桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎

文字の大きさ
上 下
166 / 199
第3作 ドラゴン・タトゥーの少年 桜の朽木に虫の這うこと(三)

第4話 森花炉之介

しおりを挟む
 昼下がりの摩天楼の足もとを、ひとりの中年男性が歩いていた。

 藍色の着流しに茶色の羽織り姿で、細長い杖をついている。

 灰色がかった髪の毛は歩みに合わせてひらひらと揺れていた。

「はあ、今日は暑いですねぇ」

 浅黒い肌に汗がにじむ。

 アスファルトを杖で弾きながら、しかし確かに進んでいく。

 瞳孔は動かず、錆びたパイプの断面のような輪郭をしていた。

鏡月きょうげつ、後生ですよ? 君のご子息を手にかけなければならないかもしれません」

 男は着物の襟を少し崩した。

 彼の名は森花炉之介もり かろのすけ、先天性の全盲ながら居合の手練れである殺し屋である。

 ウツロの父・似嵐鏡月にがらし きょうげつとはかつて、「雪月花せつげつか」というトリオでフリーランスの傭兵をやっていた。

 もうひとりは君島雪人きみじま ゆきんどという体術家で、現在はテロリストとして国際指名手配を受けている。

「まだ信じられませんよ、君がもうこの世にはいないなんてね」

 ときおりひとりごとを唱えながら、森は歩みを進めた。

 かねてから暗殺の仕事を斡旋している組織・龍影会りゅうえいかいの総帥・刀隠影司とがくし えいじに謁見するため。

 そもそも彼を育て、剣術の手ほどきを指南するよう仕向けたのは、組織の先々代総帥・刀隠影光とがくし えいこうである。

 実際の指導は似嵐鏡月の父・似嵐暗月にがらし あんげつが行った。

「ああ、暗月さま、あなたさまにも合わす顔がございません……」

 こんなふうにてくてくと歩いていると、うしろから忍び足で近づく者がある。

 パーカーにジーンズ、ひどくくたびれている。

 この世が面白くなくて仕方がないというタイプの中年男である。

 彼はそっと森の横まで近づくと、追い抜きざまに杖に足を引っかけた。

「いづっ――!」

 しかし次の瞬間、むこうずねをその先端で鋭く打ちすえられる。

「おや、どなたかそこに、いらっしゃるのですか?」

 知らぬ顔で語りかける森に、大きく拳を振りあげた。

「ひっ……」

 なくなっていた、二の腕から先が。

 血は出ない。

 傷口はからからに干からび、どんどん砂のように崩れていく。

「アルトラ、エンジェル・ダスト……」

 アスファルトの地面から塵が舞いあがり、たちどころに下手人を包みこんだ。

「う、あ……」

 男の体はミイラのようになり、そして土へと返っていく。

 土から砂へ、砂から塵へ。

 そして風に乗り、それはどこかへと消えていった。

「あの魔女が来日しているらしい。ディオティマめ、いったい何をたくらんでいるのやら」

 森は杖を持ち直し、再び歩きはじめた。

 春の暑い昼下がり、なんでもないような街の光景。

 そこからひとつの存在が消え去ったことに、行きかう人々の誰も気がつくよしもなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

処理中です...