醒めない恋

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醒めない恋

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 あいつを失った時、信じられなかった。

 つい数時間前まで呑気に弁当を食っていたあいつが、今は河原にある石のように冷たく、動かない。
 今から出動だというのに、弁当を二個も食いやがって、「途中で吐いても知らないぞ」と忠告したのが、数分前のことのようなのに。

 俺は、嗚咽を漏らしたり泣き崩れたりしながら別れを惜しむ同僚や後輩を傍目に、頬を伝う涙をそのままに呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
 これは、夢だ。どうか、これは夢であって欲しい。
 どれだけ祈ったとて、変わらぬ事実がそこにあると言うのに、俺はとにかくそこから目を背けたがった。
 しかし、数日後、あいつの入った棺桶が、火葬炉に入っていく様を見つめて、やはりこれは現実なのだと嫌でも思い知らされた。

 あいつは、共に警察学校を卒業した同期で、相棒だった。

 居眠りしていたら、いつの間にか肩に掛けられていたジャケット。その傍らで、涎を垂らしながら間抜けな顔で眠るあいつ。
 尾行中でも、車の中でにんにく山盛り弁当を遠慮なく食うあいつ。車の中ににんにく臭が立ち込め、窓を開けた記憶がある。「臭いが原因で尾行に勘づかれて失敗したらどうするんだ」と叱ったら、不機嫌になったあいつが「そういやお前は、ニオイを気にするたちだったな!」とにんにく臭い息を吹きかけてきたこともあった。
 あいつは骨太で、腹は決して割れていないものの、案外機敏に動くことができ、射撃の腕も悪くない。笑うとタンポポのように大らかで、穏やかな日差しをあちこちに振り撒く。
 あいつは、誰に対しても愛想が良く、特に子供やおばさんに好かれた。息子や孫のようだと近所で評判の刑事だった。よく食べ物を押し付けられて、困ったように笑っていた。断りにきれず貰ってしまった食べ物を、いつも俺に分けようとした。「お前は独り身で食事もろくに摂らないだろうから」と。お前もそうなのに。「余計なお世話だ」と俺は手に持っていた書類で、あいつの頭を軽く叩いた。

 あれから俺は、何年も、幾度となくあいつの夢を見た。俺は、あいつが夢に出てくるのが待ち遠しくて、夢に出てくるあいつを見るためだけに生きているような気がしていた。でも、夢が終わった後はいつだって、虚しさが漂い、胸を抉るような痛みに包まれた。
 自分がどれだけ昇進しても、犯人を検挙して社会に貢献しても、隣にあいつはいない。緊張で表彰を持つ手が小刻みに震えながら、はにかむあいつはもういない。
 あいつと語らった、共に昇進の夢は実現できない。もう、あいつと並んで表彰されることもない。
 そう突きつけられるたびに、心にひずみが生まれ、俺を蝕んでいく。一度形を変えてしまった心は、もう元の状態には戻れないのだ。
 次第に、いないあいつが憎たらしくなって、お前のせいで、俺の人生はこうなったのだと、誰もいない部屋でひとり怒鳴ったこともある。どうしようもないのに。もうあいつはいないのに。

 どれだけ涙を流しても、どれだけ奴を偲んでも、現実で会うことは叶わない。
 その事実が、いつまでも心に重くのしかかり、捨てることも放すこともできない。
 こんなことなら、軽蔑されようがなんだろうが、もっと早く自分の思いを伝えるべきだった。

 お前は、俺にとって最も憎たらしく、最も愛しい人間なのだと。
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