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書籍化作家に推されています ~僕はただの素人物書きなのに~

3.騙された飲み会

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「戸井くんって、授業が終わったらさっさと帰っちゃうよね」
「たまには同級生同士、親睦を深めたくない?」

 大学の授業が終わって、教科書を鞄に詰めて帰る準備をしていると、同級生の男子に囲まれた。高校のときも友達はいたけれど、春香は県外の大学に進学したのでその友達とはもう会っていない。連絡先は交換していたが、それほど親しい相手でもなかった。
 高校のときに春香はネット上で龍己に感想をもらって、それ以降SNS上で毎日話すようになって、連絡先も交換してメッセージでやり取りをするようになっていた。メッセージには文章を張る機能もあって、気になる場所を幾つか下読みしてもらったこともある。
 そのたびに龍己は春香の物語の内容を褒めて、熱く語ってくれるので、友達と遊ぶよりも小説を書く方が楽しくて、家に帰ると小説を書いて春香は過ごしていた。おかげで春香は友達と遊んだ経験がほとんどない。

「僕、やることがあるのです」
「やることってなんだよ」
「ちょっとくらいいいだろう」

 友達が欲しくないわけではなかった。大学生活を円滑に過ごすには、単位の修得に関する情報や、課題に関する情報など、情報収集が必須になってくる。そういうときに友達というものは必要だと春香は認識していた。

「何をするのですか?」
「イイコトだよ、イイコト」
「戸井くん、君は彼女が欲しくないか?」

 突然の問いかけに春香は渋面になってしまった。
 彼女など欲しくない。春香の恋愛対象は女性ではない。春香は龍己という狙っている相手がいるし、女性と恋愛関係になることは考えられなかった。
 ハシビロコウのような顔をしていると、男子たちは戸惑いの声を上げる。

「え? 欲しくないの?」
「戸井くん、可愛いってめっちゃ人気なのに?」
「頼む! 飲み会に一回だけ参加してくれ!」
「戸井くんが来るなら来るっていう女子がいっぱいいるんだ!」

 最終的には土下座までされそうになって、春香はため息をついた。この男子たちも春香を利用しようと考えているのならば、春香も利用してやればいい。顔は可愛いと言われるが、春香の性格は自分でも腹黒だと思うようなものだった。

「行ってもいいですけど、今度から課題をやるときの情報とか、僕にも流すのですよ?」

 交換条件を出せば男子たちは小躍りして喜ぶ。
 余程落としたい女子がいるのだろう。
 女性には全く興味がないが、釣り餌として行くだけ行って、用事を思い付いて抜け出せばいい。
 一つだけ問題があるとすれば、今日の晩ご飯を龍己と食べられないということと、今日は帰ってから小説が書けないということだけだった。
 メッセージで龍己に連絡すると、『了解』と短く返事が来た。晩ご飯の献立を考えていたならば申し訳ないと思いつつ、春香は男子たちと飲み会に行くことにした。

「絶対にアルコールは飲まないのですよ。僕は未成年ですからね」
「分かってるって」
「身分証明書がないとお酒は出してくれないよ」

 アルコールは飲ませないと約束はしてもらったけれど、春香は警戒しつつ、飲み会のお店に入った。居酒屋のようで、女性陣が四人、一列に座っている。男性陣も春香を入れると四人だ。

「あ、戸井くんだー!」
「本当に連れてきたんだ」
「めちゃくちゃ可愛いね」

 騒ぐ女性陣は年上な気がする。落としたい女子がいると言っていたから、同級生かと考えていたが、お化粧もしっかりとした彼女たちは上級生に見える。

「戸井くん、飲めるの?」
「未成年ですから、飲まないのです」
「えぇー? ちょっとくらいよくない?」
「法律違反なのですよ」

 きっちりと断ると女性陣から「ノリが悪いー!」と声が上がる。女性陣はアルコールを頼んだようだが、春香は烏龍茶を頼んだ。最初に飲み物が出て来る。食べ物のメニューを見て決めながら、喉が乾いていたので烏龍茶をぐびぐびと飲んだ春香は、違和感に気付いていた。

「これ、烏龍茶じゃないのです」
「そんなことないわよ」
「烏龍ハイじゃないですか?」

 よく見れば女性陣の中に烏龍茶と同じ色の飲み物を飲んでいるひとがいる。すり替えられたのだと分かって春香は立ち上がった。喉が乾いていたのでかなりの量を飲んでしまったのがいけなかったようだ。
 立ち上がると眩暈がする。
 初めてのアルコールに倒れそうになった春香を、介抱しようと女性陣が近付いてくるのを、春香は手で払った。

「帰ります。もう飲み会には参加しないのです」

 これで男子たちにどう思われても構わない。ぐらぐらする頭で、春香は店から出て携帯電話を手に取っていた。


 歩いて帰れる距離だったが、アルコールのせいで頭が回っていたので、春香は龍己に助けてくれるようにメッセージを打っていた。龍己はすぐに春香のいる場所を聞いて、車で迎えに来てくれた。

「戸井くん、謝るから。私の部屋近いの。ちょっと休んで行こう?」

 龍己の車を待っている間に、春香に店から出てきた女性が腕を絡ませてくる。頭は痛いし、吐き気はするし、最悪の春香はその腕を振り払えない。

「ほっといてください。僕は帰るのです」
「そんな状態で帰れないでしょう? 大丈夫、戸井くん、何もしないから」

 アルコールは飲まないと宣言したのに未成年に飲ませるようなひとたちが信用できるはずがない。腕を振り回しても離れていかない女性に辟易していると、春香の前に龍己の車が停まった。

「春香、もしかして、邪魔だった?」
「助かったのです。騙されてお酒を飲まされてしまったのです」

 油断してしまった春香も悪かったが、未成年を騙してお酒を飲ませるような行為は許されない。車に乗り込むと、追いかけてこようとする女性を、春香は振り払った。
 助手席に倒れ込むようにして沈み込み、少し落ち着いてきた春香はお腹を撫でる。

「何も食べていないのです。お腹が空きました」

 春香の言葉に運転している龍己が苦笑する。

「春香にはまだ恋愛よりも食い気なのか」
「晩ご飯、僕の分作ってないですよね」

 アルコールを飲まされてしまったために、一口も料理を食べることがなかった。そのことだけが心残りだと告げる春香に、龍己が運転席から手を伸ばして春香の髪を撫でた。

「酔いは平気か? 吐いたりしないか?」
「すきっ腹に飲んだからこんなに酷かったのです。お腹が空いているとろくなことがないのです」

 きゅるきゅると鳴きだした腹の虫に切なさを春香が訴えると、龍己は「簡単なものしか作れないぞ」と言って笑っていた。
 龍己の家に帰る頃には春香の気分の悪さもなくなっていた。その代わりに空腹が酷い。ずっと鳴き続けているお腹に、龍己が炊飯器に残っていたご飯で卵の入った雑炊を作ってくれた。

「春香がいなかったから、今日は簡単に鍋焼きうどんにしたんだ。お出汁が残っててよかった」

 鍋焼きうどんの残りのお出汁で作った雑炊は空腹に染みるが、それだけではとても足りない。

「もうちょっと食べたいのです」
「うどんも茹でるか?」

 まだ食べたいという春香に、龍己はうどんを茹でて、その上に温泉卵と納豆と卸した大根を乗せて、めんつゆをぶっかけて出してくれた。
 ぐるぐるとかき混ぜて食べると、納豆と温泉卵と卸した大根が程よく麵に絡んで、麺もこしがあってとても美味しい。
 食べ終わると満足した春香は、今日は龍己に見せる小説が書けていないことに気付いた。

「今日は小説がないのです。小説がないと、龍己さんと話すことがないのです」
「そんなことないだろう。小説のこと以外も話していいんだよ?」
「え? いいのですか?」

 龍己が興味があるのは春香の小説のことだけで、それ以外は興味がないのだと春香は思い込んでいた。けれど、龍己は小説のこと以外も聞いてくれると言っている。

「僕がこんな容貌なのを、龍己さんは何も言わなかったのです」
「容貌?」
「髪の色とか、目の色とか……」

 薄い髪の色も肌の色も緑がかった目の色も、春香は家族の中では明らかに一人だけ違っていた。そのことに関して、母親は完全に春香を視界に入れないことで完結していたし、母親の夫は春香を可愛がってくれていたが、春香の方が遠慮して距離を置くようになってしまった。

「僕は母の過去の過ちで……母の夫とは血が繋がっていないのです。それで家には居場所がなくて、早く家を出たかったのです」

 口にすると重い話でも龍己は静かに遮らずに聞いてくれている。

「龍己さんは僕の小説を認めてくれて、龍己さんだけが僕を見てくれているような気がして、嬉しくて、ルームシェアを申し出てくれたときに、すぐにお話に乗ったのです」
「そうだったのか……話しにくいことを話させてすまない。この家は春香の家だと思っていいからな」

 そう言ってくれる龍己に、春香はお腹の底から「同情してもらっている」と暗い喜びがわいてくるのを感じる。このまま同情して、春香のことを手放せなくなったらいい。
 春香が龍己に依存しているように見せて、春香は龍己を自分に依存させる方法を考えていた。
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