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第二部 年上オメガを落としたい日々 (要編)
1.人生の始まりは最悪で (鷹野視点)
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アルファの男性の父と、オメガの女性の母の間に生まれた園部鷹野の不幸は、生まれ落ちた瞬間から始まっていた。
優秀な遺伝子を残すために愛のない結婚をした両親は、番になっておらず、オメガの母親は首に番にされないための頑丈なチョーカーを付けることを条件に、二人とも跡継ぎが生まれたら遊んで暮らすはずだった。本来ならば最小でも5歳で行われるはずのバース性の検査を、甘い香りがするという理由で3歳で受けさせられた鷹野は、体格が良く発育が良かったせいか早くオメガだと判明して、両親が言った言葉は、「がっかりした」だった。
アルファの子どもを求めて鷹野の5歳のときに生まれた艶華。小さな頃から両親は育児放棄状態だったので、艶華はべったりと鷹野にくっ付いていた。アルファで発育が早かったからか、話し始めた艶華が、鷹野が甘い匂いがすると主張したときに、ようやく両親は動いた。
5歳で艶華のバース性が正式にアルファだと分かった後で、鷹野は家を追い出されるようにしてファミリータイプのマンションに一人で住まされることになった。通いのハウスキーパーとベビーシッターはいるが、オメガだという自覚があったので、他人に自分の領域に入られるのは好まない鷹野は、さっさと家事を習得して、ハウスキーパーもベビーシッターも追い出してしまった。
両親はまた自由に他の相手と遊び始め、放置されてハウスキーパーとベビーシッターに面倒を見られているであろう艶華のことが心配だったが、直接会うのは週に一回程度しか許されていなかった。
艶華の部屋に行くと、そのたびにご飯を作ったり、玩具で遊んだりしてあげていたのだが、いつ頃からか、艶華は色鉛筆で絵を描き始めた。
「小学校の先生が褒めてくれたのよ」
「艶華は上手だね」
「父さんと母さんは、私が絵を描くのは嫌みたい」
それでも絵を描き続けている艶華を、鷹野は密かに応援していた。
親の期待はなかったので、自由に大学に行って良いということで、鷹野が選んだのは調理師と栄養士の免許の取れる大学だった。将来は保育園か幼稚園か小学校の給食の先生になろうと決めていた鷹野。
大学を出る年に、急に父親が訪ねて来た。
「艶華はダメだ。お前が良い婿をもらって、会社を継げ」
「は? 僕は自分の決めた相手としか結婚しないよ」
「お前も艶華のようなことを言うのか」
無茶苦茶な要求の理由を聞けば、艶華が描いた作品が、審査員の目に留まって、世界的なコンクールにまで出品されて賞をとったらしい。それを理由に艶華は担任を味方に付けて、芸術の道に進むことを決めてしまったのだ。
「私の人生だもん。一回しかないの。誰にも決めさせない」
製薬会社の社長を継ぐよりも、アーティストとしてやっていく。そう決めた艶華の意思は揺らがず、学費もアルファの特待枠で全額免除で、さっさと家を出てしまった。
両親に残ったのはオメガの鷹野だけ。
大学の卒業と共に決まっていた保育園への就職は辞退させられて、関連企業の社長秘書として働かされることになった。
やりたくない仕事をしている上に、鷹野と結婚すればグループ会社全体が手に入るということで、アルファに襲われ続ける日々。幸い、腕力には自信があったし、小さい頃から艶華にフェロモンが反応するようなので気を付けて抑制剤も強いものを使っていたので、全て撃退してきたが、ストレスフルな職場であることには変わりなかった。
ここで鷹野が逃げてしまえば、両親は艶華に手を出しかねない。
せめて艶華が大学を卒業して、一人前になるまでは我慢しようと働き始めた矢先に、鷹野は母親の不倫を知る。
「相手に、子どもがいるのを分かって不倫したの? その子は?」
「さぁ?」
「さぁ、じゃないよ! 人様のご家庭を壊しておいて、その言い草は何? とにかく、その子の生活を保障して!」
体格が良く長身で筋肉のついた鷹野に怒鳴られると、母親も弱いようで、不倫相手に持ち掛けて、その子どもは鷹野の住んでいるマンションの隣りの部屋に住むことになった。
「あなたの要求はのんだんだから、交換条件として、社長秘書は辞めさせないわよ?」
鷹野の身と、隣りに住む両親が離婚してしまって放棄された子どもの身を人質にとられて、鷹野はますます逃げ出すことができなくなっていた。
人生に光などない。
オメガとして生まれた時点から、自分に選択権などなかったのだと内心荒れながら、引っ越しのご挨拶として隣りの家のインターフォンを押したら、肩まででぷっつりと髪を切った今年中学に上がる女の子が、目を真っ赤にして出て来た。
アルファだと聞いていたが、小柄で目が大きくて、とても可愛い。
「お隣りの園部鷹野です……大丈夫?」
「わ、からなくて……」
余程切羽詰まっていたのだろう、少女の目から涙がほろほろと零れる。その様子が可憐で、鷹野は胸を射抜かれた。
自分は最低の人生を送っていると思っていたが、両親に放置されて、誰も助けてくれず、一人きりで泣いていた12歳の女の子がここにいる。それに比べれば、自分など、嫌だと思えば断ることもできるし、自分の生活は全部自分で賄えるし、まだましで、鷹野は自分の母親が壊してしまった彼女の生活に、深く反省し、申し訳なさを感じたのだった。
「洗濯も、お料理も……ネットで調べたんだけど……」
「お部屋に上がっても良い?」
「はい。私、小日向要です」
「要ちゃん、洗濯機を見せてもらうね」
結果として、洗濯機は蛇口が繋がっておらず、それで動かなかったことが分かった。キッチンでは試行錯誤した後があるが、ボウルの中には殻の潰れた卵が入っていて、野菜も洗ったはいいものの、お湯が沸いていないので茹でられない状態になっている。
「お野菜は、茹でて冷凍したら長持ちするってネットで書いてあって」
「ちゃんと調べて偉いね。自炊もしようと思ってたんだ」
「自炊以外に、どうすれば?」
「お店で食べるとか、コンビニでお弁当買うとか、色々あるよ」
「一人でお店に入ったこと、ないんです……」
スーパーのお惣菜を買うくらいはできるけれど、コンビニも一人で入るのは小学校の校則で禁止されていて、外食など一人でできるはずもない。まだ小学校を卒業したばかりの要は、一人で生きていけるとは思えなかった。
「この部屋、洗濯物部屋にしちゃおうか」
「お家の中で干していいんですか?」
「面倒だったら、乾燥機使えば良いけど、乾燥機だと皺が寄っちゃうから、ここに干せばいいよ。ベッドもまだ組み立てられてなくない?」
「説明書読んだんですけど、一人じゃ難しくて……」
寝室にはベッドもまだ組み立てられていなくて、勉強机だけが「アルファに必要なのはこれだけだ」とばかりに鎮座している。
「要ちゃん、そっちの板支えて。組み立てちゃおう」
「園部さん……何から何まで……」
「お隣りさんでしょ、助け合わなきゃ。鷹野でいいよ」
「鷹野さん……」
ベッドを組み立てて、ベッドマットを置いて、シーツの敷き方、布団を包布に入れる方法、全て教えていく。何もしたことがなかったという要は、アルファだということもあって覚えは良かった。
野菜も茹でて冷凍庫に入れて、鷹野は要に問いかけた。
「仕事前と、仕事の後に、要ちゃんのお家に行って良いかな? 朝ご飯と晩御飯を一緒に作って食べよう」
「どうして、そんなに良くしてくれるんですか?」
当然の疑問に、母親が要の父親と不倫したせいで、要の家庭が壊れてしまった償いだとは答えられず、鷹野は必死に誤魔化した。
「僕、オメガで、妹がアルファで、小さい頃は強い抑制剤は使えないから、10歳から一人で隣りの部屋に暮らしてたんだ。ご飯を一緒に食べる相手もずっといなくて。要ちゃんとご飯が食べられたら、寂しくなくて嬉しいんだけど、ダメかな?」
「わ、たしも、うれしいです……助かります」
ほろほろと涙を流しながら感謝の言葉を言って来る要に、ちくちくと罪悪感が胸を刺す。
これは鷹野が飲み込んで、だらしのない親の代わりに要に誠心誠意償わなければいけないこと。それと同時に、10歳で放り出された自分がして欲しかったことを要にしてやることで、幼い頃の自分を救っているような気分でもあった。
優秀な遺伝子を残すために愛のない結婚をした両親は、番になっておらず、オメガの母親は首に番にされないための頑丈なチョーカーを付けることを条件に、二人とも跡継ぎが生まれたら遊んで暮らすはずだった。本来ならば最小でも5歳で行われるはずのバース性の検査を、甘い香りがするという理由で3歳で受けさせられた鷹野は、体格が良く発育が良かったせいか早くオメガだと判明して、両親が言った言葉は、「がっかりした」だった。
アルファの子どもを求めて鷹野の5歳のときに生まれた艶華。小さな頃から両親は育児放棄状態だったので、艶華はべったりと鷹野にくっ付いていた。アルファで発育が早かったからか、話し始めた艶華が、鷹野が甘い匂いがすると主張したときに、ようやく両親は動いた。
5歳で艶華のバース性が正式にアルファだと分かった後で、鷹野は家を追い出されるようにしてファミリータイプのマンションに一人で住まされることになった。通いのハウスキーパーとベビーシッターはいるが、オメガだという自覚があったので、他人に自分の領域に入られるのは好まない鷹野は、さっさと家事を習得して、ハウスキーパーもベビーシッターも追い出してしまった。
両親はまた自由に他の相手と遊び始め、放置されてハウスキーパーとベビーシッターに面倒を見られているであろう艶華のことが心配だったが、直接会うのは週に一回程度しか許されていなかった。
艶華の部屋に行くと、そのたびにご飯を作ったり、玩具で遊んだりしてあげていたのだが、いつ頃からか、艶華は色鉛筆で絵を描き始めた。
「小学校の先生が褒めてくれたのよ」
「艶華は上手だね」
「父さんと母さんは、私が絵を描くのは嫌みたい」
それでも絵を描き続けている艶華を、鷹野は密かに応援していた。
親の期待はなかったので、自由に大学に行って良いということで、鷹野が選んだのは調理師と栄養士の免許の取れる大学だった。将来は保育園か幼稚園か小学校の給食の先生になろうと決めていた鷹野。
大学を出る年に、急に父親が訪ねて来た。
「艶華はダメだ。お前が良い婿をもらって、会社を継げ」
「は? 僕は自分の決めた相手としか結婚しないよ」
「お前も艶華のようなことを言うのか」
無茶苦茶な要求の理由を聞けば、艶華が描いた作品が、審査員の目に留まって、世界的なコンクールにまで出品されて賞をとったらしい。それを理由に艶華は担任を味方に付けて、芸術の道に進むことを決めてしまったのだ。
「私の人生だもん。一回しかないの。誰にも決めさせない」
製薬会社の社長を継ぐよりも、アーティストとしてやっていく。そう決めた艶華の意思は揺らがず、学費もアルファの特待枠で全額免除で、さっさと家を出てしまった。
両親に残ったのはオメガの鷹野だけ。
大学の卒業と共に決まっていた保育園への就職は辞退させられて、関連企業の社長秘書として働かされることになった。
やりたくない仕事をしている上に、鷹野と結婚すればグループ会社全体が手に入るということで、アルファに襲われ続ける日々。幸い、腕力には自信があったし、小さい頃から艶華にフェロモンが反応するようなので気を付けて抑制剤も強いものを使っていたので、全て撃退してきたが、ストレスフルな職場であることには変わりなかった。
ここで鷹野が逃げてしまえば、両親は艶華に手を出しかねない。
せめて艶華が大学を卒業して、一人前になるまでは我慢しようと働き始めた矢先に、鷹野は母親の不倫を知る。
「相手に、子どもがいるのを分かって不倫したの? その子は?」
「さぁ?」
「さぁ、じゃないよ! 人様のご家庭を壊しておいて、その言い草は何? とにかく、その子の生活を保障して!」
体格が良く長身で筋肉のついた鷹野に怒鳴られると、母親も弱いようで、不倫相手に持ち掛けて、その子どもは鷹野の住んでいるマンションの隣りの部屋に住むことになった。
「あなたの要求はのんだんだから、交換条件として、社長秘書は辞めさせないわよ?」
鷹野の身と、隣りに住む両親が離婚してしまって放棄された子どもの身を人質にとられて、鷹野はますます逃げ出すことができなくなっていた。
人生に光などない。
オメガとして生まれた時点から、自分に選択権などなかったのだと内心荒れながら、引っ越しのご挨拶として隣りの家のインターフォンを押したら、肩まででぷっつりと髪を切った今年中学に上がる女の子が、目を真っ赤にして出て来た。
アルファだと聞いていたが、小柄で目が大きくて、とても可愛い。
「お隣りの園部鷹野です……大丈夫?」
「わ、からなくて……」
余程切羽詰まっていたのだろう、少女の目から涙がほろほろと零れる。その様子が可憐で、鷹野は胸を射抜かれた。
自分は最低の人生を送っていると思っていたが、両親に放置されて、誰も助けてくれず、一人きりで泣いていた12歳の女の子がここにいる。それに比べれば、自分など、嫌だと思えば断ることもできるし、自分の生活は全部自分で賄えるし、まだましで、鷹野は自分の母親が壊してしまった彼女の生活に、深く反省し、申し訳なさを感じたのだった。
「洗濯も、お料理も……ネットで調べたんだけど……」
「お部屋に上がっても良い?」
「はい。私、小日向要です」
「要ちゃん、洗濯機を見せてもらうね」
結果として、洗濯機は蛇口が繋がっておらず、それで動かなかったことが分かった。キッチンでは試行錯誤した後があるが、ボウルの中には殻の潰れた卵が入っていて、野菜も洗ったはいいものの、お湯が沸いていないので茹でられない状態になっている。
「お野菜は、茹でて冷凍したら長持ちするってネットで書いてあって」
「ちゃんと調べて偉いね。自炊もしようと思ってたんだ」
「自炊以外に、どうすれば?」
「お店で食べるとか、コンビニでお弁当買うとか、色々あるよ」
「一人でお店に入ったこと、ないんです……」
スーパーのお惣菜を買うくらいはできるけれど、コンビニも一人で入るのは小学校の校則で禁止されていて、外食など一人でできるはずもない。まだ小学校を卒業したばかりの要は、一人で生きていけるとは思えなかった。
「この部屋、洗濯物部屋にしちゃおうか」
「お家の中で干していいんですか?」
「面倒だったら、乾燥機使えば良いけど、乾燥機だと皺が寄っちゃうから、ここに干せばいいよ。ベッドもまだ組み立てられてなくない?」
「説明書読んだんですけど、一人じゃ難しくて……」
寝室にはベッドもまだ組み立てられていなくて、勉強机だけが「アルファに必要なのはこれだけだ」とばかりに鎮座している。
「要ちゃん、そっちの板支えて。組み立てちゃおう」
「園部さん……何から何まで……」
「お隣りさんでしょ、助け合わなきゃ。鷹野でいいよ」
「鷹野さん……」
ベッドを組み立てて、ベッドマットを置いて、シーツの敷き方、布団を包布に入れる方法、全て教えていく。何もしたことがなかったという要は、アルファだということもあって覚えは良かった。
野菜も茹でて冷凍庫に入れて、鷹野は要に問いかけた。
「仕事前と、仕事の後に、要ちゃんのお家に行って良いかな? 朝ご飯と晩御飯を一緒に作って食べよう」
「どうして、そんなに良くしてくれるんですか?」
当然の疑問に、母親が要の父親と不倫したせいで、要の家庭が壊れてしまった償いだとは答えられず、鷹野は必死に誤魔化した。
「僕、オメガで、妹がアルファで、小さい頃は強い抑制剤は使えないから、10歳から一人で隣りの部屋に暮らしてたんだ。ご飯を一緒に食べる相手もずっといなくて。要ちゃんとご飯が食べられたら、寂しくなくて嬉しいんだけど、ダメかな?」
「わ、たしも、うれしいです……助かります」
ほろほろと涙を流しながら感謝の言葉を言って来る要に、ちくちくと罪悪感が胸を刺す。
これは鷹野が飲み込んで、だらしのない親の代わりに要に誠心誠意償わなければいけないこと。それと同時に、10歳で放り出された自分がして欲しかったことを要にしてやることで、幼い頃の自分を救っているような気分でもあった。
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