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第一部 後天性オメガは美女に抱かれる (雪峻編)

9.回り道の末

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 艶華の顔が見たい。
 未練がましく思う雪峻の前に現れたのは、一番見たくない顔だった。
 自分よりも長身で屈強な体付きで、年上で、顔立ちも整っていて、艶華のことを呼び捨てにする男性。

「なんで、あなたがここにいるんですか、鷹野さん」

 大学の図書館前で鷹野と鉢合わせした雪峻は、逃げようかとも考えたが、何も悪いことはしていないので逃げる理由もないと、怯える脚を叱咤して立ち止まった。睨み付けると、鷹野は凛々しい眉を下げる。

「艶華、なんで振られたのか分からないってすごく落ち込んでる」
「理由はあなたが一番分かってるんじゃないですか?」
「僕が?」

 意外そうな声に、苛々と雪峻は足を踏み鳴らした。

「それとも、艶華さんとあなたと俺で、三人でするのが趣味なのか?」
「あーーーーーー! 鷹野さぁんー! なんでここにー!? 私に会いに来てくれたのー!?」

 自分より高い位置にある胸倉を掴み上げようとしたら、雪峻はものすごい勢いで要に押しのけられた。要が何で鷹野を知っているのかと凝視すると、じとりと睨まれる。

「鷹野さんに汚い手で触らないでよね」
「汚い手って、ちゃんと洗ってるぞ、馬鹿」
「馬鹿馬鹿言うな!」

 いつになく警戒した様子で、鷹野と雪峻の間に入る要に、雪峻は眉間に皺を寄せる。鷹野は艶華の元恋人か、本命で、雪峻が邪魔で追い払ったのではなかったのだろうか。

「鷹野さん、あんた、知らないの?」
「知らないのって、何が?」
「あんたの付き合ってる美人さんの……」
「恋人だろ?」

 その返答に、要の顔が歪んだ。
 必死に笑いを堪えているようだが、ぶふぉっと吹き出しているのが分かる。
 なんで笑われているのか分からずに、雪峻は真っ赤になった。

「なにがおかしいんだよ」
「ごめん、僕がフルネームで名乗らなかったからだね。鷹野っていうのでよく誤解されるけど、これ、名前なんだ。苗字は園部」
「へ? 園部?」
「そう、園部艶華の兄です」

 兄。
 一瞬頭が真っ白になった後で、雪峻は叫んでいた。

「兄がいたのか!? 聞いてないぞ、馬鹿!」
「艶華、本当に言葉の足りない子で……僕も足りないんだけど」
「鷹野さんに近寄らないで! あんたの手垢が付いたら困る!」
「要ちゃん、高嶺くんとお話して良い?」
「こんなので良ければ!」
「俺はお前のじゃないし!」

 恋はひとを変えるというが、要もそうなのだろうか。鷹野の前に出ると、アルファのオーラが強くなるような気がする。
 オメガの雪峻にとっては、それは怖いもののはずなのに、離れたはずなのに艶華に守られているようで、不思議と怖くはなかった。
 鷹野は艶華の兄ならば、虹華は何なのだろう。

「虹華って……」
「そういうことも含めて、ちゃんと話してあげて。虹華には、話が纏まったら、会わせてあげるからね」

 穏やかに言われて、雪峻は艶華のマンションに行ってみようかという気になり始めていた。

「艶華、見る目がないっていうか、自分のこと利用して金を搾り取るような奴にばっかり引っかかってたから、僕がこっそり別れさせててね、高嶺くんもそうかと思ったら、お財布のお金返したっていうし、医学生だっていうし、本気みたいだから。僕、怖かったよね、ごめんね」

 謝る鷹野は、初対面の時のような険しさがない。優し気で、穏やかで、大人しそうなイメージから、要が必死になって守ろうとするのも分かった。

「お前の気になる奴って」
「もう、あんたはさっさと行きなさいよ! 行こ、鷹野さん」

 逞しい腕をとって要が鷹野を引きずるように連れて行く。その様子を見て、雪峻は艶華のマンションに向かっていた。合鍵を返す余裕もなかったので、鍵はずっとキーケースに入ったままだ。
 コンシェルジュに挨拶をすると、艶華がハウスキーパーをしていた件で話を通してくれているので、特に何もせずとも通れる。エレベーターで上がった階の玄関を開けると、中から異臭が漂ってきていた。

「焦げ臭い……艶華さん!? 大丈夫!?」

 嫌な予感がして、ガス自殺でもしたのではないかとキッチンに走るがオール電化だったことを思い出す。キッチンでは艶華がしょぼくれていて、電子コンロの上に置かれたフライパンから黒い煙が上がっていた。

「炭作ってるのか?」
「雪峻くんに、捨てられないように、ちょっとくらいできるようになろうと思ったんだけど、卵が炭になっちゃった……」

 目玉焼きを作るつもりだったらしいが、殻はフライパンに入り込んでいるし、黄身は潰れて真っ黒に焦げている。シンクには焦げた鍋や汚れたボウルが山積みで、雪峻は頭を抱えたくなった。
 艶華の家を出てから約一週間、大学に行っても雪峻が見つからなくて、艶華は雪峻が戻ってきてくれるように料理や掃除を始めたようだ。良く部屋を見回せば、掃除機がカーペットを吸って、倒れている。

「あまりに何にもできないから、嫌になったのかと思ったの」
「そもそも、俺、何も言われてないし」
「なにそれ? どういうこと? 雪峻くんは私のお嫁さんじゃないの?」
「は?」

 あまりにすれ違う認識に、雪峻は一つ一つ話をしてみることにした。

「俺のことはどう思ってるの?」
「好きだよ? 好きじゃなきゃ、あんなことしないもん! 愛してないと、赤ちゃん産んでとか言わないし!」
「好き!? 愛してる!?」
「そうだよ、大好きだよ!」

 告白されて、雪峻は真っ赤になってしまう。
 考えていたよりも艶華は一途なようで、雪峻だけを好きと言う。そういえば、嘘など吐ける器用なタイプではなかったと、今更ながらに雪峻は艶華の実態を思い起こしていた。
 生活力皆無で、振られてばかりいたという艶華。
 部屋に雪峻以外入れたことがなかったのも、部屋が汚いのを見られたくなかったからに違いないが、そのおかげで雪峻は艶華のハウスキーパーになれたし、親しくなれた。

「俺も、艶華さんが、好きだよ」
「良かった……捨てられてなかった……」

 綺麗な顔をくしゃくしゃにして泣いて縋るのが可愛い。抱き締めてソファに座らせて宥めてから、雪峻は最後の疑問を口にした。

「虹華って、誰?」
「すっごく可愛い、うちの子……なんだけど、私があまりに部屋が汚いし、面倒も見切れないから、鷹野ちゃんが連れて行っちゃったの」
「うちの子? やっぱり、子どもがいたのか?」
「そう、可愛いトイプードル」

 ペットショップで一目惚れして買ったのだが、艶華が仕事に集中するとペットシートも替えないで排せつ物もそのまま、餌もあげないで飢えさせるということで、鷹野が「そんな奴に生き物を飼う資格はない」と連れて行ってしまったのだという。

「雪峻くんが今はいてくれるし、私もご飯食べるようになって、餌もお水もあげられると思うから、返してもらいたかったんだけど……先に相談した方が良かった?」
「なんて、紛らわしい……」

 他の相手との間に子どもがいると疑っていたのに、まさかのトイプードルだったとは。そのことを話せば、艶華の方が驚いて目を見張る。

「いないよ! 雪峻くんが初めてだもん、赤ちゃん欲しいなって思ったの」
「本当に?」
「子どもって可愛いけど、ちょっと苦手で。でも雪峻くんの赤ちゃんなら可愛いと思うの」

 涙を拭いて笑顔になった艶華に、雪峻は自分の悩んでいた時間を返して欲しいと切実に思う。
 しかし、大団円になったのだから良いような気がするが。

「もうちょっと、艶華さんは言葉で伝える努力をして」
「はぁい。雪峻くん、愛してるよ」
「あ、あぁ」

 急にストレートに言われれば、それはそれで照れてしまって、雪峻はすぐには反応できない。
 抱き締められて、胸の柔らかさに溺れていると、頬にキスをされた。

「結婚しようね」
「大学卒業したらな」
「やだ。遅すぎる」

 もう結婚できる年なのだから両親にも挨拶に行って、結婚すると言って聞かない艶華を、雪峻は説得できる自信がなかった。
 とりあえずは、次の発情期も艶華と一緒にいられる。そのことに、雪峻は安堵していた。
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