙のパックに入れられた紅茶の茶葉と紐のついた紙が見える。白いパックをマグカップに入れて、電気ケトルで沸かしたお湯を私が注ぐことになった。
「どれくらい入れればいい?」
「わかんないけど、まぐかっぷにかるくいっぱいじゃないかな?」
マグカップに軽く一杯とはどれくらいだろうと恐る恐るお湯を注いだ私に奏歌くんがきょろきょろと周囲を見回した。
「3ふんかんまつんだけど、とけいがないね」
「携帯のアラームかけよう!」
急いで携帯電話を持ってきてアラームをかけて待つこと三分、ティーバッグを取り出して、もう一個のマグカップに紅茶を半分注いで、ミルクをたっぷり入れてミルクティーが出来上がった。
「私、紅茶が淹れられるようになったよ」
「うん、ぼくがいないときも、こうちゃをのんだらあたたまるよ。みちるさん、クーラーでひえるっていってたでしょう?」
「私のために紅茶のティーバッグを持ってきてくれたの?」
感激して問いかけると奏歌くんが恥ずかしそうにする。
「おとななのに、みちるさんはぼくにつきあわせて、むぎちゃばかりだったから……」
ごめんなさいと頭を下げる奏歌くんの小さな体を私は思わず抱き締めてしまった。
「奏歌くんが来るまでは私はずっと水しか飲んでなかったんだよ。それが麦茶になっただけでも物凄い進歩なのに、紅茶まで……ありがとう」
謝ることなんて一つもないと告げると、奏歌くんはほっぺたを赤くして微笑んでいた。
出来上がった紅茶はミルクがたっぷり入っていたので熱くなく、美味しく飲むことができた。紅茶風味のミルクと言った感じだったけれど、私にとってはこれがミルクティーの定番になった。
ミルクティーのマグカップを持って、鳥籠のソファに座ってお菓子を食べながらDVDを見る。自堕落な生活だが、奏歌くんは楽しそうだった。DVDを一本見終わって奏歌くんの手を取って、DVDの歌を歌いだすと、奏歌くんの表情が輝く。
くるくると奏歌くんをリードしながら踊れば、奏歌くんも楽しそうについてくる。
「たのしい! みちるさん、もっとおしえて」
「ここでリフトするよ」
「きゃー!」
持ち上げられた奏歌くんをくるくると回すと大喜びで歓声が上がった。
二人でミュージカルごっこをしてお昼ご飯を食べる。お昼ご飯は昨日のミートローフとポテトサラダをパンに挟んだサンドイッチだった。
「ポテトサラダをパンに挟むの?」
「おいしいんだよ!」
ミートローフサンドにはスライスチーズも入れてケチャップをかけて、ポテトサラダサンドには塩コショウを振って、出来上がり。どちらも奏歌くんに教えられながら私も手伝って作った。
挟むだけだったが奏歌くんは私を褒めてくれる。
「みちるさん、とってもじょうずだよ!」
「本当? 美味しくできたかな?」
ミルクティーをもう一度淹れて二人で食べるお昼ご飯はとても美味しかった。ポテトサラダサンドもミートローフサンドもパンによく合う。
「やっちゃんは、からしをちょっといれるんだよ。みちるさんは、からしはすき?」
「使ったことないから分からないな」
辛子と言われてもピンとこない。
辛いとつくのだから辛いのだろうが、味の想像が全くできなかった。
食べ終わったら食休みで鳥籠のソファでごろごろして、それから奏歌くんがしたがったのはミュージカルごっこだった。
「さっきのすごくたのしかった! もういっかいして?」
「いいよ。奏歌くんも歌とダンスが好きなんだね」
奏歌くんも私と同じで歌と踊りが好き。
それは嬉しい発見だった。
私の得意なことを奏歌くんも好きでいてくれるなんて、素晴らしいことだ。
歌って踊っていると、インターフォンが鳴った。
お迎えだ。
楽しい時間が終わってしまう。
荷物を纏めた奏歌くんをマンションの下まで送って行くと、やっちゃんが車を停めて待っていた。
「かなくんの保育園のお迎えをするんだって?」
「そうですけど、何か?」
ここで負けてしまっては奏歌くんと過ごす時間が少なくなってしまう。やっちゃんの厳しい視線に負けずに胸を張った私に、ため息を吐いてやっちゃんがメモ用紙を渡す。
「これが保育園の送り迎えの手順。纏めといたから、分からないところはメッセージください。来年からかなくんは小学校で学童保育に入るので、その説明会の日は出席するように」
嫌味を言われて、奏歌くんを私になんて預けられないと言われるかと思えば、ちゃんとやっちゃんは準備をしてくれていた。メモ用紙にはびっしりと文字が書いてあって全部覚えられるか不安だったが、何ページにもわたる長台詞も覚えて来たのだ、できないことはない。奏歌くんのためなら私はなんでもできそうだった。
「奏歌くんに劇団のチケットを渡しています。美歌さんにもお話は通してあります」
「ありがとうございます。かなくん、良かったな」
「うん、やっちゃん、いっしょにいってね!」
私には事務的な口調だが奏歌くんには優しい叔父さんなのだろう。表情が柔らかくなっている。今ならば言えるのではないだろうか。
「奏歌くんの小さい頃の写真とか動画とか、見てみたいんですけど」
「は?」
うわっ!
態度が急に変わった。
「やっちゃん! みちるさんにこわいかおしないで! みちるさんがびっくりしちゃうでしょ」
「ご、ごめん……なんでかなくんの写真とか動画とか……」
「みちるさんはぼくをかわいがってくれてるの! ぼくのしゃしん、やっちゃんもみてニヤニヤするでしょ!」
ニヤニヤするんだ。
じっとやっちゃんを見つめていると、嫌な顔をされた。
これくらいでめげるような私ではなかったけれど。
「こんどDVDに焼いて持ってきます」
やった!
奏歌くんの応援もあって私は奏歌くんの小さい頃の写真や動画のデータを手に入れられることになった。
夏は過ぎて奏歌くんの夏休みは終わるけれど、これからの生活にも奏歌くんが関わってくることが嬉しくてならなかった。
ラップは巻き込んでしまったりして切るのが難しかったけれど、奏歌くんが教えてくれてなんとか私と奏歌くんは自分の分のおにぎりを握ることができた。
「おべんとうのおにぎりも、じぶんでにぎってるんだ」
「そうなんだ。偉いね」
「はい、のり」
海苔も出して巻くように促してくれる奏歌くん。朝ご飯は豪勢ではなかったけれど二人でホッとする時間だった。
歯磨きをして着替えた奏歌くんと私でスーパーに行ってお買い物をする。休日の朝一なのでひとは多くなかったが、私はスーパーで買い物をするのが初めてで挙動不審になっていた。
籠を取った奏歌くんが勇ましく籠の中に入れていくのは牛乳とお菓子とスライスチーズとケチャップと塩コショウ。
「ポテトチップス、かっていいかな?」
「良いと思うよ」
「おせんべいはなにがすき?」
「奏歌くんの好きなのでいいよ」
「グミは?」
全然分からないままに私は奏歌くんとお菓子売り場を通ってレジに並んでいた。レジでカードを出したが使えないと言われてしまってショックを受ける私に、奏歌くんがリュックサックから小鳥のがま口を取り出した。
「みちるさんとおかいものにいったときにつかいなさいって、かあさんがおかねいれてくれたんだ」
かっこいい!
素早くがま口から千円札を取り出して支払った奏歌くんに私は拍手をしてしまった。
「カードが使えるところ以外でお買い物ってしたことなくて」
「スーパーはべんりだよ。あるいていけるし」
エコバッグをリュックサックから取り出すところまで奏歌くんは完璧だった。エコバッグに入れたお菓子と牛乳を私が持とうとすると奏歌くんが手を差し出す。
「ぼく、もつよ」
「いいの? 牛乳が結構重いよ?」
「それくらいはへいき」
荷物持ちは腕力のある私の仕事だったはずなのに、奏歌くんは荷物まで持ってくれる。なんて紳士な男の子なのだろう。
部屋に戻ると奏歌くんは食べ物の入っていたやっちゃんから渡された袋の中から箱を取り出した。目をきらきらさせて私に渡してくる。
「これ、やっちゃんにおねがいしてかってもらったの。ぼくのすきなこうちゃのティーバッグ」
「ティーバッグ?」
なんだろう。
頭に疑問符を浮かべる私に奏歌くんは箱を開けて、小さな個包装の包みを一つ取り出してくれる。
「マグカップにこれのなかみをいれて、おゆをそそいだら、こうちゃがのめるんだ」
「紅茶……奏歌くん、紅茶を飲んで良いの?」
「ミルクをはんぶんいれたらいいから、みちるさんとはんぶんこにしよ」
ぴりぴりと個包装の中身を出すと、白い紙のパックに入れられた紅茶の茶葉と紐のついた紙が見える。白いパックをマグカップに入れて、電気ケトルで沸かしたお湯を私が注ぐことになった。
「どれくらい入れればいい?」
「わかんないけど、まぐかっぷにかるくいっぱいじゃないかな?」
マグカップに軽く一杯とはどれくらいだろうと恐る恐るお湯を注いだ私に奏歌くんがきょろきょろと周囲を見回した。
「3ふんかんまつんだけど、とけいがないね」
「携帯のアラームかけよう!」
急いで携帯電話を持ってきてアラームをかけて待つこと三分、ティーバッグを取り出して、もう一個のマグカップに紅茶を半分注いで、ミルクをたっぷり入れてミルクティーが出来上がった。
「私、紅茶が淹れられるようになったよ」
「うん、ぼくがいないときも、こうちゃをのんだらあたたまるよ。みちるさん、クーラーでひえるっていってたでしょう?」
「私のために紅茶のティーバッグを持ってきてくれたの?」
感激して問いかけると奏歌くんが恥ずかしそうにする。
「おとななのに、みちるさんはぼくにつきあわせて、むぎちゃばかりだったから……」
ごめんなさいと頭を下げる奏歌くんの小さな体を私は思わず抱き締めてしまった。
「奏歌くんが来るまでは私はずっと水しか飲んでなかったんだよ。それが麦茶になっただけでも物凄い進歩なのに、紅茶まで……ありがとう」
謝ることなんて一つもないと告げると、奏歌くんはほっぺたを赤くして微笑んでいた。
出来上がった紅茶はミルクがたっぷり入っていたので熱くなく、美味しく飲むことができた。紅茶風味のミルクと言った感じだったけれど、私にとってはこれがミルクティーの定番になった。
ミルクティーのマグカップを持って、鳥籠のソファに座ってお菓子を食べながらDVDを見る。自堕落な生活だが、奏歌くんは楽しそうだった。DVDを一本見終わって奏歌くんの手を取って、DVDの歌を歌いだすと、奏歌くんの表情が輝く。
くるくると奏歌くんをリードしながら踊れば、奏歌くんも楽しそうについてくる。
「たのしい! みちるさん、もっとおしえて」
「ここでリフトするよ」
「きゃー!」
持ち上げられた奏歌くんをくるくると回すと大喜びで歓声が上がった。
二人でミュージカルごっこをしてお昼ご飯を食べる。お昼ご飯は昨日のミートローフとポテトサラダをパンに挟んだサンドイッチだった。
「ポテトサラダをパンに挟むの?」
「おいしいんだよ!」
ミートローフサンドにはスライスチーズも入れてケチャップをかけて、ポテトサラダサンドには塩コショウを振って、出来上がり。どちらも奏歌くんに教えられながら私も手伝って作った。
挟むだけだったが奏歌くんは私を褒めてくれる。
「みちるさん、とってもじょうずだよ!」
「本当? 美味しくできたかな?」
ミルクティーをもう一度淹れて二人で食べるお昼ご飯はとても美味しかった。ポテトサラダサンドもミートローフサンドもパンによく合う。
「やっちゃんは、からしをちょっといれるんだよ。みちるさんは、からしはすき?」
「使ったことないから分からないな」
辛子と言われてもピンとこない。
辛いとつくのだから辛いのだろうが、味の想像が全くできなかった。
食べ終わったら食休みで鳥籠のソファでごろごろして、それから奏歌くんがしたがったのはミュージカルごっこだった。
「さっきのすごくたのしかった! もういっかいして?」
「いいよ。奏歌くんも歌とダンスが好きなんだね」
奏歌くんも私と同じで歌と踊りが好き。
それは嬉しい発見だった。
私の得意なことを奏歌くんも好きでいてくれるなんて、素晴らしいことだ。
歌って踊っていると、インターフォンが鳴った。
お迎えだ。
楽しい時間が終わってしまう。
荷物を纏めた奏歌くんをマンションの下まで送って行くと、やっちゃんが車を停めて待っていた。
「かなくんの保育園のお迎えをするんだって?」
「そうですけど、何か?」
ここで負けてしまっては奏歌くんと過ごす時間が少なくなってしまう。やっちゃんの厳しい視線に負けずに胸を張った私に、ため息を吐いてやっちゃんがメモ用紙を渡す。
「これが保育園の送り迎えの手順。纏めといたから、分からないところはメッセージください。来年からかなくんは小学校で学童保育に入るので、その説明会の日は出席するように」
嫌味を言われて、奏歌くんを私になんて預けられないと言われるかと思えば、ちゃんとやっちゃんは準備をしてくれていた。メモ用紙にはびっしりと文字が書いてあって全部覚えられるか不安だったが、何ページにもわたる長台詞も覚えて来たのだ、できないことはない。奏歌くんのためなら私はなんでもできそうだった。
「奏歌くんに劇団のチケットを渡しています。美歌さんにもお話は通してあります」
「ありがとうございます。かなくん、良かったな」
「うん、やっちゃん、いっしょにいってね!」
私には事務的な口調だが奏歌くんには優しい叔父さんなのだろう。表情が柔らかくなっている。今ならば言えるのではないだろうか。
「奏歌くんの小さい頃の写真とか動画とか、見てみたいんですけど」
「は?」
うわっ!
態度が急に変わった。
「やっちゃん! みちるさんにこわいかおしないで! みちるさんがびっくりしちゃうでしょ」
「ご、ごめん……なんでかなくんの写真とか動画とか……」
「みちるさんはぼくをかわいがってくれてるの! ぼくのしゃしん、やっちゃんもみてニヤニヤするでしょ!」
ニヤニヤするんだ。
じっとやっちゃんを見つめていると、嫌な顔をされた。
これくらいでめげるような私ではなかったけれど。
「こんどDVDに焼いて持ってきます」
やった!
奏歌くんの応援もあって私は奏歌くんの小さい頃の写真や動画のデータを手に入れられることになった。
夏は過ぎて奏歌くんの夏休みは終わるけれど、これからの生活にも奏歌くんが関わってくることが嬉しくてならなかった。
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